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第六章 家族で気ままなスローライフ

第百三十話 神様が語るそれぞれの末路(前編)

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 とある休日。ミナヅキ一家は四人で散歩に出ていた。
 ラステカの町外れにある森にやってくると、中心部にある池の辺にて、野生のスライムたちが数匹ほど集まり、楽しそうに遊んでいる姿があった。

「スライムさーん♪」

 早速シオンがスライムたちと遊び出す。何匹か顔見知りだったらしく、スライム側も戸惑いを見せず、すぐに笑顔で打ち解け、楽しんでいた。
 ヤヨイもスライムたちの輪に入ろうかと思った瞬間、池の淵に自生している薬草を発見した。

「そっか……ここの池って、湧き水だったっけ」

 水が流れてくる場所に視線を向けながら、ヤヨイが呟く。学校の自然観察で訪れたことがあり、その時に習ったのだ。
 まさかここに薬草が生えているとは――その事実を知った今、ヤヨイは池の周辺に多大な興味を抱いていた。
 ヤヨイは無意識に観察モードに突入する。
 そんな娘の様子を、ミナヅキとアヤメは少し離れた位置に座りながら、苦笑しつつ見ていた。

「早速始まったな」
「ホントにあの子も好きよねぇ」

 夫婦揃って慣れた反応だった。今更驚くこともない。娘のありふれた行動の一つに過ぎなかった。

「アイツ、前に言ってたよ。いつか冒険者になって旅に出るってさ」
「そうなの?」
「あぁ。同じ薬草でも自然環境によって違うことを、この目で見たいんだと」
「フィールドワーカーってヤツね?」
「そーゆーことだな」

 苦笑しながらミナヅキは思う。黙々と観察したりしたいという点では、共通しているのかもしれないと。正反対と言われていた姉弟にも、ちゃんと似ている部分はあったのだと。

「シオンもメドヴィーの魔法学校に興味持ってるし、二人ともいつかは家を出て行くってことになるのか」
「子供が親元から巣立つのは当然のことよ。私たちが特殊なだけでね」
「……だよな」

 ヤヨイとシオンがいずれ旅立つこと、そして自分たちに対する言葉の両方を、ミナヅキは受け入れるしかなかった。
 巣立ちというより駆け落ちという名の逃げ出した行為であることも、当然ながら忘れてはいけない。
 結果的に親元を離れて、子供を産み育てていることに変わりはないのだが。

「そういえばさぁ――」

 アヤメも似たようなことを考えていたのだろう。ふと神妙な表情で、遊んでいる子供たちを見つめながら切り出した。

「私たちの実家の家族って……どうなったのかしらね?」
「あー、言われてみれば」

 言われてミナヅキも久しぶりに思い出した。もう完全に記憶から外しており、それこそ十年ぶりといっても過言ではない。
 というより、そもそも――

「こっちに来てから、向こうの事情なんて全然知らないしな」
「リュートの一件ぐらいだもんね。それこそ私たちが知る方法なんて、ユリスから聞くぐらいしかないし」
「そうなんだよな。そうそう都合よくアイツが現れるとも思えんし」
「いやいや、そんなことはないよ」
「って言われても……へっ?」

 ミナヅキは思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
 突如、いきなり入り込んできた第三者の声。その幼い男の子の声は、十年前からちっとも変っていなかった。
 ミナヅキとアヤメが振り向くと、そこに彼は座っていた。
 まるで最初からここにいましたよと言わんばかりに。

「ユリス……いつの間に」
「まぁまぁ、細かいことは気にしない♪」

 ヘラヘラと笑うその表情もまた、全然変わっていなかった。神様という特別な存在であるが故に、人間の常識が通用しないこともミナヅキは分かっていたが、それでも未だに戸惑いを感じてしまうのだった。

「そんなことよりも、キミたちの家族だった人がどうなったか……知りたい?」

 単刀直入にユリスは尋ねてきた。まるで自分の中の深い奥底を見透かすようなその視線と笑顔に、ミナヅキとアヤメは揃って緊張してしまう。
 やがて先に口を開いたのは、ミナヅキであった。

「まぁ、知りたくないと言えばウソになるな」
「気になっているのも、一応ホントのことではあるからね」

 ミナヅキに続いてアヤメも、どこか素直じゃない物言いをした。しかしユリスにとっては、それだけでも十分だったらしく、嬉しそうな笑みを浮かべる。

「ボクなら顛末を粗方見てきているし、知りたいなら教えてあげるよ。子供たちのことなら、しばらくあっちに任せておけばいいしさ」
「あっちって……」

 ミナヅキが呟きながら視線を向けると、そこにはもう一人増えていた。
 ユリスと同じ神様のイヴリンが、シオンやスライムたちとじゃれ合っている。やはりその幼女らしき姿も、十年前と全く変わっておらず、完全に年の近い友達同士が遊んでいる光景そのものであった。
 イヴリンが二人に対してお姉さんぶるが、スライムに囲まれて戸惑ってしまい、結局いつものように振り回される役目を担うこととなっていた。
 それを見ていたヤヨイは、深いため息をついていた。
 ヤヨイもシオンも、ユリスやイヴリンとは顔見知りであり、石窯スイーツを通して何回か交流したことがある。故にこうして突然現れることについても、もはや驚いてすらいない。
 チラリとミナヅキのほうを見ながら、ヤヨイは軽く頷いた。
 こっちは気にしなくていいよ――そんな無言の言葉を乗せながら。

「向こうも楽しそうだし、こっちもそろそろ話そうか」
「……だな」
「そうね」

 色々と思うところもあると言えばあるのだが、気にしていると話がどんどん逸れて行く可能性が高いことも確かであった。
 ミナヅキとアヤメは、ひとまずユリスから話を聞くことに専念することに。

「念を押すようで悪いけど、二人とも本当に聞きたいの?」

 ユリスはハッキリとそう尋ねてきた。

「これから語るそれぞれの末路は、お世辞にも良いとは言えないモノばかりだ。聞かなければ良かったと後悔するかもしれないよ? それでも聞くのかい?」
「うん。教えて欲しいわ」

 まるで心の中を深く掘り進めてくるような物言いに対し、アヤメは迷いのない表情で即答する。これにはユリスも驚いたらしく、軽く目を見開いた。
 するとアヤメは、少しだけ浮かない表情をしながら言う。

「昔は本当に恨んでいたし、ユリスから聞こうともしなかったと思う。でも今はそうじゃなくなった。許せない気持ちは変わってないけど、あれからどうなったのかぐらいは知っておいても良いかなって……そう思っているの」
「なるほどね。この十年ちょいで、キミの心境も少し変わったってことか」

 なんとなく察したユリスは、それ以上の言及はしなかった。そして荒ぶるイヴリンを宥めているヤヨイのほうを見る。

「できればこの話は、二人だけにしたかった。流石にヤヨイちゃんたちには、聞いてて重たいにも程がある内容だからね」
「そっか。一応、俺たちが駆け落ちしてきたって話はしたんだけどな」

 畑仕事中の雑談がてら、ミナヅキが話したのだった。
 違う世界から神様を通して駆け落ちしたこと。父方のほうは言葉で語れないほどにどうしようもない両親であること。母方は昔ながらのお偉いさんで、娘を家の繁栄の道具としてしか思ってない存在だということも。
 特に母方の事情に関しては、ヤヨイも割とすぐに受け入れていた。
 コーデリアから聞いた、王族や貴族の考え方に似ている家だったのだろうと。

「後から私も言われたわよ。駆け落ちするなんてママらしくて凄いね、って」

 その際に、アヤメも自分の実家について娘に色々と話した。
 考え方としては決して珍しくないが、自分には耐えられなかったのだと。つまり自分は、ただ単にワガママを貫き通しただけなのだと。
 それも含めて受け入れてくれた娘に対し、アヤメは思わず嬉しくなってギュッと抱きしめたことは、これからもずっと忘れないだろうと思っている。

「――ん? シオンくんには話してないの?」

 ユリスが首をかしげると、ミナヅキは苦笑する。

「一応話したけど、全然意味分かってなかった感じだったよ」
「それから改めて聞いてきたこともないし、あの子は多分、もう忘れてるかもね」
「アハハ、そっかそっか」

 夫婦の言葉にユリスは思わず笑ってしまった。するとここでアヤメが、申し訳なさそうな表情を見せる。

「……ゴメン、少し話が逸れちゃったわね。改めて話してもらえるかしら?」
「うん。りょーかい」

 軽く申し訳なさそうに言うアヤメに、ユリスはニッコリ笑顔で頷いた。

「まずはミナヅキの御両親についてだけど――もう大分前に、二人ともこの世からサヨナラしちゃってるんだよね」

 それを聞いた瞬間、ミナヅキは目を丸くした。

「そっか……意外としぶとく生き残ってるのかと思ってた」
「残念ながら、そうじゃなかったんだよ」

 ユリスはしっかりと見ていた。それぞれ自分の保身に走った結果、二人揃って全てを失っていく姿を。
 まさに生き地獄とはこのことかと、ユリスは思わず驚いたほどであった。
 ミナヅキの言ったように、最初はしぶとく生き残っており、もしかしたらとんでもないことが起こるのではとすら思ったほどだった。
 しかし、結果がひっくり返ることはなかった。
 二人とも自分のしでかしたことを省みることすらせず、ざまぁとすら思えないほどの悲惨な末路を迎えた。
 最後は世間にも知られていない存在と化していた。
 父親と母親、それぞれの戸籍で生きている別の者は確かに存在しているが、元の本人たちは完全に忘れ去られてしまった。

「……そうか。罰は見事に当たったってことか」

 ユリスから粗方聞き終えたミナヅキは、深いため息をついた。
 元々、望んでいたことではあった。自分を放ったらかしていたのもそうだし、なにより幼いリュートをまるでペットのように捨てたことを、ミナヅキはずっと憤慨していたのだった。
 ここでミナヅキは、ある一つの可能性に思い当たる。

「まさか、ユリスがそう仕向けたとか?」
「残念ながら、ボクにはそこまでの権限はないよ。確かにそうしてやりたい気持ちは抱えてたんだけどね」

 ユリスは首を左右に振りながら言う。

「キミの御両親に至っては、遅かれ早かれそーゆー運命になってたよ。前にも話したことあるでしょ? ミナヅキに付与した加護のことを」
「……そーいや、そんなのあったな」

 久しぶりに聞いたその言葉を、ミナヅキは改めて思い出す。
 両親がネグレクトしていたのになんともなかったのは、ユリスがこっそり付与していた加護のおかげだった。
 そしてその加護は、幼なじみだったアヤメにも繋がる形で効果があった。

「あの時は、つい話しそびれちゃってたんだけどね――」

 ユリスは苦笑しながら言う。

「アヤメの家が大企業として繁栄していたのは、アヤメに影響されていた加護のおかげでもあったんだよ」


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