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結の星痕
世界の理
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皆が出て行った後の室内は、とても静かだった。
そんな中に、天帝の穏やかな声が響く。
「蒼龍。我ガ愛シキ娘……。我ノ近クヘ」
請われるままに上座へ近寄る。
しかしどんなに寄っても、そこに人の気配は感じられない。
「御尊父様?」
声を掛けてみても、天帝からの返事は無く、無礼を承知で一言詫びを入れて雛壇を上がり、垂れ下がった御簾の向こうを覗き込む。
そこにはやはり誰もおらず、代わりに上座の後ろに、どこかへと続く空洞がぽっかりと口を開けていた。
「……」
アウラは特に疑問を抱く事なく、その空洞の中へと足を踏み入れる。
直に室内の灯りが届かなくなり、辺りは静寂な闇が支配する。
感覚的にはまだ下へと下っている。
今の所直接だが、いつ別れ道や曲がり角があるか分からないので、アウラは壁に手を付きながらゆっくりと先に進んでいく。
目は全く効かないが、僅かな空気の流れで何となく道行きが分かるおかげで、これといった恐怖感は無い。
……いや違う。似ているんだ。グルミウムの、聖なる他に。
ここには自ら光る石光虫もいないし、奥から微かに伝わってくる水の香りもしない。
それでも似ていると、感覚的にそう感じた。
そのままもう暫く下っていくと、足が平地を踏む感覚を捉えた。
そしてそのまま進むと、地面を灯す淡い光と共に、巨大な空洞が広がっていた。
地下だと言うのに、頭上からは太陽光が注がれているような一筋の光が差し込んでいる。
洞窟の殆どを泉が占め、その泉の大半を、天を突き抜ける巨大な大木に覆われ……。
泉の縁や大木の枝には小動物達が戯れている。
ここは、エルタニンの聖なる祠?
「蒼龍、此方ヘ」
不意に聞こえた、天帝の声。
辺りを見渡すが、やはり人の気配は無い。
声が聞こえたのは泉の中心、大木の近く。
アウラは大木の根元近くまで飛んで天帝を探すが、やはり人の姿は無い。
「会イタカッタゾ、愛シキ娘ヨ」
また聞こえた。
それも今度は、アウラのすぐ横から。
まるでそこに、立っているかのように。
「……え?」
まさか!と急ぎ泉の縁まで飛び退き、大木全体を見渡す。
よくよく見ると、その大木の節々は鱗模様にも見えた。
信じられない物を見るように、しかし真実を確かめるべく、視線を下へ、泉の中へと落としていく。
そこには、大木の根に混じって、キラキラと黄金色に輝く物がたゆたっていた。
呆けたように見ていると、不意にそれと目が合った。
泉から丁度顔を出している部分、根と幹の狭間から、黄龍の二つの瞳がこちらをじっと見つめている。
「御尊父、様……?」
信じられなかった。
彼の背には天を突き抜けた巨大な大木、四肢の先は石と同化し……この洞窟は、いや、この世界は黄龍を礎として創られているのだ。
アウラは先程自分がしでかした行為を思い出して、一気に血の気が引くのを感じた。
「も、申し訳ありません!知らなかったとはいえ、御尊父様を踏みつけてしまうなんて」
「良イ。子等ハ皆、我ノ背デ飛ビ跳ネテオル。モウ一度、我ノ傍ヘ」
慌てて謝罪すると、黄龍は優しくそう笑った。
アウラは少し戸惑うも、おずおずと木の根元に降り立つ。
そのすぐ横に、黄龍の顔がある。
とても優しそうな、穏やかな顔だ。
「蒼龍、ソナタノ事ハ、ズット見テイタ。コレマデ良ク、頑張ッタナ。我ハコノ通リ、見守ル事シカ出来ヌ。不甲斐ナイ父ヲ許セ」
「そんな、御尊父様が謝られるような事は何一つありません!」
そう。黄龍は何も悪くは無い。
それなのに謝られては、こちらが申し訳無い。
「それに、見ている事しか出来ない事の方が、余程お辛いでしょう?」
その発言に、黄龍の瞳が少し見開かれる。
見ている事しか出来ない無力さは、アウラにも痛い程分かる。
だからアウラは力を求めた。
「……ソウダナ。ソシテ、ソナタハ勝チ取ッタ。ソノ祝ヲ、我ニモサセテ欲シイココノ水ヲ飲ムト良イ。衝動ヲ抑エラレル」
「え?」
「ソナタハ、渇イテオル。溢レル破壊衝動ニ怯エテイル。故ニ遠ザケテイル、大切ナ、宝ヲ」
「……っ」
恐ろしい程に的確な言葉。
その言葉に反応するように、蒼龍が蠢く。
まだだ。まだ、負けない。
「……その祝い、謹んでお受け致します」
ぎゅ、と胸元を掴んで蒼龍を押さえつけ、黄龍にそう答えてから泉の水を一口含む。
甘いような苦いような、酒にも似たような不思議な味。
それが喉元を通り過ぎた瞬間、身体の中の余分な力がすぅ、と抜けていくような気がした。
「蒼龍。ソナタガ吹キ抜ケタ先ニ、何ガ有ルノカ。我ハ此処カラ、世界ノ終焉マデ見守リ続ケヨウ」
この方は、全てお見通しなんだ。神を欺く事など、誰にも出来やしない。
そう理解したら、肩の力が抜けた。
「ありがとうございます、御尊父様。私も、この身体がいつまで保つか分かりませんが、精一杯足掻いてみます。……それと、私の魂は、私の意志を継ぐ者達が引き継いでくれます。だから、何も心配は必要ありませんよ。なにせ、風は不滅なんですから」
優しい黄龍の言葉に、穏やかに答えるアウラ。
ゆっくりと流れるこの時間を愛おしむように、二人は暫くそこに留まっていた。
そんな中に、天帝の穏やかな声が響く。
「蒼龍。我ガ愛シキ娘……。我ノ近クヘ」
請われるままに上座へ近寄る。
しかしどんなに寄っても、そこに人の気配は感じられない。
「御尊父様?」
声を掛けてみても、天帝からの返事は無く、無礼を承知で一言詫びを入れて雛壇を上がり、垂れ下がった御簾の向こうを覗き込む。
そこにはやはり誰もおらず、代わりに上座の後ろに、どこかへと続く空洞がぽっかりと口を開けていた。
「……」
アウラは特に疑問を抱く事なく、その空洞の中へと足を踏み入れる。
直に室内の灯りが届かなくなり、辺りは静寂な闇が支配する。
感覚的にはまだ下へと下っている。
今の所直接だが、いつ別れ道や曲がり角があるか分からないので、アウラは壁に手を付きながらゆっくりと先に進んでいく。
目は全く効かないが、僅かな空気の流れで何となく道行きが分かるおかげで、これといった恐怖感は無い。
……いや違う。似ているんだ。グルミウムの、聖なる他に。
ここには自ら光る石光虫もいないし、奥から微かに伝わってくる水の香りもしない。
それでも似ていると、感覚的にそう感じた。
そのままもう暫く下っていくと、足が平地を踏む感覚を捉えた。
そしてそのまま進むと、地面を灯す淡い光と共に、巨大な空洞が広がっていた。
地下だと言うのに、頭上からは太陽光が注がれているような一筋の光が差し込んでいる。
洞窟の殆どを泉が占め、その泉の大半を、天を突き抜ける巨大な大木に覆われ……。
泉の縁や大木の枝には小動物達が戯れている。
ここは、エルタニンの聖なる祠?
「蒼龍、此方ヘ」
不意に聞こえた、天帝の声。
辺りを見渡すが、やはり人の気配は無い。
声が聞こえたのは泉の中心、大木の近く。
アウラは大木の根元近くまで飛んで天帝を探すが、やはり人の姿は無い。
「会イタカッタゾ、愛シキ娘ヨ」
また聞こえた。
それも今度は、アウラのすぐ横から。
まるでそこに、立っているかのように。
「……え?」
まさか!と急ぎ泉の縁まで飛び退き、大木全体を見渡す。
よくよく見ると、その大木の節々は鱗模様にも見えた。
信じられない物を見るように、しかし真実を確かめるべく、視線を下へ、泉の中へと落としていく。
そこには、大木の根に混じって、キラキラと黄金色に輝く物がたゆたっていた。
呆けたように見ていると、不意にそれと目が合った。
泉から丁度顔を出している部分、根と幹の狭間から、黄龍の二つの瞳がこちらをじっと見つめている。
「御尊父、様……?」
信じられなかった。
彼の背には天を突き抜けた巨大な大木、四肢の先は石と同化し……この洞窟は、いや、この世界は黄龍を礎として創られているのだ。
アウラは先程自分がしでかした行為を思い出して、一気に血の気が引くのを感じた。
「も、申し訳ありません!知らなかったとはいえ、御尊父様を踏みつけてしまうなんて」
「良イ。子等ハ皆、我ノ背デ飛ビ跳ネテオル。モウ一度、我ノ傍ヘ」
慌てて謝罪すると、黄龍は優しくそう笑った。
アウラは少し戸惑うも、おずおずと木の根元に降り立つ。
そのすぐ横に、黄龍の顔がある。
とても優しそうな、穏やかな顔だ。
「蒼龍、ソナタノ事ハ、ズット見テイタ。コレマデ良ク、頑張ッタナ。我ハコノ通リ、見守ル事シカ出来ヌ。不甲斐ナイ父ヲ許セ」
「そんな、御尊父様が謝られるような事は何一つありません!」
そう。黄龍は何も悪くは無い。
それなのに謝られては、こちらが申し訳無い。
「それに、見ている事しか出来ない事の方が、余程お辛いでしょう?」
その発言に、黄龍の瞳が少し見開かれる。
見ている事しか出来ない無力さは、アウラにも痛い程分かる。
だからアウラは力を求めた。
「……ソウダナ。ソシテ、ソナタハ勝チ取ッタ。ソノ祝ヲ、我ニモサセテ欲シイココノ水ヲ飲ムト良イ。衝動ヲ抑エラレル」
「え?」
「ソナタハ、渇イテオル。溢レル破壊衝動ニ怯エテイル。故ニ遠ザケテイル、大切ナ、宝ヲ」
「……っ」
恐ろしい程に的確な言葉。
その言葉に反応するように、蒼龍が蠢く。
まだだ。まだ、負けない。
「……その祝い、謹んでお受け致します」
ぎゅ、と胸元を掴んで蒼龍を押さえつけ、黄龍にそう答えてから泉の水を一口含む。
甘いような苦いような、酒にも似たような不思議な味。
それが喉元を通り過ぎた瞬間、身体の中の余分な力がすぅ、と抜けていくような気がした。
「蒼龍。ソナタガ吹キ抜ケタ先ニ、何ガ有ルノカ。我ハ此処カラ、世界ノ終焉マデ見守リ続ケヨウ」
この方は、全てお見通しなんだ。神を欺く事など、誰にも出来やしない。
そう理解したら、肩の力が抜けた。
「ありがとうございます、御尊父様。私も、この身体がいつまで保つか分かりませんが、精一杯足掻いてみます。……それと、私の魂は、私の意志を継ぐ者達が引き継いでくれます。だから、何も心配は必要ありませんよ。なにせ、風は不滅なんですから」
優しい黄龍の言葉に、穏やかに答えるアウラ。
ゆっくりと流れるこの時間を愛おしむように、二人は暫くそこに留まっていた。
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