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ゲームシステムを勉強しよう!
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数週間が経過した。
俺は習慣となった素振りをしていた。
すでに怪我は完治し、健康そのものになっていた。
鍛練の調子もすこぶる良い。
視界の端には、岩場に座っているロゼとエミリアさんの姿があった。
ロゼは笑顔で手を振った後、隣のエミリアさんにジト目を送り、エミリアさんは余裕がある感じでひらひらと手を振り、ロゼを無視していた。
俺は笑顔で二人に手を振り返すと、小さく嘆息した。
崩れ森から帰ってきてから、ずっとこの調子だ。
俺もそこまで鈍感じゃない。
二人の気持ちに気づいている。
そう、ロゼとエミリアさんは……。
「俺ともっと仲良くなりたいんだな!」
いわば、主人公が登場人物の好感度を上げる作業と同じである。
老若男女、落とせるキャラはすべて落とす、それがゲーマーの本能だ。
ふふふ、二人もどうやらゲーマー魂を持っているらしい。
『カオスソード』は超高難易度の死にゲーであり、ダークファンタジーのアクションRPGだ。
しかし、登場人物は個性があり魅力的であり、それぞれのシナリオルートが存在する。
好感度らしきものは選択肢で決まり、選択を間違えれば敵対したり、そのキャラが死んだりする。
一部のプレイヤーからは【血生臭いギャルゲー】と呼ばれている。
好感度を上げればアイテムを貰えたり、エンディングが変わったり、あるいは仲間になったりするのだ。
俺も生粋のゲーマーだ。当然ながら可能な限り全員の好感度を上げて、クリアしたものだ。
俺は一旦、腕を止めて深呼吸しながら額の汗を拭った。
「この世界で目覚めて、色々なことがわかってきたな」
一旦、これまでのことを整理することにしよう。
この世界は『カオスソード』の世界と酷似しているが、まったく同じなわけではない。
当然、現実の世界なのでゲームの都合に合わせて物理法則を無視するようなことは起きえない。
例えば進行不能マップは存在しないし、ステータス画面もない。
レベルもないし、マップ画面も、マーカーも、ダメージ表記もないし、UI自体が存在しない。
自分の操作は現実に即しており、ボタン一つでできるものではない。
当然、大抵の物理法則も現実と同じだ。
次に『カオスソード』に登場する人物に関してだが、どうやら存在するらしいことはわかった。
ロゼとエミリアさんの二人しか証拠はないが、間違いないだろう。
つまり、これから登場する人物も、俺が知っているタイミングで現れたり、あるいは別の場所で今この瞬間も生活をしているというわけだ。
なんかエモいな。
最も重要なのは主人公であるカーマインだ。
彼はこの世界における冒険者、つまり魔物を討伐したり、危険な場所に足を踏み入れたり、様々な依頼をこなす何でも屋をやっている青年だ。
今から五年後、カーマインは新人冒険者としてシース村からの魔物討伐依頼を受けてやってくる。
チュートリアルは崩れ森で行われ、最奥の主を倒してクリアとなる。
最初のステージなのにかなりの難関で、何百回も死んだことを思い出した。
俺は僅かな休憩を終え、重りを乗せた背負子を担ぎ、スクワットを始めた。
「……ふっ、ふっ、ふっ!」
さて、問題がいくつかある。
一つは、この世界で死んだらどうなるかだ。
ゲームであればセーブした場所からやり直しになるのだが、ここは現実だ。恐らく生き返ることはないだろう。
主人公であるカーマインはもしかしたらそういう能力があるかもしれないが、モブである俺は間違いなく死ぬだろう。
しかも敵は強く、一撃で殺される可能性も高い。
ほぼ一撃死モードで、残機は一つという超高難易度ゲームをやらなければならないのだ。
対して俺の武器はゲームの知識と経験のみ。
ノーダメージクリアをしたことはあるが、あくまでゲームの話だ。
現実に即したこの世界で、そんなことが可能なのだろうか。いや、可能にする。そのために俺は鍛錬を積み、村人の信頼を得たのだから。
しかし俺はただのモブだ。主人公ではない。だからカーマインを手助けすることが主な目標となるだろう。
主人公であるカーマインでなければ、恐らくこの世界を統べる【災厄】を倒せはしないからだ。王たる器を持つ彼でなければ。
……シナリオに関してのネタバレはやめておこう。
とにかくカーマインを手助けするためには、俺自身が強くなる必要があるし、事前に準備する必要がある。
そのために鍛錬を続けて、信頼を勝ち取ったのだ。
だが鍛練を続けていても限界はある。
剣術は一人でやるものではないのだ。
師事し、鍛錬を重ね、実戦を通して強くなるものだと思う。
崩れ森での一戦は俺に大きな経験値を与えてくれたが、毎回、あれほど危険な目に合うのはリスクが高すぎる。
ここはゲームじゃない。現実なのだ。
それに霊気兵一体にあれほど手こずったら、複数体を相手にしたら絶対に勝てないだろう。
「そう言えば『カオスソード』でも、複数相手にしたら一瞬で殺されたりしたな……」
数的不利な状態では、勝率はガクンと下がるものだ。
それを覆すにはただ鍛えるだけでは圧倒的に足りない。
足りないものは、経験、技術、知識か。
「五百ぅっ! はっ、はっ……」
スクワットを終えると背負子を下ろした。
足が痙攣しているが、心地いい疲労感が全身を支配していた。
さてどうやって不足分を補うべきか。
「……そう言えば」
ふと思い出し、俺はエミリアさんのもとへ向かう。
ロゼがタオルを持ってきてくれたので笑顔で受け取った。
「ありがとう、ロゼ」
「う、うん! おつかれさま、リッド」
恥ずかしそうに顔を伏せながら、もじもじしているロゼの頭を撫でる。
ロゼは気持ちよさそうに目を細めた。
うん、可愛いな。本当に。
「エミリアさん、ちょっと聞きたいんですが」
「ん? どうかしたの?」
「霊気兵と戦っている時、エミリアさんは【ローリング】のことを知ってましたよね? 詳しく教えて欲しいんですが」
「詳しくって……あんたの方が詳しいんじゃないの? 【技巧(ぎこう)】を自分で使ったんだし」
エミリアさんの言葉に驚愕する。
技巧。
それは『カオスソード』における、いわば必殺技のようなものだ。
体力やスキルゲージを消費して繰り出す技である。
強力な連続技や、中には衝撃波のようなものを生み出す技巧もある。
火や水などを生み出す不可思議な現象を起こす魔術とは違い、どちらかと言えば身体能力の延長線上にある技というイメージだ。
だがおかしい。
ローリングはカーマインや他の敵キャラが元々使える基本操作だ。
技巧ではなかったはずだが。
「技巧ってことは……ローリングは誰でも使えるわけじゃないんですか?」
「普通の人は使えないわよ。ローリングなんて使える人、中々いないんじゃない? 冒険者や傭兵、他の職業の人もそうだと思うけど」
つまり完全に技巧の一つとして数えられているわけか。
考えてみればローリングするだけで敵の攻撃を完全に回避できるって、チート級の技だもんな。
『カオスソード』のゲーム性を考えれば必要不可欠な能力なんだけど、現実世界だと考えれば技巧扱いになって当然か。
ゲームと現実の兼ね合いの結果そうなったのだろうか。
あるいはこの世界の現実がゲームとして創り出されたのだろうか。
そもそもゲーム世界に転生って、なんなんだ!?
ああ、考えれば考えるだけわけがわからない。
……まっ、いっか!
ワクワクするし、楽しいし、ドキドキするし、やりがいあるし!
ゲーマー冥利に尽きるんだから、余計なことは考えないでいいよな!
俺は納得するように何度も頷く。
その様子をエミリアさんとロゼが同じように首を傾げて見ていた。
とにかくローリングはかなり有効な武器になりそうだ。
「あれ? まさか【受け流し】や【パリィ】も技巧ですか?」
「ええ、そのはずだけど」
オーマイガ。
なんてことだ。基本技術のほとんどが技巧扱いなのか。
ということは多用は禁物かもしれない。技巧は体力かスキルゲージを消費するものだ。
無限に使えると考えない方がいいかもな。
スタミナも現実通りに動けば減って、回復するには時間がかかるし。
ふむ、考えることが多くなってきたがやることは変わらない。
技巧は自分で編み出すのではなく、どこかで巻物(スクロール)を手に入れて覚えるか、誰かに教えてもらうしかない。
じゃあ、なんでローリングとかが使えたのかと言われれば、答えようがないけど。
まあ、初期設定の時点で技巧を持っていたと考えるしかない。
とにかく今後を考えれば新しく技巧を覚える必要がある。
だがシース村にはまともに戦える人はおらず、技巧持ちはいないだろう。
とすると、やはり待つしかないか。
あの人を。
鍛練は続けているし、村人の信頼を勝ち取った。
お金も少しずつ溜めているし、生活も改善しつつある。
身体も健康になったし、筋肉もかなりついてきた。
今やれることは他にない。
一年と半年後、つまり俺が十二歳になるまで待つしかないらしい。
俺の記憶が正しければ、きっとあの人と会えるはずだ。
油断せずに、毎日を過ごそう。
「ありがとうございます。色々とわかりました」
「そ。何かあったらなんでも聞いてね。リッドのためなら全部答えるから」
「ええ、ありがとうございます。本当に心強いです」
俺は淀みなく笑う。
心からの笑顔だった。
エミリアさんは一瞬だけ俺の目を凝視し、頬杖を突きつつ顔を逸らした。
「……あ、あんまりじっと見ないでよ」
隣でぷくっと頬を膨らませるロゼ。
「あ、あたしの方が役に立ってるもん! リ、リッドはあたしを守るために強くなろうとしてるんだし! だ、だからエミリアさんは関係ないんだから、来なくてもいいんだよ!?」
「あら、そうなの? だったらわたしも関係あるわね。だって命がけで守ってもらっちゃったんだから。カッコよかったわよ、リッド」
「んぐぐっ! ぬぐぐっ! あ、あたしの方がリッドと一緒にいる時間が長いもん!」
「そうね。時間では勝てないわ。だけどわたしはあなたより大人。だから色々なこと知っているし、色んなことをしてあげられるけど? エッチなこととか」
「エッチ!? へ、へへ、変態! エッチなことはダメだってお母さんが言ってたもん!」
「あら、好きな人が求めるならエッチなこともしてあげないと。やっぱりおこちゃまには無理かぁ」
「で、できるもん! ロ、ロゼだって、リ、リッドが望めば、な、なな、なんだってできるんだもん!」
エミリアさんは明らかにロゼをからかっている。
ニヤッと笑いながら肩をすくめる彼女は、年相応に見えた。
大人っぽく見えたり、少女のようにわがままに見えたりする。
彼女の過去がそうさせるのかもしれない。
ロゼはロゼで年相応だが、やや箱入り娘かもしれない。
だがそれがロゼの魅力でもあると思う。
二人とも優しい。
本当にありがたい。
二人とも俺のことを応援してくれているのだ。
なんか仲良くなっているし。
これはこれでいい関係かもしれない、多分だけど。
俺は二人に感謝しつつ、再び鍛練に戻るのだった。
俺は習慣となった素振りをしていた。
すでに怪我は完治し、健康そのものになっていた。
鍛練の調子もすこぶる良い。
視界の端には、岩場に座っているロゼとエミリアさんの姿があった。
ロゼは笑顔で手を振った後、隣のエミリアさんにジト目を送り、エミリアさんは余裕がある感じでひらひらと手を振り、ロゼを無視していた。
俺は笑顔で二人に手を振り返すと、小さく嘆息した。
崩れ森から帰ってきてから、ずっとこの調子だ。
俺もそこまで鈍感じゃない。
二人の気持ちに気づいている。
そう、ロゼとエミリアさんは……。
「俺ともっと仲良くなりたいんだな!」
いわば、主人公が登場人物の好感度を上げる作業と同じである。
老若男女、落とせるキャラはすべて落とす、それがゲーマーの本能だ。
ふふふ、二人もどうやらゲーマー魂を持っているらしい。
『カオスソード』は超高難易度の死にゲーであり、ダークファンタジーのアクションRPGだ。
しかし、登場人物は個性があり魅力的であり、それぞれのシナリオルートが存在する。
好感度らしきものは選択肢で決まり、選択を間違えれば敵対したり、そのキャラが死んだりする。
一部のプレイヤーからは【血生臭いギャルゲー】と呼ばれている。
好感度を上げればアイテムを貰えたり、エンディングが変わったり、あるいは仲間になったりするのだ。
俺も生粋のゲーマーだ。当然ながら可能な限り全員の好感度を上げて、クリアしたものだ。
俺は一旦、腕を止めて深呼吸しながら額の汗を拭った。
「この世界で目覚めて、色々なことがわかってきたな」
一旦、これまでのことを整理することにしよう。
この世界は『カオスソード』の世界と酷似しているが、まったく同じなわけではない。
当然、現実の世界なのでゲームの都合に合わせて物理法則を無視するようなことは起きえない。
例えば進行不能マップは存在しないし、ステータス画面もない。
レベルもないし、マップ画面も、マーカーも、ダメージ表記もないし、UI自体が存在しない。
自分の操作は現実に即しており、ボタン一つでできるものではない。
当然、大抵の物理法則も現実と同じだ。
次に『カオスソード』に登場する人物に関してだが、どうやら存在するらしいことはわかった。
ロゼとエミリアさんの二人しか証拠はないが、間違いないだろう。
つまり、これから登場する人物も、俺が知っているタイミングで現れたり、あるいは別の場所で今この瞬間も生活をしているというわけだ。
なんかエモいな。
最も重要なのは主人公であるカーマインだ。
彼はこの世界における冒険者、つまり魔物を討伐したり、危険な場所に足を踏み入れたり、様々な依頼をこなす何でも屋をやっている青年だ。
今から五年後、カーマインは新人冒険者としてシース村からの魔物討伐依頼を受けてやってくる。
チュートリアルは崩れ森で行われ、最奥の主を倒してクリアとなる。
最初のステージなのにかなりの難関で、何百回も死んだことを思い出した。
俺は僅かな休憩を終え、重りを乗せた背負子を担ぎ、スクワットを始めた。
「……ふっ、ふっ、ふっ!」
さて、問題がいくつかある。
一つは、この世界で死んだらどうなるかだ。
ゲームであればセーブした場所からやり直しになるのだが、ここは現実だ。恐らく生き返ることはないだろう。
主人公であるカーマインはもしかしたらそういう能力があるかもしれないが、モブである俺は間違いなく死ぬだろう。
しかも敵は強く、一撃で殺される可能性も高い。
ほぼ一撃死モードで、残機は一つという超高難易度ゲームをやらなければならないのだ。
対して俺の武器はゲームの知識と経験のみ。
ノーダメージクリアをしたことはあるが、あくまでゲームの話だ。
現実に即したこの世界で、そんなことが可能なのだろうか。いや、可能にする。そのために俺は鍛錬を積み、村人の信頼を得たのだから。
しかし俺はただのモブだ。主人公ではない。だからカーマインを手助けすることが主な目標となるだろう。
主人公であるカーマインでなければ、恐らくこの世界を統べる【災厄】を倒せはしないからだ。王たる器を持つ彼でなければ。
……シナリオに関してのネタバレはやめておこう。
とにかくカーマインを手助けするためには、俺自身が強くなる必要があるし、事前に準備する必要がある。
そのために鍛錬を続けて、信頼を勝ち取ったのだ。
だが鍛練を続けていても限界はある。
剣術は一人でやるものではないのだ。
師事し、鍛錬を重ね、実戦を通して強くなるものだと思う。
崩れ森での一戦は俺に大きな経験値を与えてくれたが、毎回、あれほど危険な目に合うのはリスクが高すぎる。
ここはゲームじゃない。現実なのだ。
それに霊気兵一体にあれほど手こずったら、複数体を相手にしたら絶対に勝てないだろう。
「そう言えば『カオスソード』でも、複数相手にしたら一瞬で殺されたりしたな……」
数的不利な状態では、勝率はガクンと下がるものだ。
それを覆すにはただ鍛えるだけでは圧倒的に足りない。
足りないものは、経験、技術、知識か。
「五百ぅっ! はっ、はっ……」
スクワットを終えると背負子を下ろした。
足が痙攣しているが、心地いい疲労感が全身を支配していた。
さてどうやって不足分を補うべきか。
「……そう言えば」
ふと思い出し、俺はエミリアさんのもとへ向かう。
ロゼがタオルを持ってきてくれたので笑顔で受け取った。
「ありがとう、ロゼ」
「う、うん! おつかれさま、リッド」
恥ずかしそうに顔を伏せながら、もじもじしているロゼの頭を撫でる。
ロゼは気持ちよさそうに目を細めた。
うん、可愛いな。本当に。
「エミリアさん、ちょっと聞きたいんですが」
「ん? どうかしたの?」
「霊気兵と戦っている時、エミリアさんは【ローリング】のことを知ってましたよね? 詳しく教えて欲しいんですが」
「詳しくって……あんたの方が詳しいんじゃないの? 【技巧(ぎこう)】を自分で使ったんだし」
エミリアさんの言葉に驚愕する。
技巧。
それは『カオスソード』における、いわば必殺技のようなものだ。
体力やスキルゲージを消費して繰り出す技である。
強力な連続技や、中には衝撃波のようなものを生み出す技巧もある。
火や水などを生み出す不可思議な現象を起こす魔術とは違い、どちらかと言えば身体能力の延長線上にある技というイメージだ。
だがおかしい。
ローリングはカーマインや他の敵キャラが元々使える基本操作だ。
技巧ではなかったはずだが。
「技巧ってことは……ローリングは誰でも使えるわけじゃないんですか?」
「普通の人は使えないわよ。ローリングなんて使える人、中々いないんじゃない? 冒険者や傭兵、他の職業の人もそうだと思うけど」
つまり完全に技巧の一つとして数えられているわけか。
考えてみればローリングするだけで敵の攻撃を完全に回避できるって、チート級の技だもんな。
『カオスソード』のゲーム性を考えれば必要不可欠な能力なんだけど、現実世界だと考えれば技巧扱いになって当然か。
ゲームと現実の兼ね合いの結果そうなったのだろうか。
あるいはこの世界の現実がゲームとして創り出されたのだろうか。
そもそもゲーム世界に転生って、なんなんだ!?
ああ、考えれば考えるだけわけがわからない。
……まっ、いっか!
ワクワクするし、楽しいし、ドキドキするし、やりがいあるし!
ゲーマー冥利に尽きるんだから、余計なことは考えないでいいよな!
俺は納得するように何度も頷く。
その様子をエミリアさんとロゼが同じように首を傾げて見ていた。
とにかくローリングはかなり有効な武器になりそうだ。
「あれ? まさか【受け流し】や【パリィ】も技巧ですか?」
「ええ、そのはずだけど」
オーマイガ。
なんてことだ。基本技術のほとんどが技巧扱いなのか。
ということは多用は禁物かもしれない。技巧は体力かスキルゲージを消費するものだ。
無限に使えると考えない方がいいかもな。
スタミナも現実通りに動けば減って、回復するには時間がかかるし。
ふむ、考えることが多くなってきたがやることは変わらない。
技巧は自分で編み出すのではなく、どこかで巻物(スクロール)を手に入れて覚えるか、誰かに教えてもらうしかない。
じゃあ、なんでローリングとかが使えたのかと言われれば、答えようがないけど。
まあ、初期設定の時点で技巧を持っていたと考えるしかない。
とにかく今後を考えれば新しく技巧を覚える必要がある。
だがシース村にはまともに戦える人はおらず、技巧持ちはいないだろう。
とすると、やはり待つしかないか。
あの人を。
鍛練は続けているし、村人の信頼を勝ち取った。
お金も少しずつ溜めているし、生活も改善しつつある。
身体も健康になったし、筋肉もかなりついてきた。
今やれることは他にない。
一年と半年後、つまり俺が十二歳になるまで待つしかないらしい。
俺の記憶が正しければ、きっとあの人と会えるはずだ。
油断せずに、毎日を過ごそう。
「ありがとうございます。色々とわかりました」
「そ。何かあったらなんでも聞いてね。リッドのためなら全部答えるから」
「ええ、ありがとうございます。本当に心強いです」
俺は淀みなく笑う。
心からの笑顔だった。
エミリアさんは一瞬だけ俺の目を凝視し、頬杖を突きつつ顔を逸らした。
「……あ、あんまりじっと見ないでよ」
隣でぷくっと頬を膨らませるロゼ。
「あ、あたしの方が役に立ってるもん! リ、リッドはあたしを守るために強くなろうとしてるんだし! だ、だからエミリアさんは関係ないんだから、来なくてもいいんだよ!?」
「あら、そうなの? だったらわたしも関係あるわね。だって命がけで守ってもらっちゃったんだから。カッコよかったわよ、リッド」
「んぐぐっ! ぬぐぐっ! あ、あたしの方がリッドと一緒にいる時間が長いもん!」
「そうね。時間では勝てないわ。だけどわたしはあなたより大人。だから色々なこと知っているし、色んなことをしてあげられるけど? エッチなこととか」
「エッチ!? へ、へへ、変態! エッチなことはダメだってお母さんが言ってたもん!」
「あら、好きな人が求めるならエッチなこともしてあげないと。やっぱりおこちゃまには無理かぁ」
「で、できるもん! ロ、ロゼだって、リ、リッドが望めば、な、なな、なんだってできるんだもん!」
エミリアさんは明らかにロゼをからかっている。
ニヤッと笑いながら肩をすくめる彼女は、年相応に見えた。
大人っぽく見えたり、少女のようにわがままに見えたりする。
彼女の過去がそうさせるのかもしれない。
ロゼはロゼで年相応だが、やや箱入り娘かもしれない。
だがそれがロゼの魅力でもあると思う。
二人とも優しい。
本当にありがたい。
二人とも俺のことを応援してくれているのだ。
なんか仲良くなっているし。
これはこれでいい関係かもしれない、多分だけど。
俺は二人に感謝しつつ、再び鍛練に戻るのだった。
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