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第五章 ミナヅキと小さな弟

第百四話 竜の一族、エルヴァスティ家

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「ふーん。それでその子を連れて帰ってきたってワケね」

 農場から自宅に戻って来たミナヅキは、アヤメに事の次第を説明した。そして二人の視線は、リビングのソファーに向けられる。
 リュートとスラポン、そしてドラゴンの子供が遊んでいる姿がそこにあった。

「ふふー、こちょこちょー」
「キュルキュルー、キュルルゥー♪」
「ポヨポヨ♪」

 リュートに体をくすぐられる子ドラゴンは楽しそうだった。構ってもらえることが嬉しくて仕方がないと言わんばかりであった。
 スラポンと子ドラゴンもすぐに意気投合しており、楽しそうに魔物同士がじゃれ合う姿を見せている。
 なんにしても、家の中がより一層賑やかになったことだけは確かであった。

「済まんな。気分悪いところに騒がしいのを連れてきちまってさ」

 申し訳なさそうに言うミナヅキに、アヤメは気だるそうに座りながら苦笑する。

「気にすることはないわよ。ケガしていたんだから仕方ないわ。それに、ちゃんとギルドにも報告するつもりなんでしょ?」
「まぁな。この様子なら、明日にでも連れていけそうだとは思うんだが……」
「ならいいじゃない。リュートやスラポンとも仲良さそうだし、このまま無理に追い出すほうが余計に可哀想だわ」

 アヤメの言葉に、確かにそうだとミナヅキは思った。そして気持ちを切り替え、椅子に掛けておいたエプロンを手に取る。

「とりあえず、これからメシ作るよ」
「うん。お願いするわ」
「アヤメは部屋にでも行ってたらどうだ?」

 いそいそとエプロンを着けながら言うミナヅキに対し、アヤメは気だるそうにしたまま、ジロリと半目で見上げながら睨みつける。

「……どうして私を追い出すようなことを言うのかしら?」
「いや、だって気分悪そうだし。あのチビドラゴンのために、肉系の料理を作るつもりだから、匂いも結構キツくなるだろうしよ」

 ミナヅキなりの気遣いのつもりだった。つわりの症状が出ているアヤメに、余計な無理をさせたくないと。
 しかし――

「構わないわ。私にも作って!」

 アヤメはハッキリとそう言ってきた。気力が低下していながらも、見上げてくる目力はかなり凄いように思える。
 流石にちょっと心配になってきたミナヅキは、頬を掻きながら言った。

「いや、無理して食べても良いことなんかないぞ? 食べれる時に食べるのが一番だってモニカさんも言ってただろ?」
「えぇ。今日の往診の時にもそう言われたわね」
「だったら……」

 尚更じゃないかと、ミナヅキがそう言おうとした瞬間――情けないという言葉がピッタリな音がどこからか鳴り響いた。
 ミナヅキは周囲を見渡す。リュートとスラポン、そして子ドラゴンもその音を聞いたらしく、揃って不思議そうな表情を向けてきていた。
 唯一気まずそうにしていたのは――

「アヤメ、お前……」
「しょうがないでしょ? 気分悪くて今日はロクに食べてないんだから!」

 顔を赤くしながら覇気のない声を荒げるアヤメ。気分に反して体は正直――それを目の当たりにしたミナヅキは、思わず苦笑してしまった。

「だったら、おかゆとか――」
「それだけじゃ絶対に持たないわ。なんかちゃんとしたの作って」
「……しょーがないなぁ」

 ため息をつきながら、ミナヅキは家にある材料を確認する。その中でサッパリと食べやすいであろう料理が、一つだけ思い浮かんだ。

「温野菜たっぷりのしゃぶしゃぶサラダでも作ってやるよ。そこにレモン風味のドレッシングでもかければ、少しは食べやすいだろ」
「何それ? すっごい美味しそう!!」
「……急に元気になったな」

 少し呆れつつもいつもの調子に戻りつつある彼女に、ミナヅキは少し安心する。リュートも同じことを思っていたらしく、魔物たちと笑顔を向け合っていた。
 そしてミナヅキは調理を開始。
 大きな土鍋でおかゆを焚きつつ、大量に切った野菜を別の鍋で茹でる。その間に肉の塊を薄く切り分ける。
 その慣れた手つきに、リュートと二匹の魔物たちは興味津々。特に子ドラゴンは綺麗なピンク色の肉に対して、目を輝かせていた。

「――食べるなよ?」

 ミナヅキが視線を察して子ドラゴンに声をかける。今まさに肉に目掛けて、飛び出そうとしていたところだった。
 しょんぼりする子ドラゴンの頭を、リュートがよしよしと撫でる。
 そんな中、ミナヅキは茹で上がった野菜を笊に開けて水切りし、そのまま大皿の上にドサッと盛りつける。続けてもう一つ別に沸かしておいた鍋に火をつけ、薄切りにした肉を放り込んでいく。
 しっかりと色が変わった肉を取り出して、皿に盛りつけた。
 ここでミナヅキは小さな器に、野菜と肉を少し乗せ、作り置きしていたドレッシングを少しかける。そしてそれを子ドラゴンの前に差し出した。

「ほれ、味見してくれ」
「キュルゥ?」

 いいの、と顔を上げてくる子ドラゴンに、ミナヅキが笑顔で頷く。恐る恐る子ドラゴンが肉を舐めてみると、レモンの酸味に驚くが、やがて意を決して思いっきりそれにかぶりついた。

「キューッ!!」

 もしゃもしゃもしゃもしゃ――目の色変えて一気に食べ尽くした。呆然と見守るリュートとスラポンのことなど気にも留めず、食べ終えた子ドラゴンは、期待の眼差しをミナヅキに向けた。

「くきゅくきゅぅ~♪」
「分かってるよ。今から皆で食べるから、もう少し待ってろ――あ、おかゆそろそろ炊けたな」

 土鍋を火から降ろして、ゆっくりと蓋を開ける。大量の湯気とともにふっくらとした白い輝きが現れ、ミナヅキはを見て満足そうに頷いた。
 手早く配膳を済ませ、それぞれが席に着く。そして皆で手を合わせ――

『いただきます』
「ポヨッ」
「キュルゥ」

 夕食の時間が始まった。スラポンと子ドラゴンもペコリとお辞儀をして、盛りつけられたしゃぶしゃぶサラダを頬張る。
 どうやら好評だったのだろう。気分が悪そうにしていたアヤメも、夢中になって食べていた。

「あー、これ良いわぁ♪ 酸味があってサッパリとしていて、なおかつすっごい食べ応えあるし……段々元気になってきたわ」
「そりゃなによりだ」

 満足そうな笑顔を見せるアヤメに、ミナヅキもはにかむ。すると――

「んむぅ~~~っ!!」

 リュートが口をすぼめながら思いっきり目を閉じながら唸る。ミナヅキお手製の梅干しを食べたらしい。

「ハハッ、そんなに酸っぱかったか? 少しずつ食べてけ」

 優しく語り掛けるミナヅキに、リュートは涙目になりつつコクコクと頷く。そして梅干しの種を小皿に出したところで、もう一つ口に含んだ。
 まさかもう一つ行くとは思わず、ミナヅキは目を見開く。

「何だ? 梅干し気に入ったのか? 酸っぱかったろ?」
「うん。でもおいしい」
「そうか」

 酸っぱいのには驚いたが、味は気に入ったらしい。さっきよりも驚きは少なく、おかゆと一緒にしっかりと咀嚼している。レモン風味のドレッシングも問題なさそうであった。むしろ自分からお代わりのしゃぶしゃぶサラダにかけている。

(リュートって、割と酸っぱい食べ物が平気みたいだな)

 むしろ好みの味と言えそうである。その証拠に――

「あぁ、コラコラ。お皿に溜まったドレッシングをすすろうとしない」
「……レモン」
「お行儀悪いからダーメ!」
「むぅ」

 あくまで風味でしかないとはいえ、ドレッシング相手でもこの様子である。アヤメに叱られて頬を膨らませるリュートを見ながら、ミナヅキは思った。

(今度、王都のカフェにあるレモンパフェでも食べさせてやるか)

 甘い物ならもっと喜んで食べるだろう――リュートが笑顔を浮かべる姿がありありと想像でき、ミナヅキは後日王都へ行くのが、少しだけ楽しみになった。


 ◇ ◇ ◇


 一方、その頃――王都ではちょっとしたお祭り騒ぎ状態となっていた。
 竜の一族ことエルヴァスティ一家が、大きなドラゴンに乗ってフレッド王都にやってきたのだ。
 滅多に見れないドラゴンが近くで見れる――そんな気持ちも確かにある。しかし一番の理由としては、やはり目先のビッグイベントにあった。
 そう――ドラゴンの大移動である。

「大きな季節の変わり目が来たな」
「新しい一年がここから始まるといっても過言ではないぞ」
「大移動を見るために、眺めのいいレストランを彼氏に予約してもらったわ♪」
「今年の見守り役は親子三人ですってね」
「コブ付きかぁ。ちょっと残念。去年みたいな独身チームが良かったのに」
「なぁ、ちょっとドラゴンを見に行ってみようぜ!」
「俺もいつか、あんなでっけぇドラゴンを手懐けてみたいもんだな」

 このような感じで、人々は浮足立っていた。しかしそれも毎年のことであり、誰も不思議に思うことはなかった。
 そんな中――ギルドマスターことソウイチの部屋では、妙に緊迫とした空気が流れていた。

「まだ、見つかりませんか?」

 壮年の男性が尋ねると、ソウイチが苦笑しながら手を掲げる。

「バージル殿。お気持ちは察しますが、ここは少し落ち着いてください。気を張り続けて倒れてしまわれては、元も子もありませんぞ」
「こ、これは失敬……確かにそのとおりですな」

 ソウイチからバージルと呼ばれた壮年の男性は、頷きながら額に溜まった汗をハンカチで拭う。
 彼こそが、今回の大移動で見守り役を務めるエルヴァスティ一家の主である。
 竜の一族がギルドを訪れること自体は珍しくない。むしろ毎年恒例といっても過言ではないほどだ。
 本来ならば、遠路はるばる訪れたことに対するねぎらいの言葉が送られ、酒の一つでも酌み交わすところである。
 しかし残念ながら、今はそれどころではないのだった。

「迷子になったドラゴンの子供……今のところ、まだ目撃情報はありません」
「そうですか」

 ソウイチの報告にバージルは項垂れる。

「レノが行方不明になって、もう数日が経ってしまいました。勝手にどこかへ行くような子ではなかったというのに、まさかこんな……」

 エルヴァスティ一家が乗ってきたドラゴンには、一匹の子供がいた。レノと名づけられたそのドラゴンの子供も、大移動に慣れさせるべく、訓練がてら一緒に連れてきたのだった。
 しかし、フレッド王都の近くにて、レノは姿を消してしまった。休憩中、ちょっと目を離した隙に姿を消してしまったのだ。
 幸い王都が近くだったため、バージルはギルドに協力を求めることにした。
 ソウイチに報告し、探して欲しいと相談を持ち掛けたのが数日前――バージルは不安が募る一方であった。

「フレッド王国は、気候と環境が安定していますからね。特に今年は開花も早いほうですから、つい目移りしてしまったとしても、何ら不思議ではないでしょう」
「えぇ、確かに。純粋にはぐれただけであることを祈っています」

 バージルが懸念しているのは、盗賊などの悪者に囚われてしまったのではないかという点であった。
 ドラゴンの子供は希少価値が高く、高額で取引されている。特にこの季節、大移動を狙って動き出す盗賊たちも少なくない。
 しかしそれは、ソウイチもちゃんと考えていることではあった。

「現段階で、盗賊たちが大きく動いているという情報は入っていません。毎年この時期になってくると、警備を強化していますからね」

 ソウイチは湯呑みに残っている緑茶を飲み干した。

「盗賊たちも年々それを理解してきているのか、ここ数年でかなり盗賊が関わる事件も激減しています。無論、全くなくなったワケでもありませんが――」
「それは、私どもも存じ上げております。どうか引き続き、レノの捜索を!」
「えぇ。必ず見つけ出します」
「お願いします!」

 ソウイチの強い意志を込めた言葉に、バージルは深く頭を下げるのだった。


 ◇ ◇ ◇


 フレッド王都の郊外にある広々とした丘――そこには大きなドラゴンが、のんびりと体を休めていた。
 ドラゴンの傍には二人の母娘がいた。バージルの妻であるミルドレッドと、娘のベラである。
 夜となった今、吹きつける風はより一層冷たくなっていた。
 母娘はドラゴンの背に身を寄せ、風除けと背もたれ代わりとして座り、今この場にはいない小さな存在に対して思いを馳せる。

「レノ……どこ行っちゃったんだろ?」
「心配いらないよ。きっとすぐに見つかるさ」

 不安そうに俯くベラの頭を、ミルドレッドが優しく撫でる。

「アンタがいつまでもそんな顔をしてたら、ジェロスも気が気でないよ? もう少しあの子を信じてやりな」

 ジェロスとは、二人の傍にいるドラゴンの名である。エルヴァスティ一家が乗ってきたドラゴンであり、レノの父親でもあった。

「それにこう見えて、一番心配しているのはジェロスなんだよ」
「え、そうなの?」

 ミルドレッドの言葉にベラは驚く。振り向いてみるが、いつもどおりのんびりと寝転がっているだけで、特に変化はみられなかった。
 しかし、ミルドレッドは言う。

「ドラゴンは弱肉強食――つまり強さを追求するが故に、弱い者を切り捨てる意識が非常に強い。それはジェロスも同じさ。しかし、親として子を心配する気持ちもしっかりとあるんだよ」
「ほぇー」

 ベラが信じられないと言わんばかりにジェロスを見る。ジェロスはベラを一瞥して再び目を閉じた。
 かなり分かりにくいが、ジェロスはかなり気が立っている。ミルドレッドはそれを感じ取り、深いため息をついた。

「まぁ、かえって安全になったとも言えそうだけどねぇ……」

 子供の行方を心配しているが故であることは、ミルドレッドも理解はしている。しかしそのせいで、王都の人々に恐怖を与えてしまっていることも、残念ながら事実であった。
 最初はドラゴンを見るべく、人々が丘を訪れていた。しかし機嫌の悪いジェロスに恐れをなして、たちまち人は来なくなった。
 申し訳ないという気持ちは勿論ある。しかしそのおかげで、ジェロスはゆっくりとした時間が保証されたことになったのもまた事実。
 なんとも皮肉な話だとミルドレッドが思っていると、ベラが再びしょんぼりと俯いていることに気づいた。

「これこれ、そんな顔しないの」

 レノを心配するベラに、ミルドレッドは強気な笑みを浮かべる。

「考えてみな。レノはこんなにもたくましいジェロスの子供なんだよ? ちっとやそっとでくたばるほど、弱くはないさ」
「ホント?」
「あぁ、ホントさ」

 ミルドレッドは顔を上げてきたベラに、強く頷きながら微笑む。

「だから私たちも諦めずに、ちゃんとレノを見つけてあげないとね」
「――うんっ!」

 ようやくベラの表情にも笑顔が戻ってきた。そして今のミルドレッドの言葉で、ジェロスも心なしか、少しだけ落ち着きを取り戻したようであった。
 ちなみに――

「……なるほどな」

 遠巻きからずっとその話を聞いていた者がいたことに、ミルドレッドもベラも、そしてジェロスでさえも、全く気づくことはなかった。


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