死にゲーの序盤で滅ぼされる村のモブだけど、全力でバッドエンドを回避する!

鏑木カヅキ

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白灰の戦士オリヴィア

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 一年と半年後。
 俺は十二歳になった。
 日々を鍛練と、酒場での仕事で費やした。
 最近では剣術に加え、弓術の訓練も行っている。
 本当は馬術も訓練したいんだが、馬がいないんだよなぁ。
 身体は引き締まり、貯金もある程度増えたところだ。
 今日、俺はいつも通り猪鹿亭で仕事をしているところだった。

「リッド、これお願いね」
「わかりました」

 空になった皿を受け取ると、俺は洗い場へと向かう。
 その後ろをエミリアさんがついてくる気配があった。

「……敬語じゃなくていいのに。それに名前も。さんづけはやめてよ」
「そういうわけにはいきませんよ。先輩ですし、年上ですし」

 不服そうにしているエミリアさんに、俺は苦笑を向ける。
 『カオスソード』のプレイヤーにとって、エミリアさんはエミリアさんなのだ。
 さんをつけるのが当たり前で、呼び捨てなんてできるわけがない。
 もうそういうキャラなのだ。
 未亡人で子持ちで哀愁漂う女性ってキャラになるのだから、そういう立ち位置なのは仕方がないのだ。
 喧騒が漂う酒場。
 俺はこの雰囲気を好きになっていた。
 客は全員顔見知りで、すでにかなり仲が良くなっている。
 二年前とは雲泥の差だ。
 最初はもうひどいものだったからなぁ。
 そんな身内感の強い空間に、一つの亀裂が走った。
 入店してくる一人の女性に、誰もが自然と目を奪われたのだ。
 真っ白な女性。
 髪もまつ毛も肌も服も、そして背に背負う大太刀でさえも純白に染められている。
 肢体はなまめかしく、太ももを露にしている。
 豊満な胸は女性らしさを表し、蠱惑的だった。
 一歩前に進むだけで衣服は揺れ動き、しなを作っているように感じる。
 圧倒的な存在感と魅力に、全員の視線が釘付けになっていた。
 俺もそうだ。
 美しいという言葉をそのまま体現したような女性だった。
 覚悟はしていた。
 だが実際に見るとこれほどの威力があるとは。

 俺は彼女を知っている。
 彼女は、白灰(しろはい)の戦士、盲目のオリヴィア。
 異様に長い柄と刀身を持つ、大太刀と呼ばれる特異な武器を扱う戦士だ。
 その幻想的で儚げな容姿と、不釣り合いな大きな武器を振るう姿は、多くのプレイヤーを虜にした。
 ゲーム内人気キャラランキングで、いつも上位に顔を出しているほどだ。
 ちなみに俺もかなり好きなキャラである。
 ロゼも好きだけど、オリヴィアさんもかなり好きだ。
 エミリアさんはゲーム内では名前がなかったけど、それでもかなり魅力的に感じていた。
 つまり三人とも好きってことだ。

 ……あれ? なんか寒気がしたけど気のせいか?
 隣を見ると、エミリアさんが俺をじっと見つめていた。
 表情は笑顔だが、瞳の奥に言い知れぬ恐ろしい感情が含まれている気がした。
 そんな中、オリヴィアさんは空いているテーブル席に座った。
 彼女は盲目だ。目をうっすらと開けているように見えるが、実際は何も見えていない。
 だがあまりに迷いなく歩いているため、所見では盲目と気づけない人もいるだろう。
 流れるような所作で大太刀を置き、姿勢正しく座っている。
 まるで絵画だ。後光が射している気がする。
 俺を凝視するエミリアさんを見なかったことにして、オリヴィアさんの席へ向かった。

「いらっしゃいませ、ご注文は何にしますか?」
「……では、エールとおすすめの品を」
「本日のおすすめは猪と鹿のステーキミックスです。そちらでよろしいですか?」
「ええ、構いません」
「かしこまりました。それでは少々お待ちください」

 俺がお辞儀すると、オリヴィアさんはピクッと眉を動かした。
 俺はそれに気づかない振りをして、キッチンに戻ると注文を通す。
 エミリアさんは視線を俺に送り続けるも、笑顔のままだった。
 しばらくしてバイトマスターが作った料理をオリヴィアさんのテーブルに運ぶ。

「おまたせしました」

 俺はオリヴィアさんの正面左にナイフを、右側にフォークを置いた。
「お客様の右側にエールを、ナイフとフォークは正面に置いています。目の前に、ステーキの入った大皿がありますが、すでにある程度は切り分けております。もしもまだ大きいということでしたら、ナイフをお使いください」

 またしてもオリヴィアさんは眉をピクリと動かした。
 だが表情はまったく変わらない。

「……お気遣いありがとうございます」

 流麗に頭を下げるオリヴィアさんに、俺は笑顔を返す。

「いえ、それではごゆっくり」

 俺は頭を下げて、そのまま洗い場へ戻った。
 初対面の対応としてはこれで正解なはず。
 余計なことは言わない。
 深く踏み込まず、自分の仕事を全うする。
 そして、彼女の所作を観察する。
 これらを完璧にすることがオリヴィアさん攻略の鍵となる。
 なぜ攻略するのかって?
 彼女が生粋の技巧の使い手だからだ。
 そして序盤にシース村に登場する唯一の師匠枠でもある。
 まあ、ゲーム内ではオリヴィアさんが登場するのはもっと先なのだが、その際にこういう会話がある。

『私は五年前にシース村に滞在していました。けれど途中で村を発ったのです。村が魔物の襲撃にあったのは、そのしばらく後でした……』と。
 オリヴィアさんが話していたことを思い出す。
 その五年前が、つまり今だ。
 俺は彼女がシース村を訪れるのを待っていたというわけだ。
 彼女に師事するために。
 だが、いきなり師匠になってくれと言っても絶対に断られるし、むしろ嫌われる可能性がある。
 だから、徐々に距離を詰める必要があるのだ。
 彼女は物腰が柔らかく、魅力的な容姿を持ち、人を惹きつける空気を醸し出している。
 本能的に彼女に近づきたくなるのだが、それは決してしてはいけない。
 一人の若い村人が、いきなり席を立った。
 鼻息を荒げながら「俺は行くぜ」と宣言し、オリヴィアさんの席へと向かう。
 俺は皿洗いをしながら嘆息し、その様子を横目で見ていた。

「な、なあ、あんた。どうしてこんな辺鄙な村に来たんだ?」
「…………」

 オリヴィアさんは若者を完全に無視しながら黙々とステーキを口に運んでいた。
 氷の対応。表情もまた冷たい。
 だがそれが妙に彼女の色気を増幅する。
 若者は隣の席に座り、オリヴィアさんに話しかけ続けた。「一人か?」「その剣はなんだ?」「戦士か冒険者か?」「あんた綺麗だな!」などなど。
 質問したり、褒めたりと、色々な手を尽くしていたが完全に無視されてしまう。
 明らかに撃沈していたが、若者の友人たちが馬鹿にするように笑うと、苛立ちを表に出し始めた。
 あ、まずい。

「なあ、おい。人が話しかけてんだ。女ならもっと愛想よくしたら――」

 美しい音の波紋が屋内に響き渡る。
 あまりの速さに何が起きたのか、俺もほとんど見えなかった。
 恐らく、他の人たちも同じだろう。
 若者の喉には、ナイフがピタッとつけられていた。
 オリヴィアさんが左手に持ったナイフを、くいっと動かす。

「無粋ですね。食事中なのがわかりませんか?」
「あ、ああ、あ、あっ」

 若者は怯え切って何も言葉にできない。
 震えながら喉のナイフを凝視することしかできない。
 オリヴィアさんはすっとナイフを手元に戻すと、何事もなかったかのように食事を再開する。
 怖い。ああいう性格なのは知っていたけども。
 若者は怯えていたが、やがて怒りに顔をゆがめた。
 男の安いプライドを傷つけられたらしい。

「こぉの、クソがぁッッ!!」

 若者が立ち上がり、オリヴィアさんに拳を振るおうとした。
 オリヴィアさんの目が薄く開かれ、彼女は立ち上がろうとした。
 それはほぼ同時に行われ、そして。

「お待たせしましたー!」

 俺の快活な声が店内に響き渡った。
 一触即発の空気の中、俺の素っ頓狂な言葉がすべてを弛緩する。
 若者は振りかぶった拳を止め、オリヴィアさんは立ち上がる前の中腰状態だった。
 俺は用意していたエールをオリヴィアさんの前に置く。

「どうぞ!」
「……頼んでませんが」
「シース村に来てくださった旅人の方にはサービスしてるんです」

 俺は白い歯を見せてニカっと笑った。
 オリヴィアさんは少し思案していた様子だったが、すぐに再び席に座った。
 村の若者は上げていた手を気まずそうにゆっくりと下ろす。
 俺は若者に同じ笑顔を向けた。

「どうです? エール頼みませんか?」
「…………貰うよ」
「はい、喜んでぇっ! エール入りまぁす!」

 俺はキッチンに戻りながら明るく振舞った。
 張り詰めた空気が弛緩し、いつもの喧騒が戻ってくる。
 若者は自分の席に戻り、友人たちにたしなめられていた。
 いや、君たちのせいでもあるんだけどね。
 対してオリヴィアさんは黙々と食事を進め、エールで喉を鳴らしていた。
 危ない危ない。どうやらなんとかなったようだ。
 オリヴィアさんはかなり喧嘩っ早いのだ。
 というか多分、どこに行っても男に絡まれたり、声を掛けられたりして、うんざりしているのだろう。
 ゲーム内でも最初は態度が滅茶苦茶悪い。毛嫌いされているし、むしろ何かあったら殺すという空気さえある。
 さっきも危なかった。もしかしたらあの若者は殺されていたかも。
 そうなったら何もかもが、おじゃんだ。
 しかし俺が何もしなくともさっきのイベントは進んでいた。
 もしも俺がいなかったら……あの若者は殺されていたのだろうか。
 いや、五年後の彼女の口ぶりだとそんな感じはなかった。
 謎だが、ゲームとこの世界は全く同じではない。
 そこら辺は予定調和という奴だろう。

「リッド、よくやったな。いい対処だった」
「ありがとうございます、バイトマスター」
「ただ、サービスしたエール代はおまえが出せよ」
「……ですよねぇ」

 しっかりしているバイトマスターである。
 豪快に笑われると苦笑を返すしかない。
 ぽんと背中を誰に叩かれ、振り返る。
 エミリアさんが笑顔で立っていた。
 さっきまでとは違う、優しい笑顔だった。

「かっこよかったよ」

 素直に褒められ、俺は素直に照れた。
 この空気が俺の心を温かくしてくれる。
 俺はシース村が好きになっていた。
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