上 下
210 / 252
第六章 神獣カーバンクル

210 クレメンテの本性

しおりを挟む


「ぎゃははっ! コイツ思いっきりショック受けてやがるぜ!」
「なんつー顔してんだよ。笑えてきちまうな。ハハッ♪」

 クレメンテの後ろに控えていた金髪の少年と青髪の少年が、手を伸ばしかけたまま硬直しているカミロを笑い飛ばす。
 当のカミロは意味が分からず、頭の中は殆ど真っ白な状態となっていた。

(な、何なんだ今の? クレメンテが僕を、あんなゴミを見るような目で……)

 きっとこれは何かの間違いだ――カミロはそう必死に思い込んだ。すぐにでも冷たい表情が解除され、笑顔となって語りかけてくれると。
 しかし――

「いつまでそこでボサッとしてんだよ? いいからそこをどけ。ジャマだ!」

 クレメンテは吐き捨てるように言いながら、カミロの肩をドンっと強く押す。無防備なところをやられたため、カミロはよろけて倒れてしまう。

「ぎゃははははっ♪」

 その瞬間、金髪から大きな笑い声が解き放たれる。隣に立つ青髪も、バカな男だと言わんばかりに嘲笑していた。

「クレメンテさん。コイツに現実ってもんを教えてあげましょう。それもトモダチとしてのよしみですって」
「――そうだな。カーバンクルのところまで案内してくれた礼もあるし、それくらいのことはしてやってもいいか」

 青髪の進言にクレメンテがニヤリと笑う。そしてクレメンテは、改めて冷たい視線をカミロにぶつけてきた。

「単刀直入に言うとだな――俺はお前のことを、最初から利用してたんだよ」

 全ては、神獣カーバンクルを手に入れるために仕組んだことだった。
 落ちこぼれで友達のいない『ぼっち』なカミロならば、ちょっと優しくして友達だと言ってやるだけで、ホイホイと引っかかる――そんな都合のいい『駒』として見なしてきた。
 入学式で見かけたときから、なんとなく使えそうだと思い、声をかけた。
 それから様子を見ていたクレメンテだったが、彼から見て予想以上の扱いやすさとして認識されたのだ。

「まさかここまで純粋なボウヤだとはな。思わず笑わないようにするの、ホント大変だったんだぜ? ハハッ♪」

 クレメンテは愉快そうに笑い飛ばす。我ながら分かりやすい説明をしたと思い、心の底から気分が良かった。
 しかし――

「そ、そうか、わかったぞ! クレメンテはそこの二人に脅されてるんだね?」

 カミロはそれでも、彼が言ったことを信じようとしなかった。
 何を言ってるんだこいつは――そう言わんばかりに唖然とするクレメンテに、カミロは真剣な表情で近づいていく。

「大丈夫! 今度は僕が助けてあげるよ。キミのような優しい人を脅すなんて許しておけないからね! もっともこれぐらいじゃ、恩返しの一つにも……」

 ならないだろうけど――そう続けようとした瞬間、クレメンテの拳がカミロの頬に打ち込まれる。
 バキィッ、という鈍い音とともに、カミロは後方へ倒された。

「がはっ! な、何を……」

 カミロは殴られた頬を抑えながら、涙目で見上げる。
 そこには――

「テメェ、俺の『ダチ』に勝手な言いがかりをつけてんじゃねぇよ。あぁん?」

 怒りを込めた鋭い視線で、クレメンテがまっすぐ見下ろしてきていた。
 あまりの形相に、カミロは驚いて硬直してしまう。こんな表情を向けてきたことはなかった。まるで人が変わったようだと。
 そんなカミロの表情は、情けなくて見てられないほどであった。
 クレメンテも今しがた抱いた怒りが、急速に冷めていく。まるでそんな価値すらないと言わんばかりに。

「ったく、ホントおめでたいボウヤだぜ」

 クレメンテは呆れを込めた深いため息をつく。

「俺はお前に友達らしいことなんか、これまで何一つしてないってのによ」
「……えっ?」

 カミロは目を見開いた。クレメンテが何を言いたいのかが分からないのだ。
 それはクレメンテも察しており、ため息交じりに後ろ頭を掻く。

「俺が一度でも、お前と一緒にメシを食ったことがあったか? 放課後、お前と一緒に遊びに行ったことがあったか? 休み時間に雑談をしたことがあったか?」
「そ、それぐらい……えっと、あ、あれっ?」

 改めて思い出してみると、そのような記憶は一つもない。カミロは自然と焦りを抱いた。友達ならば当たり前のようにしていることを、自分は当たり前のようにしてきていないと、今になって気づかされた。
 そんな彼の表情を読み取り、クレメンテはフッと目を閉じて笑う。

「そりゃないよなぁ? 俺は基本的にコイツらや他のダチと一緒にいたし」
「他の、ともだち……」
「そうだよ。ついでに言えば、俺は基本的に友達のことは『ダチ』と呼んでる。友達と呼んでいるときは、単に社交辞令で言ってるだけだ」
「しゃこう、じれい……」

 カミロはクレメンテの言葉を繰り返すように呟く。まるで壊れたからくり人形のようであった。
 目も虚ろとなってきており、そう思われても不思議ではない。

「この際だから明かしといてやるが――お前の試験で先生が不正してたってヤツ。あれも全て俺が仕組んだことだ」
「――えっ?」
「俺は学園の上とも、それなりの繋がりってもんがあってな。先生の弱みを握って操るなんざ、簡単なことさ」

 肩をすくめながらカミロが笑う。自身の人脈に、軽く酔いしれているのだ。

「そうしてお前を落ちこぼれに仕立て上げ、弱らせたところで声をかけ、ここまで持ってきたってワケだ。全くいい感じに動いてくれたぜ。そこだけは感謝しているつもりだから、ありがたく受け取っとけ」
「テメェに優しくしてたのも、全てはカーバンクルを手に入れるためってことよ」
「少しは喜ぶべきだ。お前如きがクレメンテさんに使われたんだからな」

 金髪に続いて、青髪もふてぶてしい態度を隠そうともしない。
 クレメンテは彼らのことを『ダチ』と呼んでいたが、どう見ても『舎弟』という言葉がピッタリであった。
 もっとも二人からすれば、クレメンテに付いていければいいだけなので、どちらでもいいことであった。

「――なんか俺たち、完全に放ったらかされてる感じだよな」

 そんな中、ここまでずっと黙って見ていたマキトが、口を開いた。

「できればこっそり帰りたいところだけど……」
「多分、それは無理だぜ」
「リウの言うとおりなのです」

 ラティも小さなため息をつきながら、クレメンテたちのほうを見る。

「あのお三方、ああ見えてわたしたちの動きも、ちゃんと見逃さないようチェックしてきているのですよ」
「ん。余計なことはしない。ここで大人しくしてる」
「キュウッ」
『いつなにをしてくるかわかんないもんね』
「……そうだな。少し様子を見るか」

 ノーラや魔物たちの言葉は実にごもっとも――そう思ったマキトは、大人しくしておくことに決めた。
 するとここでクレメンテが、肩をすくめながら口を開いた。

「哀れついでに申し訳ないんだが――カミロ、お前の命はここで綺麗に刈り取らせてもらうよ。あぁ、心配しなくていい。学園には上手く言っておくからな」

 カミロは神獣カーバンクルを目覚めさせ、無理矢理従えて学園の教師に仕返しをしようとしていた。
 そこへクレメンテたちが『友達』として颯爽と駆けつけ、説得を試みる。しかしカミロが攻撃を仕掛けてきたため、やむなく応戦。激しい戦闘により、カミロは崖下へ転落してしまう。
 クレメンテたちはカーバンクルを保護し、学園に連れて帰る。友を更生させるべく動き出し、なおかつ神獣というレアな魔物を保護したという功績が残る。
 それがクレメンテの描いた、華麗なるシナリオであった。

(フッ、いよいよ大団円前のフィナーレってヤツだな)

 既に勝利した気分で、クレメンテは気持ち良さそうに笑っていた。そして決着をつけるべく、動き出そうとする。

「さぁてそろそろ、無駄話も終わりにしよう。これでお前は――ん?」

 しかしここでクレメンテは気づいた。カミロが俯いたまま、何かをブツブツと呟いていることに。

「最初から友達なんて……味方なんていなかった。僕が望んだモノは、何一つ手に入らないんだ。望むだけムダだった。望まなければ良かった。そうすれば僕は、傷付くことなんてなかったのに」

 小さな声だが、確かにそう聞こえた。クレメンテたちも、そしてマキトたちも、揃って首を傾げている。
 コイツは一体何を言ってるんだ――そんな疑問を乗せて。
 しかしカミロは、虚ろな瞳で呟き続けていた。

「ならもう、いらない。誰も僕を見てくれないのなら――皆、消えちゃえ!」

 ――ゴウゥッ!
 急激に激しい魔力がカミロを中心として吹き荒れる。
 しかしクレメンテたちは、一瞬驚いただけで、すぐにいつもの見下したような笑みを浮かべるのだった。

「ハハッ! ザコがイキってやがるぜ。俺たちで軽くひねり潰して――」
「……いや待て! 何か様子がおかしいぞっ!?」

 調子に乗る金髪を遮る形で、青髪が血相を変えながら叫ぶ。ここでようやく、金髪も気づいた。
 カミロの魔力が、予想以上に膨れ上がっていることに。

「うぅ……うわああああぁぁぁーーーーっ!」

 凄まじい絶叫とともに、魔力がはじけ、台風の如く暴走を始めるのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

異世界に召喚されたおっさん、実は最強の癒しキャラでした

鈴木竜一
ファンタジー
 健康マニアのサラリーマン宮原優志は行きつけの健康ランドにあるサウナで汗を流している最中、勇者召喚の儀に巻き込まれて異世界へと飛ばされてしまう。飛ばされた先の世界で勇者になるのかと思いきや、スキルなしの上に最底辺のステータスだったという理由で、優志は自身を召喚したポンコツ女性神官リウィルと共に城を追い出されてしまった。  しかし、実はこっそり持っていた《癒しの極意》というスキルが真の力を発揮する時、世界は大きな変革の炎に包まれる……はず。  魔王? ドラゴン? そんなことよりサウナ入ってフルーツ牛乳飲んで健康になろうぜ! 【「おっさん、異世界でドラゴンを育てる。」1巻発売中です! こちらもよろしく!】  ※作者の他作品ですが、「おっさん、異世界でドラゴンを育てる。」がこのたび書籍化いたします。発売は3月下旬予定。そちらもよろしくお願いします。

タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜

夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。 不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。 その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。 彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。 異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!? *小説家になろうでも公開しております。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

処理中です...