bias わたしが、カレを殺すまで。

帆足 じれ

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第13章

105 ベルフェゴールの回想 ③ ♤

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 ディーテさんは言動がロジカルで、文字での付き合いしかなかった頃は、てっきり男だと思っていた。生い立ちのせいもあって俺は女への苦手意識が強いから、本当のことを知った時は正直複雑だった。
 しかもだとわかってしばらくの間は、何とも言えない感情に苛まれた。

「失望しちゃったかな? 一身上の都合で活動休止を宣言していたフィンブルヴェト創設者の正体が、こんな普通の主婦だったことに」

 初めて顔を合わせた時、ディーテさんに言われた。

「……いえ、長いこと男性だと思っていたので、意外だっただけです……」

 咄嗟にそう返したが、すべてを見透かされている気がして居心地の悪い思いをした。

 多分、俺の胸中に居座るこの黒い感情は嫉妬だ。それが、自分の知らないところで繋がっていた二人へ向けられるものか、敬愛するバエルさんの隣を歩く妻に対するものなのかはわからない。
 もし後者だとしたら、俺は死にたくなるほど己を憎悪するだろう。

 ディーテさんが俺を見いだしてくれたことには感謝しかない。バエルさんに親愛の情以上の想いを抱いた覚えもない。だが、そんな彼らに心が揺らいでしまうのは、自分にもみだりがわしい両親や姉と同じ血が流れているからかも知れない。考えるだけで、反吐が出る……。
 これ以上、自己嫌悪が進むとこの世に俺の居場所がなくなりそうなので、とにかく冷静に付き合おうと腹を括った。

 ディーテさんは面倒見が良く料理上手で、バエルさんとの打ち合わせで自宅を訪ねる度に手料理を振る舞ってくれた。
 話の流れで俺が甘いもん好きだと知ると、よく焼き菓子を作ってくれた。特にマドレーヌが美味かった。

 感想を伝えると彼女は子供みたいな顔で笑って、
「えー! ほんと? 気に入ってもらえて嬉しいな~。これ、うちの娘も大好きなの」と言っていたから、ここの家の娘はを食べて育ったんやなとぼんやり思った。
 俺の家との違いを見せつけられるようで、内心キツかった。

 俺は表情が乏しい自覚がある。幼い頃から気持ちを顔に出すとロクな目に遭わなかったから、自然と表情筋が働かなくなったのだと思う。
 それでもバエルさんは俺が浮かない顔をしていることに気付いて、よくベランダに連れ出してくれた。彼も喫煙者だから、二人での一服にかこつけて気分転換をさせてくれたのだろう。

「屋内での喫煙はディーテに禁止されています。娘が幼かった頃は自宅敷地内での喫煙は一切禁止だったので、これでもだいぶ緩和されたんですが、やはり肩身が狭いんですよ。でも君と一緒だと怒られないから助かっています。時々、付き合ってくれると嬉しいです」

 そう言って、バエルさんは破顔した。こういう気遣いは本当にありがたいものだった。

 また、彼は俺のペンダントを褒めてくれた。

「そのアクセサリー、とても似合っていますね。いつも着けているようですが、大切なものなのですか?」と訊かれたので、少しだけオッタの話をした。
 あまり長々と語っても退屈だろうとさわりだけ伝え、「この中に遺骨が入っているんです」と明かしたら、バエルさんは言った。

「そうでしたか。オッタくん、快適でしょうね。常に君のあたたかい胸に抱っこされているんですから。きっと、君を守ってくれていますよ」

 これまでそんな風に言われたことがなかったから、感激したのを覚えている。


 俺はいつしか、バエルさんに“理想の父親”を重ねるようになった。
 だから、何かの拍子に「要望はありますか?」と訊かれた時、HNハンドルネームではなく本名で呼んで欲しいと無理を言ってしまった。

「勝手ながら、バエルさんのこと、親のように思ってまして……名前で呼んでもらえたら、その……モチベ上がるんちゃうかな、と……」

 バエルさんは当時、会員への呼びかけを丁寧語とHN呼びで統一していたから、当然嫌がられるだろうと思っていた。
 でも、彼はにっこり笑って、「もちろん、構いませんよ。僕も息子が出来たみたいで嬉しい」と快諾してくれたばかりか、「じゃあ、これからは本当の親子のように、もっとフランクに話そうか、じん」と続けてくれた。

 バエルさんはいつも俺の欲しい言葉をかけてくれる……。ずっと望んでいた“あたたかい家族”を得たような気がして、この時は心底嬉しかった。

「仁、僕はフィンブルヴェトをもっと大きくしたい。君と二人で築き上げた組織だ。我々以外にここまで出来る者はいないよ。これからも力を貸して欲しい。頼まれてくれるかな」

 バエルさんはタバコを吸いながら、よくこんなことを言っていた。
 “二人で築き上げた”と言われるのが恐れ多くも光栄で、俺は組織を成長させるためなら命を削ってもいいと思うようになった。
 俺が死力を尽くせば尽くすほど、バエルさんが喜んでくれる。そして感謝の言葉と陽だまりのような笑顔をくれる。これを受け取る度に俺の心はあたたかくなり、生きている実感を得ることができた。

 受けた恩は一生返しきれない。俺が差し出せるものは多くないが、持っているものはすべてバエルさんと組織のために使いたい。

 あの人のためと思えば、できないことなど何もなかった。

 だからあの晩、バエルさんから“妻を殺して欲しい”と仄めかされた時も、さほど迷わなかった。
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