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(読まなくていい)
前日譚2 回想(10/4)
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挙式を終えて、僕らは馬車に乗り込んだ。
披露宴だって予定されていない。屋敷に戻るためだ。
めでたい日だと言うのに、馬車の中から見る外の風景は寂しいものだ。空は今にも雨が降り出しそうな黒い空をしているし、郊外の教会に来てしまったせいで寂れた平野が広がっている。
僕たちを祝う者はどこにもいない。しかし、張りぼての僕たちにはお似合いにも思えてしまう。
そう、考えてしまうこと自体が空しい。
旦那様は馬車の中でも静かだった。
彼だってきっとこの結婚を喜ばしく思っていないはずだ。婚約が決まってからというもの、彼は意図的に僕の存在を消していた。
親族との顔合わせだって僕には不要だと省かれ、義両親にも形式的なご挨拶以外させてもらえない。
彼に作られた壁を壊すことなんて僕にできるわけもなく──、この沈黙を破る術だって持っていない。
嗚呼。彼といると僕は無価値な人間であると実感する。その重圧が僕の心を静かに蝕む。
僕はそれから目を逸らすように、旦那様との出会いを反芻し始めた。
「結婚が決まったぞ」
そう父から告げられ、僕には驚きは無かった。
男爵家の三男。恋愛結婚なぞ望めるはずもなく、学もなければ武術の才もない僕は、父の決定に逆らう権利などあるわけもない。ただ実家の商いの手伝いをする暇もなく決まった結婚に、相当にいい条件であったのだろうと父の表情を見て察した。
──そして相手を知って僕は驚愕した。
「なんで、こんな方が……」
「いいか、粗相だけはするなよ。明日、顔合わせが決まった。馬車は公爵家で手配するそうだ。失礼の無いように、気を付けるんだぞ」
「そんな、間違いに決まってますよお父様……」
書面に記された名前は、この国の人間であれば平民でも知っている恐れ多い公爵家。その権力は皇室に並ぶとも噂され、新たな党首は僕と年もそう変わらないのに、歴代最年少で騎士団長を務めた実績のある男だ。
政治に明るくない僕だって知っている。
喜びより先に恐ろしさが足元から迫りくる。
「そんな……」
失礼が無いように──、だなんて、格式高い夜会に呼ばれる爵位でも無い僕のどんな挙動が相手に不快感を与えるかすらわからない。そもそも後継者として育てられた訳ではない僕が、彼の周囲の人間が身につけるマナーを習得できているかも怪しい。とんでもない失敗をして、覚えられでもしてしまえば──。
そう思うと直ぐにお腹が痛くなる。最悪だ。
寝たら無かったことにならないか、なんて思ったが現実は非情だ。
僕は父の言ったとおりに翌日には公爵家の豪華な馬車に乗り、僕の実家の屋敷が何個あっても足りないだろう豪邸に足を踏み入れた。
「ようこそ」
とても歓迎している雰囲気ではない男が、僕をわざわざ出迎えた。
それに驚き踊った心は、彼の無機質な瞳を見て直ぐに凍えてゆく。
彼が僕を歓迎していないことは、その瞳をみれば言葉にせずともわかってしまったから。
その男こそ、僕の旦那者となる公爵様であった。
彼は僕を応接間に招き入れると使用人を追い出し、この結婚に何を望むのか、明け透けに僕に教育したのだ。
それからは彼の婚約者として、これまで行ったこともない高位貴族の集まりにパートナーとして出向くようになった。
そのときは彼が馬車を僕の屋敷までつけて、迎えにきてくれる。とは言ってもその行為に甘さなど一切無い。
顔合わせでは彼の隣でおとなしく微笑むだけだった。
彼は僕が知人らと会話することすら嫌い、彼らへの挨拶すら口を出すのを許されず、彼が僕の分まで挨拶をするのを微笑んで肯定することしか許されなかった。
僕たちは婚約関係とはいえ、必要以上に人に会うことはなかった。
その代わりか、一通りの挨拶を終えると休憩室に連れ込まれ、彼からの教育を受けるようになった。
初めてのことも沢山された。僕は恥ずかしくて惨めで堪らなかったけれど、彼の怒りを買うことが恐ろしくて、逆らうことなどできなかったから。
彼に穢されてゆく僕とは全く違い、彼はどこまでも美しく高潔で、別の世界の人間のようだった。ずるい──と思うことすら惨めなほど、僕と彼は生きる世界が違っていたのだ。
そう思う頃には、僕は後戻りできないほど彼の魅力を知ってしまっていた。
──だから、これでいいのだ。
いつの間にか空からは大きな雨粒が降っていた。ふと旦那様に目線を走らせると、いつからこちらを見ていたのだろう。目が合った。
「……」
僕はそれに少し驚いてから、気まずさから逃げるようににこりとほほ笑んだ。
披露宴だって予定されていない。屋敷に戻るためだ。
めでたい日だと言うのに、馬車の中から見る外の風景は寂しいものだ。空は今にも雨が降り出しそうな黒い空をしているし、郊外の教会に来てしまったせいで寂れた平野が広がっている。
僕たちを祝う者はどこにもいない。しかし、張りぼての僕たちにはお似合いにも思えてしまう。
そう、考えてしまうこと自体が空しい。
旦那様は馬車の中でも静かだった。
彼だってきっとこの結婚を喜ばしく思っていないはずだ。婚約が決まってからというもの、彼は意図的に僕の存在を消していた。
親族との顔合わせだって僕には不要だと省かれ、義両親にも形式的なご挨拶以外させてもらえない。
彼に作られた壁を壊すことなんて僕にできるわけもなく──、この沈黙を破る術だって持っていない。
嗚呼。彼といると僕は無価値な人間であると実感する。その重圧が僕の心を静かに蝕む。
僕はそれから目を逸らすように、旦那様との出会いを反芻し始めた。
「結婚が決まったぞ」
そう父から告げられ、僕には驚きは無かった。
男爵家の三男。恋愛結婚なぞ望めるはずもなく、学もなければ武術の才もない僕は、父の決定に逆らう権利などあるわけもない。ただ実家の商いの手伝いをする暇もなく決まった結婚に、相当にいい条件であったのだろうと父の表情を見て察した。
──そして相手を知って僕は驚愕した。
「なんで、こんな方が……」
「いいか、粗相だけはするなよ。明日、顔合わせが決まった。馬車は公爵家で手配するそうだ。失礼の無いように、気を付けるんだぞ」
「そんな、間違いに決まってますよお父様……」
書面に記された名前は、この国の人間であれば平民でも知っている恐れ多い公爵家。その権力は皇室に並ぶとも噂され、新たな党首は僕と年もそう変わらないのに、歴代最年少で騎士団長を務めた実績のある男だ。
政治に明るくない僕だって知っている。
喜びより先に恐ろしさが足元から迫りくる。
「そんな……」
失礼が無いように──、だなんて、格式高い夜会に呼ばれる爵位でも無い僕のどんな挙動が相手に不快感を与えるかすらわからない。そもそも後継者として育てられた訳ではない僕が、彼の周囲の人間が身につけるマナーを習得できているかも怪しい。とんでもない失敗をして、覚えられでもしてしまえば──。
そう思うと直ぐにお腹が痛くなる。最悪だ。
寝たら無かったことにならないか、なんて思ったが現実は非情だ。
僕は父の言ったとおりに翌日には公爵家の豪華な馬車に乗り、僕の実家の屋敷が何個あっても足りないだろう豪邸に足を踏み入れた。
「ようこそ」
とても歓迎している雰囲気ではない男が、僕をわざわざ出迎えた。
それに驚き踊った心は、彼の無機質な瞳を見て直ぐに凍えてゆく。
彼が僕を歓迎していないことは、その瞳をみれば言葉にせずともわかってしまったから。
その男こそ、僕の旦那者となる公爵様であった。
彼は僕を応接間に招き入れると使用人を追い出し、この結婚に何を望むのか、明け透けに僕に教育したのだ。
それからは彼の婚約者として、これまで行ったこともない高位貴族の集まりにパートナーとして出向くようになった。
そのときは彼が馬車を僕の屋敷までつけて、迎えにきてくれる。とは言ってもその行為に甘さなど一切無い。
顔合わせでは彼の隣でおとなしく微笑むだけだった。
彼は僕が知人らと会話することすら嫌い、彼らへの挨拶すら口を出すのを許されず、彼が僕の分まで挨拶をするのを微笑んで肯定することしか許されなかった。
僕たちは婚約関係とはいえ、必要以上に人に会うことはなかった。
その代わりか、一通りの挨拶を終えると休憩室に連れ込まれ、彼からの教育を受けるようになった。
初めてのことも沢山された。僕は恥ずかしくて惨めで堪らなかったけれど、彼の怒りを買うことが恐ろしくて、逆らうことなどできなかったから。
彼に穢されてゆく僕とは全く違い、彼はどこまでも美しく高潔で、別の世界の人間のようだった。ずるい──と思うことすら惨めなほど、僕と彼は生きる世界が違っていたのだ。
そう思う頃には、僕は後戻りできないほど彼の魅力を知ってしまっていた。
──だから、これでいいのだ。
いつの間にか空からは大きな雨粒が降っていた。ふと旦那様に目線を走らせると、いつからこちらを見ていたのだろう。目が合った。
「……」
僕はそれに少し驚いてから、気まずさから逃げるようににこりとほほ笑んだ。
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