魔界王立幼稚園ひまわり組

まりの

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1巻

1-2

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「質素な部屋ですが、バスルームもついておりますので」

 そう言われると、何も言えなかった。そうか……お城だもんな。これで質素なんだ。

「お疲れでしょうから湯を用意させてあります。着替えはクローゼットからお好きなものをお使いくださいね」

 お風呂かぁ。確かに広いお城を歩き回って疲れたから、嬉しいな。
 いや、待て。そういえば水は赤いんだったよね。想像するだけで何やら恐ろしいのですが。

「何なら一緒に入って、洗ってさしあげましょうか?」

 ……ときどき笑顔で不穏なことを言うなあ、ウリちゃん。もちろん冗談だよね。

「いえ。一人で入れますので。ご案内ありがとうございました」

 というわけでウリちゃんには退出願い、お風呂をいただくことにしました。
 大きめのバスタブに湯気ゆげ石鹸せっけんやタオルなんかは、わりと見慣れた普通のものだった。

「うわぁ……」

 血の池地獄……? 真っ赤なお湯が張られているが、これに入って大丈夫なんだろうか。ものすっごい抵抗がある。でも別に鉄臭いわけではなかったので、濃い色の入浴剤が入っていると考えることにした。
 シャワーから出るお湯も赤い。後で知ったのだが、もちろん洗濯するのにも赤い水を使うらしい。でも不思議と染みにはならない。無味無臭だし、料理やお茶に使用すると透明になるのが不思議。
 温かいお湯にかってほうっと息を吐く。落ち着くと同時に、ものすごく不安になってきた。

「……やっていけるのかな、私……」

 日本の両親や友人達の顔が、頭をぐるぐると駆けめぐった。悲しい思いをさせてしまったことが申し訳なくて、恋しくてさびしくて泣きそうになった。けど、最後に鮮明に浮かんだのは、魔王様の息子のユーリちゃんの笑顔。
 子ども……そうだ、子どもを見習えばいいんだ。
 赤ちゃんは見るものも聞くものも初めてばかり。いろんなことに驚きながら受け止めて学習し、そういうものなのだと一つ一つ覚えていく。私も今は赤ちゃんと同じだ。
 きっと、なんとかなる。魔界でもいろんなことを身につけて、がんばっていこう。
 そう決意したことで、余分な緊張が抜けたんだと思う。しばらくは飛び上がることも多かったけど、十日も経つとだんだん快適になってきた。
 魔族には食べ物を調理する文化があり、生でバリボリけものを食べるような野蛮やばんなことはしない。出される料理は不思議な色をしていて、材料が何なのか知りたくはないものの、味は悪くないのですぐに慣れた。元々好き嫌いはしないし、白いお米がなくても平気だったから。タコでもナマコでも食べる日本人だしね。
 時間の流れ方は人間界と変わらないようで、朝も夜も来る。魔族というと夜にしか活動しないイメージがあったけど、人間と同じで、普通に夜は寝てお昼に働く。
 見た目や色、大きさが違っても、食べ物など名称は同じものが多く、これだけでも随分ずいぶんと助かった。
 携帯電話もテレビもない、そんな生活。決意したと言っても不安で泣きそうな日はあって、本当にやっていけるのか自信がなかった。けれど、何とかなったのはみんなが親切にしてくれるおかげ。
 何より、ここでも子どものお世話ができるから。
 魔王様の一人息子のかわいいユーリちゃんと一緒にいられるのだから、私はがんばる!
 それに、何だかんだで夢を諦めなくて済むんだもの。その機会をくれた魔王様に感謝しなきゃ。
 とはいえ、ユーリちゃんの教育係はなかなか難しいのが現実でして。

「幼稚園の設置を求めます!」

 私がそうお願いしたのは、魔界に来て二週間ほど経った日のことだった。


 ユーリちゃんはとってもかわいい。
 黒髪に黒い目という、私にとって見慣れた色彩。色白でぷくぷくした手に、目が大きくて、お人形みたいな容姿。いつもニコニコ笑顔で、声も仕草も、何もかもが子どもらしい。出会ったころは王子様仕様のきらびやかなスーツっぽい服を着ていたが、動きづらそうだし子どもは汚すものだからと私が言って、今は半ズボンにシャツという軽装である。
 うん、見た目はかわいい。いや、性格も悪くはないんだけどね。
 好奇心が旺盛おうせいで、お絵かきしたり本を読んだり積み木をしたりと、一緒に遊んでいるうちはいい……。ただ、なかなかのものなのだ、このオチビ。
 ユーリちゃんは何かと甘やかされて育ってきた王子様。周りにいるのはすべて大人で、駄々だだをこねようと、好き嫌いしようと誰も叱らない。
 だから、手加減を知らない。今日も「やーのっ!」と癇癪かんしゃくを起こして従者の腕がもげた。
 ……ホラーだよ。魔族は病気や老衰ろうすいは別として、核のように一番重要な部分や頭を砕かれない限り、そうそうのけがでは死なないそうだ。魔法でちょいちょいと治っちゃうんだって。
 小さいながらも、女相手にはひどいことをしてはいけないという意識はあるようで、私は今のところ無事だ。ちなみに、この城には女性がほとんどいない。
 ユーリちゃんのお母さんは体が弱かったらしく、ユーリちゃんを産んですぐに亡くなったみたい。魔王様は後妻を迎える気もなさそうだから、兄弟は望めないよね。
 そこで思いきって、魔王様に幼稚園の設置を進言してみた。

「ユーリちゃんにも同じ年頃の子どもと接する機会があったほうが、よいと思うのです」
「うむ……。だが、まだユーリを城から出したくないし」
「ウリちゃんにお聞きしましたが、魔王様はご兄弟がいらっしゃるのでしょう? ウリちゃんも幼馴染おさななじみだそうですね。だから遊び相手を通じて、社会性や我慢というものが身についたんだと思います。このままでは、ユーリちゃんはロクな大人になれませんよ」

 幼児教育はとっても必要だと、強く主張したい! 三つ子のたましい百まで!
 ……魔族の平均寿命は四百歳くらいらしいから、もっとだけどね。種族によって違うものの、病気や事故で死なない限り短くても二百歳、長いと五百歳くらいまでは生きるそうだ。
 ちなみに二十代前半にしか見えない魔王様は、今、百二十歳だとか! 私より百歳も年上ですよ。ウリちゃんも魔王様と同い年なんだって。
 魔界に慣れてきたところで、この世界について少し詳しく学んでみた。姿形は違っても、魔族の社会生活は基本的に人間と変わらない。いくら町の外に危険な魔物がウロウロしていようと、森の木が生き物を食べようと……子どもを持つ親が働いているのは一緒。その仕事は下級魔物の皮を売る商売だったり、人間と戦う兵士だったり……ううっ、全然違うけどっ。
 何はともあれ、子どもはいっぱいいるはずだよね。

「ユーリちゃんを外に出せないのなら、お城の敷地内に幼稚園を設置しましょう!」
「幼稚園?」
「はい。幼児教育の場といいましょうか。私が人間界でお勤めしていたところです。同じ年頃の子どもを集めて、生活に必要なしつけをしたり、一緒に歌を唄ったり、遊んだりします」

 魔界のお歌がどんなお歌なのかは謎だな……

「楽しそうですね、それ」

 あ、魔王様が少し笑った~。魔王様は物腰は柔らかいのに、いつも仮面のように無表情。笑顔は珍しい。

「昼間の数時間、お友達と接する機会があれば、きっとユーリちゃんのためになります。それに、他の子ども達も楽しいのではないかと思います」
「よろしい、では設置に関してはココナさんにまかせた。ウリエノイルと相談して、使えそうな場所があれば自由に使うがいい。城の中は無駄に広くて、私も全貌を把握していない。よってまずは、幼稚園に適した場所を探してほしい」

 無事、魔王様の許可が出た。というか丸投げしましたね。自分の城なのに、中をよく知らないなんて……


 その後、ウリちゃんと相談した結果、使われていない大広間を借りることになった。小学校の運動場二個分くらいはあるので、スペースは充分だ。
 いろいろと考えて、教室部分と園庭部分を仕切って分けることに。室内だから、園庭では天候に関係なく駆け回れる。
 園庭に設置したい遊具を絵に描いて説明すると、腕が六本ある城勤めの大工さんがあっという間に作ってくれた。滑り台にぶらんこ、鉄棒、うんてい。金属と木でできていて、子どもに優しい、極力角のない丸い造りになっている。すごくいい仕事をしてくれたよ!
 この辺にお砂場も欲しいなと言うと、今度はウリちゃん自ら作ってくれた。魔法なのかな? 何かつぶやいたと思ったら、床の一部に四角いスペースが現れた。砂は宝石を粉にしたもので、透明でキラキラ光ってる。
 積み木や絵本、お人形は、魔王様が用意してくださった。それ以外にも、城に元々あったものをいただいたので充実している。子どものおもちゃは、人間界と同じようなものなのね。ぬいぐるみは、蜘蛛くもや首がいくつもある犬、ドラゴンだけど……まあいいや。

「後はオルガンかピアノが欲しいですね」

 ウリちゃんはどちらも知らないのか、首をかしげた。こういうものだと説明すると、彼はにっこりと笑った。

「ああ、そのオルガンみたいなものなら、この部屋の奥に元々あるじゃないですか」

 ……ありましたね。五百けんくらいある、パイプオルガンのようなもの。
 とてつもなく不吉な音がするのですが。音階もマイナーな感じだし……これで、どうやって「むすんでひらいて」とか弾けばいいんだろう。とても使う気にはなれなかったので、また大工さんに作ってもらいました。普通の足踏みオルガン。
 設備を整えた後、教室部分の内装をかわいくしてみた。黒板があり、小さな机と椅子が並んだ教室。小さな子どもが転んでも痛くないように、硬い大理石みたいな床の上には木の板を敷き詰めた。さらに木でおおった壁には、チューリップやちょうちょの形に切った紙を貼ってみる。この色紙、ときどき動くんだよね。まぁ、それもご愛嬌あいきょうということで。クレヨンは折れてもすぐに戻るから、意外と便利?
 ……人間界とは違う世界だと割り切って、子どもを見習おうと開き直ったのもあるけど、私ってどんだけ順応性高いんだろう。ちょっと自分でも驚き。
 そう言ったら、ボロボロだった体を復元するときに、魔族の血が入ったからだろうとウリちゃんは笑った……マジですか?

「そういうわけでココナさんの寿命も魔族並みになっておりますし、よほどのけが以外ならすぐに治りますので、ご安心ください」

 何をどう安心しろとおっしゃるのですかっ!
 ……そっか、私、もう普通の人間じゃないんだねぇ……。しみじみ。


 こうして、私の理想を絵に描いたような、立派な幼稚園ができあがった。
 モニターであるユーリちゃんの反応は上々。

「たのちいねー!」

 お砂遊びがお気に入りのようだ。遊具のおかげで遊びの幅が広がって、私も楽しい。早くここでたくさんのお友達と一緒に遊べるといいね、ユーリちゃん。
 こうして、箱物は完璧かんぺきにできたのだけど――

「さて、どうやって園児を募集しましょうか?」

 ここが悩みどころなのだよ。種族が多様な魔族の社会は、貧富の差が激しいみたい。貴族や裕福な家庭はともかく、生活の苦しい下層の者ほど子どもを預けられれば、両親共に少しでも長く働けて助かると思う。とはいえ、彼らは魔王様のところに子どもを預けるなんて、おそれ多くてなかなか難しいだろうなぁ。

「兵をはなってさらってきますか?」

 ウリエノイルさん、なんて恐ろしいことをさらっと言ってのけるのですか。基本は優しいし、にこやかな天使みたいな顔してるくせに、ときどきとんでもないよ? 腹黒? ねえ、そうなの?

「それは却下です! 自主的に通い、楽しむことが一番なんです!」

 そして、教室の完成から約一週間後。魔王様が全国民に向けてみことのりを出されることとなりました。

「王立幼稚園を設立した。三歳から六歳までの幼い子どもがいる者で、入園希望者は名乗り出るがよい。無償にて教育の場を与えよう。階級、種族は問わぬ」

 ここに、魔界王立幼稚園が設立されたのである。


     ◇ ◆ ◇


 魔王様のみことのりから三日経っても、希望者は一人も名乗り出なかった……
 そもそも、城の立地の問題を忘れていた。
 城のはるか下にある魔族の町は、お盆みたいな円形に広がっている。そのど真ん中にそびえる高い山。山というか、もはや巨大な岩が大地に垂直に突き立ってると言ったほうがよい。その高さは軽く富士山級だろう。山の頂上には、カルデラ湖のようにくぼんだ、血のように真っ赤な巨大湖。その中央に浮かぶ島に、城は建てられている。
 何でこんなところに……とくと、安全のためらしい。何百年かに一度、勇者と名乗る選ばれし人間が大群を引き連れて、魔王様を倒そうとやってくる。それに備え、容易に侵入できないようになっているのだという。
 ただ、湖には吊り橋がある。それに、標高が高いわりに空気は薄くないので、空を飛べる魔族には簡単な道筋だ。公共飛竜タクシーという交通機関もあるから、ウリちゃんいわく別段不便はないとのこと。
 とは言うものの、城への道は魔王様の結界でおおわれていて許可のない者は通れない。山にはぐるぐると螺旋らせん状の道がついてはいても、下級の魔族や国民の大半を占める獣族じゅうぞくが一日やそこらで上がってこられる距離じゃない。それじゃあ、希望者が現れないわけだよ……

「おともだち、こないのぉ?」

 私の弾くオルガンに合わせて踊ってお友達を待っていたユーリちゃんも、しょんぼりモードだ。
 本当はいっぱいの子どもの笑顔を見たいよね。
 どうしたらいいものかとしばらく考えていて、ふと頭に浮かんだものがあった。

「送迎バス……!」

 来られないのなら、お迎えにいけばよい! さっそく、ウリちゃんに相談してみた。

「お迎えですか。やはりさらいにいくのですね」

 ……なぜ嬉しそうに言うんだ、この見た目ピカピカ天使の腹黒宰相。

「そうじゃなくて、安全に送り迎えするための乗り物があればなぁと」
「大人数乗れる物ですよね?」
「そ。できればかわいい見た目がいいわね」

 私の勤めてた幼稚園にはなかったので、かわいい送迎バスは憧れだったのだ。
 ウリちゃんは考えこんだ。むう、そうしてると、本当に綺麗でうっとりする見た目なのに。しばらくして、銀髪美形は笑った。何か思いついたみたい。
 聞くのはちょっと怖い気もするんだけど。

「よいものがおりますよ。かわいくて安全で速い」
「わあ、ホント?」

『ある』でなくて『いる』と言ったのは、気のせいかな。

「一度ココナさんも試乗してみますか? 少しお待ちください、魔王様に外出の許可をいただいてまいりますね」
「嬉しいなぁ!」
「うれちー!」

 ……はっ。ユーリちゃんまで喜んでいるけど……

「ココナさんはともかく、ユーリはお留守番しなさい」

 お仕事中の魔王様に話してみると、きっぱりと言われる。その一言で、ユーリちゃんの大泣きがはじまってしまった。

「こ、これ。また空間に穴が……」

 焦ってます、魔王様もウリちゃんも。従者のスケルトンさん達や魔物はもう隠れちゃってます。うん、怖い。大泣き幼児は普通の人間の子どもだって最強だしね。

「魔王様、ユーリちゃんも一緒ではダメですか? 私が絶対お守りしますから」
「うむ、しかし……」

 魔王様は眉を少し寄せてうれい顔。こんなときだが、超カッコいい。

「よしわかった。私も一緒に行こう。それでよいか? ユーリ」
「おとうたまとおでかけ~!」

 けろりとご機嫌を直したユーリちゃん。そうだね、お父さんとお出かけって、子どもにとってはすごく嬉しいよね。でも……

「魔王様も……ですか?」
「何か不満でもあるのかな? ココナさん」

 ふ、不満はございませんがっ、緊張しますよっ! 魔王様ってものすごくえらい方でしたよね? っていうか町の人がひれ伏して、募集をかけるどころじゃない気がするんですけど。
 ……ま、まあいい。送迎バスの試乗をするだけだし。それに――

「王立ということは、園長先生は魔王様なのですよね?」
「え? そうなのか? ココナさんが園長なのでは?」
「私は現場の先生ということで」

 ものすごく意外そうな表情をしている。いやいや、園長先生は魔王様です。そう考えると、園長先生が子どもの乗り物の安全を確かめるのは、大切なことだよね。

「ではわたくしは?」
「……ウリちゃんは……副園長というより現場主任?」

 そんなやりとりをしつつ、魔王様のお仕事が終わるのを待っていると――

「ついでにこれをばらいてみてはいかがでしょう」

 ウリちゃんは抜かりなく、募集のチラシを用意していた。


『急募! 魔王様の城で王子のおもちゃになる者 来たれ!』


 どろっとした血のような文字。かわいげの欠片かけらもない茶色の紙は、何かの皮なのだろうか……まあ素材はこの際、何でもいいとして。

「文面がダメです。死にに来いと言ってるようなものですよっ! こう、楽しく一緒に学んで遊ぶ雰囲気じゃないです」
「えー、よいと思ったのですが」

 その小綺麗な頭の中がどのくらい黒いのか、一度見てみたいよ、ウリちゃん。魔族の常識ってこんなものなのだろうか?


『よいこのおともだちあつまれ! お城でのびのびあそんで たのしく学ぼうね♪』


「こんな感じでどうでしょう?」

 クレヨンでイラストを添えて、かわいく書いてみました。

「……私はココナさんが書いたもののほうがよいと思う」

 仕事をしつつ横目でこちらを見た魔王様が、ぼそっと肯定してくださった。さっきのチラシは魔族だからというわけではなく、ウリちゃんの感性の問題だということがわかった。
 私が書いたチラシは、すぐに数百枚に増やされた。コピー機を使ったのではない。カエルみたいな魔物の口に原稿を入れてしばらくすると、何枚にも増やして、泣きながらべーっと吐き出すのだ。プリンターみたいだが、終わったころに魔物はぺろんぺろんに薄っぺらくなってしまう……便利なのかどうかわからない仕組みだ。そっか、魔界の紙って植物で作るんじゃないんだ。魔物の一部?
 ついでにいうと、私がこの世界の言葉を理解できるのは、ウリちゃんの仕業であると教えてもらった。私が眠っている間に知識を吹きこんだらしい。睡眠学習とでも言いましょうか。便利なので文句は言わないが、好き勝手やってくれたものだ。
 まあいいや。
 気を取り直して、仕事を終えた魔王様と手をつないでご機嫌のユーリちゃん、私、腹黒ウリちゃんで階段を上る。

「ルウラを使うのか。なるほど、あれならば子どもにぴったりだな」

 行き先を知って、魔王様が納得したようにうなずいていらっしゃる。

「ルウラ?」
「大人数を安全に運べて、かわいいとなるとこれでしょう」

 ウリちゃんが上りきった階段の先にある大きな大きなドアを開ける。空の見える広い広いバルコニーには、もふもふの何かがいた。真っ白でフワフワの毛の生えた……

「犬の竜?」
「ルウラでございます」

 ふむ、これがルウラか……。とりあえずデカイ。そして長い。全体のフォルムはアレだよ、中華街の蛇踊りの蛇さんみたい。八本の短い足がついていて、顔は垂れ耳の犬に似た顔立ちで、確かにかわいいと言えるだろう。二本のとがったつのと、き出しの牙さえなければ。で、極めつきに、コウモリみたいな羽根がついてる。
 うろこはないから私の知ってる竜と少し違う。でも竜の仲間なのだろうと、勝手に納得しておく。

「どこに乗るんですか?」
「背中に決まってるでしょう」

 ウリちゃんに即答されてしまいました。
 ルウラは 温厚で、頭もよい生き物なのだという。自分で考えて飛ぶこともできるそうだ。試乗ということで、一番前には運転手としてつのを握ったウリちゃん、ユーリちゃんを抱えた魔王様、その後ろに私という順で乗る。ルウラの体は長いので、あと十人くらいは乗れそうだ。子どもだったら、その倍は大丈夫だろう。

「ではまいりますよ」

 腹黒ウリちゃんの素敵なお声で、ルウラはふわりと宙に浮いた。

「きゃーい!」

 ユーリちゃんの嬉しそうな声が聞こえる。

「しっかりつかまっておれよ、ユーリ」
「あい」

 魔王様の背中、たくましいなぁ。黒くてつややかな髪が風になびくのをぼんやり見ていたら、どんどんスピードが上がっていくのに気がついた。

「はやっ!」
「ルウラが本気を出したら音よりも速い」

 音よりって、マッハで飛ぶんですか、園児の送迎バス……

「ウリちゃん、徐行運転でお願いね」

 いいんだろうか、こんな生き物に幼児を乗せて。……いいんだろうな、魔王様も子どもにぴったりの乗り物だと言ってたし。でも、こええええっ!
 怖がる私に気がついて、魔王様が声をかけてくれる。

「ココナさん、私の背中に掴まっていなさい」
「は、はあ」

 おそれ多いが、失礼しますね、魔王様。
 引き締まった広い背中に手を回すと、とても安心した。温かくて、何となくドキドキしてしまう。魔王様も、人の体温は心地よかったりするのかな?
 景色はあっという間に変わり、湖を越え、山を越える。
 紫の空だが、今日はいいお天気だ。
 うごめく木々の森の上空を越えると、いつか教えてもらった通り、お城のある山をくるりと囲むように町が広がっていた。
 町の上空をゆっくり飛びながら、チラシをいていく。

「朝夕の送迎もあるので、安心して来てね~!」

 さて、園児は来るかな?


 チラシをいて城に帰ると、さっそく問い合わせの伝書鳥てがみが殺到した。

「四歳の女の子です。月を見るとけものになりますが、大丈夫でしょうか?」

 ……幼稚園に通うのは夜じゃないから、大丈夫だと思います。

「三歳の男の子です。外遊びより室内で遊ぶのが好きな、恥ずかしがりやさんの大人しい子です。でも身の丈が八ウルあり力が強いです。よいでしょうか?」

 ……一ウルが大体二十五センチだっていうから、約二メートル? た、多分問題ないと思いたいです。

「五歳になったばかりの女の子です。興奮すると火をきますが、大人しい子です」

 ……興奮させないように善処ぜんしょします。

「お歌を唄うのが大好きで元気な、もうすぐ四歳の男の子です」

 ……そういうのを待ってました!

「あの、僕は見た目は幼児ですが、実際は五十六歳です。ダメですか?」

 ……すみませんが、お断りさせていただきます。

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