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第二話 駐車場にて
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「で、新人。お前、何ができんの?」
休憩室で、目の前のツナギ姿の女性が見た目に似合わないハスキーボイスで僕に聞いてきた。
彼女の名前は『秋月 美鶴』。この自動車整備会社『オートサービスラジアル』の先輩社員に当たる。年齢は僕とそんなに変わらないくらいだろうが、片方の指先には火の着いたタバコが握られていたので、成人はしているのだろう。ウェーブのかかった長い黒髪を無造作に後頭部で纏めていた。顔立ちにかわいらしさの残る小柄な女性だが、シュッと上がったやや太めの眉はとても凛々しい。
ここでは社長に代わり整備全般を担当しているらしい。
腕組みをしながら問いかける彼女に対し、何があるのだろうかと少し考えたが、残念なことにスキルゼロと言っていい僕には、自分のできる事など何も思い浮かばなかった。
「さ、さぁ……?」
改めて自分の能力の無さを再確認した結果、妙に自分が情けなくなり力が抜けてしまい、「なんでしょうね?」まで言葉が続かなかった。
「チッ。しょうがねぇ。ついてこい」
少しの間の後、秋月さんは舌打ちし、持っていたタバコをテーブルの上にある灰皿で揉み消すと、休憩室から工場内へと続くアルミ製のドアを開いた。
「ここがあたしらの仕事場。手前にリフトが三台。奥にフレーム修正機とテスター、さらにその奥に塗装ブースがあるから」
ラジアルは、敷地中心にある駐車スペースを囲うように、道路から見て左側に事務所、正面から右側までL字型の工場が建っていた。
秋月さんが壁のスイッチを操作すると、真っ暗だった工場内が水銀灯の光で照らし出される。工場内はここから全体を見通すことはできないが、確かに小さいながらもそれなりの設備が整っているようだった。
「お前、十八歳だっけ?働いた事は?資格は?」
「いえ、全然なくて……」
「マジか。社長、何考えてんだ……」
僕から目をそらすように横を向いた秋月さんはあきれたような口調でそう言った。
一呼吸おいてから僕に顎で「ついて来い」と命じると、正面駐車場へと繋がるシャッターの前へ向かった。
壁に埋め込まれたスイッチを操作すると、閉じられたシャッターが錆び付いたような音を立てながら開き始め、隙間から刺すような朝陽が工場内へと差し込んできた。
そして開いたシャッターの目の前、そこには僕の自転車が置いてあった。中学生の時からの愛用品だ。
「なんだこれ?誰の自転車だ?」
怪訝そうな顔をする秋月さんに、僕は言った。
「すいません。それ僕のです」
「はぁーっ!? なんでこんなトコに止めてんだよ! 邪魔だろうが! 事務所の裏に置いて来い!」
「すっ、すいません!」
怒声に近い秋月さんの声に僕は驚いて、慌てて自転車を事務所裏に移動させる。朝から失敗続きのような気がした。このわずかな時間で秋月さんの機嫌が少しずつ確実に悪くなっているのが、初対面の僕でもわかったからだ。
自転車を押しながら事務所を迂回するようにして回ると、裏手に続く隣の敷地との間に車両を運搬するための積載車と、古いクロカンタイプの軽自動車が並んで止まっていた。おそらくこの軽自動車が秋月さんの車だろう。朝はここに回る前に社長に呼び止められたので気が付かなかったが、ここが従業員用の駐車スペースのようだった。
積載車と軽自動車の間をすり抜けるとさらに後ろにスペースがありそうだったので、そこに自転車を置くことにした。
車の間をすり抜け奥へ進む。積載車の後ろに廃棄部品などの産業廃棄物を入れて置くための金属製コンテナ容器、いわゆるバッカンと呼ばれるものが置いてあるなと、脇を見ながら歩いていると、ジャラリと前方で金属が擦れるような音がした。
目をやると、事務所の陰から現れたであろう、鎖につながれた灰色の毛むくじゃらの生き物が唸り声をあげながらこちらを睨んでいた。
「ひぃっ」
目が合うや否や、同時にその灰色の肉食獣は自身の獰猛さを証明するかの如く牙をむき出しにして僕へ飛び掛かってきたのだ。
『ワンッ』と鳴きながら。
とっさに身の危険を察知した僕は自転車を放り出し、ちょうど自分の斜め後ろあたりにある積載車の荷台へと慌てて飛び乗った。
幸い積載車まで鎖の長さが足りず、その牙がスロープへしがみついた僕へと届くことはなかった。しかし、それでもなお灰色の肉食獣は、鎖を引きちぎらんばかりの勢いで牙を見せながら足元で吠え続けていた。
荷台の後端にある、跳ね上げられた車両用スロープにしがみつきながら「ひいいいいっ」と情けない声を上げていたその時だった。
「おい新人! 自転車止めるのにいつまでかかってんだよ!」
まだ出社して三十分ほどだろうか。秋月さんの、本日二回目の怒声が飛んだ。
休憩室で、目の前のツナギ姿の女性が見た目に似合わないハスキーボイスで僕に聞いてきた。
彼女の名前は『秋月 美鶴』。この自動車整備会社『オートサービスラジアル』の先輩社員に当たる。年齢は僕とそんなに変わらないくらいだろうが、片方の指先には火の着いたタバコが握られていたので、成人はしているのだろう。ウェーブのかかった長い黒髪を無造作に後頭部で纏めていた。顔立ちにかわいらしさの残る小柄な女性だが、シュッと上がったやや太めの眉はとても凛々しい。
ここでは社長に代わり整備全般を担当しているらしい。
腕組みをしながら問いかける彼女に対し、何があるのだろうかと少し考えたが、残念なことにスキルゼロと言っていい僕には、自分のできる事など何も思い浮かばなかった。
「さ、さぁ……?」
改めて自分の能力の無さを再確認した結果、妙に自分が情けなくなり力が抜けてしまい、「なんでしょうね?」まで言葉が続かなかった。
「チッ。しょうがねぇ。ついてこい」
少しの間の後、秋月さんは舌打ちし、持っていたタバコをテーブルの上にある灰皿で揉み消すと、休憩室から工場内へと続くアルミ製のドアを開いた。
「ここがあたしらの仕事場。手前にリフトが三台。奥にフレーム修正機とテスター、さらにその奥に塗装ブースがあるから」
ラジアルは、敷地中心にある駐車スペースを囲うように、道路から見て左側に事務所、正面から右側までL字型の工場が建っていた。
秋月さんが壁のスイッチを操作すると、真っ暗だった工場内が水銀灯の光で照らし出される。工場内はここから全体を見通すことはできないが、確かに小さいながらもそれなりの設備が整っているようだった。
「お前、十八歳だっけ?働いた事は?資格は?」
「いえ、全然なくて……」
「マジか。社長、何考えてんだ……」
僕から目をそらすように横を向いた秋月さんはあきれたような口調でそう言った。
一呼吸おいてから僕に顎で「ついて来い」と命じると、正面駐車場へと繋がるシャッターの前へ向かった。
壁に埋め込まれたスイッチを操作すると、閉じられたシャッターが錆び付いたような音を立てながら開き始め、隙間から刺すような朝陽が工場内へと差し込んできた。
そして開いたシャッターの目の前、そこには僕の自転車が置いてあった。中学生の時からの愛用品だ。
「なんだこれ?誰の自転車だ?」
怪訝そうな顔をする秋月さんに、僕は言った。
「すいません。それ僕のです」
「はぁーっ!? なんでこんなトコに止めてんだよ! 邪魔だろうが! 事務所の裏に置いて来い!」
「すっ、すいません!」
怒声に近い秋月さんの声に僕は驚いて、慌てて自転車を事務所裏に移動させる。朝から失敗続きのような気がした。このわずかな時間で秋月さんの機嫌が少しずつ確実に悪くなっているのが、初対面の僕でもわかったからだ。
自転車を押しながら事務所を迂回するようにして回ると、裏手に続く隣の敷地との間に車両を運搬するための積載車と、古いクロカンタイプの軽自動車が並んで止まっていた。おそらくこの軽自動車が秋月さんの車だろう。朝はここに回る前に社長に呼び止められたので気が付かなかったが、ここが従業員用の駐車スペースのようだった。
積載車と軽自動車の間をすり抜けるとさらに後ろにスペースがありそうだったので、そこに自転車を置くことにした。
車の間をすり抜け奥へ進む。積載車の後ろに廃棄部品などの産業廃棄物を入れて置くための金属製コンテナ容器、いわゆるバッカンと呼ばれるものが置いてあるなと、脇を見ながら歩いていると、ジャラリと前方で金属が擦れるような音がした。
目をやると、事務所の陰から現れたであろう、鎖につながれた灰色の毛むくじゃらの生き物が唸り声をあげながらこちらを睨んでいた。
「ひぃっ」
目が合うや否や、同時にその灰色の肉食獣は自身の獰猛さを証明するかの如く牙をむき出しにして僕へ飛び掛かってきたのだ。
『ワンッ』と鳴きながら。
とっさに身の危険を察知した僕は自転車を放り出し、ちょうど自分の斜め後ろあたりにある積載車の荷台へと慌てて飛び乗った。
幸い積載車まで鎖の長さが足りず、その牙がスロープへしがみついた僕へと届くことはなかった。しかし、それでもなお灰色の肉食獣は、鎖を引きちぎらんばかりの勢いで牙を見せながら足元で吠え続けていた。
荷台の後端にある、跳ね上げられた車両用スロープにしがみつきながら「ひいいいいっ」と情けない声を上げていたその時だった。
「おい新人! 自転車止めるのにいつまでかかってんだよ!」
まだ出社して三十分ほどだろうか。秋月さんの、本日二回目の怒声が飛んだ。
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