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1巻
1-3
しおりを挟むいっぱいの問い合わせに、私一人でがんばって対応しましたとも。ウリちゃん? 問い合わせに対して、笑顔で脅しをかけるのでメモ係です。
この世界の通信は伝書鳥という鳥に支えられている。たいてい一家に一羽伝書鳥がいて、伝えたいことを話すと相手のところに飛んでいって、物真似で伝えてくれる。メッセージを受け取ったら返事を覚えさせて、飛ばし返すシステムだ。なかなか便利でスピードも速い。相手の声が聞けるところは電話にも似ているが、リアルタイムでのやりとりはできないし、鳥が疲れるのであまり回数の多いやりとりも難しい。ちなみに伝書鳥がいない家庭は、町角に公衆電話よろしく貸し屋さんがあるので、そちらでお借りするんだそうだ。そんなわけで、町のあちこちをツバメに似た伝書鳥が飛び交っているのだという。青い鳥は国内、赤い鳥は国外への長距離通信用なんだって。
さて、園児はゆくゆく増やすつもりだけど、最初は十人ほどを引き受けることにした。上流階級のお子様はお断りして、一般市民を優先的に。
幼稚園というには人数的に規模が小さすぎるのだけれど、最初から多く引き受けてしまうと、私一人では目が届かないと思うから。園児を募集するだけじゃなく、スタッフも育てなければいけないなあ。これも大きな課題だね。
そして、送迎バスであるルウラで園児がやってきましたっ!
魔王様が全国民に向けた詔を出されてから一週間、私が魔界に来て一ヶ月目。この日が魔界王立幼稚園の実質的な開園日となった。
初日はいろいろな説明があるので、保護者さんもご一緒に来ていただきました。
しかしこの国の住人は、本当にバリエーション豊かなのだね。
角のある人や、明らかに人間とは違うお顔の人、尻尾や鋭い爪が見える人も。ああ、ものすごく大きな人達もいるねぇ。頭に花が咲いている女性も見えるよ。
でも、子どもはやっぱりみんなかわいい!
幼稚園に入った瞬間から、子ども達は目をキラキラさせて遊具や壁のお花を見てる。
ユーリちゃんははじめましての人がいっぱいで少々恥ずかしいのか、魔王様の足にしがみついたまま離れない。緊張しちゃうよね。普通に保護者席にまじっている魔王様も、どうかと思うけど……
では第一声、ご挨拶からはじめましょう!
「皆さん、おはようございま~す!」
しーん。
誰もご挨拶してくれませんね。
「あれぇ? 元気がないなあ。じゃあもう一回ね。おはようございまぁす!」
「おはようございます」
唯一聞こえたのは、魔王様の声だった。
他のお父さんお母さんはともかく、子ども達が固まったまんまです。
不思議に思って、子ども達一人一人の顔を見てみる。
「まおーたまいりゅ?」
「おしろ……こわい?」
「しーっ」
……わかりましたよ。保護者が怖がってるんだ。それにつられて、子ども達もビビッてるんだね。親の気持ちは子どもにストレートに伝わるから。
「魔王様、こちらに」
親御さん達にリラックスしていただくため、魔王様には開園のご挨拶の後、早々にご退場願おう。
「幼稚園開園にあたり、園長からのお言葉を」
「……何を話せばよいのか、わからん」
あれ? 何だか魔王様が緊張なさっているように見える。いやぁ、それはないだろうなぁ。魔王らしからぬ腰の低さと飾り気のない言動をなさる方だけど、いつもそれなりに堂々としておいでで、冷静なのに。王座から臣下に命令することには慣れていても、対等の立場で話すことが少ないからなのだろうか。
「思っていることを、普通におっしゃればいいのですよ」
すると、こほんと咳払いをして、魔王様が一歩踏み出された。長い足にコアラみたいにしがみついたユーリちゃんをぶら下げたまま。
びくっと保護者と子ども達が身を竦める。
「今日のよき日に、こうして皆に会えたこと、嬉しく思う」
うーん、硬いよ……まあいいか。
「子どもはこの国の宝。慈しみ、愛情を注いで健やかに育てたい。そして、たくさんの仲間と触れ合い、他者の気持ちのわかる子になってもらいたいと思っている。ここにおいでのココナさんに幼児期の触れ合いの大切さを聞き、こうしてそのための場を設けた。ここは身分も何も関係なく、子ども達が楽しく過ごせる場であってほしい」
しーん。
「私も幼い子どもを持つ親だ……我が子には、元気に日々を過ごしてほしいと願っている。それは皆、同じではないだろうか」
しーん。
あまりにも反応がないのでドキドキする。魔王様はしばらく黙った後、少し俯いて足にぶら下がってるユーリちゃんに目をやってから、小さくつけ足された。
「その……ウチの子と仲よくしてほしい」
しばらくして、黙りこくっていた親御さん達の間から、拍手が聞こえはじめた。それは次第に大きくなり、最後は全員が割れるような拍手を魔王様に送った。子ども達も、ぱちぱちと嬉しそうに手を叩いている……多分親御さん達につられて。
「とても素晴らしい挨拶でした、魔王様」
「……もうよいかな?」
あ、何だか赤くなってますか?
いつもの無表情が、少し不自然に見えるよ。照れておられる?
こう言っちゃ失礼だが……魔王様が何だかかわいい。意外と、照れ屋さんなのかもしれません。
「では、保護者の皆さんは別室でお茶でも。そして、子ども達だけで遊びましょう」
さあ、ここからが勝負よ!
まずは親離れ、子離れの練習。人間の世界でも見たけど、最初はみんな泣いちゃうのよね。
お母さんが手を離すと、案の定、一人の犬耳の女の子が泣きはじめた。
「やだー! いっちょいるのぅ!」
「大丈夫よ。お母さん、ちゃんと待っててくれるからね? 先生とお友達と一緒に、楽しいこといっぱいして遊ぼうね」
美人のお母さんから、犬耳の子を抱っこで受け取る。こういう子は少し強引に離しちゃうほうがいいかも。泣くくらいが普通なのだから。ガシガシと私の腕を噛んでいる牙が、ちょっと痛いけど……
「ばいば~い」
一方で、笑顔で親を見送る子もいる。ただ、こういう聞き分けのよさそうな子のほうが、後でぐずりだすと大変だったりすると幼稚園の先輩先生に聞いたことがある。
子ども達からは見えないが、隣のお部屋は子ども達の様子が見えるようになっている。親御さんにはそちらに移動していただき、今日一日、幼稚園がどういうところなのかを見てもらう予定。お相手は、数少ない城勤めの女性スタッフにお願いした。かなり高齢の看護師をしている上級淫魔さん。若いときはさぞお美しかったんだろうなと思うほど、今でも色っぽい。子どもを育て上げた先輩ママでもあるので、育児相談にも乗ってくれそうだ。
ウリちゃん? うん、手伝いに立候補してくれたけど、無駄に恐怖心を煽りそうだから今日は書類係です。
魔王様も執務に戻られたことだし、子ども達も親から離れた。
「はーい、みんなこっちおいで」
オルガンの前に立って子ども達を呼ぶと、ぐずりながらも集まってくる。
かわいいなぁ。四月の入園式直後の様子を思い出す。
「じゃあねぇ、もう一回ご挨拶しようか? おはようございまーす!」
「おあよーざいましゅ!!」
ユーリちゃんが大きな声で言ってくれた。
つられて周りの子ども達も、小さな声だが「おあよー」と口を開く。
よしよし、ユーリちゃん、さすがは王子様。早くもリーダーシップを発揮してるね。魔王様もきっと、鼻が高いと思うよ。
「私はココナです。ココナ先生って呼べるかな?」
最初は固まってた子ども達の中から、ぽつりぽつりと声が上がった。
「せんせー」
「ココナちぇんちぇ!」
じーん。わあ、何かものすごく感動しますっ!
先生って言ってくれた! この感動は幼稚園にお勤めした最初の日と同じだ。もう一度、こんな日が来るなんて。
「じゃあお歌に合わせて体操しよう! それからお砂場やすべり台で遊ぼうね」
オルガンを弾きはじめると、子ども達が笑顔になってきた。
肌が水色で角の生えた男の子。
犬耳に尻尾のある女の子。
皮膚が鱗で背中に小さな羽根のある男の子。
私よりも背の高い巨人族の子。
全身毛むくじゃらの子。
顔や手以外は蔦の植物の男の子。
一見普通の人間の子どもに見えるけど、よく見ると瞳の色がくるくる変わる子。
個性はいろいろだけど、みんなかわいい子ども達。
ユーリちゃんが体操するのをお手本にして、それぞれぎこちなく動きはじめる。
気がつくと手を繋いでいる子もいるね。
これから毎日、いっぱい遊ぼうね!
第二章 お絵かきしてみよう!
親御さんと離れるのが寂しくて最初は泣いてた子も、三日ほど経つと落ち着いてきました。
幼稚園の最終目標は、子どもが自立して協調性を身につけること。当面は、楽しく遊びながら早く環境に慣れてほしい。お友達と一緒に遊ぶのが楽しい、幼稚園に来るのが楽しいと思ってもらえるようにすることが、第一だと思う。
私も新米先生、子ども達も新米園児。日々手探りだけど、どっちも少しずつ慣れてきた。ユーリちゃんもお友達と遊べるのが嬉しくて、すごくいい笑顔を見せるようになってきました。
子ども達、本当に本当にかわいいんです!
今はオルガンに合わせて、覚えたばかりの『チューリップ』をご機嫌で唄っている。
子どもはお歌が大好き。でも困ったことが一つ。
「りっ君、本当に上手だねぇ」
「えへへ」
「でも、もうちょっと小さい声で唄おうか?」
虹みたいに瞳の色が変わること以外、一見普通の人間にも見えるりっ君ことリルフィ君。彼は夢魔の子ども。とてもいい声で唄うのだけど、その美声を聞いた人は眠くなってしまう。
りっ君以外の子ども達は、途中で爆睡です。私も正直ダウン寸前。瞼が重いよ……でも大好きな歌を禁止するのは、可哀想だしねぇ。
「じゃあ、声が出ないようにすればよいではないですか。こう、きゅっと」
ウリちゃん、手伝いにきてくれるのは嬉しいけど、喉元で手をすべらせる動作はやめなさい。
「どうして、そう恐ろしいことしか言えないのよ? 見た目は優しそうなのに」
「堕天使ですから」
左様でございますか。もうその一言で済むのがすごいよ。
「仕方ないですねぇ。では、こんなものはいかが?」
そう言って取り出したのは、とっても綺麗な色とりどりの宝石みたいなもの。シールっぽいね。それを寝ちゃっている園児達の名札にぺたぺたと一個ずつ貼りつける。何だかかわいい。
「他者の魔力を跳ね返す、簡易的な結界です。名札をつけているときだけ有効ですよ」
「そんないいものがあるのなら、もっと早く出してほしかったよ」
私の言葉に、ウリちゃんはにっこり笑う。誤魔化さないでほしい。
「私の分は?」
「必要ないでしょう。魔王様と同じ黒髪に黒い目をお持ちのココナさんには」
どういう意味だよ。私、魔族でもないし、元普通の人間だよ?
説明してほしかったけど、みんなも起きたことだし、まあいいや。これでりっ君も思いきり唄えるね。
「次は、お絵かきしてみようか?」
「わーい!!」
子ども達はお絵かきも大好きです。
「じゃあ、大好きな人を描いてみよう!」
小さな椅子と机を並べて紙を配ると、早くもみんなクレヨンを握ってスタンバイ。
「あー、よっ君はここで先生達と描こうね」
よっ君こと巨人族のヨルベン君は大きいので、幼児用の机と椅子では窮屈。見上げるほどの背は二メートル以上ありそうだし、体重も相当あるだろう。一見するとデカイおっさんなのだが、仕草やくりくりお目めがかわいい、シャイな三歳児。
ウリちゃんもよっ君の隣に座り、なぜか一緒にお絵かきする気みたいだ。机に巨人のよっ君と並んでいるのを見ると、ここが幼稚園だと忘れそう。高校か大学の試験? それとも会社で仕事中?
「よっ君は何を描くのですか?」
「おか……しゃん」
おお、両親と私以外とは話さなかったよっ君が、ウリちゃんに返事をした!
内気で、外遊びよりも家の中で遊ぶのが好きだというよっ君は、夢中でお絵かきをはじめた。横では真剣な顔をしてウリちゃんも何か描いてる。例の募集チラシの件もあるので、見るのは怖い気がする……
私は、必死にクレヨンを動かしている他の子達の様子も見て回る。
「みぃちゃん、かわいく描けてるね。これはだあれ?」
尻尾を嬉しそうにぱたぱたさせる狼族のミレナちゃん、通称みぃちゃんは、かわいくて女の子らしい絵を上手に描いている。ピンクのドレスを着たお姫様かな?
「おとーしゃま!」
……そ、そうなの。そういえば、お母さんが魔物退治の戦士で、お父さんが主夫だと言ってたわね。初日に来てた綺麗な人、お母さんだと思ってたらお父さんだったものね。
みぃちゃんの隣では、緑の鱗が素敵なあきちゃんこと竜人族のアキルイア君が、いっぱい線を引いている。絵なのかどうか怪しいが、様々な色を使っていてセンスがいい。
「あきちゃん、これはだあれ?」
「ママがごーって飛んでるところだよ!」
「速いんだねぇ、ママ」
あきちゃんは、さすがもうすぐ五歳。言葉もはっきりしてて、動きを表現した絵も描けるんだねぇ……と感心していると、大きな声が聞こえた。
「やーのっ! これユーリのっ!」
「まー君使ってたのぉ!」
クレヨンの取り合いがはじまってしまった。その渦中には、ユーリちゃんとスケルトンのまー君。まだ貸し借りや順番が理解できない子には、よくある光景だ。
「順番に仲よく使おうね」
仲介に入ってみると、ユーリちゃんは不満げな顔をした。
「やーっ!」
出ました、王子のワガママ。むう、後ろから刺すような視線を感じるのは、ウリちゃんですかね? 王子を叱るなと言いたいんだね? でもどう見たって、先にまー君が使ってたのをユーリちゃんが取ったみたいだし。先生はみんなに公平でなくてはならない。
「じゃあねぇ、ユーリちゃんはまー君がこの色を使い終わるまで待とうね。まー君、終わったらユーリちゃんに貸してあげられるよね?」
「うん」
まー君は納得してくれたが、ユーリちゃんは納得していない様子。まー君の手ごとクレヨンをぐいっと強引に引っ張ったものだから、まー君の両腕が取れた。
「あっ!」
びっくりしてクレヨンから手を離したユーリちゃん。驚くわね、そりゃ。
「まー君がっ、まー君がぁ!」
「だいじょーぶ。せんせー、くっつけてぇ」
「う、うん……」
お城にもスケルトンさんはたくさんお勤めしているので見慣れたが、骨だけでどうやって生きているのかは謎である。そして子どもがいるということは、普通に繁殖できるってことで……不思議。まー君は子どもの骨格だから、小さくてかわいい。ちゃんと髪もあってスモックも着てるし。
まー君の腕を慌ててくっつけたけど……何かヘン。
「あれ~? 動きにくいよ?」
「ゴメン。逆さだったわ」
お遊戯でまー君が全身バラバラになりませんように。
「ユーリちゃん、まー君にごめんなさいは?」
「ゴメン……しゃい」
よくできました! こういうときは、いっぱいほめなきゃね!
ハグすると二人ともニコニコになりました。
「順番こだよ。わかったよね?」
「あーい!」
仲直りして、またお絵かきをはじめたのを見届けて次の子のところに行こうとすると、ドアの陰に誰かがいた。慌てて隠れたけど、ちらっと黒い髪が見えたよ。
魔王様、こっそり見てたんだね。微妙に鼻をすする音が聞こえる気がする。ふふふ、やっぱり心配なんですね、我が子が。
魔王様には気がつかなかったふりをして、教室を回る。他の子達も、一生懸命お絵かきしてる。
「かけ……た」
よっ君も描けたみたいだね。
おおお! 何だこのハイレベルな絵は! 三歳児の作品とは思えない。ちゃんと人間の体形になっているよ! 子どもの絵の大半は、顔が上に寄ってたり、肩や首がなかったりする。これはいつも大人を見上げてるためだと言われているが、この子は背が大きいから見え方が違うのかもしれない。それにしても手の指の一本一本、睫や眉まで描いてある。小学生の作品と言っても通じそうだ。
「すごいね、上手だね、よっ君」
ナデナデ。あ、はにかんだように笑った。
「ココナさん、わたくしの絵はどうでしょう?」
ウリちゃんが嬉しそうに差し出してくるが……園児と張り合うなよ。百二十歳のくせに。あんまり見たくないんだけどなぁ。どうせ腹黒さが滲み出てるか、おどろおどろしい写実的すぎる絵か。
恐る恐る見ると……あれ? 意外にメルヘン。
少女漫画のようにかわいらしくまとまっているではないか。髪の長い女の人だね。
「誰、これ?」
「ココナさんです」
……私、こんなに美人じゃないと思うんだけど? 髪の色は確かに黒で塗ってあるけど。しかも周りに花が描いてある。
「わー、ウリたんせんせーじょうずっ!」
「ココナせんせーそっくりぃ!」
子ども達が集まってきて、喜んで見ている。そっか、ウリちゃんも子どもからしたら先生なのか。そしてこの絵は似てるのか。
そういえば最近、鏡をまともに見てない気がする。体を再生された後、なぜか髪も伸びたんだよね。起きるとすぐに一つに縛っちゃうから、気にしてなかったけど。
子ども達にほめられて、ウリちゃんは得意気だ。そうやって子ども達を愛おしそうに見ている顔は、とても優しくて本当に天使様みたいね。一クラス増やせる日は、遠くないかもしれない。
「じゃあ、描けた絵を壁に貼ろう!」
「あーい!」
みんなの絵を壁に貼ると、お部屋が華やかになった気がする。
お母さんを描いた子、お父さんを描いた子。家族全員や憧れのお話に出てくる有名な強い戦士を描いた子もいる。
魔王様、ユーリちゃんはお父さんを描きましたよ。
そしてウリちゃんの絵も一緒に貼っておく。
……んと、私、何を描けって言ったっけ?
『大好きな人を描いてみよう』
そう言った気がする。
……ん? あれ?
◇ ◆ ◇
「食事も出してやってはどうだろうか?」
そんな魔王様の一言で、幼稚園開始から二週間目にお給食をはじめることになりました。
それまではお弁当持参にしていたのだが、最下層の庶民の子の中には持ってこられない子もいる。
「昨日はね、獲物がいなかったんだってぇ」
たくましいというか……子どもはけろりとしている。
親の職業によっては二、三食ありつけないこともざらだそうで。
日本では、裕福でなくとも毎日それなりに食事ができ、お店に行けばものが豊富にあった。その生活を普通と思っていた自分が、どれだけ恵まれていたのかを思い知らされる。
強くなければ生きていけない弱肉強食の魔界。これを自然なことだと受け入れられる私は、もうすっかりここの住人になってきているのかもしれない。
魔王様は子どもが食事もできないのはかなりショックだったらしく、せめて昼だけでも必ず食事を、と乗り出されたのだ。私としても、躾の一環として給食制度は歓迎する。
「一部の貴族階級が贅を尽くした暮らしをする一方、領地の民を蔑ろにしている現状は見直すべきでしょう。こうして子ども達を通じて庶民の生活を知ることができて、よかったと思いますよ」
おおう、ウリちゃんが真面目に魔王様に進言している。
魔王様から任されたそれぞれの領地を守り、かつては民の信頼が厚かったという貴族階級。しかし最近では、私腹を肥やすのに一生懸命で、汗水をたらして働いてる一般庶民のことなどおかまいなしという貴族もいるそうで。人間界でも似たような話を聞いたことある気がするよね。魔界でも、庶民は働けど働けど……という感じなんだろうか。そのわりに子ども達の親御さんは、あまり切羽詰まった感じはないように思うけれど。
……とか言いつつ、この食卓も贅の極みな気がするよ?
ただいま、私達は夜のお食事中。いつもは畏れ多くて城の従者の人達と食事をしている私だけど、今日は魔王様に誘われてご一緒に。ウリちゃんもよく呼ばれるんだって。普通にご飯を食べるんだね、堕天使って。
大変豪華なディナーは、やっぱり色が変だし、材料が何なのかは訊かないことにする。
とりあえずこの青いスープと、紫色のテリーヌみたいなのはおいしいな。
魔王様と宰相様の小難しいやりとりの横で、ユーリちゃんと静かに食事をしていると……
「うにゅう……」
突然、ユーリちゃんが舟をこぎだした。
ぷぷぷ。私、これ大好き。子どもがものすごくかわいいと思える瞬間の一つだ。
お口が止まってふわぁと頭が揺れて、ときどき思い出したみたいにお口をもぐもぐするの。目はもうほとんど閉じてる。で、またふわわ~。だんだんとこの間隔が短くなって、最後にはごちんってテーブルに頭をぶつけたり、上を向いたりしたまま寝ちゃうのよね。大人ではありえないんだけど、子どもって何かをしながらでも眠っちゃうのが面白い。危うくスープにダイブしそうだったので、慌てて頭を支えると、ユーリちゃんはそのままくーくーと寝息をたてはじめた。
「ユーリちゃん、いっぱい遊んで疲れたのね」
歯磨きしないといけないなとも思うけど、このまま寝かせてあげたいね。
「ベッドにお運びしましょうか? 人を呼びますか?」
「いやいい。私が連れていこう。二人は食事を続けなさい」
尋ねると、魔王様がさっと席を立って、ひょいとユーリちゃんを抱き上げた。
いいパパだね、本当。
昔楽しんだ小説やアニメに出てきた魔王は、すごい悪者で怖いイメージだった。子ども用の絵本でもそうだ。でもこの魔王様は何というか……彼らとは全然違う。
漆黒の長い髪と瞳。でも見慣れた東洋的な雰囲気ではなくて、彫りの深い顔立ちと蝋のように白い肌が西洋人っぽい。背は百九十センチはありそうで、すっごく足が長い。細身なのにひょろっとした感じじゃなくて、服の上からでもがっちり筋肉質なのがわかる。何もかもが完璧な見た目。
冷たい印象を受ける美貌は、そんなに表情が豊かではない。なのに不思議と怖くない。何でだろう。理想のお父さんってカンジ。
「魔王様、ホント素敵なお父さん……」
ユーリちゃんを抱きしめる後ろ姿を思わず見つめていたら、刺すような視線を感じた。ウリちゃんが食事の手を止めて、私をじっと見てる。
「何?」
「いえ、何でも」
ぷいっと目を逸らして、ウリちゃんは緑色のプリンみたいなデザートを食べはじめた。
少し怒っているようにも見える。何でかな? わかりにくい男だな、宰相閣下。
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