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17:友
しおりを挟む触手が赤子となって数日後の出来事であった。
「エルフ達の様子が?」
「はい。落ち着かず、ソワソワしています。子ども達は小屋の中で身を寄せ合ってますけど、大人達はずっとあのように」
「ぅう……んん」
タスクに呼ばれてエルフの階層へ行くと、エルフ達が皆ウロウロと辺りを彷徨っていた。
現在エルフ達のリーダーであるヘルクラスも様子がおかしい。
「ヘルクラス、どうした」
「魔王様……困った事が起きてまして」
「何か階層で問題か?」
「いえ、外です。大樹の精霊に……何かあったみたいで、恵を受けていた我々エルフにも影響が出てしまってるんです」
「大樹の精霊……確か、人間達と共存関係にある精霊達だな。魔族とも関係は悪くないはず……火災か?」
ヘルクラスは胸に手を当て焦燥感を探る。
「はっ……ぐ……ぅ」
「ヘルクラス、無理はするな。お前が苦しむぐらいなら、詳細はいい」
「魔王様…………」
肩を掴まれて、苦しそうな表情でセリアスを見上げるヘルクラスがグッと息を詰まらせた。
「あ、の……えと…………落ち着いて、聞いてください」
「ああ」
「人間が……精霊達の命の源である大樹達を伐採しようと……傷付けて、います」
「は?」
「利害は一致していたはずなのに……恐らく、需要と供給のバランスが崩れて……はぁ……ぅう……いたぃ」
極めて自然物に近い生命体である精霊は、生まれ出た宿元と一蓮托生の関係にある。その精霊の生まれる大樹から恵を貰っていたエルフの多くが精霊と同じエネルギーが体に流れており、現在の異変に巻き込まれたのだ。
「くっ……タスク、皆を頼む。私は大樹の精霊達の元へ行く」
「魔王様! しかし、場所は? 大樹の精霊達は世界中に存在しています」
「恵を受けたエルフ達が影響を受けていると言うことは、彼らの故郷に近い大樹だ。そう遠くはない」
ヘルクラス達が本来暮らしていた森は魔族を追い出す為に焼かれてしまった。
だが、大樹は森林火災などものともしない。それほど頑丈で巨大な樹木なのだ。
「需要と供給が崩れたとて、破壊する必要はない。大樹の精霊は世界中に存在するのだから」
藍色の戦闘服を纏い、ストールを連れて昼行性に変異しつつある一体の夜狼に跨り、ヘルクラス達エルフの故郷へと走らせた。
《人間が大樹を伐採出来るとは思えませんが、我々の想像つかない方法で刃を入れているのかも知れません》
「ああ……そもそも、大樹に辿り着けた人間達がいる。精霊達の魔法で守られていたはずなのに、それを掻い潜った」
《…………嫌な予感がします》
「私もだ」
夜狼に走行速度を上げさせる。
見えてきたのは、森林火災の傷跡が生々しく残っている焼け野原。
「……なんて事を」
かつてエルフ達の故郷だった森林は無残な姿に変わり果てていた。
その光景を見て唇を噛むセリアスにストールが言った。
《奥の方に大樹が視認できます》
「肉眼で見える。結界が解けているな」
《魔王様、精霊達は見えますか?》
「……いや、見当たらない」
目を凝らしても、空高く聳え立つ大樹の周りにいるはずの精霊達の姿が見えない。
「……ココからは徒歩で行く。お前はどこかに隠れていろ」
『バウ!』
夜狼から降り、森の残骸を避けながら、大樹の方へと走った。
視界の端にチラチラと何かが光を反射している。
《大樹の次代候補達が結晶化しています。恐らく精霊達の自己防衛が働いているのでしょう》
「それ程の事態か……」
大樹の次代候補は精霊達にとって次世代が生まれる大切な生命線。
現役の大樹よりも、次の大樹達へ防衛を注力している現状は、非常に危うい。
「……っ」
《……魔王様》
「…………黒光龍人」
黒い翼を広げた状態の黒い龍人達が何人も事切れて横たわり、その下に光る何かが動いていた。
「……大樹の精霊か?」
「ヒゥ……」
怯えた声を上げて、亡骸に守られている精霊達を覗き込む。
「私は味方だ。彼らと同じ龍人の」
「ふっく……ぅうっ」
「頼む。現状を教えてくれ。大樹を守りたい」
「……んぅ」
黒光龍人の左翼の下から、スッと顔を出した掌サイズの精霊。蜻蛉に似た翅を羽ばたかせて、セリアスの前へ出た。
花の飾られた綺麗な緑髪の少女は泣き腫らした目を伏せてポツポツとセリアスに伝える。
「に、人間の国で……木材が、大量に要るって言ってて……けど、大樹の剪定の際に出る大幹しか渡せないって断ったの」
「ああ」
「取引してる人間達は理解してくれたけど、人間が内でやってる取引先が……待てないって、言って……すごく、怖い人間達が、いっぱい来た」
自分を抱き締めるように身を縮こませながら恐怖に震えている。
「取引先の人間達が……黒い龍人達を呼んでくれた、から……持ち堪えれてる、けど……ぅう」
「!」
地面に疼くまり胸元を押さえる少女を手の上に掬い上げる。
「いたぃ……痛い……」
「…………教えてくれてありがとう」
少女を龍人の亡骸が守る他の精霊達の元へ返し、セリアスは大樹の方へと急いだ。
段々と増えていく龍人達の亡骸。
「……くそが!!」
黒光龍人の一派が貫く信念が見える残酷な光景にセリアスは憤慨する。
龍人達の亡骸の中に、上半身が吹き飛んで欠損した黒光龍人の屍もあった。
立ち込める焼け焦げた匂い。爆発物から仲間と精霊達を守る為、身を挺して覆いかぶさる勇敢な姿が容易に想像がついた。
そんな亡骸を乗り越えて漸く大樹の根元へ辿り着いた。
鉄のぶつかる甲高い音や、魔法の発動する音が轟々と木霊する。
「!!?」
そこで見たものは……大樹を守ろうと前に出ている武装した一人の龍人。
大勢の人間達と刃を交えながら、何本も剣を身体に突き立てられている。
「デジィ……!」
内なる力を必死に抑え込んで、人間達を殺さぬように相手をしている龍人の姿にセリアスは今すべき事を見極める。
遠方から大樹を切り刻む超高密度の魔力が込められた斬撃魔法の阻止を優先する。
「あんな高密度な魔法を防ぐには、大樹の全周に結界を張っても無意味。だが……半周なら強度を上げて囲える!」
『キィイイン』
セリアスが相当量の魔力を消費しながら展開させたのは、大樹を守る半円の結界。
『バシュン!』
「なっ、弾かれた」
「守護結界? 誰があれほど巨大で頑強な結界魔法を……」
「龍人の生き残りだ! 探せ!」
後方部隊が異常に気付き騒めいていた。
セリアスは仮面を付けて、満身創痍のデジィと人間の間に入り込むように滑り込んだ。
『バキィン』
「っ誰だ!」
「!?」
素手で複数人の刃を受け止めた仮面の龍人に、鎧を纏った人間達は狼狽えた。
「……何処の何方か存じ上げないが、助太刀は無用です」
「死にかけておいて、それは無いだろ」
「一目見たらわかります。貴方は、只者ではない。きっと人間を殺してしまう」
「…………はぁぁぁ」
警戒して距離を取る人間達を見やる。
負傷者は居るが、致命傷を負っている者は一人もいない。
ココへ来るまでの道のりに、人間の遺体は一つもなかった。黒光龍人達の一派は、不殺を貫き通したのだ。
「世界には良い人間と悪い人間が居る。だが、今はそんな次元の話ではない。わかっているはずだ」
「……命を悪戯に奪う事は、忌むべき行いです」
「ヤツらがその忌むべき行為を平気で仕掛けているのにか!」
「相手がどんなに卑劣で下衆な者だとしても、我が信念を曲げる理由にはならない」
「ッッ~~……だぁ! 面倒臭い!」」
こんな場面であっても揺るがない頑固な不殺の信念は最早、狂気的だ。
セリアスはイラつきながらも、思ったより元気そうなデジィにホッとしていた。
「わかった。殺さない。だが、仕込ませてもらうぞ」
「?」
「アイツ、“黒汚れ”じゃない」
「ああ。青いな」
耳障りな単語が飛び込んで来たセリアスが、ギロリと人間達を睨んだ。
「汚れ?」
「……我々の鱗は、肌が汚れて見えるらしい」
セリアスの呟きを拾ったデジィが律儀に応えると、セリアスのこめかみにビキビキと青筋が浮かび上がる。
「ふぅ……ふっ……」
《セリアス様、お気持ちはわかりますが……ココは殺さないように》
「ああ」
ストールの言葉もあり、グッと腰を落として五十人を越える人間達と対峙する。
「龍人とて、たかが一匹! かの残虐な魔王でもあるまい! 怯まず数で押せ!」
「「おおおおお!!」」
「……グゥゥゥオオオオオオオオッッッッ!!!!」
怒りの感情を孕んだストールの荒々しい咆哮に、人間達が慌てて耳を押さえた。
脳を揺らす龍人の咆哮に、何人かが膝をつく。
その隙を突いて、素早く懐に潜り込んだセリアスが数人同時に鎧の隙間へ触手を差し込み、溶かし込む。
異物が体内に混入し、溶解が始まった途端にショック状態となった人間達が倒れる。
「き、貴様ッ! 何を!」
「生きてるさ。アイツに免じて殺さないでやるだけだ」
驚く目の前の人間には目もくれず、セリアスは自身に降りかかる攻撃を避けもせずに次々と人間達に触手を溶かし込む攻撃……否、実験をしていた。
『バキン』
「布切れ一枚切れないだと!?」
「防御魔法か」
「中々の体躯……良い実験体になりそうだ」
「!?」
驚愕した表情で後退る人間達をこれ幸いと手にかけていく。前線部隊は全員五分もせず呆気なく地に伏した。
「なんて強さ……あの龍人は何者だ?」
「魔法も一切効かない。一時撤退をして、報告を」
『シュルル』
後方部隊である魔法職の人間達の首に触手が一斉に巻き付いた。
「なんっ!」
「ぐぅ!」
「触手!?」
締め上げられながら、自分の体に巻き付いた触手を辿って見下げると、仮面をした不気味な龍人がいつの間にか近くに立っていた。
意識を失った魔法職の人間達を連れて、デジィの元へと戻る。
「……本来の実力ならば、秒で片付けられる人数だったはずだ。仲間を犠牲にする必要など無かった」
治癒魔法を施しながら、デジィに突き刺さる刃物を抜いていく。
「ぅ……確かに、我が人間の首を落とせば仲間達は命を落とさなかったかもしれません。だが、ずっと掲げていた我々の信念は死んでしまう。死んだまま生きていくには、この世界は厳し過ぎる」
理解されないであろう事柄でも、誰かにとっては一本芯の通った心の居場所であり、生きていく上で縋り付く希望でもある。
「心を殺さない為に……人間は殺さないと? 自分が死んでも」
デジィは小さく頷く。この馬鹿みたいに頑固で生真面目な男の一派が導き出した結論だ。否定する気にもならないし、するつもりもない。セリアスは、ただ……とても気に食わないだけ。
「……人間を殺しては、他の魔族に危害が及ぶ。特に、友好関係を築いている獣人や精霊が、魔族というだけで殺される場面に何度も何度も何度も何度も出会しました。しかも、殺しにくるのは友好関係に無関係な第三者。大切な友を殺された人間と魔族の悲痛な嘆きが、耳にこびりついて離れない」
セリアスとは違い、善良な人間を多く見てきたデジィ。そういった環境が人間に汚ない畜生扱いされる黒光龍人に穏健派が産まれた理由だ。
「デジィ」
「?」
「……こちらから人間を殺さず、数を減らせる方法があるとしたら、今度こそ……私の手を取ってくれるか?」
「なん、です……か?」
スッと仮面を外したセリアス。その素顔を見て、デジィは目玉が溢れんばかりに目を見開いた。
「セ……リアス……」
「ああ」
「生きてるのか?」
「ああ」
「いや、お前じゃなくて、そこの人間達だ」
「失礼だな! お前に免じて気絶で済ませてやっただろ!」
セリアスの言葉にホッと安堵のため息を吐いてから、もう一度顔を見合わせる。
「人間に殺されたと聞いていた…………ずっと死んだと思っていた」
「死んださ。けれど、触手達が私を生き返らせてくれた」
ストールを撫でながら事の経緯を説明するセリアスにデジィは神妙な顔付きで質問を投げかける。
「人間を殺さず、数を減らせる方法があると言ったな。話しを聞こう」
「お、思っていた以上に話しが早いな」
「人間を皆殺しにすると言って五百年近く殺戮をしていた魔王が、人間を気絶にとどめて生かしている。人間を殺す必要がないと言う計画の信用性を証明するには十分過ぎる」
鏖殺の野望と不殺の信念。ぶつかり合ってばかりだった二人の意見の一致は、まさに奇跡的であった。
「で、その方法とは?」
「子作り」
「……なに!?」
突拍子もないセリアスの言葉にデジィの顎が外れる勢いでガクンと落ちた。
「こ……ここ……子作り???」
『ジャキ!』
「待て。悪かった。端的過ぎた。武器を構えるな」
デジィに次世代潰し計画の詳しい説明を行った。
「……なるほど。遺伝子を……まるで流行り病だ。家族内で受け入れられても、人間社会は横の関係が強い。コミュニティで異端扱いをされれば迫害が起きる。だが、数が多過ぎると適応速度が上がるぞ?」
「そこは風の噂だ。マイナスイメージを付ける」
「…………あくどい手口だ」
「でも、賛成なんだろ?」
「そうだ。きっと、計画には我の助けも必要であろう」
セリアスは、デジィの言葉に悪い笑みを浮かべた。漸く、人間に魔族化の遺伝子をばら撒く方法を思いついたのだ。
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