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8:目に見える気持ち

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※コノハ目線



 あれから身体を重ねる機会が増えていった。基本的には一対一だが、偶に二対一になる事がある。
 三人の旦那様に注がれた精は何処にいっているのか。いくら人の道を外れたからと言っても、基本は男。稚児ややこを授かれるかもわからない。
 本来の目的は子宝ではなく、村の安定した豊作だが……それが叶っている現状、俺が出来る事は旦那様である山神様達に尽くす事だ。
 夫婦となったからには恋慕を、とも思ったが……コレだけ愛されて、肌を重ねているのに、何か違う気がする。
 好き。ちゃんと、好きだ。なのに、なんだか……焦がれる事はない。
 自分の気持ちが、わからない。

「コノハ、どうかしたか?」
「っ、いいえ。ミドリ様、山菜ありがとうございます」
「……かき揚げが食べたい」
「はは、材料がもう無いので小ぶりなものになりますが、今夜お作りしますね」
「ん。ありがとう」

 食卓には山菜が贅沢に使われた料理が並ぶ。旦那様達の機嫌も上々だ。

「知り合いに鳥肉を譲ってもらったんだ。また揚げ鳥にしてくれ」
「ワカ様はすっかり肉食ですね。けど、もう油が無いので、焼き鳥でもいいでしょうか?」
「おう。コノハの料理ならなんでも美味い!」

 ワカ様は、まるで童のように真っ直ぐに喜んでくれた。
 心が温かくなって、料理を作る気合いも一段と入る。
 
「……また、材料を買ってこさせるか」
「あまり無駄遣いはいけませんよ」
「お主の美味い飯にありつけるなら、無駄ではなかろう」
「サンガク様まで……良い物を知ると後戻りが難しいのを知っているでしょう? 限度は守りましょう。銭は有限です」
「むぅ……」

 俺の忠告にサンガク様は不服そうだ。
 銭はそんなに沢山あるわけではない。

「……特別な日にパァっと豪勢に。楽しみとしてとっておくのもありかと思いますが?」
「特別……か」
「………………サンガク様、俺が側に居れば毎日が特別だとか言わないでくださいよ」
「ぐっ、もう神通力が開眼しておるのか?」
「嫁の慧眼と言ってください」

 サンガク様は思っていたよりも、抜けている方だった。俺の事を思ってくれているのはよくわかるが、自己愛もそこそこ強い方だ。

「金があれば問題ないのか?」
「強いて言うなら、そうですけど……盗みはいけませんよ?」
「神に向かってなんて事を言いおる。しっかり正当法で稼ぐわ」

 後日、ぎっしりと銭が入った麻袋を手にサンガク様が戻ってきた。

「うわ、どうしたんだよソレ」
「古い着物を売った。流行りが過ぎて何百年と経てば、痛みのないそれは骨董品として高く売れる。もう袖も通さぬ物ゆえ、処分と稼ぎを同時にこなせ、一石二鳥」
「……コノハ、コレで材料費は気にしなくて済む」
「…………はい」

 人里に神の私物が出回ってしまった。
 古着と言ってもどんな物かわからないが、神様の着ていた服ならば……有難い代物だろう。

「(使いの人にも労いの品、贈らないと)」

 材料費を気にかけず済むのは良いが、宴の時のような豪勢さは控えて、出来るだけ節制して質素に食卓を彩る。
 それでも喜んでくださるから、美味いものたらふく食ってほしくなる。

「う……甘やかしてはいかん……」

 日に日に期待がデカくなったら落胆もされやすい。平坦に、勤勉に、そして倹約に努めなければ。
 贅沢の有り難みは、人の道を踏み外しても大事にしなければならない。
 
『コンコンコン』
「……あれ? お客さん?」

 珍しく、神域を叩く音がする。
 嫁として一応開閉の権利は与えられているので、玄関へ行き客へ声をかけた。

「どちら様ですか?」
「裏裏山の山神ツクモの妻、オハナと申します。本日、サンガク様及び御二方の奥方であられるコノハ様にご挨拶へ参りました」
「あ、はい!」

 慌てて門を解錠して神域を開ければ、目の前には着物を着た綺麗な女性が佇んでいる。
 艶のある黒髪を丁寧に結い上げ、薄く白粉をはたいているのか肌も白い。
 凛とつり上がった目の中をコロリと黒曜石のような瞳が転がる。
 
「どうぞおあがりください」
「ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げるオハナさん。
 うちの娘とそう変わらない歳に見えるが、シャンとした立ち姿の所為か大人びて見える。
 客間へお通しして、お茶をお出した。

「粗茶ですが……」
「お気遣いなく」

 纏っている雰囲気とは違い、物腰柔らかな人だ。

「こちら、ウチの山で採れる山菜でございます。よろしければお受け取りください」
「ぇ、あっありがとうございます。こちらの山には無い種類のものですね」
「……つかぬ事をお聞きしますが、御三方の奥方様というのは……本当に、貴方様でよろしかったでしょうか?」
「あ、はい……コノハは俺です。男で驚かれたでしょうが、事実です」

 ツクモさんから話は聞いている分、そこまで訝しげな反応はされなかった。

「先日はお料理のお裾分け、誠にありがとうございました」
「……あっ、いえいえ。こちらこそ、物足りないものでしたでしょう」
「そんな事はございません。とても……とても、美味しゅうございました」

 感激が滲み、震える声で感想を伝えられると擽ったいものがある。
 
「オハナさんがよろしければ、調理法等お教えしましょうか?」
「よ、よろしいのですか?」
「ええ。誰かと一緒に作る方が楽しいですから」

 下心は無い。ただ、俺と同族である彼女といろいろ話したかった。

「油……」
「俺や神様は人里に降りても人の目には見えないので、お使いを頼んで買ってきてもらうんです。ココにある調味料や材料は、全部買ってきたものです」
「……そう言う手段があるのですね」
「はい」

 貰った山菜の天麩羅を拵えている最中に、オハナさんに聞いてみた。

「オハナさんは……ツクモさんと仲は良いですよね」
「どうでしょう。大切にしていただいているのは理解しているのですが、私と同じ気持ちなのかは、ずっとわからないままです」
「同じ気持ち?」
「…………好きなんです……ツクモ様が」

 俯きがちにそう呟くオハナさん。粉の向こうの素肌がほんのり色付いている。

「恋焦がれても……肝心なツクモ様の気持ちがわかりません」
「……そうですね。気持ちがわからないと……モヤモヤして、不安になりますよね」

 狐色の天麩羅を紙の上に置く。

「ちょっと積極的に距離を詰めたり、触れたりしたら、その反応で何か糸口が見えるかもしてませんよ。恥ずかしがったり、逆に向こうからも接触があるかもしれません」
「もしかして、経験則ですか?」
「え、あーー……そんなとこです」
「……コノハ様は優しい方ですね」
「俺はそんなに良い人じゃないですよ」

 気恥ずかしくて目を逸らせば、彼女はクスクスと笑い声を漏らした。
 出来上がった山菜の天ぷらを二人で口に運べば、その美味さに自然と胸があったかくなった。

「美味しい……これならきっと、ツクモ様もお喜びになるはず」
「(あっ……)」

 自分の感じた幸せを、好きな人にも感じて欲しい。幸福を与えたい。
 とても単純で、とても純粋な願いだ。

「(……そっか……好き、なんだな)」

 料理は手間と愛情が混ざり合って成り立つものだ。
 見えない気持ちにばかり気を取られていたけれど、俺の気持ちは目に見える物だったんだな。

「お包みしますね。あと、こちら宴でお出しした料理の調理法を書き記した紙になります」
「こ、こんな良いものをよろしいんですか?」
「はい。好きな人には、美味しい物たくさん食べて笑ってほしいものですから」
「っ……はい」

 来た当初より、年相応な柔らかな雰囲気を纏ったオハナさんが土産を持って神域を出ていく。
 その足取りは軽やかで、後ろ姿を見送ってから俺はその場へ座り込む。

「(好き……そうか、そうだったのか)」

 三人の事を……ずっと考えてた。喜んでもらいたいと、ずっと考えてた。
 顔が熱い。動悸がする。
 胸が締めつけられて痛いのに、全く嫌じゃない。むしろ心地良い。

「…………あぁ……」

 節制はしなくちゃならない。けど、限られた物の中で、美味い飯を作り上げる事だって出来るはずだ。

「っし、頑張るか!」

 自覚が出た途端、料理に向ける意識が少々変化していった。
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