上 下
21 / 98
第1章

赤の姫君 1

しおりを挟む
翌朝、アイとおキクは市長官邸にある食堂で朝食をとっていた。

この食堂は一般にも開放されており、朝から営業を開始している。ちなみにセーレーにより写し出された、竜宮市役所の身分証を提示することにより、アイたちは無料で利用できた。

食堂は朝一番から『黒い幻影ブラックファントム』の話題で持ちきりであった。

曰く、黒い衣服で身を包んだ、銀髪の女剣士のことである。

現在ラング国は、カタン市の北側に流れる幅が100m程あるヨルド河を境に、その対岸より北側は魔物に占領されている。

ヨルド河は東から西に向かって流れ、ヒクエン大橋によって対岸と繋がっていた。

今回その大橋の南側、カタン市の西側にあるネヤガー市で、大規模な魔物の襲撃があった。

黒い幻影はその戦場を、たった一人で支配したと言っても過言ではない大活躍をみせた。

彼女の残す幻影は、魔物の注目を集める特殊な効果を有している。そして、そこに群がる魔物を、弓兵や魔法兵で集中的に攻撃していく。

軍の遂行する基本作戦が、見事なまでに効果を発揮したのだ。

もちろん多くの兵士や冒険者が、力を合わせた結果の勝利である。しかしその中で黒い幻影が注目を集めた理由は、その正体が眉目秀麗な女剣士であったからに他ならない。

「たぶん…アサノさんのことだね」

おキクが食後のホットミルクを飲みながら呟いた。

「二つ名とか、超羨ましい!」

アイが瞳をキラキラと輝かせる。

「私も何か名乗ろうかな?」

「二つ名って…自分で名乗るものなの?」

おキクが困惑した表情になった。

「う…分かんないけど、確かにそれだとカッコよくない気がする」

アイが目に見えてシュンとする。

「アイ、アイ」

そのとき不意に耳元で名前を呼ばれ、アイは驚いて振り返った。しかしそこには、誰もいない。

「…アウェイ?」

「今すぐニコパ街道に向かうんだ。赤の姫君の身に危険が迫っている!」

「ニコパ…街道?」

しかしそれ以上、アウェイの声が聞こえてくることはなかった。

「どうしたの?ボーっとして」

おキクが心配そうに、アイの顔を覗きこんだ。

「今アウェイが…ニコパ街道に向かえって」

「アウェイ?」

聞き慣れない名前に、おキクが聞き返す。

「アイ、今誰かと会話したの?」

「アイの会話ログに、それらしき内容は検出できません」

おキクの膝の上で丸くなっていたミーコが、ムクリと顔を上げて答えた。

アイは「うーん」と首を傾げるが、疑問は彼方に追いやった。

「とりあえず、ニコパ街道ってなに?」

「ここカタン市と、となりのネヤガー市を結ぶ街道のことです」

ミーコからの回答を受けて、おキクがサッと立ち上がる。

「それじゃ、行きましょうか」

「…え?」

「気になるんでしょう?」

「う…うん!ありがとう、おキク」

おキクに感謝の意を伝えると、アイも勢いよく立ち上がった。

   ~~~

ミーコの先導のもと、アイとおキクはニコパ街道をネヤガー市に向けて進んでいく。

ポツポツと木々が立つだけの平野部を暫く行くと、アイのピアスが突然ピクンと反応を表した。

「…セーレー?」

「複数の魔物を検知しました」

「灰色狼5体、風切鳥1体を確認」

ミーコも合わせて、それに続く。新たな魔物の名前の登場に、おキクが直ぐさま反応した。

「風切鳥?」

「硬質鋭利な嘴をもち、弓矢のように対象を貫く魔物です。俊敏な動きで飛び回るため、非常に厄介な存在です」

ミーコの解説に、アイとおキクは思わず自分を貫かれる想像をしてしまう。ふたりで蒼い顔をしていると、アイのピアスがキラリと光った。

「4名の生存者を確認。進行方向にある、商隊の荷馬車の内部です」

かなり遠いけど、街道のずっと先にある荷馬車の姿が、アイとおキクにも確認することが出来た。

「既に囲まれてるわ!」

おキクが切羽詰まった声を上げる。

「…おキク、お願い!」

そう言って自分を見つめるアイの姿に、おキクはその意図を正確に理解した。

おキクはギュッと目を閉じた。恐怖で自分の体が震えているのが分かる。だけど…あんな後悔だけは二度としたくない!

おキクはパッと目を見開いた。その瞳には、とても強い意志が宿っていた。

「ミーコ、カタパルト!」
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...