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こうして伝説は生まれる2

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 マリウスは部屋に戻ると、ロイを丁寧にソファの上に下ろした。
 ロイにひざまずく。

『エ、エミ………。エ、エミ………』

 喉がつかえて何も話せない。ただ涙が出てくる。

『エミ……、顔を見せて……』

 ロイは茶目茶髪だった。そのことはマリウスにロイがエミーユであることを確信させた。しかし、ロイはエミーユより二十歳近く年上だった。

(エミーユ、成長した……? 想像以上の成長ぶりだ……! 二十年分は成長したようにに見える。ハッ、もしかして、サバ読んでたのか……? ああ、年なんかどうでもいい、とにかくエミーユ、会いたかった)

「へ、へいか……?」

 ロイは何が起きているのかわからないながらも、皇帝陛下が自分を熱のある目で見つめてきているのだけはわかった。

「陛下………」

 ロイは獣人でも妖人でもなく、純人だし、二十年も寄り沿う妻もいたが、情熱的な目で見つめて来られると、胸の中で高まるものがあった。
 しかも、相手は、ほれぼれするほどの見目の良い皇帝だ。
 皇帝が、ロイの手を取り、さも愛おし気な目で見てくる。
 ロイは気が変になりそうだった。

「へ、へいか……」

 皇帝には匂い立つような男らしい風情があった。そんな男が顔を切なげにゆがめて見つめてくるのだ。

『どうか、マリウスと。あなたに会いたかった』

 ロイには皇帝が何を言っているのかよくわからなかったが、感極まった声を出した。

「へへ、陛下……!」
『もう、あなたを離さない。また、出会えた。約束だ。俺と一緒になってくれるでしょ?』

 ロイは、皇帝が何かを懇願しているのはわかり、うなずいた。
 皇帝が歓喜に目を輝かせた。
 皇帝はロイが感激するほどの優しい手つきで、ロイを引き寄せ胸にロイを抱きしめた。
 ロイは思わず声を漏らした。

「わあ、あったけえ。皇帝さまの胸、すごく頼もしくてあったけえだ」

 皇帝は、胸に抱きとめたロイをスンスンと嗅ぐと、愕然とした顔でロイを体から離した。

『ちがう……、匂いがちがう……。あなたはエミーユではないのか……?』

 ロイからはエミーユの匂いはしなかった。わずかに残っていたが、ほとんど消えていた。

「エミーユ?」

 ロイは聞き取った単語を聞き返した。
 そういえば、ロイの肩からは楽長から借りた肩掛けがどこかになくなっていた。連れて来られる間に、どこかに落ちたのだろう。

『エミーユを知ってるのか?』
「エミーユ? 俺が知ってるエミーユと言えば楽長に料理長でさあ。楽長はいつも俺のことを気にかけてくれるし、料理長はケーキのはしっこを俺に持たせてくれる良い人だよ。俺んち、子が七人もいるからよ」
『お願いだ、エミーユがどこにいるのか、教えて欲しい』
「陛下もケーキの端っこを食いてえがか?」

 戸惑うロイが寒そうに身を震わせたのを見て、皇帝は、自分の上着を脱いで、ロイの肩にかけた。

『お願いだ、この上着をあげるから、エミーユを連れてきて欲しい』
「この上着、俺にくれるがか? もしかして、陛下は俺の上着が猫にしょんべんを引っ掻けられたってことも見通してるがか?」

 皇帝はうなずきながら部屋の入り口のドアを開けた。

『頼む、エミーユをここに連れて来てくれないか。お願いだ』
 
「すんげえ! さすが皇帝さまだ! 何でもお見通しだ。ありがとうごぜえやす! ありがとうごぜえやす! エミーユに用があるがね? ここに寄越すがよ!」

 マリウスは感極まった声を出すロイを見送った。
 マリウスは、エミーユを待ったが、エミーユがマリウスを訪れることはなかった。
 その代わり、何故か料理長がにこにこしてやってきたが、エミーユの匂いはしなかったし、せっかく来てくれたので、料理がうまかったことを片言とジェスチャーで伝えて、ポケットに入っていた懐中時計を渡した。
 料理長は感極まった顔でそれを受け取った。

 その夜、皇帝陛下がホールで使用人たちをねぎらい、使用人には上着を、料理長には金時計を褒美に与えたという話が王宮じゅうを駆け巡っていた。

 ――陛下が懐中時計をくれたんだよ! ちょうど時計をなくしたところだったが、まさかこんな上質なものをいただくなんて。
 ――皇帝さまは、俺の上着にしょうんべんがひっかけられたことまでお見通しだっただ!
 ――じゃあ、俺が時計をなくしたのもひょっとすると知ってたのか。
 ――そうに違いねえ。
 ――さすが皇帝陛下だ!
 
 こうして伝説が出来上がっていく。
  
 その夜、結局エミーユに会うことはできなかったが、それでも、マリウスは希望に満ちていた。

(エミーユはここにいる。ここ、エルラント王宮の使用人をしているはずだ。そうだ、茶目茶髪の使用人を女王に集めてもらおう)
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