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第六章 神獣カーバンクル
209 現れた友
しおりを挟む「力づくで来たいなら来ればいい。ノーラが相手になる。リウは渡さない!」
前に躍り出るノーラは、実に堂々としていた。珍しく声を少し荒げており、その敵意を込めた睨みで、完全にカミロを怯えさせている。
ノーラ本人に対する怖さも確かにある。しかしそれ以上に、カミロにとって当てが外れたというのが大きかった。
有り体に言って、マキトたちを舐めていたのだ。
数で言えば圧倒的に不利。しかし相手は自分よりも年下と小動物だけ。ならば自分にも十分なくらい勝機はあると、カミロは勝手に思い込んでいた。
自分にはヴァルフェミオンの厳しい教育で培った、魔法という名の武器がある。それをもってすれば、目の前の子供たちを相手にするなど容易い。むしろ可哀想なくらいだろうと――そう楽観視していたのだ。
しかし蓋を開けてみれば、すぐさまそれは覆されてしまった。
(ウソだ……ヴァルフェミオンで何年も生活していた、この僕が……くっ!)
震える体を必死に抑えながら、カミロは笑顔を取り繕う。
「ノーラちゃん、だっけ? キミもヴァルフェミオンの生徒だったのかい?」
「ちゃん付けキモイ。馴れ馴れしく呼ばないで」
どこまでも冷たい表情を浮かべるノーラの声は、大きな槍で一直線に突き刺してくるかのような鋭さがあった。
カミロは今すぐ、この場から逃げ出したい気持ちに駆られていた。
何もかも投げ捨てて、世界の果てまで飛んでいければ、一体どれほど楽になれることだろうかと、かなり本気で思った。
しかし彼は耐え凌いだ。何のためにここまで来たんだと、自分で自分を鼓舞したのだった。
既に望みは限りなく薄いということに、見て見ぬふりをしながら。
「し、質問に答えてくれないか? それだけの魔力をコントロールできるなんて、ヴァルフェミオンに通っている生徒以外にあり得ないと思ったんだ。ホント、ただそれだけの話なんだよ!」
わたわたと身振り手振りをしながら、カミロは必死に言葉を取り繕う。
それに対してマキトは、呆れたかのように目を細くした。
「いや、何もそこまで慌てることもないと思うけど……」
「ん。まるでノーラたちがワルモノみたい」
少なくともこれまでの時点で、自分たちが何か悪いことをしたとは思えない。むしろいきなり現れてカーバンクルをよこせと言ってくるカミロこそが、マキトたちからすれば『悪』に限りなく近いように思えてならない。
もっとも完全にそうというわけでもないため、ある意味厄介でもあるのだが。
「てゆーか、話が思いっきりズレてる気がする」
「そういえばそうだな」
ノーラの指摘に、マキトが改めて気づいた反応を示す。
「えーっと……何の話してたんだっけ?」
「しらない」
「興味ねぇしな」
ノーラに続いて、リウもやれやれと言わんばかりにため息をつく。そこでカミロはハッと何かに気づいた素振りを見せる。
「そうだ! そのカーバンクルを渡してほしいと、誠意を込めて頼んでたんだ!」
大袈裟気味に叫ぶカミロだったが、マキトたちの表情はやはり冷めていた。
「誠意、って込められてたっけ?」
「むしろ脅してきてた」
尋ねるマキトにノーラが首を小さく左右に振る。
「説得力がまるでないのです」
「キュウッ!」
『おなかすいたねー』
「オレもう、この話題に飽きちまったぜ」
魔物たちもうんざりしていた。もう関わりたくないという気持ちは、マキトたちの中でとっくの昔に一致している状態だった。
しかし――
「こんなに頼んでるのに、どうして受け入れてくれないんだ? キミたちには情というモノがないとでもいうのかっ? 僕は悲しいぞ!」
カミロは絡んでくるのを止めようとしない。望む答えが得られるまで食いついてやるぞと、そう思っていることは考えるまでもなかった。
リウを渡してしまえば、この状態からはすぐに解放されるだろう。
しかしそれだけは、絶対にやってはいけないことだ――マキトは改めてそう心に強く留めていた。
抱きかかえている温もりが伝わってくる。
自ら望んでテイムされた神獣は、絶対に離れないぞと言わんばかりに、抱えているマキトの腕にガシッと掴まっている。
そんなマスターと魔物たちの表情は、とても強い意志が込められていた。
カミロがそれを全く悟っていないことが、実に残念である。
「そもそも! 困っている人を助けるのは当たり前のことじゃないか! キミたちは親からそう教わらなかったのか!?」
「生憎そんなことを教えてくれる親なんて、今までいたこともなかったよ」
なんとか説得しようと慌てふためくカミロに対し、マキトはしれっと答える。
しかし――
「まぁ……似たような人は、いなくもないけど」
何故かその時、ユグラシアの優しい笑顔が浮かんできて、妙に照れくさい気持ちに駆られる。
無意識に視線を逸らしてしまうほどに。
「な、なんだよその反応……ワケ分かんないこと言ってないで、とにかく僕のことを助けてくれよっ! こんなにも必死に頼んでいるのに……」
「――なんでノーラたちが、助ける価値もない人を助けなければいけないの?」
ノーラは冷たい表情でしれっと言い放つ。カミロはピシッと硬直するが、ノーラはそれに構うことなく続ける。
「さっきから聞いてれば、あなたは自分の力でなんとかしようとしていない。助けてもらうことが当たり前だと思っている人なんて、助ける価値はない」
「言われてみれば、確かになぁ……」
マキトもこれまでの話を、少しだけ思い返してみる。
「困ってるんだから助けてくれぇ、なーんて偉そうに言われても……ただイラっとするだけだもんな」
「ん。そもそもカーバンクルがいれば大丈夫だというお話自体、信用できない。そのオトモダチとやらにダマされている可能性もある」
ノーラからしてみれば、数多くある一つの可能性を挙げただけに過ぎなかった。実のところマキトも同じことを考えており、確かにそうだよなと頷いている。
しかし――
「僕が騙されてる? ふ……ふふ、ふざけるなあぁっ!」
カミロは血相を変えて怒鳴る。マキトや魔物たちは勿論のこと、これには流石のノーラでさえも、口を軽く開けて驚いてしまっていた。
「か、彼のことを悪く言うなっ! 落ちこぼれ扱いされている僕に、ずっと優しくしてくれてるんだ! 彼が僕を騙すなんてあり得ない!」
必死に声を荒げるカミロ。その『友達』とやらが、決して悪い人じゃないということを、相手に分かってもらおうとしていることは間違いない。
しかしながら、肝心のマキトたちの表情には、大きな疑いの色が残っていた。
「――それのどこをどう信用すればいいんだろうな?」
「ん。少なくともノーラには無理」
ノーラに至っては、完全に『黒』だと判断していた。彼女にとっては、信じられる要素が欠片もなかったのだ。
「そもそも神獣は、霊獣よりも更に上の存在。ただの魔導師が従えるなんて、無理にも程がある」
「デ、デタラメを言うな! 現にソイツは従えてるじゃないか!」
「マキトは色々とフツーじゃないところがある。だからこそあり得る話」
「そんな……そんなバカなことが……」
淡々とノーラに言い返され、カミロは跪いてしまう。当てが外れ続けたことで、彼のメンタルは限界に等しかった。
「カーバンクルは……神獣は見つけさえすれば、簡単に従えられるって……」
「その、オトモダチとやらが言ってたのか?」
「あ、あぁ……」
訝しげに問いかけるマキトに、カミロが震えながら頷いた。
「いくら神様の化身とされる神獣といえど、所詮は獣。エサをちらつかせれば簡単に引っかかる単純なヤツだと、確かに彼らはそう教えてくれたんだ!」
「……いやぁ、流石にそれはねーだろうよ」
リウが呆れたようにため息をつく。流石にあり得ないにも程があると、マキトたちも改めて呆れてしまう。
「何で……何でこんな……」
そんなマキトたちの表情に、カミロは更に絶望する。
自分の得た情報がことごとく外れていることに、ようやく気付いたのだった。
カーバンクルを手懐けるために、収納魔法でたくさんのお菓子を用意した。夜通し探し回る間に、空腹を紛らわすべく少し食べてしまったが、それでも手懐けるには十分な量が残っていたため、自身があった。
その全てが空振りもいいところだった。あれほど苦労したのは何だったのか。
一体何のために、ここまで必死に動いていたのか――もう頭も回らず、カミロは答えを出すことができない。
「――ハハッ、随分とボロボロになっちまったもんだなぁ、カミロ!」
そこに、第三者の声が聞こえてきた。マキトたちは驚いて振り向くと、カミロと同じヴァルフェミオンの制服に身を包んだ男子三人組が、腕を組みながらニヤついた表情で立っていた。
「ク、クレメンテ……どうしてここに?」
カミロが震えながら問いかけると、三人組の中央に立つ少年が、フッと笑みを深めてきた。
「どうしてって、様子を見に来たに決まってるだろう? 結果はともかく、神獣を見つけられたから結果オーライってところか」
クレメンテがマキトの抱きかかえているリウに視線を向け、ニヤッと笑う。
マキトたちは瞬時に悟った。相手は間違いなく敵だと。
自然とリウを抱きかかえる力が強くなる。ノーラやラティたちも、マキトやリウを庇うようにして前に出る。
それに対してクレメンテは、特に何も言わず、笑っているだけであった。
「あ、ありがとう! クレメンテが来てくれれば百人力だよ!」
カミロは表情を輝かせながら立ち上がる。ここに来て、救世主が来てくれたような気分に満ち溢れていたのだ。
そして、一番の『友達』の元へ駆け寄っていくが――
「邪魔だから来るなよ。もうお前みてぇなカスに、用なんざねぇっつーの!」
忌々しそうに解き放たれた友の言葉に、カミロは笑顔のまま硬直した。
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