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第一章 異世界スローライフ開始
第二十一話 呪いを解くたった一つの方法
しおりを挟む「ヴァネッサさんが言ってた『闇の呪い』か……」
苦しそうに呼吸をするデュークを見下ろしながら、アヤメは呟いた。そしてふと気づいたことを口に出す。
「実体に近い幻影を作り出す魔法も、呪いの剣の効力だったのかしら?」
「それはどうだろうな」
アヤメの疑問に答えたのは、力仕事担当で物資を運んできたガルトだった。その後ろには弟子のベンジーも控えている。
「呪いの剣のことは、俺も話に聞いたことはあるが……少なくとも俺は、幻影を作り出す剣なんざ聞いたこともねぇ。せいぜい魔法剣士の真似事ができるぐらいのハズなんだ」
「その呪いというのも、手に持った人に魔力で憑りついて、力尽きるまで好き勝手に暴れさせるのが主な特徴だそうです。今回のデュークさんのような現象は、洗い出した剣の文献のどこにも書いてませんでしたね」
ダンに続いてベンジーも補足する形で話す。それを聞いたアヤメが、顎に手を添えながら考える。
「だとしたら、他の第三者がいたかもしれませんね」
つまり裏にいた人物が、ヴァネッサと呪いの剣を通して、人を呪わせる魔法を仕込んだということだ。それにたまたまデュークが飲み込まれてしまったのだと。
「そしてその第三者こそが、今回の黒幕……」
「あり得そうだね。少なくとも、的外れには思えないよ」
アヤメの言葉にベアトリスが頷くと、他の皆も同意の意志を示していた。
数秒ほど沈黙が流れるが、それを打ち破ったのは、デュークの仲間である青年剣士であった。
「おい! そんなことよりも、デュークは一体どうなるんだよ!?」
その叫びに、アヤメたちがハッとなりながらデュークを見下ろす。依然として呼吸は荒いままであり、とても回復する様子は見られない。
彼の治療を担当していた治癒師の女性が、申し訳なさそうに俯く。
「呪いに使われている魔法が強力過ぎて、もはや私たちの手には負えません。こうなってくると治せる手段は、アレを使うしかないかと……」
悲痛な表情で語る治癒師に、青年剣士は苛立ちとともに立ち上がる。
「何だよそれ? アレってのは、伝説と言われるアレってことだろ? そんなのどこにあるってんだよ!?」
「そんなの私に聞かれても分かりませんよ!」
「んだとぉ!」
とうとう互いに叫び合う事態になってしまう。それをダンが、青年剣士の肩に手を添えながら止めた。
「よせ。治癒師の嬢ちゃんを責めたところで、何もならねぇだろ」
「じゃあどうしろってんだよ! デュークが死んじまうとこを、黙って指くわえて見てろって……がはっ!」
どこまでも感情的に叫ぶ青年剣士に、ダンの固い拳が撃ち込まれる。
「落ち着けと言ってるんだ、バカヤロウが!」
無論、ダン個人としても気持ちは分からなくもない。しかしそれでも、無意味なことを放っておくほど寛容でもなかった。
「そうやってガムシャラに叫んでも何もならねぇ。少し考えれば分かるだろ。腕利きと呼ばれたデュークの仲間は、所詮その程度だったのか?」
「っ……!」
青年剣士は苦々しい表情で俯く。流石に正論であると判断し、ゆっくりと立ち上がって治癒師に向かい、そして跪きながら頭を下げた。
「今のは俺が言い過ぎた。申し訳ない」
「いえ、私のほうこそ……すみませんでした」
互いに謝罪し合い、ひとまずは収束した。しかし事態が深刻であることに変わりはなく、もはや一刻の猶予もないほどであった。
ふとそこで、アヤメは事前にデュークからもらっていたモノを思い出す。
「これ、使えませんか?」
アヤメが液体の入った一本の瓶を取り出した。
「デュークさんからもらったんですけど、特性のポーションらしくて……」
その瞬間、青年剣士の表情が輝き出した。
「ホントか? デュークが持ってたんなら間違いねぇ!」
「そ、そうなんですか?」
「ったりめぇだろ! デュークがつまんねぇ冗談なんかするヤツじゃねぇよ。とにかく頼む、それを譲ってくれ!」
「ど、どうぞ……」
返すと言ったほうが正しいと心の中で思いながら、アヤメは瓶を渡す。青年剣士はそれを、涙を浮かべながら受け取った。
「恩に着るぜアヤメさん! 早速デュークに飲ませてみよう!」
青年剣士はデュークを起こして、瓶の中身を飲ませる。幸いまだ、液体を飲めるだけの体力は残っていたようであった。
すぐに効果が出たのか、デュークの呼吸は落ち着いてきていた。心なしか表情も苦しさが和らいでいるように見える。
「どうやら本当に特性のポーションのようですね。効き目が段違いです」
「おいデューク、しっかりしろよ。必ず助けてやるからな!」
治癒師は感激し、青年剣士も安心した表情をしつつ、必死にデュークに向かって励ましの言葉をかける。
やはりミナヅキのポーションって凄いんだと、アヤメは改めて思った。
すると――
◇ ◇ ◇
「さて、話も粗方まとまったし、そろそろ妾たちも動こうかの」
「おぅ」
ギルドの会議室にて、話をしていたミナヅキとフィリーネ。内容は、この緊急クエストの裏に隠されていることについての推論。黒幕の目星もつけたところで、話に区切りをつけ、二人は立ち上がった。
「問題は、ヤツが今どこにおるかじゃが……」
「俺に一つ心当たりがある」
「工房かの?」
「いや、もっと別の場所。とにかく時間が勿体ない。歩きながら話そうぜ」
「うむ」
ミナヅキとフィリーネはギルドの会議室を出て、そのまま裏口から建物を出る。緊急クエスト発令の影響か、いつもは賑やかな夜の表通りも、今夜に限っては閑散としていた。
二人は工房と真逆の方向へと歩き出す。
ここでミナヅキは、思い出した反応とともにアイテムボックスを漁り出した。
「そうそう、フィリーネに一応、渡しておこうと思ってたんだ」
ミナヅキはボックスの中から一つの瓶を取り出した。
「こないだ調合したばかりの上質ポーションだ。念のために持っといてくれ」
「おぉ、それは済まんな。ありがたくいただこう……む?」
それを受け取ったフィリーネは、ピタリと止まりながら瓶を凝視する。そしてその瓶に手をかざし、ジッと見つめていた。
やがてフィリーネはその体制のまま、深いため息をつく。
「……ミナヅキよ」
「ん?」
「今、この上質ポーションとやらを、鑑定魔法で調べてみたのじゃが……」
「なんか問題でもあったか?」
キョトンとした表情でミナヅキが問いかけると、フィリーネは表情を歪ませる。
「大アリじゃ。上質どころか『最上級』と出おったぞ!」
「……へ?」
「へ、じゃないわ! よりにもよって、こんな代物を渡すヤツがおるか! どうせならアヤメにコレを渡してやれば良いモノを……」
「いやいや、ちょっと待ってくれ!」
ミナヅキは、心の底から慌てた様子で話を遮る。
「え? マジでそれ、最上級って出たの?」
「こんなところでウソなどつかんわ!」
感情的な声で返すフィリーネだったが、ミナヅキは別の意味で混乱していた。
(俺の記憶が正しければ、最上級ポーションは工房でデュークにあげたハズ。それが今、俺のアイテムボックスに入ってたってことは……)
それ以降、調合作業はしていたが、最上級ポーションはできていない。それ以前に作ったモノはギルドなどで売ってしまっていた。つまりミナヅキは記憶上、最上級ポーションは一つも持っていないことになっていたのだ。
つまりミナヅキは勘違いをしていたということであり、デュークにあげたのは別の調合品、ということになるのだが――
「じゃあ俺……デュークに一体、何をあげたんだろ?」
ミナヅキは頑張って思い返してみるが、遂に思い出すことはなかった。
◇ ◇ ◇
――シュウウウウ。
デュークの体から呪いの模様が消えていき、同時に体の血色も良くなっていく。周囲が戸惑いに満ちる中、デュークの体から呪いが消え去った。
「ん……?」
ゆっくりと目を開け、デュークは起き上がる。ガクッと体が揺れた瞬間、青年剣士が慌てて抑えようとする。
「お、おい! 無理に起きるなよ!」
「いや、大丈夫だ」
ボーっとした様子ではあるが、苦しそうな素振りは全くない。デュークは周囲を見渡しながら問いかける。
「魔物たちは? あれからどうなったんだ?」
「あ、あぁ、もう片付いたらしいぜ」
「そうか。済まなかったな。途中までしか参加できなかった」
戸惑いながら答える青年剣士に、デュークは心から申し訳なさそうな表情で軽く頭を下げる。
その様子を見ていたダンは、理解こそしていないが、ひとまず無理やりにでも納得しておこうと思った。
「……まぁ、とにかく無事でなによりだ」
そしてダンは、周囲の冒険者たちに向かって大声で叫ぶ。
「冒険者たちに告ぐ! 戦いはこれで終わりだ! ケガ人は応急処置を施し、直ちに診療所へ運び、残りはギルドで待機! クエストはまだ終わってないぞ!」
『――おぉっ!!』
冒険者たちの応える声が平原に響き渡る。街門が開かれ、それぞれが忙しなく動き出している中、アヤメたちからデュークに詳細が話されていた。
「そうか……俺は呪いをかけられていたのか。とんだ迷惑をかけたな」
「気にするなよデューク。本を正せば、お前が持っていたポーションで、見事救われたんだからな」
「俺の?」
「戦いが始まる前、デュークさんが私にくれたポーションのことよ」
アヤメが補足すると、納得した様子でデュークが頷く。
「そうか。アレを使ったのか。だとしたら、ミナ……」
「うえええぇぇーーーっ!?」
デュークが何かを言いかけたその時、治癒師が思いっきり遮るように叫んだ。傍で叫ばれた青年剣士は、顔をしかめながら振り向く。
「なんだよ、いきなりデカい声出しやがって」
「それどころじゃないですよ! コ、コレ! やっぱりそうだったんです!」
「だから何なんだよ!? デュークのポーションがどうかしたのか?」
酷く慌てる治癒師に、青年剣士がワケが分からんと言わんばかりに首を傾げる。すると治癒師は、声を震わせながら叫んだ。
「これ……ポーションじゃなくてエリクサーなんですよおぉーっ!」
治癒師の叫び声が空に昇る。周囲の冒険者たちは何事かと振り返り、聞いていた者たちは驚きながら凝視していた。
無論、それはアヤメたちも同じであり、青年剣士が代表する形で苦笑しながら問いかける。
「いやいや待て待て! 流石にそれはウソだろ?」
「私だってそう思いたいですよ! でも鑑定でそう出たんです!」
流石に叫び過ぎたかと思い、治癒師は声を落として話す。それでも語尾が強くなっている以上、それなりに声が大きくなってはいたが。
「そりゃあ、効果は本物に比べれば色々と違う部分は多いですけど、根っこの部分は同レベルといっても過言ではありません。なによりデュークさんの呪いが解けたのが立派な証拠ですよ!」
「そ、そうか……そう言われれば納得だが……」
納得とは言ったが、やはり理解が追い付けていない。
そもそもエリクサーと言えば、伝説の霊薬だ。
飲めば体力や傷を回復するばかりか、毒や呪いなど体のあらゆる異常を取り除いてしまう。一説によると、死者をも蘇らせる効果を持つと言われているが、本当という声もウソという声もあり、真相は明らかとなっていない。
当然ながら凄まじい希少価値を誇っており、中には全財産を出してでも手に入れようとする者も、決して珍しくない。
それほどの効果がある代物が、確かに目の前にあった。
鑑定結果だけでなく、実際にその効果が使われ、証明された。そう考えれば錯乱気味に驚くのも無理はない。
「さしずめ、エリクサーによく似た効果のあるジュースってところか?」
デュークがそう呟き、そして苦笑する。
「いやぁ、まさかそんな凄いモノだったとはな。てっきり最上級ポーションだと思って後輩にくれてやったんだが……まぁ結果オーライだな、ハハッ!」
わざとらしく説明口調で語るデュークに、他の冒険者たちも次々と顔を見合わせながら口を開き始めた。
「聞いたかよ? デュークさんがエリクサーを持ってたんだってさ」
「らしいな。しかも本人も気づいてなかったって」
「けど、なんか逆に信じられるよな」
「流石はデュークさんだよな。実は俺も持ってたりして?」
「それはねーよ」
「ねーな」
「ちょ、皆して酷くね!?」
『ハハハッ♪』
あちこちで『デュークさん凄い』という旨の話題が繰り広げられていく。戸惑いの空気がいつの間にか明るいそれに切り替わっていた。
「さぁ、もう魔物の異変もないんだろ? 俺たちもさっさと引き上げようぜ」
「お、おぉ……」
いつもの調子で話すデュークに、青年剣士は戸惑いながら頷く。そこに治癒師がやや慌てながら言った。
「デュークさん、念のためにあなたも診療所へ」
「勿論分かってるよ、麗しき治癒師さん?」
「はぅっ!」
見事なスマイルでカウンターを喰らった治癒師は、顔を真っ赤にしてしまう。ニコニコと笑うデュークの傍では、聖剣剣士がまたかと言わんばかりに、呆れ果てた表情をしていた。
その様子を見ていたダンも小さく笑い、ケニーを担いで去る。ベティも同じようにヴァネッサを抱え、優雅に街門へ向かって歩いていった。
アヤメたちも引き上げ準備を進めていく中、デュークは空を仰ぎ、ひっそりと心の中で呟く。
(ミナヅキのヤツ……間違えるなら、もう少しマシな間違え方をしてくれよな)
曇っていて真っ暗だった夜空はいつの間にか晴れており、月と星がボンヤリと光っていた。
◇ ◇ ◇
ミナヅキとフィリーネは、工房とは反対方向にある王都の丘にやってきた。
そこは王都の墓地となっており、夜に近づく者はいない。しかしとある一つの墓の前に、その者はいた。フィリーネは驚いており、ミナヅキはやっぱりかと言わんばかりの笑みを浮かべている。
フィリーネが何か問いかけようとする前に、ミナヅキは歩き出す。
堂々と足音を立てており、他に音もなくやたらと響く。そのせいか、墓の前にいる人物も、すぐに近づいてくるミナヅキの存在に気づいた。
黒のローブを羽織っており、頭にはフードを被っている。そのため顔は確認できず、辛うじて口元が分かる程度だ。
その人物は一瞬驚きの様子を見せるも、すぐにフッと小さな笑みに切り替える。
「よぉ、やっと会えたな」
先に声をかけたのはミナヅキのほうだった。
「お前ならきっとここに来ると思ったよ。自分が眠っているとされている墓を自分の目で拝む――ある意味、滅多にないチャンスだもんな」
その瞬間、風が吹いた。強めの風がその人物のフードをめくらせ、月明かりがその人物の顔を照らす。
「いきなり何を言ってるんだい、ミナヅキ?」
中から出てきた顔は、ジョセフであった。心外だと言わんばかりの声色で、笑顔を取り繕いながら話してくる。
「僕はついさっき、この王都に帰ってきたばかりだよ? 魔物の大群を避けるために遠回りしたおかげで、こんな夜中になっちゃったんだけどね」
「それは随分と妙な話じゃな」
フィリーネが断ち切るように横槍を入れてきた。
「緊急クエストの魔物討伐が落ち着くまでは、全ての街門を封鎖しておった。王都の外からさっき帰ってくる、なんてことは基本的に不可能なんじゃがの」
「…………」
フィリーネがニヤッとした笑みを浮かべる。言い返せるモノなら言い返してみろと言わんばかりだ。しかし彼は狼狽える様子もなく、ただ冷たい表情でじっと二人を見据えていた。
するとミナヅキが、優しげな声色で諭すように言う。
「もうはぐらかさなくてもいいよ。フィリーネと情報を整理して、大体の見当はついてるんだ。お前が今回の黒幕なんだろ? ジョセフ、いや――」
ミナヅキは声を低くし、スッと目を半開きにしながら、彼を睨みつける。
「ラトヴィッジ……お前ずっと、ジョセフに成りすましてたんだな?」
そう言われた彼は否定しなかった。むしろ、よくそれが分かったなと言わんばかりに、狂気を感じさせるかの如く口元をつり上げた。
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