都合の良いすれ違い

7ズ

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3:対価と偽り

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『ジャラ』
「金貨500枚と追加金貨67枚」
「……ふむ。確かに。それでは処置を始める。メリッサは?」
「外で待たせている……変な気を起こさないでくれよ?」
「起こすか馬鹿」

 数日後、依頼報酬金と素材報酬金をベルエムに渡しにきたスレーブ。
 妹のメリッサは、屋敷の戸を開ける兄に呼ばれて中へと入る。

「やぁ、メリッサ。元気かい?」
「ええ。お陰様で」

 黒髪を靡かせ、メリッサは吊り目をにっこりと笑みの形に変える。
 派手さ控えめなドレスを着込んでいるのを見るに、この後予定があるのが伺える。

「それは良かった。では、こちらの部屋で処置を始めようか」
「はいはい」
『ギィ……バタン』
「(……大丈夫だろうか……不安だ)」

 二人が消えていった部屋の外でウロウロと落ち着きなく歩き回っているスレーブ。
 その一方で、中ではそれなりに波乱が起きている。

『ドカッ』
「…………」

 粗雑な動作で治療ベッドに腰掛けたのはメリッサだった。
 足と腕を組んで、冷ややかに見下しているのは……

「で? 今回も何の発展もさせず、兄さんを抱いたの?」
「…………はい」

 床の上で正座させられているベルエムだった。
 スレーブの前で見せていた二人の力関係が逆転している。

「私の延命はもう必要ないのに、兄さんに危ない仕事させて……」
「か、返す言葉もございません」

 不敵な笑みを浮かべていたベルエムの口元はしょげしょげと波打って情けなく口籠もっていた。
 スレーブは、ベルエムがメリッサに頭が上がらない事を知らない。
 そして、メリッサの瀕死の重傷はとっくの昔に完治しており、延命治療などもう必要ない事も、スレーブは知らない。
 ベルエムはそれをスレーブに黙っている。
 その理由は、至極単純で幼稚な物だ。

「兄さんと離れたくないからって……私の延命を言い訳にして、大金せしめた挙句……はぁぁ、一方的に抱いて虚しくないわけ?」
「ぅぅ……」

 スレーブと自分を繋ぐものは、メリッサの延命という契約関係のみ。それが無くなれば、一生関わり合う事はないだろう。
 ベルエムは、それを拒んでいる。
 スレーブと離れたくない。ただ、それだけの理由で、最早ハリボテと化した意味のない契約を継続させて、対価を巻き上げている。

「悪魔でも、男でしょ。ビシッと言えないわけ?」
「い……言えない」

 離れたくない……その意味は、これまた単純に、ベルエムがスレーブに対して特別な感情を抱いているからだ。
 それはスレーブが持っているものとなんら遜色ない。

「“好きだ”って言えば一発じゃない」
「一発で終わるんだよ……スレーブからしたら長年契約詐欺で騙して、無理矢理シて……大金巻き上げてる極悪人だぞ俺」
「可能性がないから、素直になれないなんて、女々し過ぎるでしょ。なら、可能性が出来るように努力しなさいよ」
「ご尤もです……」

 イライラとしているメリッサに対して、ベルエムは正座のまま僅かに俯いている。

「悪魔なのに、どうして欲望のままにモノにしようとしないの?」
「……俺は、アイツの心が欲しい。身体はどうにか出来ても、そこばっかりは魔法でもどうにも出来ない。精神操作も意味はない」
「めんどくさ……はぁぁぁ、もういい。さっさと終わらせて」
「はい……」

 しょんぼりしたまま立ち上がったベルエムがメリッサの額にトンと指を当てて、魔法を発動させる。治癒の魔法ではない。

『ジャラ……シュルル』

 麻袋から浮き出た金貨が解けるように光の繊維となって、メリッサの身体へ入っていく。
 金貨の半分ほどが無くなった頃、ベルエムはスッとメリッサの額から手を引いた。

「どうだ?」
「……今回も魔力量が凄い増えてる。なんかお腹いっぱい」
「そういう魔法だからな。現状メリッサが国一番、いや世界一の魔力保有者だろう」
「…………もうこんなに要らないわ。さっさと兄さんとケリつけて」

 そう言い放ち、返事も待たずメリッサは部屋を出ていった。
 そして、部屋の前でウロウロしていた兄がホッとしたようにメリッサへ歩み寄る。

「大丈夫かメリッサ。変な事されてないか?」
「毎回毎回……はぁ、変な事なんてされてないって」
「そうか……体調は?」
「絶好調。コレから恋人とランチなの」
「……恋人?」

 メリッサの口から飛び出た知らない情報にスレーブの目が見開かれる。

「こ、恋人が居たのか!?」
「兄さん、私もう子どもじゃないの。恋人ぐらい出来るわ」
「まぁ、メリッサは綺麗で良い子だから不思議じゃないが、嫌な事されたら言えよ。殴りに行くから」
「兄さんの手を煩わせる程、相手に困ってないし、私弱くないの」

 大切な妹に恋人が出来たのだ。
 兄として心配するのは当然だろうと、スレーブはメリッサの頭を撫でる。
 そんな兄に苦笑して、メリッサは大丈夫だからと言って玄関へ向かっていく。
 最後に振り返って見送るスレーブに耳打ちをする。

「兄さんも早くベルエムさんに素直になった方がいいよ」
「!?」
「悪魔なんて気紛れよ。早く契約以外で繋ぎ止めないと」
「……ぅう」
「(私の心配しながら、私がベルエムさんと二人っきりになる度に嫉妬してる器用さを、ベルエムさんにも発揮して欲しいわ……)」

 どうしようもない兄と恩人のすれ違う想いをずっと隣で眺めてきたメリッサが、気付いていないはずがない。しかし、心の問題は当人同士にしか解決出来ない。

「さっさと堕ちて幸せになって」

 メリッサは小さくそう呟いて、恋人のもとへ足を進めた。
 悪魔という生き物にとって恋など縁遠い存在であるのが殆ど。彼等は酷く気分屋であり、同時にとても飽きやすい。故に己の欲が満たされれば直ぐに離れていくもの……人間の悪魔に対する認識は、そういった物だが、悪魔にも人間と同じく十人十色の性格や感情起伏が存在する。
 一途で執着心の強い悪魔もいるのだ。
 けれど、スレーブはそんな事も知らずにただベルエムに長年一方的に想いを募らせている。諦めきっているのに、未練がましく契約に縋っている。互いにとって、想いの壁となっている事に気付かず、焦ったいフェザータッチが延々と続いている。

『バタン』
「……メリッサ」
「スレーブ」
「!」

 背後に現れたのは、ベルエム。
 メリッサと対峙していたしょぼくれた面影は何処にもなく、いつも通りの不敵な笑みを浮かべた表情があった。

「一杯やらないか?」
「……ああ」
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