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第五章 迷子のドラゴン
173 リスティの正体
しおりを挟む「マジで? リスティって王女様だったの?」
「ん。これはビックリ……」
リスティが正真正銘、オランジェ王国の王女であった――それを聞かされたマキトとノーラは、驚きの声を上げる。
そんな二人の反応に対し、リスティは申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「隠していてゴメンね。立場的に、大っぴらには言えなかったから」
「いや、まぁ、それは別にいいんだけど……」
狼狽えながらの答えではあったが、これはこれでマキトの本心ではあった。
驚きこそすれど、苛立ちを感じることはない。知らなかったから何か不利益が起こったわけでもないのだ。マキトたちに怒りを抱く理由は、何一つない。
「まさにこれは、明かされた驚きの真実なのです」
ぽけーと呆けた表情でラティは言った。
「ディオンさんは知ってたのですか?」
「勿論さ。俺も姫君が冒険者として外に出る姿は、何度か見ているからな」
ラティの質問に、ディオンはあっけらかんと答える。
「王女が王宮を出て外の町にいるときは、お忍びでっていうのが基本だ。知っている人がそれに気づいたとしても、王女と呼ばないのがルールなんだ」
「盗賊みたいな悪者に狙われたりしないためにもね」
ピンッと人差し指を立てながら、リスティがウィンクする。
「だから私も、本名をもじった仮の名前を使ってたんだよ。これでも振る舞いだってそれなりに変えてるんだから」
「へぇー、そうなんだ」
「なかなか気を使わないといけないのですね」
マキトとラティが興味深そうに頷く。リスティも色々と大変なんだなぁと、素直に感心していたのだった。
「あ! そういえば、思い出したのです」
ラティが軽く目を見開きながら声を上げた。
「途中で立ち寄った泉で、クリスティーンがどうとかって……」
「あぁ、確かに言ってたよな。それってまさか?」
「ご名答」
リスティは肩をすくめながら、マキトたちの疑問に答える。
「それが私の本名だよ。出来ればキミたちには、これからも『リスティ』って呼んでほしいけどね。ついでに敬語はナシで」
「分かった。リスティがそうしてほしいならそうするよ」
マキトがリスティの申し出を快く受け入れる。するとノーラが、無表情に近いながらも、どこか満足そうな笑みを浮かべた。
「ん。でもこれで納得」
「何が?」
「始めてリスティと会った時、明らかにディオンの様子がおかしかった」
「あぁ、そういえばそんなことあったっけ。忘れてたな」
ノーラに言われて、マキトもようやくそのことを思い出す。それを見たリスティは苦笑した。
本当に気にしていなかったんだなぁ、と思ったのだ。
そしてディオンも、やっぱりと言わんばかりに小さく笑いながら目を閉じる。
「済まんな。さっきも少し話したとおりだ」
「リスティが王族であることを、話したくても話せなかったから?」
「そーゆーことだ」
マキトに対して頷きつつ、ディオンはリスティのほうに視線を向ける。
「こちらの姫君は、魔法においては天才的な腕の持ち主なんだ。それに対して調子にも乗らず、日々欠かさず鍛錬を続けておられる。そしてなによりも、正義感が強いことで有名だったりするんだ」
「竜の山で異変が起きたと聞いて、居てもたっても居られなくなっちゃってね」
なはは、と笑いながらリスティは続ける。
「それで王宮を抜け出して、あの町で調査していたの。魔力スポットが原因だと判明したけど、どうすればいいか分からなかった。そこにやって来たのが……」
「俺たちだったってワケだな」
ディオンの言葉にリスティが頷く。
実にタイミングの良いことであった。ヒントどころか答えを引っ提げて現れたようなものであり、それに食いつかない手はなかった。
「まさか、妖精や霊獣をテイムする【色無し】の魔物使いくんと会えるとは、流石に予想すらしていなかったけどね。ウワサでは聞いてたから、一度この目で見てみたいとも思ってたし、ホント色々な意味で驚いたよ」
まさに全てが想定外。リスティも話しかけつつ、内心では戸惑っていた。
しかし実際に接してみて、その戸惑いはすぐに消えた。この子たちならきっとなんとかしてくれる――そんな期待が生まれたのだ。
「キミたちは、私の期待に応えてくれた。冒険者のリスティとして、そして王女クリスティーンとしても、心から感謝しているよ。この度は本当にありがとう」
そんなリスティの話を黙って聞いていたマキトたちは、終始口をポカン開けて呆けていた。
無理もないだろう。ずっと見せてきたリスティとキャラが違う。今の彼女は王女としての顔を見せているのだから。
きっと彼らは、急に王女らしい姿を見て驚いているのだ――リスティとディオンはそう思い込んでいた。
しかしそれは、ある意味で全くの見当違いであった。
「……お姫様ってのは、皆こんな感じなのか?」
「さぁ?」
マキトがノーラにそう尋ねるが、ノーラも首を傾げていた。
更に――
「どうなのでしょうね?」
「キュウ?」
『わかんなーい』
「くきゅ」
魔物たちもまた、こぞって悩ましそうにしていた。
そもそも王女という存在を見たこと自体、今日この瞬間が初めてであり、他の比較対象を全く知らないのである。ついでに言えば王女どころか、王族に対して何かを考えたこともない。何故なら純粋に興味がないからだ。
つまりマキトたちには、王女だと言われても反応のしようがないのだった。
一応、皆揃って疑問を浮かべてこそいるが、殆ど形だけに等しい。考えなくてもいいと分かれば、全員揃ってすぐさま開き直ることだろう。
それがありありと見て取れるだけに、ここで下手なことは言えなかった。
「……まぁ、この子たちらしいと言えばらしいよね」
「確かに」
リスティの引きつった声に、ディオンは苦笑することしかできない。どこまで行ってもマキトたちはマキトたちなのだと、改めて心から思い知るのだった。
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