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第一章 色無しの魔物使い
037 ラティの怒り、そして……
しおりを挟む舞い上がる土煙は濃く、マキトたちがどうなったのかは確認できない。
しかし間違いなく直撃は受けた。それはこの場にいる者の、誰もが思っていることであった。
もっともその表情は、実に両極端であると言わざるを得ないが。
「な、なんたることじゃ……」
「マキト……」
長老スライムが体をプルプルと震わせ、アリシアはドサッと地面に膝をつく。
「ポヨ、ポヨポヨ?」
スライムは目の前の事態を受けとめきれていないのか、キョロキョロと周囲を見渡しながら鳴き声を上げる。
そして、木の上から援護射撃をしていた赤いスライムは――
「ピィーッ! ピィピピピィーッ!」
すかさず飛び降り、ブルースたちの前に立ちはだかる。
世話になった客人を傷つけたことが許せない――その激しい怒りが表情となって表れていた。
「ハ、ハハハハハッ! また見事に喰らったもんだな!」
ブルースも数秒ほど呆けていたが、すぐに愉快そうに笑い出す。
「ドナ、今の魔法は凄かったぞ。これまでのお前の魔法の中で一番じゃないか?」
「と、当然じゃない。私にかかればこんなモノよ!」
調子のいい態度を取るドナであったが、その声は明らかに震えていた。
やけくそながら本気で当てるつもりではいた。しかし、相手は無抵抗の子供だったことに気づかされたのだった。
(なんなの……何でこんなに胸がザワザワするっていうのよ!?)
パーティのリーダーにも褒められ、普通ならば嬉しく思う場面だ。しかし今は取り繕った笑みしか浮かべられず、むしろ考えれば考えるほど、胸の奥で何かが騒いでいる感じがする。
子供の時、似たような気持ちを抱いたことがあった。
つい調子に乗ってしでかしてしまい、大人にこっぴどく叱られた――あの時も確かに感じたことだった。
頭が真っ白になるほど、何も考えられなくなる寒い気持ちを。
(き、気のせいよ。私は当然のことをしただけ。そうよ、そうに決まってる! 私たちに歯向かうあの子たちが悪いんだから!)
ドナは必死に考えを振り払おうとする。自分は悪くない――まるで呪文の如く、何度も何度も自分に呼びかけていた。
「見直したぞ、ドナ。お前は素晴らしい魔導師だよ」
「できれば俺様の手で仕留めたかったけどな」
エルトンやダリルからもそう言われるも、ドナの気持ちは全く晴れない。なんとなく視線を動かすと、崩れ落ちそうになっているアリシアが見えた。
その瞬間、またしても軽いショックを受けた気がした。
ずっと憎いと思っていたのに、どうしてざまぁみろと思えないのか。どうしてこんなにも、胸が締め付けられるような気持ちに駆られるのか。
あまりにも整理がつかない気持ちに、ドナは自然と拳を震わせていた。
「よくも……」
その時、小さな声が聞こえた。最初に気づいたドナが見上げると、ラティが俯きながら震えていた。
それは悲しみであるとともに――怒りでもあった。
「よくもマスターを……わたしの大好きなマスターをおおおぉぉーーーっ!」
――ごおぉぅんっ!
叫びとともに、魔力が凄まじく吹き荒れる。涙を流すラティの形相が、途轍もなく恐ろしく感じてならない。
「な……!」
ブルースは上手く言葉を発せず、無意識に後ずさりをする。エルトンやダリルも同じであった。
そしてドナは体を震わせ、動くことすらできない。
目の前にいる存在が、単なる姿形を変えた妖精とは思えなくなっていた。
それはもはや、何か別の存在であった。決して言葉では言い表せないほどの、未知なる存在。
――悪いことをしたら、カミサマからお仕置きをされるんだぞ!
幼い頃に散々聞かされた言葉が、頭の中に蘇ってくる。
あれがまさに『ソレ』ではないのか、今がまさにその時ではないのか――ドナはそう思えてならないのだった。
「成敗……してやるです!」
――ごぅわぁっ!
ラティの魔力が更に膨れ上がり、暴風の如く吹き荒れる。このままここにいたらどうなるか、ブルースたちは悪い予感しかしなかった。
もはや四人揃って、立ち向かう意志は完全に削がれてしまっていた。
「た、退却だ! 早くここから出るんだあぁーーっ!!」
「ひぃっ!」
「何なんだよあのバケモンは!!」
ブルースの掛け声に、エルトンとダリルが慌てて動きだす。踵を返し、里の出口のほうへと必死に足を動かして駆け出した。
しかしもう一人は、未だ呆然とするだけで動こうとすらしなかった。
「ドナ! 何やってんだ! そこで死にたいのか!!」
ブルースの怒鳴り声によって、ドナもようやく我に返り、動き出す。その際、チラリと後ろを振り返ると、厳しい表情で睨むアリシアの顔が見えた。
何かを言おうと口を開きかけたが、そのまま何も言うことなく、ドナはブルースたちとともに走り去っていった。
「くっ! このまま逃がすモノですか、っ――!」
ラティが追いかけようとした瞬間、ガクンと体から力が抜けていった。
魔力の暴走が続く中、ラティの体が再び光り出す。
「いかん! 力を使い果たしたのかもしれん」
長老スライムの推測は当たりであった。ラティの体はみるみる小さくなり、元の妖精の姿に戻ってしまった。
そしてそのまま、電池が切れたかのように倒れ、眠ってしまう。
アリシアが慌てて駆け寄り、ラティの様子を確認した。
「……大丈夫。ただ眠っているだけだわ」
「そうか。まぁヤツらも逃げてしもうたから、結果オーライではあるな」
長老スライムが表広場の方角を見つめる。既に魔力は収まり、元の静かな森に戻っていたのだが、ブルースたちが戻ってくる様子はなかった。
「っと、そんなことよりも、早くマキトたちを助けねば……むっ?」
長老スライムが慌てて弾みながら振り向くと、倒れているマキトたちの様子に少しだけ違和感を覚える。
確かに多少なり砂埃で汚れていたが、魔法を直撃したにしては無傷過ぎた。
そして――
「んぅ……」
なんとマキトが意識を取り戻し、ゆっくりと目を開いた。そして何事もなく、昼寝から目覚めたかのように、むくっと起き上がる。
「マ、マキト?」
アリシアが恐る恐る話しかけるが、マキトは寝ぼけた表情で、ボーッと周囲を見渡すばかりであった。
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