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第五章 ミナヅキと小さな弟
第百五話 その名はレノ
しおりを挟む翌朝――ミナヅキとリュートが、スラポンと子ドラゴンを連れて、フレッド王都へやってきた。
ケガをしていた子ドラゴンはすっかり元気となり、朝からスラポンと庭ではしゃぎまわっていたほどである。そして今もリュートの肩に乗って、前方の街門に蔓延る人々を興味深そうに観察していた。
「おにーちゃん。門のところ人がいっぱいだよ?」
「あぁ。恐らくあそこで、荷物チェック的なことをしてるんだろう。もうすぐドラゴンの大移動だから、警備を強化してるってところかな」
指をさしながら尋ねるリュートに、ミナヅキも前方を見渡しながら答える。
「毎年あんな感じさ。変な人がウロついてないかを、あそこでしっかりと確かめてるんだよ」
「そうなんだー」
「ポヨー」
「キュルゥ」
ミナヅキの説明に、小さな一人と二匹は呆けたような反応を示す。特にリュートとスラポンは、前に来た時は誰もいなかった場所なだけに、どこか新鮮さを感じずにはいられなかった。
「さぁ、俺たちも行こう。はぐれないようにしないとな」
「うん」
ミナヅキとリュートは手を繋いで歩き出す。スラポンはしっかりとリュートが抱きかかえており、子ドラゴンもリュートにしがみつく力を少し強めた。
「ねぇねぇ、おにーちゃん。ドラゴンの大移動ってそんな凄いの?」
「あぁ、凄いなんてもんじゃないぞ」
歩きながらミナヅキは得意げに笑みを浮かべた。
「毎年春になる頃、ドラゴンが一斉に集まって、世界中を大群で飛ぶんだ。その迫力はとても言葉じゃ言い表せないほどさ。実際見てみれば、どれだけ凄いかがよく分かると思うぞ」
「へぇー」
ミナヅキの言葉に、リュートは興味が湧いた様子を見せる。
「ぼくも見てみたい!」
「あぁ。俺たちもラステカの町で、皆で一緒に見ような」
「うん!」
「ポヨッ!」
リュートとスラポンは元気よく頷く。子ドラゴンも一緒になって喜んでいたが、意味を理解しているかどうかは分からなかった。
「おねーちゃんも一緒に見てくれるかな?」
「勿論さ。去年はよく見れなかったから、今年こそはって姉ちゃんも言ってたぞ」
リュートの問いかけに答えながら、ミナヅキは思い出す。
(そういや去年は、ちょうどアヤメをこの世界に連れてきた日だったっけな。異世界デビューと同時に大移動を目撃……そりゃ驚くのも無理はないわな)
しみじみと思い返すミナヅキだったが、それに関しては完全に別の意味も含まれていることに、全くもって気づいていなかった。
地球では当たり前のように存在しない空想上の生き物が、いきなり目の前を大群で飛んでいたのだ。むしろアヤメは、そこに一番驚いていたと言える。
つまりドラゴンの豪快さ云々以前の問題だった、といっても過言ではない。
仮に飛んでいたのがドラゴンではなかったとしても、地球には存在しない未知の魔物であれば、同じ反応であっただろう。しかしミナヅキは、未だそこの部分を全く理解していないのだった。
何だかんだで彼は、既にその時点で異世界に染まり切っていたのである。
「さーて街門に着いたな」
「ぼくたちも、あの鎧を着た人に荷物を調べられるの?」
「そうなるだろうな。まぁ、特に問題はないさ。怪しいモノは持ってないし」
少しだけ不安そうにしているリュートとは違い、ミナヅキはどこまでも気楽そうに歩いていた。
ちょうど前の旅人たちが検査を終えたところであった。他に王都へ入る人も見当たらず、並ばずに済みそうだと思ったその時――
「ミナヅキじゃないか!」
若い王宮騎士の青年が声をかけてくる。よく見るとその彼は、ミナヅキもよく知っている人物であった。
「ケニー。久しぶりだな。検問の担当やってたのか」
「あぁ。キミも変わりないようだな」
数ヶ月ぶりの再会に、ミナヅキも思わず嬉しくなってしまう。しかしそれも数秒のことであった。
ケニーはすぐに仕事モードに戻り、表情を引き締める。
「では早速だが、荷物をチェックさせてくれ」
「分かった」
ミナヅキもそれに従い、アイテムボックスとバッグを差し出す。そしてリュートもスラポンと子ドラゴンを差し出した。
すると――
「おぉ、魔物を連れてるのか。まためずらし――い?」
ケニーはジッと見上げてくるスラポンに笑みを浮かべる。しかしその隣の子ドラゴンを見た瞬間、ピシッと表情を硬直させるのだった。
「な、なぁ? このドラゴンの子供は、一体どこで……」
ギギギ――という錆びついた音が聞こえんばかりの動きで、ケニーはミナヅキに固まった笑顔のまま尋ねる。
するとミナヅキとリュートは、笑顔であっけらかんと答えた。
「ラステカの町で保護したんだ」
「ケガをしてたから、僕たちで治してあげたの」
「キュルゥ♪」
そのとーり、と子ドラゴンも鳴き声で表現した。しばしケニーは、子ドラゴンとミナヅキたちを交互に視線を巡らせ――近くにいた兵士に叫ぶ。
「おい! ドラゴンの子供を見つけた! すぐにギルドマスターへ報告を!」
「はっ!!」
兵士は敬礼し、すぐに街の中へと姿を消す。そしてケニーは、呆然とするミナヅキたちに険しい表情を向けた。
「済まないが、俺と一緒にギルドへ来てもらうぞ。理由は……分かるな?」
そしてケニーの視線は、子ドラゴンのほうに向けられる。今のやり取りだけでもなんとなく察していたミナヅキは――
「りょーかい」
と、肩を軽くすくめながら頷くのだった。するとケニーは、目を閉じながら深いため息をつく。
「まぁ、ミナヅキのことだから大丈夫だとは思うが……とにかく要らんことはしないことを強く推奨する。さもないと、どうなっても不思議ではないからな」
自然とケニーの表情が険しくなる。流石に怖いと思ったらしいリュートは、怯えてミナヅキの後ろに隠れるようにしがみついた。
すると、そんなリュートの様子を見たスラポンと子ドラゴンが――
「ポヨポヨーッ!!」
「キュルゥ、キュルルゥーッ!」
怒りの鳴き声を上げた。そしてそれぞれリュートに飛びつき、ケニーに対して激しく威嚇する。リュートを怖がらせるヤツは許さないぞと言わんばかりに。
「こ、これは……」
それを見たケニーは、驚きの表情を浮かべた。
「スライムはともかくとして、ドラゴンの子供も、その子に懐いてるようだな」
「まぁな……ちなみに俺の弟だよ」
「おと!? あ、そ、そうだったのか。それは悪いことをした」
「いいからいいから」
申し訳なさそうに頭を下げるケニーに、ミナヅキは苦笑を浮かべる。そんな二人の様子に、魔物たちの威嚇も少しだけ落ち着くのだった。
そこに兵士が戻ってくる。
「お待たせしましたケニーさん。ギルドマスターがすぐに連れてくるようにと」
「分かった。しばらくここを頼むぞ」
「はっ!」
兵士の敬礼を確認したケニーは、ミナヅキたちを連れてギルドへ向かう。その際にミナヅキから、心配はないという言葉がリュートたちにかけられてはいたが、リュートはともかく二匹の魔物たちの警戒は、解かれることはなかった。
(まぁ、状況が状況なだけに、無理もない話だわな)
案内された応接室のソファーに座りながら、ミナヅキは思った。
程なくしてソウイチが姿を見せる。彼の後ろからもう一人、壮年の男性が一緒に入室してきた。
男性は、リュートに笑顔でじゃれつく子ドラゴンの姿を見た瞬間、ハッと驚きの表情とともに息を飲む。それを察しつつ、ソウイチはケニーに視線を向けた。
「ご苦労だったね。キミはこのまま持ち場に戻ってくれたまえ」
「はっ!」
ケニーはソウイチに敬礼し、そのまま応接室を後にする。そして応接室の扉が閉まると同時に、壮年の男性が慌てて子ドラゴンのほうに駆け寄った。
「レノ!」
「キュルゥッ!」
その呼びかけに対し、レノと呼ばれた子ドラゴンは、嬉しそうに男性の胸に飛び込んでいった。
恐らく飼い主なのだろう――ミナヅキがそう思っていると、ソウイチが彼らの前に座りながら切り出す。
「さて……ドラゴンの子供の件で話をさせてほしい」
「あぁ。俺たちも聞きたいことはある」
ミナヅキは頷く。そして男性もレノを抱いたまま、ソウイチの隣に座り、ミナヅキたちに深々と頭を下げる。
「この度は、レノを助けてくださったようで、感謝申し上げます」
「あなたのドラゴン、ということで間違いないですね?」
「はい。申し遅れましたが、私はエルヴァスティ家の主でバージルと申します」
バージルはミナヅキたちに話していった。
自分が竜の一族として、今回の大移動の見守り役として訪れたこと。その際にレノとはぐれてしまい、探していたという事情を聞かされ、ミナヅキはラステカの町で保護した旨を詳しく説明した。
まさか隣町まで行っていたとはと、バージルは驚いていた。
「しかし良かったです。ドラゴンの子は希少価値が高く、盗賊などが狙うケースも珍しくありません。レノもそうなっていたらと、心配しておりました」
「えぇ。軽くケガこそしていましたが、御覧のとおり、今はもうすっかり元気になっています。こうして無事に帰すことが出来てなによりです」
「本当に感謝の言葉もありません」
「礼なら、この子に言ってあげてください」
ミナヅキは隣に座るリュートの頭を優しく撫でる。
「このリュートが、警戒していたレノを落ち着かせてくれたおかげで、俺も落ち着いて手当てをすることが出来たんです」
「そうだったんですか。本当にありがとう。キミはレノの命の恩人だよ」
改めて深々と頭を下げられ、リュートは照れくさそうに笑う。そしてバージルはレノを両手で抱え上げ、明るい声で呼びかけた。
「さぁ、レノ。早くお前の父であるジェロスにも、元気な姿を見せてやろう。家族たちもお前の帰りを待ってるぞ!」
王都の郊外にある丘に、バージルの家族と乗ってきたドラゴン――すなわちレノの父親であるジェロスがいるのだという。
いよいよレノともお別れかなとミナヅキが思ったその時――
「キュルゥッ!」
レノがバージルの手から離れ、リュートの元へ飛んでいった。
「キュル、キュルルゥーッ」
リュートの服の袖を咥えて引っ張り出す。まるで一緒に行こうよと言っているように見えた。
ソウイチもそれを察し、苦笑しながらバージルに言う。
「もしかすると、リュート君に家族を紹介したいのかもしれませんな」
「えっ、レノが? まさかそんな……」
ソウイチの推測にバージルは驚きを隠せない。しかしレノの反応からして、その可能性が高いことはすぐに分かった。
(信じられん……子供とはいえ、レノが他の人間にここまで懐くなんて……)
保護したのは昨日だと聞かされていた。つまりリュートとレノは、たった一晩しか一緒にいなかったことになる。なのにもう何年も一緒にいるかのように、レノはすっかり心を許している――驚かずにはいられない。
(だが、この方たちにレノがすっかり世話になったのも確かだ)
そう思ったバージルは、改めて背筋を伸ばしつつミナヅキに視線を向けた。
「ミナヅキさん。是非ともレノと私の家族にも、会っていってください!」
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