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第一章 色無しの魔物使い
034 フェアリーシップを守れ!
しおりを挟む「マスターっ!」
そこにラティが飛んできた。そしてマキトたちの前にいる白い存在に気づく。
「あや? また珍しい魔物さんがいるのです」
「やっぱり魔物だったのか」
「この子がさっき長老さまの言ってた『フェアリーシップ』なのですよ」
「へぇ、コイツがねぇ」
マキトは改めてフェアリーシップをマジマジと見つめてみる。
デフォルメされた子猫のようでありながら、二足歩行も可能だと言わんばかりにしっかりと二本足で立っていた。真っ白な体は実に柔らかそうであり、モフモフが心地良く味わえそうである。
ラティに続いて珍しい魔物に出会えてラッキーだと、マキトは思うのだった。
「でも――」
物珍しそうに視線を向けるマキトの隣で、ラティが首を傾げる。
「この里にはいなかったはずなのです。なのにどうして……」
「どっかから逃げ込んできたとか?」
「まぁ、その可能性は大いにあり得そうですけど」
逃げ込んできた――そのキーワードに反応し、フェアリーシップが慌ててラティを見上げる。
「キュウッ、キュキュキューッ!」
「へっ?」
突如、フェアリーシップが鳴き声で何かを訴える。ラティは一瞬驚くも、すぐに神妙な表情となって、その訴えを聞いた。
やがてラティは目を見開く。
「大変なのです! 怖いヒトたちが里に入り込んできたらしいのです!」
「……マジか」
まさかの大ピンチの知らせに、マキトも驚かずにはいられない。ここでラティは何かに気づいたかのような反応を示す。
「でも、これでなんとなく分かった気がするのです。あなたはその怖いヒトたちとやらに捕まっていたのですね?」
「キュッ」
フェアリーシップがイエスと頷くのを見て、やっぱりとラティはため息をつく。
「普通であれば、この里にヒトが入るのは不可能ですから」
「あ、そういやそんなこと言ってたな。じゃあコイツはそのために?」
「恐らくは。フェアリーシップは霊獣ですから、里に入る条件としてはピッタリもいいところなのです」
「そっか」
ラティの言葉に納得しつつ、マキトはフェアリーシップに手を伸ばす。
「お前も大変だったな。怖かっただろう?」
そして優しく頭を撫でた。その一連の行動は、不用心そのものであったが――
「キュウ~♪」
フェアリーシップは嫌がる様子もなく、大人しく撫でられている。むしろ心地良さそうであった。
それを見たラティは、きょとんとした表情を浮かべる。
「……随分と大人しい子なのです。マスターが怖くないのでしょうか?」
酷い言い方に聞こえるが、そう思うのも無理はない話である。少し前までヒトの手によって捕らわれていたのならば、同じヒトであるマキトに対して、少なからず恐怖を抱くのが普通なのだ。
しかしフェアリーシップにその様子は全く見られない。
むしろ――
「なんか人懐っこいな」
「いえ、多分マスターが相手だからなのです」
「キュキュキュ~♪」
自ら頭を動かし、もっとマキトに撫でられようとさえしていた。もっともラティからすれば、『またか……』以外の何物でもなかったが。
「――ポヨッ!!」
すると突然、スライムが何かを察知して大きな声を出す。
「マスター、何か来るのですっ!」
ラティもほぼ同時に気づき、そう叫んだ。
マキトは反射的に、フェアリーシップを抱きかかえつつ立ち上がり、ラティたちの向いている茂みから遠ざかった。
すると――
「ほぉ、まさかこんなところで、また会うとはなぁ」
茂みから一人の青年が飛び出してきた。シュタッと華麗に着地し、ニヤッと纏わりつくような笑みを浮かべる。
「また会ったな【色無し】小僧。相変わらず魔物に好かれて、生意気なもんだ」
間違いなくマキトに対して言われた言葉だったが、当の本人はフェアリーシップを抱きかかえながら、きょとんとしている。
それはラティも同じであり、無表情の状態でマキトに問いかけた。
「あの人、マスターのお知り合いですか?」
「……さぁ?」
マキトは首をかしげる。真剣に思い出せなかったのだ。
それを聞いた青年は顔をしかめ、眉をぴくぴくとさせながら口を開く。
「ブルースの仲間で、シーフのエルトンだ。ここまで言えば思い出すだろう?」
「えっと……」
わざわざ自己紹介したにもかかわらず、マキトの反応は乏しい。確かにブルースの名前は憶えているのだが――
「ラティ、お前覚えてる?」
「ゴメンなさい。わたしも全然思い出せないのです」
「だよなぁ」
――ブルースにあんな仲間いたっけ?
それがマキトとラティの抱く、率直な感想であった。
「こ、ここまで言って、俺を思い出せない、だと?」
エルトンは言葉を震わせていた。確かに直接顔を合わせたのは一度だけだが、ほんの数日前のことだ。少しは名の知れた冒険者である自負もあるため、それなりに印象に残っていて然るべきだと、そう思っていたのだった。
しかし結果は、御覧の有様である。
有り体に言ってショックだった。とぼけているならそう言ってほしかった。しかしマキトたちの表情から、それが本気であることが分かってしまう。
「このクソガキが……いやいや、今はそれどころじゃない」
ショックから苛立ちを募らせつつあったエルトンだが、ここは当初の目的と達成するのが先だと判断した。
エルトンは無理やり気持ちを切り替えつつ、マキトの胸元を指さした。
「その白いのを渡してもらおう。俺たちの元から逃げ出して困っていたんだ」
そう言われた瞬間、マキトは胸元から震えを感じた。見下ろすと、フェアリーシップがあからさまに怯えているのが分かる。
このままエルトンに渡す選択肢は、マキトたちの中で早々に除外された。
しかし一応、当の魔物にも尋ねてみることにする。
「お前のこと、あっちに渡したほうがいいか?」
「キュウッ!!」
フェアリーシップは全力で首を左右に振る。誰がどう見ても拒否している姿に、マキトとラティたちは、改めて気持ちを一つにするのだった。
「どうやらコイツ、アンタたちのところへは行きたくないらしいぞ!」
ギュッとフェアリーシップを抱きしめる力を強めながら、マキトは言う。
「怖いヒトたちに捕まっていたことも、この子からちゃんと聞いてるのです!」
「ポヨポヨーッ!」
ラティに続いて、スライムも抗議の鳴き声を出す。完全に申し出を真っ向から断られる形となったエルトンは、苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
「チッ! そういえば妖精ってのは、魔物の声が分かるんだったか……厄介だな」
エルトンは舌打ちをしながら、マキトとラティを睨みつける。
「こうなったら仕方ない。少しばかり痛い目を――」
その瞬間、エルトンの頭にベチャッとした感触が訪れた。
何事かと思った直後に、異変が起こった。
「ぐわああぁっ! あ、頭が……頭が熱いいいぃぃーーーっ!?」
――じゅうううぅぅ!
熱いものを熱するような音とともに、エルトンの頭から煙のようなものが湧き上がっていた。
これはどういうことなのかと、マキトたちは呆然とする。
しかしすぐに、その正体が明らかとなった。
「ピキィーッ!」
上の方から、聞き覚えのある鳴き声が聞こえてきた。見上げてみると、赤いスライムが里のスライムを連れて、木の上に君臨していたのだった。
そしてエルトンもそれに気づき、頭を押さえながら真上に視線を向ける。
「くっ……一体何を――ぐわっ!」
再び、ベチャッとした感触がエルトンの顔にかかる。同時に反応が出てきた。
「ぎゃあああぁぁーーっ!!」
必死に顔にかかったそれを手で払い落そうとしながら、エルトンは地面をゴロゴロと転がり回る。なんとも凄まじい光景が、マキトたちの目の前で盛大に繰り広げられていた。
ここでラティが、そういうことかと言わんばかりに目を見開く。
「スライムさんたちの粘液なのです。強い酸性の類みたいなのです!」
「ピキピキィーッ!」
そのとーり、と赤いスライムが笑顔を見せる。スライムたちが強酸性の粘液を、エルトン目掛けて落としていたのだった。
それが顔面に直撃すれば、凄まじい痛みは免れられない。みっともなく地面を転がり回るのも、無理はないだろう。
「ありがとうなのですー! おかげで助かったのです!」
「ピキィーッ♪」
ラティのお礼に対し、赤いスライムが嬉しそうに鳴き声を出す。それを皮切りに他のスライムたちも笑顔を見せ、鳴き声を出したりぴょんぴょんとその場で飛び跳ねたりして、それぞれが喜びを示すのだった。
「はは、なんつーか……エゲツないことをしてくるもんだなぁ」
「そんなことよりマスター。今のうちなのです!」
「おっと、そうだった!」
マキトは今の事態を再確認する。エルトンが見動きを封じられている、今が絶好のチャンスであると。
「ありがとう! 本当に助かったよ!」
スライムたちに礼を言いつつ、マキトもフェアリーシップを抱きかかえたまま、その場から走り去る。
当然、その掛け声はエルトンの耳にも届いていたのだが――
「ま、待てっ! その白いのを置いて――ぐわあぁっ、顔が……顔があぁっ!」
スライムたちの粘液攻撃に阻まれ、追いかけたくても追いかけられない事態に陥ってしまうのだった。
当然ながらマキトたちは、その隙を突いてすたこらさっさと逃げていた。
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