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第六章 家族で気ままなスローライフ

第百三十一話 神様が語るそれぞれの末路(後編)

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「……なんですって?」

 まさかの言葉に、アヤメは思わず唖然としながら聞き返す。しかしユリスは涼しい笑顔を浮かべるばかりであった。

「正確に言えば、アヤメを通してミナヅキに付与していた加護が影響していた。よく思い返してごらんよ。思い当たる節、あるんじゃない?」
「そ、そんなこと言われても……」

 アヤメは戸惑いながらも実家の経緯を思い出してみる。
 そして段々と思い出してきた。社長令嬢として実家の会社の歴史を学ばされたことがあり、その時に叩きこまれた内容が蘇ってきた。

(えっと確か、代々続いている歴史だけは長い会社で、規模も……あれ? そういえば最初はそんなに大きくなかったような?)

 アヤメが一歳の時、前社長であった祖父が病で亡くなり、アヤメの父親が社長の座を受け継いだ。
 しかしそれから経営が上手く回らなくなった。
 父親の能力は、やり手だった祖父よりも明らかに劣っていたのだ。
 祖父は天才を越えた鬼才。しかし父親は、至ってどこにでもいる凡人。いくら修業を重ねても変わらなかったという。
 それまで会社を回していた腕利き社員も、前社長である祖父に尽くしていただけのことであり、新社長である父親を早々と見限ってしまっていた。
 会社は衰退を辿る一方であり、規模の縮小を余儀なくされるほどであった。

「思い出したわ。私の母親も愛想を尽かす寸前だったのよ。会社一つ回せない凡人の父親が情けないと言ってね」

 アヤメがそう言った瞬間、ミナヅキの中に一つの推測が浮かび上がる。

「そういえば、アヤメの母さんが特に厳しかったとか言ってたな。もしかしてそれが原因なんじゃないか?」
「うん。多分それで間違いないと思うわ」

 ――あなたは常にトップでいなければならないのよ!
 母親の言葉がアヤメの脳内に蘇る。
 断じて父親のようになってはいけない――恐らくそういう意味だったのだと、今になって思えてくる。
 だからと言って、今更母親に対する好意が湧き上がることもないが。

「けれどキミの実家の会社は、いつしか急速に経営が回復した。そしてその勢い余って一気に伸びていき、名立たる大企業へとのし上がった。果たしてそれがいつのことだったか……」

 そのユリスの言葉に、アヤメはまたしても思い当たる節があった。

「――ミナヅキと出会ってからだわ」

 そう。幼い頃にたまたま逃げ出した先の自然公園でミナヅキと知り合った。思えばその後からだ。会社が大きくなって、両親に笑顔が出てきたのは。

「ってことは、もうその時から加護の影響は出てたんだな」
「そーゆーことになるね。当の御両親たちは、そんなの知る由もなかったけど」

 ミナヅキとユリスの会話に、確かになぁとアヤメは軽く苦笑する。
 両親は――特に父親は、自分の能力が開花して会社を大きくしたんだと、有頂天になっていた。
 これも思い返せば、長いこと鬼才だった祖父と比べられ、凡人として蔑まれてきた反動だったのだろうと予測できる。
 しかし、それを指摘できる人間がいなかった。
 周りの誰もが、父親も鬼才の片鱗を見せるようになったと思うようになった。
 加護の存在に誰も気づけるハズもないため、当然と言えば当然である。しかし種明かしを知ってしまった今、どうにも哀れに思えてならなかった。

「そして調子に乗ったキミの父親は、会社を日本一にしようと考えた。そのために他の大企業を取り込み、更なる発展を企んでいたんだ」
「それが例の政略結婚ってことになるのか?」
「ピンポーン♪」

 ミナヅキの推察にユリスが明るい声で同意する。

「もはやアヤメの御両親は、家と会社の繁栄にしか興味がない状態だった。娘であるキミも、その材料としてしか見なしていなかった」
「こっちでいう王族や貴族みたいな考えだな」
「だからこそ、政略結婚なんて考えに至ったとも言えるんじゃない?」
「あー、なるほどなぁ」

 そんな会話を聞きながら、アヤメは思い出していた。両親の命令で、とある大きなパーティーに無理やり参加させられた時のことを。
 そこで大企業の御曹司に声をかけられた。自分よりも年上で、いかにも人生経験豊富です的なオーラを振り撒き、関係を持とうと笑顔で迫ってきたのだ。
 アヤメからすれば、とにかく不快でしかなかった。
 常に浮かべていた笑顔も、貼り付けられた仮面にしか見えない。それでいて巧みに会話を進め、自分たちは順調に良好な関係を築いてますというアピールを、周りの参加者にもたくさんしていた。
 当然、御曹司が勝手にしているだけのことであり、アヤメは即座に否定したい気持ちでいっぱいだった。
 しかし、それを簡単にできるような場所でもなかった。
 大企業の社長ないし役員クラスの人間が勢揃いしているところで、下手な行動が許されないことは、アヤメも流石に理解はしていた。
 御曹司もそこを計算して動いていたことは、すぐに分かった。
 アヤメは肯定も否定もせず、ただ笑顔を取り繕っていた。なんとかこの場をやり過ごしつつ、この御曹司を突っぱねるタイミングを計るのだと。
 しかしそのタイミングは、両親が見事なまでにかっさらってしまった。
 娘が御曹司と話している姿を見て、あれよあれよという間に結婚の話に持ち込まれてしまったのだ。
 当然の如く、アヤメの全く知らないところで。

(今にして思えば、あのパーティーから私は嵌められてたのね)

 表向きは単なる大企業同士の懇親会。しかしその正体は、両親が仕組んだ娘の婚活パーティーだったのだ。
 しかもそれは高校を卒業する年であったため、アヤメも卒業課題や卒業後の進路について考えることに必死であり、パーティーのことなど終わったらすぐに忘れ去ってしまっていた。
 それも両親からすれば、織り込み済みだったということだろう。
 秘密裏に学校のほうにも根回しを済ませ、アヤメが卒業すると同時に、その御曹司と入籍する手筈が整っていった。

「……やっぱりあの時、逃げて正解だったと思うわ」
「うん。それは間違いないよ」

 ため息交じりに呟くアヤメの言葉に、ユリスはあっけらかんと即答する。

「もしあそこで逃げ出して、ミナヅキと駆け落ちしていなかったら、今頃キミは生きていたかどうかすら怪しいところだったからね」
「えっ? それって……どういうこと?」

 流石にその可能性は考えておらず、アヤメは呆気にとられる。ミナヅキも驚いているらしく、少しだけ目を見開きながらユリスを見ていた。
 ユリスは二人の無言の問いかけに答えるべく、更に話を続ける。

「簡単に言えば……アヤメはギリギリのところで、消え去った加護の影響に呑み込まれずに済んだってことなんだよ」


 ◇ ◇ ◇


 ミナヅキとアヤメが、二人で地球から異世界へ移住した――それにより、ミナヅキの加護の影響は完全に消失した。
 すなわち、アヤメに影響されていた加護の効果も消えたということになる。
 当然ながら彼女の両親は、そのことを知る由もない。
 それが、奈落への果てしない下り坂となっていることも含めて。

「……その言い方だと、アヤメの両親は奈落の底に落ちたってことになるぞ?」
「うん。それで合ってるよ」

 苦々しい表情で問いかけるミナヅキに、ユリスはあっさりと答える。

「ちなみに政略結婚が成立しなかったからじゃないよ。それはすぐに白紙化したみたいだからね。繁栄の道ならいくらでもあるから大丈夫だとか言ってさ」
「娘がいなくなった反応とは思えんな」
「一応、気にかけてはいたよ。秘密裏に捜索もしていたみたいだし」

 そう言いながら軽く鼻で笑うユリスは、どこか呆れている様子にも見えた。

「けどアヤメの御両親は、その後すぐさま地獄を見る羽目になったんだよ」

 アヤメが姿を消してから、再び会社の経営が傾き出した。
 しかし社長であるアヤメの父親は、それ自体は些細な問題だと見なし、すぐに回復すると楽観視していた。
 ところが――まんまとその隙を突かれてしまうこととなった。
 とある大企業に会社が乗っ取られた。しかもその相手は、なんと政略結婚の相手の家だったのだ。
 ずっと前から相手は狙っていた。凡人の社長なんかより、自分のところに吸収させたほうが、世の中のためになるに決まっていると。
 そのために相手の御曹司は、パーティーでアヤメに接触したのだった。
 アヤメの両親はそれを知って言葉を失った。
 自分たちが相手を利用するつもりが、実は最初から相手に見抜かれており、逆に利用されていたのだと。
 政略結婚を進める裏で、着々と乗っ取りの計画が進められていた。
 気づいたときには手遅れとなっていた。
 これまでずっと守ってきた財産という財産が、全て相手に根こそぎ奪い取られてしまったのである。

「……なんてゆーか、哀れだな」

 そこまで聞いたミナヅキは、ため息交じりに重々しく言った。

「乗っ取られた会社に勤めていた人たちは、それからどうなっちまったんだ?」
「そのまま、乗っ取った相手企業に吸収されたよ。どんどん業績を上げて出世している人もいるみたいだね」

 少なくとも不遇の扱いは受けていないことが明かされた。しかし残念ながら、全員は当てはまらない。
 それは、元社長夫婦も例外ではないことを、ユリスは淡々と語る。

「会社を失ったアヤメの御両親は、上流階級から突き落とされてしまった。そして再就職も叶わなかった。役に立たないし成長も見込めないからってね」

 アヤメの父親も、会社を経営する存在であった。しかし相手の経営陣の足元にも及ばない。ずっと加護のおこぼれに与っていただけの凡人が、着実に努力を積み重ねてきたエリートには敵わなかったのだ。
 これまでの経験を活かせる機会すらも与えられることはなかった。
 財産も地位も名誉も失ったアヤメの両親は、奈落の底での生活に耐え切れず、無理心中をしてしまった。
 遺体は身元不明の人間として、誰にも明かされぬまま処理されてしまった。

「……そう」

 アヤメはポツリと呟く。未だ許せない気持ちを抱いてはいるが、流石に今の話に関しては、どう反応していいか分からなかった。

「ちなみに言っておくけど、もしアヤメが駆け落ちせず地球に残ったとしても、結果はそんなに変わらなかったと思うよ」
「えっ?」

 少しだけ驚いた様子のアヤメに、ユリスは苦笑する。

「だってそうでしょ。あくまでキミの場合も、ミナヅキの加護のおこぼれを与っていただけに過ぎないんだから」
「あ、そっか……」

 どのみち、ミナヅキが地球から去ることは決定事項だった。つまり一家が奈落の底に落とされるのは、避けられない運命だったも同然ということになる。
 アヤメは改めて気づかされた気がした。
 当時の自分に、運命を変えられるほどの行動力なんかなかったことも含めて。

「だからアヤメは逃げ出して正解だったんだよ。そうじゃなければ、こうして幸せな家庭を築き上げることすら、出来ていなかったと思うからね」

 ユリスは再び遊んでいる子供たちのほうに視線を向ける。じゃれつかれているスライムに翻弄され、癇癪を起すイヴリンを、ヤヨイが優しく宥めていた。
 もはや神様の威厳も何もなかったが、誰もそこにツッコミを入れる様子はない。

「そうね……」

 アヤメも楽しそうにしている姉弟を見ながら呟くように言った。

「思うところがないワケじゃないけど、後悔はしないわ。特に今は……お母さんをしているから尚更ね」
「そっか。アヤメも強くなったね。本当に凄いよ」

 ユリスは満足そうにうんうんと頷く。

「あ、そういえばさ――」

 そして彼は、何かを思い出したような反応を示した。

「タツノリって覚えてる? 僕たちが間違えてこっちに呼び寄せちゃった彼」
「あぁ、いたな」

 懐かしい名前だとミナヅキは思った。十年ちょっと前になるが、その記憶は割と鮮明に残っている。ランディとベアトリスが本当の意味で出会ったキッカケにもなった事件であるが故に、尚更とも言えていた。

「彼もそれ相応の末路に至ったよ」
「あっそ」

 そっけない物言いのミナヅキに、ユリスはきょとんとしながら振り向く。

「興味ないって感じだね」
「というより、もうさっきのでお腹いっぱいって感じだな」
「私も」

 ミナヅキとアヤメは、もういいよと言わんばかりの反応を示す。事実、タツノリに対しては興味も全くなかった。
 地球でどんな末路を迎えようが知ったことではない。
 ユリスもそんな二人に従い、ここでは語らないでおくことに決めた。

「うぅ~、疲れたのですぅ~」

 そこにイヴリンがフラフラと脱力した状態で歩いてきた。

「スライムさんたち容赦なさすぎですよ。イヴリンは神様なのにぃ~」
「ハハッ、どうやらいい経験になったみたいだね」
「どこがですかぁ、もぉ~」

 頬を膨らませながらそっぽを向くイヴリン。ここでヤヨイが、両親に向かって囁くように問いかける。

「お話って、もう終わった?」
「あぁ。終わったぞ」
「おかげさまでね」

 どこか心配そうにしている娘に、ミナヅキとアヤメは笑顔を見せる。

「そんな大した話でもなかったんだけどな」
「聞いたところで、何かが変わるようなことでもないからねぇ」
「……?」

 心配はいらないと言っているように聞こえたが、それでもヤヨイは両親の言っている意味が分からず、首をかしげた。
 するとそこに、シオンがアヤメにギュッと抱き着いてくる。

「ねー、そろそろかえろー。ぼくお腹すいたー」

 同時にくぅ、と可愛い音が鳴り響く。シオンの隣で、ヤヨイが両手でお腹を押さえながら項垂れていた。

「そうだね。あたしもお腹ペコペコだよ」

 どうやら娘のほうだったらしく、それを隠そうとすらしていない。そんな二人の様子に、ミナヅキとアヤメは揃って苦笑する。

「そろそろ帰ってメシにするか」
「えぇ、そうね」

 そして座っていた二人も立ち上がる。ここで黙って聞いていたイヴリンが、パアッと明るい笑顔を浮かべ出した。

「いいですねぇ、お昼ご飯。ここはイヴリンたちも是非ごしょうば――」
「さぁ、ボクらもそろそろ帰ろうか」
「ふやっ!?」

 ご相伴にと言いかけた瞬間、イヴリンはユリスに首根っこを掴まれてしまう。そして反応を待たずにユリスはミナヅキたちに手を振った。

「じゃあ皆、またいつか遊びに来るからねー♪」
「待って待って! せめてお昼ごは――」

 イヴリンの抵抗も空しく、ユリスはさっさと彼女を連れて去ってしまった。

「あの神様二人も、相変わらずなこったなぁ」

 ほんの数秒前まで二人がいた場所を見つめながら、ミナヅキが呟く。
 この先、何年経過しようと、あの二人が変わることは恐らくないだろう――そんなことを考えていた。

「――それじゃ、私たちもお家に帰って、お昼ご飯にしましょ」
『はぁい!』

 アヤメの言葉に他三人が声を揃えて返事する。そして四人は意気揚々と、家に向かって歩き出すのだった。


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