33 / 252
第一章 色無しの魔物使い
033 律儀なレッドリザード
しおりを挟むレッドリザードを呼んできたのは勿論のこと、さっきのスライムたちの襲撃も、もしかしたらグリーンキャットのおかげだったのかもしれない。
アリシアが呑気にそう思っていると、ダリルの怒鳴り声が聞こえてくる。
「テメェ……この俺様を見限った弱虫のくせに、ナマイキもいいところだぞ!」
ビシッと指を突き出しながら叫ぶダリルに対し、レッドリザードはどこまでも冷静な表情を崩さず、ジッと佇みながら彼を見据えていた。
逃げも隠れもしないという強い意志さえ感じられる魔物に対し、かつての主はどこか腰が引けているように見えるのは、果たして気のせいなのだろうか。
「おい、なんとか言ったらどうなんだ!?」
「…………」
レッドリザードは答えない。それが余計にダリルを苛立たせる。
そこに――
「グワアァーッ!!」
アースリザードが、レッドリザード目掛けて飛びかかった。目はギラギラに血走っており、激しい怒りを抱いていることが見て取れる。
主を馬鹿にしたことに対してなのか、それとも不意打ちで顔を傷つけられたことに対してなのか。いずれにせよ、レッドリザードを倒したくて仕方がないという気持ちに間違いはなかった。
ダリルからしても、今はそれだけ分かれば十分だと言えていた。
――ずぅん!
重々しい踏ん張る音が響き渡る。二体のリザードが、真正面から力と力で押しあっているのだ。
しかしその表情は両極端の一言である。
片方は怒りに任せ、片方はどこまでも冷静に。それでも互角を保つ意味は、自ずと浮かんできそうなものであった。
もっともダリルは、そこらへんについては全く気にも留めていない。
「いいぞ、やっちまえーっ!」
ダリルは拳を突き上げ、調子のいい声で声援を送る。
「ソイツは自分の弱さに耐え切れず、この俺様から逃げ出した臆病者なんだ! 遠慮はいらねぇから、思いっきりぶっ飛ばしちまえ!」
どうやら数日前の一件を、完全に自分好みのストーリーに作り変えてしまっているようである。
ある意味で彼らしいと言えなくもない。自分は素晴らしい魔物使いだと、日頃から自画自賛しているから尚更だった。
無論、アースリザードは数日前の事実を知らない。
正確に言えば、主であるダリルからデタラメな話を聞かされているだけだ。
故に甘く見ていた。完全に自分のほうが優位だと思い込んでいた。ペットは飼い主に似るとは、まさにこのことを言うのだろう。
アースリザードもまた、押している時点で勝利した気分となっていた。
しかし――
「ギュルルルル――ギュルワアァーーッ!!」
レッドリザードがアースリザードを強く押し返した。その反動で、アースリザードがバランスを崩す。その隙を突いて、レッドリザードが口を大きく開いた。
「ギュアァッ!」
――どぉんっ!
大きな火球が口から放たれ、アースリザードの顔面に直撃する。成す術もないまま倒れてしまい、気を失ってしまった。
「ギュルゥオオオオォォーーーッ!!」
レッドリザードが凄まじい雄たけびを上げる。それを合図に隠れていた魔物たちが一斉に飛び出してきた。
「な、何だ! まだこんなにたくさん隠れてやがったのか!!」
ダリルが驚きつつ、倒れているアースリザードに視線を向ける。
「おい、起きろ! 悠長に寝てるんじゃ――ひいっ!?」
気を失っているアースリザードに、蹴りを入れて起こそうとしたダリルに、一匹のスライムがさせるかと言わんばかりに飛びつく。
ダリルは成す術もなく、そのまま魔物たちの総攻撃にあってしまう。
これが日頃から鍛えている剣士などであれば、まだ力任せによってなんとかなったかもしれない。しかしダリルは、普段から魔物任せであり、自分自身が体を鍛えるという概念がないに等しい。
更に言えば、魔物使いは魔物と戦えないという固定概念にも囚われていた。
それも相まって、ダリルはこう思っていた。もう何もできないと。ただ魔物たちの為すがままにしかならないのだと。
しかしながらここにいるのは、彼一人ではなかった。
「――何やってんだ、このドアホウが!」
ブルースが雑に剣を振るう。魔物たちを威嚇して追い払おうとしているのだ。
その目論見どおり、魔物たちが散り散りになる。袋叩きにあってボロボロと化したダリルに、ため息をつきながらブルースが近づいてきた。
「ったく情けないもんだな。テメェも魔物もよ」
「め、面目ねぇ。すぐに立て直しを――」
「もういいからすっこんでろ」
吐き捨てるようにブルースは言った。
「下手に騒がれたところで、こっちが迷惑でしかない。お前にはガッカリだ」
「――くっ!」
ダリルは悔しそうに表情を強張らせるが、既にブルースは彼から視線を外し、長老スライムたちのほうを向いていた。
戦いの仕切り直しをするべく、剣を構えると――
「ギュワッ!」
レッドリザードが前に出てきた。お前たちの相手は俺だと、そう言わんばかりの睨みを利かせている。
その後ろ姿を見ながら、長老スライムは思わず微笑んでしまう。
(全く、どこまでも律儀なヤツじゃのう)
数日前に突然、レッドリザードは隠れ里に現れた。
特に理由を語ることもなく、ただ住まわせてくれとだけ言って、他の魔物たちも避けつつ暮らしていた。
文字どおり『隠れ住んでいた』のである。
戦いながら吠えていたレッドリザードの言葉を、長老スライムは聞き取った。
あんなどうしようもない男でも、かつては主人として接していた。故に見て見ぬふりはできない。何もせずに飛び出した自分の責任でもあると。
それを聞いたからこそ、長老スライムは思ったのだ。
律儀なヤツじゃ、と。
「ギュワギュワ!」
するとここで、レッドリザードが長老スライムに何かを語りかける。
「ギュワギュルルルワッ!」
「――うむ。ありがたい言葉じゃな」
その言葉を受け取った長老スライムは、ニヤリと笑った。
そして――
「ギュルワアァーーッ!!」
レッドリザードが咆哮を放つ。するとあちこちから、スライムやホーンラビットなどの魔物たちが、一斉に飛び出してきた。
「チッ! どんだけ隠れてやがるってんだよ!」
ブルースが剣を構えながら顔をしかめる。
彼らも黙っているつもりはない。しかしまともに戦えるのは、ブルースとドナの二人だけ。完全に数の暴力に押し負ける形となっていた。
魔物たちの優勢を確認した長老スライムも、動き出そうとしていた。
「アリシア、ここはヤツらに任せて、ワシらも行くぞ!」
「は、はいっ!」
我に返りつつ、アリシアは長老スライムを抱きかかえて走り出す。どう考えてもこうしたほうが確実に早いと思ったからだ。
「ちょ、待ちなさい! まだ私との決着……あぁもう、アンタたち邪魔っ!!」
ドナがアリシアを追おうとするが、数多くの魔物たちに阻まれ、あっという間に逃がしてしまう。
すばしっこい魔物たちに四苦八苦しているのは、ブルースも同じであった。
「くそぉっ! どんだけ湧いて出てきやがるんだ!」
剣を振るいながら視界の端に見えたのは、長老スライムを抱きかかえて走り去っていくアリシアの後ろ姿であった。
「……完全にしてやられたな」
ブルースは悔しそうに、歯をギリッと噛み締めた。
◇ ◇ ◇
――逃げなきゃ、とにかく逃げなくっちゃ!
ただひたすらそれだけを考え、森の中を必死に走り抜ける。疲れを感じている暇すらない。四つの足が動き続ける限り、少しでも怖いヒトたちから遠ざからねばという気持ちに駆られていた。
そしてなにより――恐怖だ。
後ろから追いかけてくる気配が止まない。それ故に恐怖が常にねっとりと体に纏わりついており、それが四つの足を動かし続けている。
もう、どれくらい走っただろうか。今も自分は走っているのだろうか。
それすらも分からなくなってきていることだけは確かであった。
道なき道を突き進む。小さな体を利用して、茂みという茂みを猛スピードで潜り抜けていけば、いつか相手も諦めてくれるに違いないと、そう思っていた。
しかし――
「いつまで逃げ続けるつもりだ?」
その声は近くから聞こえた。自分を捕まえていた怖いヒトたちの一人であった。
これだけあちこち逃げ回っているのに、その声が遠ざかることはない。むしろ逃げれば逃げるほど、何故か近づいているような気がしてならない。
走りながら後ろをチラリと振り返る。しかし、追っ手の姿は全然見えない。
だが気のせいでもない――それだけはよく分かる。
少しでも逃げるのを止めれば、すぐにでも捕まってしまう。
そうなってしまえば全てが終わる。
痛くて、寒くて、寂しくて、そして悲しい地獄が待ち受けている。それこそ死んだほうが良かったとさえ思えてしまうほどに。
――こんなに走っているのに、どうして逃げられないんだろう?
そんな疑問が浮かぶ。自分の体はこんなにも小さいのだから、逃げるなんて簡単じゃないのかと。
「……こっちか」
また、声が聞こえた。背筋がゾクッと震え、逃げる足を一生懸命動かす。
考えているうちに走る速度が弱まっていたらしい。恐怖を誤魔化すのに必死で捕まってしまったら、間抜けもいいところだ。
改めて気合いを入れて、茂みの中を駆け回る。
――折角こうして逃げ出せたんだ。絶対に捕まるもんか!
そんな強い願いを抱きつつ、このまま撹乱し続けてやろうと思った。
しかしそれは、実に浅はかな考えでしかなかった。
茂みを完全に抜けてしまったのだ。
どうやら隠れ里の奥にある、大きな広場に出てしまったらしい。
――もうダメだ。どこにも隠れられる場所がない。僕は捕まってしまうんだ。
流石に逃げる気力もなくしてしまい、完全に諦めようとしていた。
その時――
「ん? なんだ? この白いネコみたいなの……」
その声に驚きながら見上げると、スライムを抱きかかえた少年と目が合った。
頭に布を巻いており、その目はとても綺麗に澄んでいた。自分を捕まえていた怖いヒトたちとは、何もかもが違う気がする。
そんなことを思いながら、呆然と見上げていると――
「多分これ、魔物だよな。小さくて結構カワイイ感じだ」
「ポヨー」
少年とスライムが無邪気に笑った。その魔物――フェアリーシップは、何故かその笑顔から目を逸らすことができなかった。
決して怖いとかではない。
純粋にずっと見ていたいという、そんな不思議な気持ちであった。
0
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説
異世界転生!ハイハイからの倍人生
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。
まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。
ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。
転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。
それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
エルフで聖女で転生者
もぶぞう
ファンタジー
シャルテはエルフの里でも変わった子だった。
3歳になった頃には転生者であると気が付いた。
5歳になると創造神を名乗る声が聞こえ、聖女になれと言われた。
設定盛り過ぎと文句を言えば知らんと返された。
聖女のお仕事はあまりしません。
登場する地名・人名その他、実在であろうと非実在であろうと諸々無関係です。
(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅
あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり?
異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました!
完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。
異世界でお取り寄せ生活
マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。
突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。
貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。
意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。
貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!?
そんな感じの話です。
のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。
※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる