209 / 252
第六章 神獣カーバンクル
209 現れた友
しおりを挟む「力づくで来たいなら来ればいい。ノーラが相手になる。リウは渡さない!」
前に躍り出るノーラは、実に堂々としていた。珍しく声を少し荒げており、その敵意を込めた睨みで、完全にカミロを怯えさせている。
ノーラ本人に対する怖さも確かにある。しかしそれ以上に、カミロにとって当てが外れたというのが大きかった。
有り体に言って、マキトたちを舐めていたのだ。
数で言えば圧倒的に不利。しかし相手は自分よりも年下と小動物だけ。ならば自分にも十分なくらい勝機はあると、カミロは勝手に思い込んでいた。
自分にはヴァルフェミオンの厳しい教育で培った、魔法という名の武器がある。それをもってすれば、目の前の子供たちを相手にするなど容易い。むしろ可哀想なくらいだろうと――そう楽観視していたのだ。
しかし蓋を開けてみれば、すぐさまそれは覆されてしまった。
(ウソだ……ヴァルフェミオンで何年も生活していた、この僕が……くっ!)
震える体を必死に抑えながら、カミロは笑顔を取り繕う。
「ノーラちゃん、だっけ? キミもヴァルフェミオンの生徒だったのかい?」
「ちゃん付けキモイ。馴れ馴れしく呼ばないで」
どこまでも冷たい表情を浮かべるノーラの声は、大きな槍で一直線に突き刺してくるかのような鋭さがあった。
カミロは今すぐ、この場から逃げ出したい気持ちに駆られていた。
何もかも投げ捨てて、世界の果てまで飛んでいければ、一体どれほど楽になれることだろうかと、かなり本気で思った。
しかし彼は耐え凌いだ。何のためにここまで来たんだと、自分で自分を鼓舞したのだった。
既に望みは限りなく薄いということに、見て見ぬふりをしながら。
「し、質問に答えてくれないか? それだけの魔力をコントロールできるなんて、ヴァルフェミオンに通っている生徒以外にあり得ないと思ったんだ。ホント、ただそれだけの話なんだよ!」
わたわたと身振り手振りをしながら、カミロは必死に言葉を取り繕う。
それに対してマキトは、呆れたかのように目を細くした。
「いや、何もそこまで慌てることもないと思うけど……」
「ん。まるでノーラたちがワルモノみたい」
少なくともこれまでの時点で、自分たちが何か悪いことをしたとは思えない。むしろいきなり現れてカーバンクルをよこせと言ってくるカミロこそが、マキトたちからすれば『悪』に限りなく近いように思えてならない。
もっとも完全にそうというわけでもないため、ある意味厄介でもあるのだが。
「てゆーか、話が思いっきりズレてる気がする」
「そういえばそうだな」
ノーラの指摘に、マキトが改めて気づいた反応を示す。
「えーっと……何の話してたんだっけ?」
「しらない」
「興味ねぇしな」
ノーラに続いて、リウもやれやれと言わんばかりにため息をつく。そこでカミロはハッと何かに気づいた素振りを見せる。
「そうだ! そのカーバンクルを渡してほしいと、誠意を込めて頼んでたんだ!」
大袈裟気味に叫ぶカミロだったが、マキトたちの表情はやはり冷めていた。
「誠意、って込められてたっけ?」
「むしろ脅してきてた」
尋ねるマキトにノーラが首を小さく左右に振る。
「説得力がまるでないのです」
「キュウッ!」
『おなかすいたねー』
「オレもう、この話題に飽きちまったぜ」
魔物たちもうんざりしていた。もう関わりたくないという気持ちは、マキトたちの中でとっくの昔に一致している状態だった。
しかし――
「こんなに頼んでるのに、どうして受け入れてくれないんだ? キミたちには情というモノがないとでもいうのかっ? 僕は悲しいぞ!」
カミロは絡んでくるのを止めようとしない。望む答えが得られるまで食いついてやるぞと、そう思っていることは考えるまでもなかった。
リウを渡してしまえば、この状態からはすぐに解放されるだろう。
しかしそれだけは、絶対にやってはいけないことだ――マキトは改めてそう心に強く留めていた。
抱きかかえている温もりが伝わってくる。
自ら望んでテイムされた神獣は、絶対に離れないぞと言わんばかりに、抱えているマキトの腕にガシッと掴まっている。
そんなマスターと魔物たちの表情は、とても強い意志が込められていた。
カミロがそれを全く悟っていないことが、実に残念である。
「そもそも! 困っている人を助けるのは当たり前のことじゃないか! キミたちは親からそう教わらなかったのか!?」
「生憎そんなことを教えてくれる親なんて、今までいたこともなかったよ」
なんとか説得しようと慌てふためくカミロに対し、マキトはしれっと答える。
しかし――
「まぁ……似たような人は、いなくもないけど」
何故かその時、ユグラシアの優しい笑顔が浮かんできて、妙に照れくさい気持ちに駆られる。
無意識に視線を逸らしてしまうほどに。
「な、なんだよその反応……ワケ分かんないこと言ってないで、とにかく僕のことを助けてくれよっ! こんなにも必死に頼んでいるのに……」
「――なんでノーラたちが、助ける価値もない人を助けなければいけないの?」
ノーラは冷たい表情でしれっと言い放つ。カミロはピシッと硬直するが、ノーラはそれに構うことなく続ける。
「さっきから聞いてれば、あなたは自分の力でなんとかしようとしていない。助けてもらうことが当たり前だと思っている人なんて、助ける価値はない」
「言われてみれば、確かになぁ……」
マキトもこれまでの話を、少しだけ思い返してみる。
「困ってるんだから助けてくれぇ、なーんて偉そうに言われても……ただイラっとするだけだもんな」
「ん。そもそもカーバンクルがいれば大丈夫だというお話自体、信用できない。そのオトモダチとやらにダマされている可能性もある」
ノーラからしてみれば、数多くある一つの可能性を挙げただけに過ぎなかった。実のところマキトも同じことを考えており、確かにそうだよなと頷いている。
しかし――
「僕が騙されてる? ふ……ふふ、ふざけるなあぁっ!」
カミロは血相を変えて怒鳴る。マキトや魔物たちは勿論のこと、これには流石のノーラでさえも、口を軽く開けて驚いてしまっていた。
「か、彼のことを悪く言うなっ! 落ちこぼれ扱いされている僕に、ずっと優しくしてくれてるんだ! 彼が僕を騙すなんてあり得ない!」
必死に声を荒げるカミロ。その『友達』とやらが、決して悪い人じゃないということを、相手に分かってもらおうとしていることは間違いない。
しかしながら、肝心のマキトたちの表情には、大きな疑いの色が残っていた。
「――それのどこをどう信用すればいいんだろうな?」
「ん。少なくともノーラには無理」
ノーラに至っては、完全に『黒』だと判断していた。彼女にとっては、信じられる要素が欠片もなかったのだ。
「そもそも神獣は、霊獣よりも更に上の存在。ただの魔導師が従えるなんて、無理にも程がある」
「デ、デタラメを言うな! 現にソイツは従えてるじゃないか!」
「マキトは色々とフツーじゃないところがある。だからこそあり得る話」
「そんな……そんなバカなことが……」
淡々とノーラに言い返され、カミロは跪いてしまう。当てが外れ続けたことで、彼のメンタルは限界に等しかった。
「カーバンクルは……神獣は見つけさえすれば、簡単に従えられるって……」
「その、オトモダチとやらが言ってたのか?」
「あ、あぁ……」
訝しげに問いかけるマキトに、カミロが震えながら頷いた。
「いくら神様の化身とされる神獣といえど、所詮は獣。エサをちらつかせれば簡単に引っかかる単純なヤツだと、確かに彼らはそう教えてくれたんだ!」
「……いやぁ、流石にそれはねーだろうよ」
リウが呆れたようにため息をつく。流石にあり得ないにも程があると、マキトたちも改めて呆れてしまう。
「何で……何でこんな……」
そんなマキトたちの表情に、カミロは更に絶望する。
自分の得た情報がことごとく外れていることに、ようやく気付いたのだった。
カーバンクルを手懐けるために、収納魔法でたくさんのお菓子を用意した。夜通し探し回る間に、空腹を紛らわすべく少し食べてしまったが、それでも手懐けるには十分な量が残っていたため、自身があった。
その全てが空振りもいいところだった。あれほど苦労したのは何だったのか。
一体何のために、ここまで必死に動いていたのか――もう頭も回らず、カミロは答えを出すことができない。
「――ハハッ、随分とボロボロになっちまったもんだなぁ、カミロ!」
そこに、第三者の声が聞こえてきた。マキトたちは驚いて振り向くと、カミロと同じヴァルフェミオンの制服に身を包んだ男子三人組が、腕を組みながらニヤついた表情で立っていた。
「ク、クレメンテ……どうしてここに?」
カミロが震えながら問いかけると、三人組の中央に立つ少年が、フッと笑みを深めてきた。
「どうしてって、様子を見に来たに決まってるだろう? 結果はともかく、神獣を見つけられたから結果オーライってところか」
クレメンテがマキトの抱きかかえているリウに視線を向け、ニヤッと笑う。
マキトたちは瞬時に悟った。相手は間違いなく敵だと。
自然とリウを抱きかかえる力が強くなる。ノーラやラティたちも、マキトやリウを庇うようにして前に出る。
それに対してクレメンテは、特に何も言わず、笑っているだけであった。
「あ、ありがとう! クレメンテが来てくれれば百人力だよ!」
カミロは表情を輝かせながら立ち上がる。ここに来て、救世主が来てくれたような気分に満ち溢れていたのだ。
そして、一番の『友達』の元へ駆け寄っていくが――
「邪魔だから来るなよ。もうお前みてぇなカスに、用なんざねぇっつーの!」
忌々しそうに解き放たれた友の言葉に、カミロは笑顔のまま硬直した。
0
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)
葵セナ
ファンタジー
主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?
管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…
不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。
曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!
ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。
初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)
ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる