ある日突然タイムリープしてしまった社畜、自分の書いた物語が現実となった過去をやり直す。

智恵 理陀

文字の大きさ
21 / 34

021 ちゃんと見ていた

しおりを挟む
 そうしてやや時間が掛かりつつも到着したボウリング場。
 このボウリング場は昔からあってちらほら老朽化も見えていたのだが、ここでも物語の影響があったようで、建物はつい最近建てられたかのように綺麗なものになっていた。
 ……違うな。
 建物は一回り大きく、別物になってしまっているぞ。
 ボウリング場というより中規模のショッピングモールだ。
 中に入ると数々の店に、休憩スペース、おやおやゲームセンターまでもあるんかい。十年前の記憶と明らかに違う、これも物語の影響だな。

「休日はやはり人が多いですねえ」
「そうだねえ……めっちゃ、多いね」

 こんな光景、見るのは当然初めてだ。彼女にとっては当たり前の光景なのかもしれないが。
 しかし女の子とボウリングなんて初めてだな。
 どうせなら治世と行きたかったなあ。

「そりゃ~」

 いざボウリングが始まった。
 彼女のボールはまるで千鳥足のようにふらつきながらピンへと向かっていく。

「あれりゃ。1ピンしか倒せませんでした」
「どんまいどんまい」

 本当はボウリングくらい難なくこなせるのに、こういうとこでもか弱い少女を演じている。それは分かってはいるけれど……頬が緩んでしまう。
 普通に楽し――いかんいかん! 彼女のペースに飲み込まれているな……。

「ちょっとトイレに行ってくるよ」
「ごゆっくり~」

 気持ちを切り替えねば。目的を忘れてしまいそうになる。
 洗面台に視線を落として小さな溜息をついた。
 経験不足が響いている。そのためにこの機は逃さず貪欲に、いいや純粋に、楽しみたいと思ってしまっているのだ。
 しっかりするんだ俺、と顔を上げた。

「ん?」

 鏡に映る俺、その後ろには――治世がいた。

「ほぁぁぁぁあ……!」

 彼女は鏡越しに俺を睨み、ゆらりとした足取りで近づいてくる。
 肩に手を置き、振り向かせて――

「楽しそうね」

 同時に壁ドン。あっ、この場合は鏡ドン? どうでもいいか。
 ミシミシと音が聞こえる、鏡……割らないよう気をつけてね。

「その、えっと……ごめんなさい」
「どうして謝るの? 委員長と楽しんでたから?」
「そ、そういうわけじゃあ……ってかここ、男子トイレだけど……」
「それがどうかしたの?」
「どうもしないです」

 話をはぐらかそうとしているわけではないが、余計な会話を持ち出すのは得策ではないな。

「あの」
「何よ」
「いえ、てっきり近くにはいないものだと」
「そんなわけないでしょ。お前とあの子を二人きりにするのは危険だって私も分かってるわ」
「そ、そうだよね。……今からでも、混ざる?」
「結構よ、どうぞ私抜きで楽しんで。私は遠くからお前達の様子を窺っているわ、もしかしたらラトタタを見つけられるかもしれないから」
「そ、そうですか……」

 治世は一度男子トイレの入り口へ行き、誰も来ない事を確認して壁に持たれかけていた清掃中の看板を入り口へ立てかけた。
 周囲を確認し、これでよし、と言わんばかりに小さく頷き、ゆっくりとこちらを向く。
 俺は男子トイレから生きて出られるのだろうか。
 死に場所がここになるのだけは避けたい。

「喫茶店では、何を話してたの?」
「えっ、その時も……見てたの?」
「は? 悪い?」
「いえいえっ! 何も悪くはございません!」

 帰るふりだけして近くにずっといたようだ。
 彼女がこうも不機嫌そうなのは、あれから俺と委員長が喫茶店でお茶をしては、今度はボウリングを楽しみ始めたからであろう。
 すぐにでもスマホで治世に連絡を取るべきだった。これじゃあまた悪い印象を与えてしまったかも。

「喫茶店では取るに足らない話で、ただこのまま解散ってのもアレなんでボウリングにという流れでして……はい」
「……あ、そう」

 その双眸は未だに鋭く、機嫌はまだ完全には直ってはいないようで不機嫌そうに腕を組んでいた。
 正座でもしたほうがいいのだろうか。

「彼女、何か動きは見せたりした?」
「今のところは何も。けど委員長はラトタタに見つけてもらえるよう街中を歩いているから、街中に紛れ込んでる教徒から既に伝達されてるかも」
「そうなの? じゃあどうしましょうか、どう……してやりましょうか」

 腰の小さなポーチに手を伸ばしていた。
 ……何が入っているのかは、聞かないでおこう。

「あの、一つ提案があるんだけど」
「何?」

 考えていた事がある。
 悪い提案ではない、とは思うのだが。

「俺の特異の事、バレるのが時間の問題なら逆にこっちからもう話しちゃってもいいかな?」
「あえて話して、どう動くか見るって事?」
「そんなとこ」
「……いいかもね。真正面からぶつかったほうが手っ取り早いし、全力で殴りあいましょうってわけね」
「いやそんな好戦的な考えではなかったんだけど……」

 どうしてやる気に満ち溢れているの君。
 そんなに戦いたかったのかな。

「良かったわ、お前もただ遊んでたわけじゃないのね」
「し、正直言うと……ちょっと、楽しんでたのは、事実」
「ふうん?」

 ここは、素直に打ち明けよう。
 だがただ打ち明けるのではない、ちゃんと好感度を上げるための台詞を言わなくちゃ。

「でも君と一緒じゃないから、心の底からは楽しめてなかったよ」
「……そ、そう。……ったく……りと、言うわね」
「え、何?」
「なんでもない」

 治世の眉間のしわが少し薄くなった。
 機嫌は良い方向に傾き始めているとみていいのだろうか。
 ここいらで服でも褒めてみよう。

「その私服いいね。似合ってるよ」
「何よいきなり」

 デニムにレザージャケットはすらりとしたその体躯を実に強調させてくれている。スタイルの良さが引き立って制服姿の彼女とはまた違った魅力があるね。

「褒めるタイミングを逃しちゃったから」
「……今も褒めるタイミングじゃあないと思うけど」

 あら、そっけない。
 今の一瞬の間は、きっと照れているからこそ生じたものに違いない。

「けど」
「けど?」
「……なんでもないわ」

 あ、やっぱり照れてるねこの子。
 いやーこういう時のこの目を逸らす仕草、実にいい!

「この後の流れはお前に任せるわ。私は近くにいるから、何かあったらすぐ連絡。いい?」
「了解です!」

 さあ……やってみますか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

勇者辞めます

緑川
ファンタジー
俺勇者だけど、今日で辞めるわ。幼馴染から手紙も来たし、せっかくなんで懐かしの故郷に必ず帰省します。探さないでください。 追伸、路銀の仕送りは忘れずに。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

自由でいたい無気力男のダンジョン生活

無職無能の自由人
ファンタジー
無気力なおっさんが適当に過ごして楽をする話です。 すごく暇な時にどうぞ。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

処理中です...