キミの次に愛してる

Motoki

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「何してるの!? ダメダメ、寝てないと」

 手洗いとうがいだけをしてきたらしい裕文さんが、背広姿のまま洗面器とタオルを持ってくる。

「姉さんには『ただいま』言ってきましたか?」



 会社から帰ってきた彼がする、いつもの日課。

 裕文さんにとっては、とても大切な、姉さんとの時間――。



 僕のせいで、邪魔したくなかった。



「その間に、何か晩御飯、作りますから」

 足に力を入れて立ち上がろうとする僕に、裕文さんが洗面器とタオルを僕の勉強机に置く。

 そうして、僕の前に片膝を付いた。

「――浩次君、キミ。自分がどんな顔色してるか気付いてる? そして、どんな目をしているか……」

「えっ。……目?」

 ゴホ、ゴホ、と咳き込んだ僕は、慌てて手で口を押さえて横を向く。

 うつしたら大変だと思ってるのに、裕文さんは僕の前から退いてくれない。

「あの、うつしたらいけないんで……」

 言った僕の声はかすれていたけれど、聞こえているはずだ。

 それなのに、裕文さんは微動だにしない。僕のすぐ近くで、じっと僕を見つめていた。

 その顔が、なんだか怒っているように見える。

 なぜだか判らないまま見つめ返すと、ふぅっ、と小さく息を吐く。そうして、ゆっくりと立ち上がった。



「……泣いていたの?」



 僕に背中を向けて、氷水でタオルを濡らす裕文さんに、「えっ」と声が洩れる。

「あ……」

 先輩と別れてからずっと、涙が止まらなかった。

 あの場所からも動けなくて。――きっとこの風邪も、長い時間あの場所に立ち竦んでいたからに違いなかった。

「あ……今日、卒業式で。お世話になった先輩が、卒業しちゃって」

「――それで、泣いたの? そんなに目が、腫れるくらい?」

 その言い方から、彼があまり信じていないことが判る。

「でも、その先輩、遠くに行ってしまう人で。もう戻って来ないって言うんです……。僕、その言葉で姉さんのこと、思い出しちゃって」

 絞ったタオルを持って再び前に屈んだ裕文さんを見る。そうして、その手に握られたタオルへと視線を落とした。

「もう2度と会えないんなら、死んだ姉さんと一緒だって、思ってしまって……。僕の前から消えて、2度と現れてくれないから」

「…………好きだったの? その、先輩のこと」

「……はい。とても」

 言った僕に、裕文さんが小さく息を吐く。

 僕に冷たいタオルを渡すと、立ち上がった。



「そんなに好きなら」



 そう、裕文さんが言う。

 冷たい物言いに感じたのは、僕の気のせいかもしれない。
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