上 下
4 / 98
第1章

異世界支援課 2

しおりを挟む
「あんなとこにあんなポスター貼っといて、秘密も何もないと思うんですけど?」

お菊は納得いかない表情で、至極もっともな質問を口にした。

佐藤は腕を組むと「ふーむ」と思案顔になる。

「あの掲示板はね、特殊な結界が張ってあって普通の人には見えないんだ」

佐藤は正直に説明した。しかしお菊には、佐藤の誠意は伝わらなかった。

「ふざけないで!」

お菊に詰め寄られ、佐藤は右手の中指で眼鏡の眉間部分をクイっと持ち上げた。あまりに予想どうりの反応に、思わず苦笑いになる。

「お菊、落ち着いて。佐藤さん困ってる」

亜衣がお菊の頭を優しく撫でた。

「亜衣?」

「佐藤さん、お話続けて」

「信じてくれるのか?」

「んーと、逆かなぁ?」

亜衣は右手の人差し指で自分のアゴに触れながら、軽く小首を傾げる。

「こんな子どもを、門前払いもなくここまで連れてきたんだから、佐藤さん私たち必要としてるんだよ」

亜衣はお菊に顔を向けると、にっこり笑った。

「そんな人が、今さら私たちに嘘つかないよ」

お菊は目を見張った。亜衣のロジックは少々強引すぎる気もするが、言いたいことは伝わってきた。

この市役所に何か秘密があることは、お菊自身も感じとった事実である。そして何かは分からないが、その秘密を知る資格を自分たちは得たのだ。

お菊は佐藤に頭を下げた。

「取り乱してすみませんでした。お話を続けてください」

「ふたりとも、ありがとう」

佐藤は笑顔で頷いた。

そこで聞いた佐藤の話は、簡単には信じられないものであった。

・現在竜宮市は異世界と交流があること。
・傷つき難を逃れて竜宮市に現れた、異世界の魔法使いを保護したのがキッカケであったこと。
・市長が大層感激して、異世界への支援事業を始めたこと。
・異世界に渡るためには、ある種の資質が必要であること。
・市職員から資質のある者を集め、異世界支援課が出来たこと。
・その資質は特殊なものであり、慢性的に人手が足りないこと。

最後に、

「水戸さん。ちょっといいかな?」

佐藤は部屋で唯一、机で作業をしていた男性を呼びよせた。

「はい」

ちょっと長めの黒髪で、前髪は細い目にかかっている。年齢は40代くらいで、少し小柄なスーツ姿の男性だった。そして彼の持っている肩ほどもある長い木の杖は、先端部分がアルファベットのCの形になっており、中に青い水晶玉がはめ込まれていた。

「私はミトと言います。魔法使いやってます」

水戸はペコリと頭を下げると、杖でコツンと床を突いた。すると光のフラフープのようなものが、水戸の足元から頭の先まで昇っていく。

亜衣とお菊は唖然とした。

スーツ姿だった水戸が一瞬で、緑の長衣ローブを身に纏い、同じく緑のつばの広い三角帽子をかぶっていたのだ。

「ああ、これ魔法使いだ」

亜衣が呆然と呟いた。

佐藤の話を信じるしかなかった。

「魔王の軍勢に襲われ、仲間は次々と倒れ、次は自分だと覚悟した瞬間、私はこちらの世界にたったひとりで立っていました」

水戸は目を閉じて、俯き加減で言葉を続ける。

「あのとき偶然通りかかった市長さんに保護してもらえてなければ、何も分からず途方に暮れていたことでしょう」

「それじゃ水戸さんにも、その特殊な資質があったってこと?」

「そうなりますね」

亜衣の質問に、水戸はゆっくりと頷いた。

「あのときの私は、異世界の存在など微塵も信じていなかったので、本当に驚いています」

水戸は亜衣の方に顔を向けると、にっこりと優しく微笑んだ。

「ただ、あの日の市長さん、一目見て私を魔法使いだと見抜いたんです」

「でしょーね」と亜衣とお菊は頷いた。

「あれは、どういう能力だったのでしょうか?」

水戸は不思議そうに首を傾げた。

「市長は子どもの頃からゲームが好きらしい」

佐藤が囁くように補足した。それから水戸の方に顔を向ける。

「水戸さん、ありがとう」

佐藤が水戸を退がらせたので、この場の人数が再び元の3人に戻った。

「薄々勘づいているかもしれないが…あの掲示板には、その資質のある人にしか見えないように結界が張ってあるんだ」

佐藤は真面目な表情になった。

「他にも見えてる人はいるかもしれないけど、実際に来てくれたのは君たちが初めてなんだ。本当に感謝している」

佐藤は頭を深く下げた。

「ちょ…ちょっと待って!」

お菊が焦ったように声を張り上げた。

「水戸さんの話を信じるなら、これって危ない話なんじゃないの?」

佐藤はお菊を見て密かに微笑んだ。

このふたり、子どもの割には頭の回転が良い。大人の話に流されない。佐藤のなかで、ふたりの評価がドンドンと上がっていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

あいつに無理矢理連れてこられた異世界生活

mio
ファンタジー
 なんやかんや、無理矢理あいつに異世界へと連れていかれました。  こうなったら仕方ない。とにかく、平和に楽しく暮らしていこう。  なぜ、少女は異世界へと連れてこられたのか。  自分の中に眠る力とは何なのか。  その答えを知った時少女は、ある決断をする。 長い間更新をさぼってしまってすいませんでした!

序盤で殺される悪役貴族に転生した俺、前世のスキルが残っているため、勇者よりも強くなってしまう〜主人公がキレてるけど気にしません

そらら
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ 大人気ゲーム「剣と魔法のファンタジー」の悪役貴族に転生した俺。 貴族という血統でありながら、何も努力しない怠惰な公爵家の令息。 序盤で王国から追放されてしまうざまぁ対象。 だがどうやら前世でプレイしていたスキルが引き継がれているようで、最強な件。 そんで王国の為に暗躍してたら、主人公がキレて来たんだが? 「お前なんかにヒロインは渡さないぞ!?」 「俺は別に構わないぞ? 王国の為に暗躍中だ」 「ふざけんな! 原作をぶっ壊しやがって、殺してやる」 「すまないが、俺には勝てないぞ?」 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル総合週間ランキング40位入り。1300スター、3800フォロワーを達成!

【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。

紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。 アルファポリスのインセンティブの仕組み。 ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。 どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。 実際に新人賞に応募していくまでの過程。 春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)

チートツール×フールライフ!~女神から貰った能力で勇者選抜されたので頑張ってラスダン前まで来たら勇者にパーティ追放されたので復讐します~

黒片大豆
ファンタジー
「お前、追放な。田舎に帰ってゆっくりしてろ」 女神の信託を受け、勇者のひとりとして迎えられた『アイサック=ベルキッド』。 この日、勇者リーダーにより追放が宣告され、そのゴシップニュースは箝口令解除を待って、世界中にバラまかれることとなった。 『勇者道化師ベルキッド、追放される』 『サック』は田舎への帰り道、野党に襲われる少女『二オーレ』を助け、お礼に施しを受ける。しかしその家族には大きな秘密があり、サックの今後の運命を左右することとなった。二オーレとの出会いにより、新たに『女神への復讐』の選択肢が生まれたサックは、女神へのコンタクト方法を探る旅に目的を変更し、その道中、ゴシップ記事を飛ばした記者や、暗殺者の少女、元勇者の同僚との出会いを重ね、魔王との決戦時に女神が現れることを知る。そして一度は追放された身でありながら、彼は元仲間たちの元へむかう。本気で女神を一発ぶん殴る──ただそれだけのために。

気づいたら異世界ライフ、始まっちゃってました!? 

飛鳥井 真理
ファンタジー
何だか知らない間に異世界、来ちゃってました…。 どうするのこれ? 武器なしカネなし地図なし、おまけに記憶もなんですけど? 白い部屋にいた貴方っ、神だか邪神だか何だか知りませんけどクーリングオフを要求します!……ダメですかそうですか。  気づいたらエルフとなって異世界にいた女の子が、お金がないお金がないと言いながらも仲間と共に冒険者として生きていきます。  努力すれば必ず報われる優しい世界を、ほんのりコメディ風味も加えて進めていく予定です。 ※一応、R15有りとしていますが、軽度の予定です。 ※ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。 ※連載中も随時、加筆・修正をしていきます。(第1話~第161話まで修正済)

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
 初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎  って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!  何故こうなった…  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  そして死亡する原因には不可解な点が…  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

処理中です...