流星痕

サヤ

文字の大きさ
上 下
58 / 114
転の流星

空の欠片

しおりを挟む
 せっかくアウラの記憶の行方が判明したというのに、そこへ行く為の術を持たない一行は途方に暮れてしまい、意気消沈といった感じで宿屋の一室にいた。
 事の成り行きを報告に行ったフォーマルハウトも、これ以上の支援は望めないと通達され、罰の悪そうな顔をしている。
「すみません。僕の準備不足で。てっきり、国に渡れるものだと思っていたので」
「お兄さんは悪くないよ!悪いのは私で、私がちゃんと覚えていれば……」
「アウラだって悪くないよ!悪いのはレグルスだよ。あいつがアウラの記憶を盗らなければ、こんな事にはならなかったんだもん」
 アウラがフォーマルハウトを庇い、ルクバットがアウラを庇う、意味の無い庇い合い。
 そこに、シェアトが自信なさげに声を掛ける。
「あの、フォーマルハウトさん?」
「あ、僕の事はフォールで良いですよ。何ですか?」
「あ、はい。あの、他に、記憶の手掛かりって何か無いんでしょうか?」
「そうですね……欠片程度の記憶であれば、何かきっかけがあれば戻るかもしれません。でも、彼女の人格を形成してきた、人生において重要な記憶は、故郷に留まっていると思います」
 彼も確証は無いようだが、それでもその説明は、事実に近い物のように感じる。
「そのきっかけというのは?」
「これは、デジアルに記憶を奪われたとかには関係なく、誰にでも起きる事です。忘れた物を思い出そうと同じ行動をとったり、それに関連した事を行う事で思い出すんです」
「……確かにそれは、欠片ですね」
 普段の何気ない行動は忘れやすい。
 いざ思い出そうとすると、思い出せない事など、人生の中で山ほどある。
「そんなに小さいんじゃ、意味ないな」
 グラフィアスの声は明らかに落胆しており、シェアトもそれに同意する。
 そんな中、アウラが口を開く。
「ねえ。そのかけらって、普段出来てた事が出来なくなるのもそう?」
「たぶん、そうだと思います。普段何気なく行っていた物なら、欠片と呼べるかと」
「なら、私やってみる!かけら、取り戻してみるよ」
 勢い良く言うアウラだが、皆はその意図が理解出来ずに、互いの顔を見合わす。
「やってみるって、一体何をするつもりなんですか?」
「前にルクバットが、私が風になったみんなに話し掛けて国の外に出してもらったって言ってたでしょ?だから、風の声の聞き方を思い出せば、中に入れるよね?」
 シェアトの問にアウラは真剣に答える。
 彼女なりに、責任を感じているのかもしれない。
 その案に、ルクバットは大きく頷いて賛成する。
「そっか。グルミウムから出た時の記憶は取り戻せなくても、普段から聞いてた風の声の聞き方なら思い出せてもおかしくないよね。なら俺も一緒にやるよ!俺も覚えたいんだ」
「分かった。それじゃ一緒にやろ。外に出て、風がよく吹くとこに行こ!」
「おっけー!」
 二人して勢い良く立ち上がり外へ向かうが、忘れ物でもあったのか、アウラは一度立ち止まり、こちらを振り返った。
「お兄さん。私、お兄さんの事はフォーさんて呼ぶね」
「え?」
「だって嫌だもん。#落ちこぼれ_フォール__#なんて。じゃあね!」
 それだけ言い残して、アウラは風のように去っていく。
 ……彼女らしいな。
 フォーマルハウトが自分の事を落ちこぼれと卑下した時、シェアトも戸惑いを覚えたが、あれこれ詮索するのはよそうと考える事を止めてしまった。
 しかしアウラは、そんな事は関係ないといった風に、自分の気持ちをしっかりと伝えた。
 私も、もっと見習わないとな。
「私、あの子達の側についていますね、フォーさん」
 そう笑顔で告げて、シェアトもアウラ達の後を追う。
「なら俺達は、他に方法が無いか探してみるか」
 残された男達は、お互いの顔を見合わせ、更なる話し合いを始める。
「そうですね。上手く記憶が戻る確証もありませんし」
「仮に、アウラ王女が記憶を取り戻せたとしても、彼女の声が風の民に届く場所まで近づけないと意味が無い」
「船だと、どこまで行けるんだ?」
 グラフィアスの問いかけに、フォーマルハウトはスケッチブックを取り出し、簡単な絵を描きながら分かりやすく説明する。
「以前、僕達が調査する為に向かった時は、東端の港ネティックスを出て二刻半……。大体グルミウムと中間くらいですね。ここで大きな渦潮に遭遇しました。一度はそれを避けて進もうとしたんですけど、急に波まで高くなって転覆しかけたので、断念したんです」
「その時の風の具合は?」
「ほとんどありません。天気も良くて、海だけが荒れていました」
 最後に、何度行っても状況は同じですと付け加えて、首を捻らせる。
「その波や渦潮は多分、侵入者対策で、グルミウムの風が起こしてんだろうな。……その様子だと、あいつが話し合えるとは思えないな。くそ、忌々しい」
 腕を組んだまま、苦々しげに舌打ちをするグラフィアス。
 そんな中、聞き覚えのある電子音が唐突に流れた。
「ダッタラ、空カラ向カウノガ一番良インジャナイカナ?」
 それは、音というにはあまりにも鮮明な声だった。
「この声……。まさか、一体どこから?」
 すぐに反応したグラフィアスは辺りを見回し、フォーマルハウトは何が起きたのか理解出来ずに、グラフィアスを見つめる。
 そして、一人落ち着いた様子のベイドが何でもなさそうに、
「ここですよ」
 と、自身が身に着けているヘッドフォンをコツコツ、と指で軽く叩き、話し掛けた。
「今の兄の性質上、これで会話が出来るんです。……やはり兄さんもそう思いますか?」
 声の正体は、原子分解再構築の研究で、肉体を失ったベイドの兄、シェリアク。
 ベイドはヘッドフォンを耳から外し、皆にも聞こえるよう机に置いた。
「アア。ソコカラ入国マデ出来ルトハ思ワナイケド、風ノ影響ヲ受ケル所迄行ケレバ良インダロ?」
「そうです。後はアウラ王女に、交渉してもらいますから」
「おいあんたら。そんな下らない話してる場合か?空から行く?飛べない俺達がどうやって行くんだよ?何かアテでもあるのか?」
 当たり前のように話を進めていく兄弟に現実を突き付けるも、シェリアクは当たり前のように答える。
「飛行船ヲ作レバ良イサ。理論ハ組ミ上ガッテイルシ、設計図モアル」
「何だと?」
 そこに、今まで置いてけぼりになっていたフォーマルハウトが、ようやく身を乗り出すように加わってくる。
「す、すみません。今話をしているのはもしかして、シェリアクさんですか?」
「ええ。研究過程で肉体を失ってはいますが、この通り元気ですよ」
「そ、そうですか……」
 元気、という表現に戸惑いを覚えたようだが、それでも彼はシェリアクに話し掛ける。
「シェリアクさん。僕、奏任六等官のフォーマルハウトと言います。覚えていますか?」
「アア。以前伺ッタ時、アクベンス殿ト一緒ニイタ子ダネ。勿論、覚エテイルヨ」
「お久しぶりです。それで、今の話なんですけど、飛行船というのは、空を飛ぶ乗り物を開発したという事なんですか?」
「研究シテイタト言ウノガ正シイネ。興味本位デ始メタガ、途中デ原子分解再構築ニ、夢中ニナッテシマッタカラネ」
 あはは、といかにも楽しそうに笑うシェリアクに、ベイドが問題点を突き付ける。
「ですが兄さん。あれは動力源に問題があって、計算上でも数分しか飛ばないんじゃなかったんですか?」
「ソレガネ、今ノ私ナラ動カセルト思ウンダヨ。ベイドガ旅立ッテカラ暇潰シニ図面ヲ見テイタンダガ、私自身ガ動力源トナッテ、連結部ノ反応ヲ早メレバ、上手クイキソウデネ。手狭ダカラ拡張スル必要ガアルシ、色々手ヲ加エルツモリダケド、期待シテクレテ良イヨ」
 はっきりとそう断言するシェリアクからは、確固たる自信が伝わってくる。
「すごいな……。空を飛ぶ乗り物なんて、夢物語だと思ってました」
「今ダッテ十分ソウダヨ。タダ私ノ身体ガ、変ニ役立ッタダケサ」
 運が良かったと、シェリアクは謙遜する。
 一方グラフィアスは半信半疑といった感じで確認を取る。
「今一信用ならねーが……とりあえず、グルミウムには空から向かう事で決まりだな?」
「そうですね。他に方法も浮かびませんし、それでいきましょう。兄さん、私達はこのままネティックスに向かいます。そこで合流しましょう」
「了解。ソレジャ、急イデ作業ニ取リ掛カルヨ」
 最後にベイドが合流場所を決め、シェリアクが了承すると、そこで通信は途絶えた。
「ようやく、次の目的地が決まったな」
「はい。上手くいくと良いんですが」
 やれやれと肩の荷を下ろしたグラフィアスに、先を案じるフォーマルハウト。
 そして、帽子を綺麗に被り直したベイドが腰を上げた。
「さて、ここにいる必要は無くなりました。アウラ王女が記憶を取り戻すのを待ちつつ、ネティックスを目指しましょう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

メカラス連邦諸国記

広之新
ファンタジー
メカラス連邦は多数の王国からなる連合体である。その中枢には、人々が平和で豊かに暮らせるように王の任命権をもつ評議会があった。その評議会は有力な王や司祭、学者などで構成されるが、そこで大きな発言権を持つのは稀代の方術師、ハークレイ法師だった。彼は学識豊かで人徳があり人々から慕われていた。ただ姿をくらますことが多く、その行方はようとして知れなかった。 この平和で豊かにみえる連邦の国々も波風が立たないわけではない。今日もどこかの国で様々なことが巻き起こっていた・・・。オムニバス形式

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョンを探索する 配信中にレッドドラゴンを手懐けたら大バズりしました!

海夏世もみじ
ファンタジー
 旧題:動物に好かれまくる体質の少年、ダンジョン配信中にレッドドラゴン手懐けたら大バズりしました  動物に好かれまくる体質を持つ主人公、藍堂咲太《あいどう・さくた》は、友人にダンジョンカメラというものをもらった。  そのカメラで暇つぶしにダンジョン配信をしようということでダンジョンに向かったのだが、イレギュラーのレッドドラゴンが現れてしまう。  しかし主人公に攻撃は一切せず、喉を鳴らして好意的な様子。その様子が全て配信されており、拡散され、大バズりしてしまった!  戦闘力ミジンコ主人公が魔物や幻獣を手懐けながらダンジョンを進む配信のスタート!

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた
ファンタジー
理想郷≪アルカディア≫と名付けられた世界。 世界は紛争や魔獣の出現など、多くの問題を抱え混沌としていた。 そんな世界で、破壊の力を宿す騎士ルーカスは、旋律の戦姫イリアと出会う。 彼女は歌で魔術の奇跡を体現する詠唱士≪コラール≫。過去にルーカスを絶望から救った恩人だ。 だが、再会したイリアは記憶喪失でルーカスを覚えていなかった。 原因は呪詛。記憶がない不安と呪詛に苦しむ彼女にルーカスは「この名に懸けて誓おう。君を助け、君の力になると——」と、騎士の誓いを贈り奮い立つ。 かくして、ルーカスとイリアは仲間達と共に様々な問題と陰謀に立ち向かって行くが、やがて逃れ得ぬ宿命を知り、選択を迫られる。 何を救う為、何を犠牲にするのか——。 これは剣と魔法、歌と愛で紡ぐ、終焉と救済の物語。 ダークでスイートなバトルロマンスファンタジー、開幕。

処理中です...