【本編完結】溺愛してくる敵国兵士から逃げたのに、数年後、××になった彼に捕まりそうです

萌於カク

文字の大きさ
上 下
40 / 78

心温まる音楽会

しおりを挟む
 翌朝、皇帝一行が港湾視察に出る前に、もう一度、音楽会が催されることになった。
 皇帝たっての希望とあって、楽団員は弾んでいる。
 一方、エミーユは内心では沈んでいた。リージュ公とのことがショックで寝付かれなかった。
 それでも仕事を放り出すわけにはいかない。
 エミーユはエレナ女王に曲についてお伺いを立てた。
 エレナ女王も皇帝の音楽を聴きたいとの申し出に喜んでいたものの、首を捻っているようだった。管弦楽が皇帝一行に受けたようにも見えなかった。

「今日は思い切って歌曲はどうでしょうか」

 女王はエミーユの提案に顔を輝かせた。

「まあ、それはいいわね! 若い方も気に入るような煽情的なものがいいわ」
「では、これらはどうでしょう」

 エミーユは名前をいくつか挙げて見せた。どれも華やかで主旋律のメロディが明確で力強いものである。

「ええ、いいわね! お願いね」

 そんな女王は、皇帝からのもう一つの希望に首を傾げていた。

(音楽会に茶目茶髪の男性使用人をすべて集めて欲しいとか言ってたけど……? 何かしら………?)

 サロンで演奏会の準備をしている楽団員の前に、茶目茶髪の男性使用人が次から次へと集まってきた。
 五十名ほどが集まった。庭師だったり、料理人だったり、給仕だったり、様々な場所から集められているが、皇帝の前に出るとあって、みな、できうる限りの正装をしていた。だぶだぶだったり袖が足らない者までいるものの、みな、皇帝の目通りが叶うことに、一様に興奮を隠せないような顔つきだった。

「いったい、何が始まるんでしょうね」
「何でも、皇帝たっての希望だそうですよ」

 やがて、エレナ女王に伴われて、皇帝一行が入ってきた。
 不愛想な皇帝は、どことなく浮足立っているように見える。
 リージュ公が目を合わせてくるもエミーユはさっと目線を逸らした。



 サロンに入ったマリウスはエミーユを見つけられるかと思うと、そわそわしていた。
 茶目茶髪のエミーユという名前の妖人、に絞って集めてもらいたかったが、そこまで限定するとエミーユに警戒されて逃げられてしまうかもしれなかったので、とりあえず茶目茶髪の男性使用人を集めてもらうことにした。

(あの日、あなたは俺を捨てた。でも、今度は絶対に逃さない)

 マリウスには茶目茶髪ということしかエミーユの外見はわからない。だから、見てもわからないが、匂いで探せる自信はあった。
 サロンに足を踏み入れた途端に、マリウスはエミーユの匂いをわずかに感じ取った。昨夜、はっきりとエミーユの匂いを感じ取ったことで、エミーユの匂いに対する嗅覚が鋭敏になっている。
 マリウスは、サロンに整列する茶目茶髪の男性の使用人らを眺めた。

(ああ、絶対にいる。この中にエミーユはいる……!)

 リージュ公がもったいぶった口調で集めた目的を説明する。

『皇帝陛下は、地位や身分にこだわることなく、すべての人とともに音楽を楽しみたいと願っています。その手始めに、茶目茶髪の男性使用人に集まってもらいました。目や髪の色にこだわる必要はなかったのですが、さすがに全使用人を一斉にというわけにはいかないので、エルラント固有の血に多い茶目茶髪に敬意を表して、茶目茶髪の男性をまず先にと選んだ次第です』

 出まかせを信じ込んだエレナ女王は顔を輝かせる。

「まあ、さすが皇帝陛下! 私も音楽はすべての人のためにあると考えてはいましたが、使用人を客として音楽会に招待したことがなかったことを恥じますわ」

 皇帝は悠然と使用人らの前に立った。周囲が目を見張ることに、皇帝は使用人の一人一人に手を差し出し、握手をし、ときには肩を抱いて背中をポンポンと叩き始めた。

 ――何と慈愛に満ちた皇帝さまだ……! 

 皇帝みずから使用人らに手を差し出して慰撫するなど信じがたい光景に出くわした人々は、目に涙を浮かべ、使用人には感極まって泣き出したものまで現れる始末だった。

 ――皇帝さまの手ははあったけえだ。
 ――とても優しく手を取ってくれただ。

「陛下っ……!」

 感激のあまり、膝を折って絨毯に頭を打ち付けるものまで出始めた。
 サロンは感動でひしめいている。
 マリウスは、膝を折る者の手を取り、助け起こしたのちに、優しく抱きしめる。

(この茶目茶髪のおじいさんがエミーユか? ああ、この匂いに感触は違う。こっちの太めの茶髪がそうか? ちょっと、いやかなり太っているが、エミーユ? ああ、違う、エミーユはこんなチョコレートのような匂いはしない。甘いのは甘いがもっと鮮烈で爽やかな葉っぱのような匂いだ)

 すべての使用人と握手し終えたマリウスは、悄然と肩を落とした。

(いない。この中にエミーユはいない。どうしてだ? どこからか、エミーユの匂いがするのに。何故だ?)

 マリウスはサロンを見渡すも、どこから漂ってくるのか、わからない。
 辺りは感動の涙に包まれるも、マリウスだけは落胆の涙がこぼれかける。

(俺の錯覚なのか?)

 意気消沈するマリウスは、リージュ公に肘をつつかれて、背中をピシッと伸ばす。

「では、音楽会を」

 ハンカチで目を抑えるエレナ女王の声を合図に、音楽会が始まった。



 音楽会は大成功だった。曲の趣向を変えたことは良い判断だった。
 皇帝の側近らは、昨日とは打って変わって、生き生きとした顔で耳を傾け、最後には拍手喝采が起きて、おまけにアンコールまであった。

『いやあ、とても楽しかった!』
『さすが音楽の発信地、エルラントだ』
『素晴らしかった!』

 音楽会に招かれた茶目茶髪の使用人らも感涙している。
 だが、エミーユには、肝心の皇帝が浮かない顔をしているように見えた。

(歌曲は気に食わなかったのだろうか)

 しかし、それでも皇帝は言った。

『ありがとう。そのうち、エルラント宮廷楽団をグレンにお呼びしたい』

 皇帝の言葉に、皇帝の側近、楽団員の双方が喜んだ。
 エレナ女王は感極まった声を出している。

「今日の心温まる素晴らしい音楽会を私は忘れませんわ。陛下にいろいろと大切なことを教わりました。これからは、使用人を音楽会に招待することを誓いますわ」

(まあ、女王も喜んでいるようだし、良しとするか)

 とりあえずの成功にエミーユは胸を撫で下ろした。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】おじさんはΩである

藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ 門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。 何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。 今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。 治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

【完結】恋愛経験ゼロ、モテ要素もないので恋愛はあきらめていたオメガ男性が運命の番に出会う話

十海 碧
BL
桐生蓮、オメガ男性は桜華学園というオメガのみの中高一貫に通っていたので恋愛経験ゼロ。好きなのは男性なのだけど、周囲のオメガ美少女には勝てないのはわかってる。高校卒業して、漫画家になり自立しようと頑張っている。蓮の父、桐生柊里、ベータ男性はイケメン恋愛小説家として活躍している。母はいないが、何か理由があるらしい。蓮が20歳になったら母のことを教えてくれる約束になっている。 ある日、沢渡優斗というアルファ男性に出会い、お互い運命の番ということに気付く。しかし、優斗は既に伊集院美月という恋人がいた。美月はIQ200の天才で美人なアルファ女性、大手出版社である伊集社の跡取り娘。かなわない恋なのかとあきらめたが……ハッピーエンドになります。 失恋した美月も運命の番に出会って幸せになります。 蓮の母は誰なのか、20歳の誕生日に柊里が説明します。柊里の過去の話をします。 初めての小説です。オメガバース、運命の番が好きで作品を書きました。業界話は取材せず空想で書いておりますので、現実とは異なることが多いと思います。空想の世界の話と許して下さい。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

さよならの向こう側

よんど
BL
''Ωのまま死ぬくらいなら自由に生きようと思った'' 僕の人生が変わったのは高校生の時。 たまたまαと密室で二人きりになり、自分の予期せぬ発情に当てられた相手がうなじを噛んだのが事の始まりだった。相手はクラスメイトで特に話した事もない顔の整った寡黙な青年だった。 時は流れて大学生になったが、僕達は相も変わらず一緒にいた。番になった際に特に解消する理由がなかった為放置していたが、ある日自身が病に掛かってしまい事は一変する。 死のカウントダウンを知らされ、どうせ死ぬならΩである事に縛られず自由に生きたいと思うようになり、ようやくこのタイミングで番の解消を提案するが... 運命で結ばれた訳じゃない二人が、不器用ながらに関係を重ねて少しずつ寄り添っていく溺愛ラブストーリー。 (※) 過激表現のある章に付けています。 *** 攻め視点 ※当作品がフィクションである事を理解して頂いた上で何でもOKな方のみ拝読お願いします。 ※2026年春庭にて本編の書き下ろし番外編を無配で配る予定です。BOOTHで販売(予定)の際にも付けます。 扉絵  YOHJI@yohji_fanart様

事故つがいの夫は僕を愛さない  ~15歳で番になった、オメガとアルファのすれちがい婚~【本編完結】

カミヤルイ
BL
2023.9.19~完結一日目までBL1位、全ジャンル内でも20位以内継続、ありがとうございました! 美形アルファと平凡オメガのすれ違い結婚生活 (登場人物) 高梨天音:オメガ性の20歳。15歳の時、電車内で初めてのヒートを起こした。  高梨理人:アルファ性の20歳。天音の憧れの同級生だったが、天音のヒートに抗えずに番となってしまい、罪悪感と責任感から結婚を申し出た。 (あらすじ)*自己設定ありオメガバース 「事故番を対象とした番解消の投与薬がいよいよ完成しました」 ある朝流れたニュースに、オメガの天音の番で、夫でもあるアルファの理人は釘付けになった。 天音は理人が薬を欲しいのではと不安になる。二人は五年前、天音の突発的なヒートにより番となった事故番だからだ。 理人は夫として誠実で優しいが、番になってからの五年間、一度も愛を囁いてくれたこともなければ、発情期以外の性交は無く寝室も別。さらにはキスも、顔を見ながらの性交もしてくれたことがない。 天音は理人が罪悪感だけで結婚してくれたと思っており、嫌われたくないと苦手な家事も頑張ってきた。どうか理人が薬のことを考えないでいてくれるようにと願う。最近は理人の帰りが遅く、ますます距離ができているからなおさらだった。 しかしその夜、別のオメガの匂いを纏わりつけて帰宅した理人に乱暴に抱かれ、翌日には理人が他のオメガと抱き合ってキスする場面を見てしまう。天音ははっきりと感じた、彼は理人の「運命の番」だと。 ショックを受けた天音だが、理人の為には別れるしかないと考え、番解消薬について調べることにするが……。 表紙は天宮叶さん@amamiyakyo0217

処理中です...