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第13章

104 ベルフェゴールの回想 ② ♤ ⚠

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 中学時代、母親が不貞を犯して出て行ったのをきっかけに、俺の家は崩れるようにおかしくなっていった。父親が風俗に溺れ、姉が男に狂って家に帰らなくなった。
 うちは典型的な“金はあるが愛はない家”だったので、こうなるのも無理からぬことだった。
 金はあるから、生活には困らない。家事は通いの家政婦がやってくれた。それでも深夜、だだっ広い家に一人でいるのは落ち着かなかった。

 俺はなるべく愛猫のåttaオッタ――幼稚園の頃に拾ってずっと世話してきたハチワレのオス――と一緒に自室で過ごすようにしていた。オッタは大人しくて甘えたな猫やったから、何かとそばに寄って来ては俺の寂しさを癒してくれた。

 高校受験を控えて勉強に励んでいたある晩、水分補給に行こうとしたら、ふらっと訪ねてきた姉の男に捕まって暴行された。殴る蹴るならまだしも、相手はストライクゾーンが広かったようで、夜通し突っ込まれ、全身滅茶苦茶にされた。
 最初は俺も抵抗した。でも、これまで聞いたこともない唸り声を上げながら飛び掛かって行ったオッタが蹴られ、壁に叩き付けられたのを見て諦めた。俺がこれ以上騒いだらオッタが心配するし、次は殺されるかも知れないと思ったら、そっちの方が怖かった。その一心で耐えたが、猛烈な痛みと嫌悪感でどうにかなりそうだった。
 思い出したくないから詳細は割愛するが、その男が帰り際、やっと息をしていた俺に向かって、こんな言葉を吐きよった。

「お前、よう見たら、××××に似とんな。今度からお前でええわ。ネエチャンより可愛いし、生でヤッても孕まへんし、ちょうどええやん」

 ××××は某有名女優の名で、今でもトラウマになっている……。

 この一件で俺は自分のことが大嫌いになった上、超ド級のコミュ障になった。ショックで部屋から出られなくなり、姉の男の気配に怯えながら不登校のまま中学を卒業した。
 周りから期待されていた某トップ校への進学もどうでも良くなり、オンライン学習可能な通信制高校に入って、年数回のスクーリング以外はずっとオッタと一緒に自室に引きこもっていた。

 そのスクーリングの時も俺は悪目立ちして、おもくそ浮いた。初めての登校日、ストレスがエグかったから少しでもテンションを上げようと、気合の入った格好をして行ったのがまずかったんだと思う。何故か女から異様に話しかけられてテンパり、男からはことごとく距離を取られて滅茶苦茶やりにくかった。
 基本的には大人しい人が多かったので少しずつ馴染めるかと思いきや、一部のタチの悪い人間から目を付けられて往生おうじょうした。
 俺は生来、前髪と両サイドに筋状の金髪――今はただの白髪やけど――がある。これがように見えたのかも知れない。目付きや態度が悪いと因縁を付けられ殴られたり、素行不良だと叱責されたり、挙句の果てに「生徒指導」という名目で個室に連れ込まれ、性的暴行を受けたりした。 
 然るべきところに訴えれば、対応してもらえる見込みもあった。でも、当時の俺は人が怖過ぎて、誰かに相談することすらできず、されるがままになっていた。
 これで先方の狼藉はエスカレートし、俺の人嫌いとコミュ障は加速した。もともと人付き合いは苦手なほうだったから生まれつきかも知れないが、その属性が強化されたのは間違いない。

 なんで俺はこんな目に遭ってばかりなのだろう。周囲に対して反抗的な態度を取った覚えはない。愛想がなくて生意気に映った可能性はあるが、そこまでされる理由がわからない。あまりに理不尽なので、呪われてんちゃうかとさえ思った。
 ギリギリ耐えられたのは、愛猫がいたからだ。部屋に帰ってオッタを撫で、モフモフした腹に顔を埋めてゴロゴロ音を聞いている時だけは心穏やかでいられた。こいつさえいてくれたら、他には何もいらないと本気で思っていた。



 高校を出る少し前にオッタが死んだ。夜、布団の中に入って来たから抱いて寝たのだが、朝起きたら俺の腕の中で冷たくなってた。
 卒業後は自宅から距離のあるITカレッジへ進学することになっていたので、ペット可のアパートを押さえ、引っ越しの準備をしていた矢先のことだった。
 茫然自失で亡骸を抱えて一日寝込み、夢うつつの中、動物霊園に運んで火葬してもらった。小さな骨になったオッタを見た途端、死んだことを実感してようやく涙が出た。
 その後、遺骨は共同墓地に納骨し、一部を返してもらってペンダントにした。シンプルなデザインだから、常に身に着けていられるのが良かった。これで俺の心の穴もほんの少し埋められた。

 父は入学願書を始め、必要な書類のすべてに記入をし、十分な金も出してくれたが、あとは一切関与しなかった。姉ももういないも同然だから、この時点で俺は天涯孤独みたいなものだった。
 こんな状態で親の脛を齧るのも情けないので、一刻も早く必要なスキルを身に着けて独り立ちしようと決意した。

 だが俺の意気込みを挫くかのように、一人暮らしが始まってもロクなことはなかった。部屋にいるのが寂しくて街をぶらついていると、行く先々で厄介事に巻き込まれた。女絡みのトラブルに遭遇することが多かったせいで、俺はますます女が苦手になり、なるべく目立たないように気を張っていた。
 人目を気にし過ぎて、好きな服を着ることも興味のある店に立ち寄ることもできず、自分は一体、何のために生きているんだろうと毎日考えていた。

 一時期、全部が嫌になって、オッタのところへ行こうかと思ったことがある。
 でも、LR×Dの前身・フィンブルヴェトと出合っていたおかげで、どうにか踏み止まれた。

 “君、見込みがあるね。どうだろう。もし良かったら、私達と一緒に活動してみないかい? 君が加わってくれたら百人力だ。我々のサイトで是非、その素晴らしい能力を発揮して欲しい”

 “もちろん強制ではありません。僕らに気兼ねすることはないんですよ。君が興味を持てたらでいいんです。というか、こんな辺境のサイトに目を留めてくれただけで、僕は十分嬉しいです。改めて、ありがとう”

 ディーテさんが俺の見た目ではなく能力を評価してくれて、バエルさんが要所要所であったかい言葉をかけてくれて……どれだけ救われたかわからない。

 18年前、それまで密に連絡を取り合っていたディーテさんが、突然活動を休止して虚無感に見舞われた際も、バエルさんが拠り所になってくれた。

 “少し寂しくなってしまいましたが、ディーテがいつ戻って来ても良いように、一緒にサイトを盛り上げていきましょう! 君はとても優秀で集める情報のセンスも良いから、頼りにしていますよ。今後ともよろしくね”

 俺のメンタルの強度はガラス細工レベルだから、自分を評価し、寄り添い、労ってくれるバエルさんの存在には本当に励まされた。

 この頃から、この人に対する執着が強まっていった気がする。
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