上 下
3 / 98
第1章

異世界支援課 1

しおりを挟む
市役所のロビーに入ると、正面に案内カウンターがあった。亜衣は真っ直ぐそこに向かうと、中で座っている女性職員に声をかけた。

「すみません。バイトのことで、異世界支援課に行きたいんですが?」

亜衣の声の届く範囲にいた職員全員が、一瞬「ザワッ」と緊張感に包まれた。しかし直ぐに何事もなかったかのように、それぞれの仕事に戻る。お菊はその緊張感に不思議な違和感を覚えた。

(何だろ?何か隠してる気がする)

「失礼ですが、そのことをどこでお知りになりましたか?」

女性職員はにこやかな表情をしているが、その不思議な違和感に亜衣も気付いた。

「えと…」

亜衣が思わず口籠る。

お菊は一歩踏み出すと亜衣の横に並び立ち、女性職員に笑顔を向けた。

「駅前の掲示板に求人広告が貼ってあったのを見たのですが、ここではなかったのでしょうか?」

「掲示板!」

女性職員は「ハッ」と息をのむ。

「少々お待ちください」

言いながら内線の受話器をとった。

「玄関ロビーです。掲示板で例のポスターを見たという方がいらっしゃってます」

電話口で何か指示でも受けているのか「はい」「はい」と繰り返す。

「それが…」

女性職員はチラリと亜衣たちの方に目を向けた。

「中学生くらいの女の子ふたりなんです」

亜衣たちのことを電話口の相手に報告する。

「はい、かしこまりました」

女性職員は受話器を置くと、スッと立ち上がり丁寧に頭を下げた。

「お待たせいたしました。直ぐに担当の者が伺いますので、あちらのソファーでお待ちください」

手のひらで壁際のソファーを指し示す。

何だかしっくりこない気もするが、亜衣たちは指示どおりソファーで待つことにした。

しばらくすると、30代半ばくらいの男性が姿を現した。身長が高く肩幅も広い。オールバックの黒髪に黒縁眼鏡をかけている。

「お待たせしました。私は異世界支援課の佐藤と申します」

にこやかに微笑むと、内ポケットから名刺ケースを取り出す。子どもが相手なので畏まった作法ではなかったが、それぞれに名刺を差し出した。

「こんなの初めて貰った!」

亜衣が浮かれたように飛び跳ねる。

お菊は素早く貰った名刺を確認すると、肩書は課長となっていた。

「悪いけど、ちょっと場所を移動しよう」

佐藤はふたりを立たせると「ついて来て」と声をかけた。ここでは話せない内容なのだろう…秘密の匂いがプンプンと漂う。

「経費削減がうるさくてね、悪いが階段を使うよ」

佐藤はエレベーターを横目に階段を登り始める。竜宮市役所は3階建。その3階の一番奥に異世界支援課の部屋があった。

入口を入ると右側に部屋が広がっており、いくつかの机が並んでいる。左手はすぐ壁だが、パーテーションで区切られた来客用のスペースが設けられていた。そこには小さな机と椅子が置かれている。ふたりはそこに通された。

「名前を聞いてもいいかな?」

佐藤が笑顔で質問すると、亜衣とお菊はひとりずつ順番に答えた。

上尾うえおさんに植岡さん、と」

佐藤は手帳にメモをとると、ふたりに真剣な眼差しを向けた。

「まず、大事なことがひとつ」

佐藤は右手の人差し指を1本立てる。

「気付いたかもしれないけど、ウチは秘密の部署なんだ」

それについて何かを言いかけたお菊に対して、佐藤は右手を開き「待った」をかけた。そしてそのまま話を続ける。

「ちょっと特殊な仕事をしていてね。と言っても読んで字の如くなんだけど」

佐藤は「ハハハ」と自虐的に笑った。

「ここの事を誰にも話さない。先ずはこれを絶対に守ってほしい」

「……もし破ったら?」

亜衣が恐る恐る尋ねた。

「特殊な措置を施して、関係者全員の記憶を消去させていただきます」

佐藤が少し俯くと、光の加減か眼鏡が白く光り、その奥の表情が見えなくなる。声のトーンも一段低く変わった。

「ピンポイントの消去など出来ませんので、そのあたりの記憶をポッカリと失うことになります」

その圧力に、亜衣は「ヒィー」と震えあがった。

「冗談ですよ」

佐藤はパッと顔を上げると、亜衣とお菊に優しく笑いかけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

チートな転生幼女の無双生活 ~そこまで言うなら無双してあげようじゃないか~

ふゆ
ファンタジー
 私は死んだ。  はずだったんだけど、 「君は時空の帯から落ちてしまったんだ」  神様たちのミスでみんなと同じような輪廻転生ができなくなり、特別に記憶を持ったまま転生させてもらえることになった私、シエル。  なんと幼女になっちゃいました。  まだ転生もしないうちに神様と友達になるし、転生直後から神獣が付いたりと、チート万歳!  エーレスと呼ばれるこの世界で、シエルはどう生きるのか? *不定期更新になります *誤字脱字、ストーリー案があればぜひコメントしてください! *ところどころほのぼのしてます( ^ω^ ) *小説家になろう様にも投稿させていただいています

さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~

みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。 生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。 夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。 なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。 きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。 お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。 やっと、私は『私』をやり直せる。 死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

処理中です...