上 下
37 / 252
第一章 色無しの魔物使い

037 ラティの怒り、そして……

しおりを挟む


 舞い上がる土煙は濃く、マキトたちがどうなったのかは確認できない。
 しかし間違いなく直撃は受けた。それはこの場にいる者の、誰もが思っていることであった。
 もっともその表情は、実に両極端であると言わざるを得ないが。

「な、なんたることじゃ……」
「マキト……」

 長老スライムが体をプルプルと震わせ、アリシアはドサッと地面に膝をつく。

「ポヨ、ポヨポヨ?」

 スライムは目の前の事態を受けとめきれていないのか、キョロキョロと周囲を見渡しながら鳴き声を上げる。
 そして、木の上から援護射撃をしていた赤いスライムは――

「ピィーッ! ピィピピピィーッ!」

 すかさず飛び降り、ブルースたちの前に立ちはだかる。
 世話になった客人を傷つけたことが許せない――その激しい怒りが表情となって表れていた。

「ハ、ハハハハハッ! また見事に喰らったもんだな!」

 ブルースも数秒ほど呆けていたが、すぐに愉快そうに笑い出す。

「ドナ、今の魔法は凄かったぞ。これまでのお前の魔法の中で一番じゃないか?」
「と、当然じゃない。私にかかればこんなモノよ!」

 調子のいい態度を取るドナであったが、その声は明らかに震えていた。
 やけくそながら本気で当てるつもりではいた。しかし、相手は無抵抗の子供だったことに気づかされたのだった。

(なんなの……何でこんなに胸がザワザワするっていうのよ!?)

 パーティのリーダーにも褒められ、普通ならば嬉しく思う場面だ。しかし今は取り繕った笑みしか浮かべられず、むしろ考えれば考えるほど、胸の奥で何かが騒いでいる感じがする。
 子供の時、似たような気持ちを抱いたことがあった。
 つい調子に乗ってしでかしてしまい、大人にこっぴどく叱られた――あの時も確かに感じたことだった。
 頭が真っ白になるほど、何も考えられなくなる寒い気持ちを。

(き、気のせいよ。私は当然のことをしただけ。そうよ、そうに決まってる! 私たちに歯向かうあの子たちが悪いんだから!)

 ドナは必死に考えを振り払おうとする。自分は悪くない――まるで呪文の如く、何度も何度も自分に呼びかけていた。

「見直したぞ、ドナ。お前は素晴らしい魔導師だよ」
「できれば俺様の手で仕留めたかったけどな」

 エルトンやダリルからもそう言われるも、ドナの気持ちは全く晴れない。なんとなく視線を動かすと、崩れ落ちそうになっているアリシアが見えた。
 その瞬間、またしても軽いショックを受けた気がした。
 ずっと憎いと思っていたのに、どうしてざまぁみろと思えないのか。どうしてこんなにも、胸が締め付けられるような気持ちに駆られるのか。
 あまりにも整理がつかない気持ちに、ドナは自然と拳を震わせていた。

「よくも……」

 その時、小さな声が聞こえた。最初に気づいたドナが見上げると、ラティが俯きながら震えていた。
 それは悲しみであるとともに――怒りでもあった。

「よくもマスターを……わたしの大好きなマスターをおおおぉぉーーーっ!」

 ――ごおぉぅんっ!
 叫びとともに、魔力が凄まじく吹き荒れる。涙を流すラティの形相が、途轍もなく恐ろしく感じてならない。

「な……!」

 ブルースは上手く言葉を発せず、無意識に後ずさりをする。エルトンやダリルも同じであった。
 そしてドナは体を震わせ、動くことすらできない。
 目の前にいる存在が、単なる姿形を変えた妖精とは思えなくなっていた。
 それはもはや、何か別の存在であった。決して言葉では言い表せないほどの、未知なる存在。
 ――悪いことをしたら、カミサマからお仕置きをされるんだぞ!
 幼い頃に散々聞かされた言葉が、頭の中に蘇ってくる。
 あれがまさに『ソレ』ではないのか、今がまさにその時ではないのか――ドナはそう思えてならないのだった。

「成敗……してやるです!」

 ――ごぅわぁっ!
 ラティの魔力が更に膨れ上がり、暴風の如く吹き荒れる。このままここにいたらどうなるか、ブルースたちは悪い予感しかしなかった。
 もはや四人揃って、立ち向かう意志は完全に削がれてしまっていた。

「た、退却だ! 早くここから出るんだあぁーーっ!!」
「ひぃっ!」
「何なんだよあのバケモンは!!」

 ブルースの掛け声に、エルトンとダリルが慌てて動きだす。踵を返し、里の出口のほうへと必死に足を動かして駆け出した。
 しかしもう一人は、未だ呆然とするだけで動こうとすらしなかった。

「ドナ! 何やってんだ! そこで死にたいのか!!」

 ブルースの怒鳴り声によって、ドナもようやく我に返り、動き出す。その際、チラリと後ろを振り返ると、厳しい表情で睨むアリシアの顔が見えた。
 何かを言おうと口を開きかけたが、そのまま何も言うことなく、ドナはブルースたちとともに走り去っていった。

「くっ! このまま逃がすモノですか、っ――!」

 ラティが追いかけようとした瞬間、ガクンと体から力が抜けていった。
 魔力の暴走が続く中、ラティの体が再び光り出す。

「いかん! 力を使い果たしたのかもしれん」

 長老スライムの推測は当たりであった。ラティの体はみるみる小さくなり、元の妖精の姿に戻ってしまった。
 そしてそのまま、電池が切れたかのように倒れ、眠ってしまう。
 アリシアが慌てて駆け寄り、ラティの様子を確認した。

「……大丈夫。ただ眠っているだけだわ」
「そうか。まぁヤツらも逃げてしもうたから、結果オーライではあるな」

 長老スライムが表広場の方角を見つめる。既に魔力は収まり、元の静かな森に戻っていたのだが、ブルースたちが戻ってくる様子はなかった。

「っと、そんなことよりも、早くマキトたちを助けねば……むっ?」

 長老スライムが慌てて弾みながら振り向くと、倒れているマキトたちの様子に少しだけ違和感を覚える。
 確かに多少なり砂埃で汚れていたが、魔法を直撃したにしては無傷過ぎた。
 そして――

「んぅ……」

 なんとマキトが意識を取り戻し、ゆっくりと目を開いた。そして何事もなく、昼寝から目覚めたかのように、むくっと起き上がる。

「マ、マキト?」

 アリシアが恐る恐る話しかけるが、マキトは寝ぼけた表情で、ボーッと周囲を見渡すばかりであった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

黒髪の聖女は薬師を装う

暇野無学
ファンタジー
天下無敵の聖女様(多分)でも治癒魔法は極力使いません。知られたら面倒なので隠して薬師になったのに、ポーションの効き目が有りすぎていきなり大騒ぎになっちまった。予定外の事ばかりで異世界転移は波瀾万丈の予感。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

処理中です...