流星痕

サヤ

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転の流星

発明の天才

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 土の天地エルタニンを出発してから東端にある港町ネティックスに着くまでの距離は、さほど長くは無い。
 小川に沿って、林を一つ抜ければ辿り着く、エルタニンが管轄する小さな港町。
 以前は風の王国グルミウムへの往来便や漁師、物資の運搬でそれなりに賑わっていたが、国が滅び、邪竜が東に集結している今となっては、バスター協会の仕官が調査の為に利用する程度で、閑散としている。
 ここでベイドの兄、シェリアクと落ち合う事となっている一行は、彼が到着するまでの間を思い思いに過ごしていた。

 フォーマルハウトはというと、上司である兄に定期報告を済ませ、背負っている折りたたみ式のキャンパスを組み立て、ホルダーから色鉛筆を取り出して海を描いていた。
「……」
 多彩な色で描かれた風景は、短時間で完成させた割には躍動感があり、今にも動き出しそうだ。
 その風景の中に、フォーマルハウトはまるでサインでも記すかのように、キャンパスの隅にさらさらと何かを書き加えていく。
 港の船着き場に独りで佇んでいるアウラの後ろ姿だ。
 彼女、アウラは現在、バスターとしての記憶を失い、グルミウムの王女として振る舞っており、その真意を確かめる為に、フォーマルハウトはこの旅に同行している。
 彼女は本当に、あのアウラ王女なんだろうか?……あの無邪気さからは、とても想像出来ないけれど。
 アウラ王女の素顔を知っている者は、せいぜいあの公開処刑を間近で見た者くらいだろう。
 フォーマルハウトが記憶しているのは、澄み渡る空のような髪色と、敵を心の底から憎んでいる鋭い瞳くらいだ。
 何年月日が流れても、あの瞳だけは忘れる事は出来ない。
 今のアウラにあの時の記憶が無いのなら、あの雰囲気なのは当然だし、偽物なら尚更だ。
 絵を描き終えたフォーマルハウトは用具をしまい、彼女の元へ歩み寄る。
 髪の色も違うけど、転生式を行ったのなら、それくらい変えるのは容易いって言うし、やっぱりちゃんと確かめるしかないか。
 アウラは船着き場の端に腰掛けており、両足を海に投げ出し、後ろに伸ばす両手で身体を支えている。
 近くまで行くと、彼女はちらりと、顔だけをこちらに寄越した。
 その瞳は、やはりあれとは似ても似つかず、なんだか浮かない愁いを帯びている。
「何か考え事ですか?」
 彼女が王女を自称しているからではなく、生活習慣場、敬語が身に染み付いてしまっているフォーマルハウトは、いつもの微笑みを浮かべて問い掛ける。
 しかしアウラは、自分に興味を持たなかったようで、ふいと視線を海に戻し、ぽつりと呟く。
「……この風がね、すごく悲しい音を出してるの」
「音、ですか?」
 彼女は、風や植物と対話する際、色々な表現をする。
 もっとも、植物とはちゃんとした会話が出来ているようで、はっきりと「こう言ってる」と教えてくれるので、風に対しての比率が高い。
 それは、未だに風の声が聞こえていないという事実を示している。
「それは、どういった音なんですか?」
 アウラの横にしゃがみこんでそう尋ねると、彼女は考え込むように「んー」と唸る。
「……何だろう。この、じめっとした空気の中にいると、何でか分からないけど、嫌な気持ちになる。悲しくて、痛くて、悔しくて……すごく、嫌な気持ち」
 じめっとした空気の中に……?そういえば、も今日みたいな、蒸し暑い天気だった。あの出来事を、身体が覚えているんだろうか?……もしそうだとしたら、やっぱりこの人は、本物?
 目の前の少女が本物かどうかを地極めるのは、フォーマルハウトにとっては至極簡単な事だ。
 この手で、彼女に触れれば良い。
 そうすれば本人の意思に関係なく、相手の心を読み取る事が出来る。
 この生まれ持った特異能力のおかげで、フォーマルハウトはこの旅の同行に任命されたのだ。
 義兄からは、再三結果を報告するようにと文が飛んでくるが、まだ行動に移してはいない。
 その理由としては色々あるが、隠し事が苦手なフォーマルハウトにとって、早めに真実を知ってしまうと、その後の任務に差し支える恐れがあるからだ。
 でも……。
 ふと、フォーマルハウトは思い悩む。
 もしこの人が本物のアウラ王女だった場合、僕は最後まで任務を全うする事が出来るんだろうか?天帝様のは勿論だとしても、義兄さんのは……。
 尽きない悩みの沼に沈み込んでいくと、不意にアウラが、何の前触れも無く立ち上がった。
 その視線は、相変わらず海を捕らえている。
 しかしその瞳には先程までの愁いは無く、何かを警戒しているかのようだ。
「どうしたんですか?」
 フォーマルハウトも立ち上がり、アウラが見つめる海を見渡すが、別段異常は見られない。
 アウラは瞬き一つせず、ある一点を見つめたまま呟く。
「……来る。何か大きい物が風を押してきてる。……鳥じゃない」
 鳥じゃない何かが?……それって。
「来た!」
 アウラが叫ぶのと、フォーマルハウトの目にそれが飛び込んで来たのは、ほぼ同時だった。
 水平線の向こうから現れたそれは、確かに鳥では無かった。
 しかしそれは鳥のような翼を広げ、間違いなく空を突き進んでくる。
 どんどん近付いてくるそれは、見た感じでは鉄の鳥と言ったところだ。
「あれは、船?……まさか、あれがシェリアクさんが言っていた、飛行船?」
 呆然としたまま呟くと、その鉄の塊は途中で海上を滑り出し、やがて船着き場に停止した。
 近くで見ると、それは数人乗りの小型船に、薄い翼を付けただけの単純な造りに見える。
 呆気にとられて眺めているうちに、他のメンバーも、それぞれ驚いた様子で集まってくる。
「すごい。これ、船よね?本当に、空を飛んできてた」
「すげー!鉄なのに空飛べるんだ。格好いい!」
「思ってたより小さいんだな」
 それぞれが思い思いの感想を述べ、最後にベイドが船の中にいるであろう操縦者の兄に声を掛ける。
「兄さん、無事ですか?」
 しばらくすると、船の出入口が開き、中から三等身程の奇妙な物体が出てきた。
 丸い頭部に箱型の胴体、それとは不釣り合いな細長い手足。
 そんなキテレツな物体が、何ともぎこちない動きで降りてきて、親しげに話し掛けてきた。
「やあ、久しぶりだね。皆さん」
「喋った!?」
「久しぶりって。まさか、シェリアクさんですか?」
 シェアトの言葉に応えるように、物体はくるりと頭を一回転させ片手を上げる。
「正解。旅に出るにあたって、自由に動ける身体が必要だと判断してね。あり合わせで作ってみたんだ」
「あんた、そんな身体でここまで来たのか?一人でこんなの操って」
 それに対してシェリアクは顔だけをぐるりと回してグラフィアスを捉える。
「確かに見た目はこんなだが、これはこの機械を操る為に作った体なんだよ。私自身の移動は不便だが、操縦に関しては最適さ」
「あちこちにプラグが付いていますね。やはり、一人での操縦はかなりの労力なのではないですか?これからは私も手伝いますよ」
 ベイドが兄の体を軽く見てそう言うと、シェリアクは片足を上げて言った。
「そうなんだよ。全身を使用してやっとの操飛行でね。途中、何度海上を走ったことか。ベイドの助けが無いと、乱気流の中での飛行は不可能だと思う。操縦方法を教えるから、よろしく頼むよ」
 すごい。やっぱりこの人達は、本物の天才だ。
 三等身の奇怪な物体は、人間にしたら恐ろしいポーズをとっているが、その中身は紛れもない本物であると、フォーマルハウトは痛感する。
 兄さんは彼らを脅威だと言っていたけど、この二人なら、いつか本当に安全な転生式を行える物を創れるのではないか。
 そうなれば、もう邪竜が増える事は無くなる。
 これ以上悲しむ人が、いなくなるんじゃ……。
 彼らの無限の可能性に胸を膨らませていると、シェリアクが正常な姿勢に戻り、
「さぁ、早速だけど出発しよう。中は少し手狭だけど、この飛行船は海も走行可能だからね。デッキもあるし、行ける所のギリギリまで、快適な船旅と洒落込もうじゃないか」
 と、一同を中へと誘う。
 皆それぞれが期待を胸に、飛行船の中へと乗り込んで行くが、一人だけ、浮かない顔をしていた事に、誰も気付いていなかった。
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