38 / 252
第一章 色無しの魔物使い
038 隠れ里の戦いの終わり
しおりを挟むしばらくそのまま呆けていたマキトだったが、アリシアの存在に気づく。
「……アリシア? えっと、ここは……」
周囲を見渡すうちに、段々とマキトの頭もスーッと冴えていく。そしてどんな状況だったの顔を思い出した。
「そうだ……アイツらの魔法にやられ、たのか?」
疑問形になったのは、体が全然痛くないからである。あちこち触っても、痛みや不快感は全く感じなかった。
そして、しっかり抱きかかえているフェアリーシップも――
「キュウ?」
全くなんともなさそうな様子で、目を覚ますのだった。
「ポヨーッ!!」
「うわっ」
スライムが大喜びしながらマキトに飛びついた。マキトが驚きながらもなんとか受け止めると、その胸元でスライムがひんやりした体をスリスリと擦り付ける。
「ポヨポヨポヨー、ポヨー♪」
「ははっ、どうしたんだ? 俺を心配してくれていたのか?」
「ポヨ♪」
「そうかそうか。ありがとうなー」
「キューゥ♪」
スライムの頭を撫でながら、マキトとフェアリーシップが笑みを浮かべる。アリシアは唖然としながら、その姿を見ていた。
「ど、どうなってるの、これ?」
一番確認したい疑問が自然と口から漏れ出た。それに対して、長老スライムに思い当たる節があった。
「ふむ……もしかしたら、フェアリーシップの能力が発動したのやもしれん」
「フェアリーシップの能力?」
「そうじゃ。元々、魔法とは違う特殊能力を持っている霊獣でな。攻撃、回復、防御のどれかに特化していることが多いんじゃよ」
「え、それじゃあ――」
長老スライムの言わんとしていることが、ようやくアリシアにも分かってきた。
「あのフェアリーシップには、回復……もしくは防御に特化した能力が?」
「確証はないがな。しかしそうでもなければ、説明がつかんのじゃ」
「まぁ、そうですよね……」
アリシアもそのとおりだとは思った。そして驚いてもいた。見た目とは裏腹に凄い能力を持っているのだと。
曲がりなりにも霊獣ということだろうか。まるで魔法を通り越した未知の力ではないかと、アリシアはそう思えてならなかった。
「何はともあれ、危機は去った」
長老スライムが安心したように大きな息を吐いた。
「ラティもよくやってくれた。目が覚めたら褒めてやらねばならんな」
「えぇ。でもあの人たち、また何かの手段を使って、ここを攻めてくるんじゃ?」
今回はあくまで撃退しただけに過ぎない。諦めがいいとも思えないし、必ずリベンジを果たしに来るだろうと、アリシアは考えていた。
しかし長老スライムは、どこか余裕そうに笑みを浮かべていた。
「ホッホッホッ、その心配は無用じゃよ。ちゃーんと手は打ってあるわい」
「えっ?」
アリシアはきょとんとしながら視線を向けるが、長老スライムは思わせぶりな笑みを浮かべているだけであった。
◇ ◇ ◇
「はぁ、はぁ、くそっ! 何でこんなことになっちまうんだ!?」
全力で走りながらブルースが悪態づく。
ラティの凄まじい攻撃を受け、恐怖も相まって、体力は限界であった。既に遮る魔物たちの姿もなく、静かな森に戻ってはいたのだが、もはやそれを認識するだけの余裕もない。
ようやく表の広場に辿り着いた。しかしそこは誰もおらず、がらんとしていた。
ブルースたちは思わずそこで立ち止まる。
予想外だった。てっきり自分たちを逃がさないよう、魔物の大群が立ち向かってくると思っていたのだ。作戦も何もない。鍛冶場の馬鹿力で切り抜けてやると。
「ぜぇ、ぜぇ……おいブルース、誰もいないなら……こ、好都合だぞ」
膝に手をつきながらダリルが告げる。息も絶え絶えであり、もはや前に進むことしか考えられなくなっていた。
それは他のメンバーも同じであり、心の中で同意する。
「そ、そうだな……行くぞ!」
ブルースもすぐに頷いた。正直な話、彼も冷静さを完全に失っていた。
故に気づかなかった――魔物たちの策略に嵌っていたことに。
「つり橋だ! あそこを渡れば逃げ切れるぞ!」
ようやくゴールが見えてきた――そう思いながらブルースが叫ぶ。
既に気合いだけで足を動かしている状態であり、もはや駆け足にすらなっていない状況であった。
広場に辿り着いた際に立ち止まったため、余計に疲労がこみ上げたのである。
結果的に四人の足取りは、更に重いものと化していた。
「ハハッ、俺たち全員、マヌケな姿にも程があるな」
「全くだぜ。誰かに見られたら、笑いもんもいいところだぞ」
素早い動きを売りにしているエルトンは、四人の中でも保っているほうだった。しかしダリルは、完全によたよたとふらついており、まともに歩けるかどうかすら心配になるほどであった。
そしてそれは、ドナも同じであった。
「で、でも……誰もいないのが……せめてもの救いよ。場所的に、助かったわ」
ある意味、たくましいと言えなくもないかもしれない。
この状況においても、自分たちの姿を第三者に見られた時のことを想定し、変なところで安堵しているのだから。
しかしそれも、自分たちが完全に逃げ切れたと思い込んでいるからこそである。
その考えがまだ早すぎることに気づかないのは、果たして幸せなのか、それとも不幸というべきなのか。
「――ピィッ!」
不意に、鳴き声が聞こえた。
ブルースたちはビクッとしながら、四人揃ってつり橋の上で立ち止まり、周囲を見渡してみる。
しかし、どこにも怪しい姿は見られず、ブルースは目を閉じながら苦笑する。
「なんだよ。気のせい――」
ぶちっ――という音に、ブルースの言葉は遮られてしまった。
明らかに、何かが物理的に『切れた』音だった。同時に体が宙に浮かび上がったような感覚に陥った。
恐る恐る目を開けてみると――それは断じて気のせいではなかった。
「う、うわあああぁぁーーーっ!!」
つり橋のロープが切られ、真っ逆さまに落ちてゆく。
もはや成す術もなく、ただ重力に従って、深い谷底へと飲み込まれてゆく。
――どぼぉんっ!
遠くのほうで、そんな音が聞こえた。
ブルースたち四人の声は、それを皮切りに全く聞こえなくなった。
「ピィ……ピキィーッ♪」
ガササッ、と音を立てながら、木の上を移動する姿があった。
赤色のスライムと水色のスライムたちが、まるで遊びを済ませたかのように楽しそうな笑顔を浮かべ、ぴょんぴょんと飛び跳ねていった。
0
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
黒髪の聖女は薬師を装う
暇野無学
ファンタジー
天下無敵の聖女様(多分)でも治癒魔法は極力使いません。知られたら面倒なので隠して薬師になったのに、ポーションの効き目が有りすぎていきなり大騒ぎになっちまった。予定外の事ばかりで異世界転移は波瀾万丈の予感。
おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。
彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。
そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。
洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。
さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。
持ち前のサバイバル能力で見敵必殺!
赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。
そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。
人々との出会い。
そして貴族や平民との格差社会。
ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。
牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。
うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい!
そんな人のための物語。
5/6_18:00完結!
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる