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Ⅲ
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しおりを挟む「何してるの!? ダメダメ、寝てないと」
手洗いとうがいだけをしてきたらしい裕文さんが、背広姿のまま洗面器とタオルを持ってくる。
「姉さんには『ただいま』言ってきましたか?」
会社から帰ってきた彼がする、いつもの日課。
裕文さんにとっては、とても大切な、姉さんとの時間――。
僕のせいで、邪魔したくなかった。
「その間に、何か晩御飯、作りますから」
足に力を入れて立ち上がろうとする僕に、裕文さんが洗面器とタオルを僕の勉強机に置く。
そうして、僕の前に片膝を付いた。
「――浩次君、キミ。自分がどんな顔色してるか気付いてる? そして、どんな目をしているか……」
「えっ。……目?」
ゴホ、ゴホ、と咳き込んだ僕は、慌てて手で口を押さえて横を向く。
うつしたら大変だと思ってるのに、裕文さんは僕の前から退いてくれない。
「あの、うつしたらいけないんで……」
言った僕の声はかすれていたけれど、聞こえているはずだ。
それなのに、裕文さんは微動だにしない。僕のすぐ近くで、じっと僕を見つめていた。
その顔が、なんだか怒っているように見える。
なぜだか判らないまま見つめ返すと、ふぅっ、と小さく息を吐く。そうして、ゆっくりと立ち上がった。
「……泣いていたの?」
僕に背中を向けて、氷水でタオルを濡らす裕文さんに、「えっ」と声が洩れる。
「あ……」
先輩と別れてからずっと、涙が止まらなかった。
あの場所からも動けなくて。――きっとこの風邪も、長い時間あの場所に立ち竦んでいたからに違いなかった。
「あ……今日、卒業式で。お世話になった先輩が、卒業しちゃって」
「――それで、泣いたの? そんなに目が、腫れるくらい?」
その言い方から、彼があまり信じていないことが判る。
「でも、その先輩、遠くに行ってしまう人で。もう戻って来ないって言うんです……。僕、その言葉で姉さんのこと、思い出しちゃって」
絞ったタオルを持って再び前に屈んだ裕文さんを見る。そうして、その手に握られたタオルへと視線を落とした。
「もう2度と会えないんなら、死んだ姉さんと一緒だって、思ってしまって……。僕の前から消えて、2度と現れてくれないから」
「…………好きだったの? その、先輩のこと」
「……はい。とても」
言った僕に、裕文さんが小さく息を吐く。
僕に冷たいタオルを渡すと、立ち上がった。
「そんなに好きなら」
そう、裕文さんが言う。
冷たい物言いに感じたのは、僕の気のせいかもしれない。
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