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第5話 女戦士レベッカの誘惑
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(やっぱり早いなぁ……)
僕達の前を歩く、レベッカとモニカは慣れた感じで森の中を進んでいく。この森林は涼しく、空気も澄んでいて、見渡しも良い。僕達も簡単なクエストで何度かやって来た事はあるけど、それは安全な森の西側だけだ。こっちの東側は大型モンスターが生息していて危険なので、来たの今日が初めてだ。
「ねぇ、あんた。この指輪を作った妹さんを紹介してよ」
立ち止まって、僕達が追いつくのを待っていたレベッカが聞いてきた。紹介するのが男じゃなくて女性ならば、僕は何の問題もない。
「んんっ? それはいいですけど……苦情とかなら俺だけに言ってくださいね。妹は意外とそういうの気にするタイプなんです」
そう、アリサは自分が作った装飾品を貶されると気にするのだ。けれども、それは落ち込むという可愛いものじゃない。それは怒りだ。そして、その怒りの矛先は当然、レベッカじゃなくて、兄の僕に向けられてしまう。だから、苦情なら僕に言ってもらわないと困る事になる。
「そんなじゃないわよ。この指輪、気に入ったから買いたいだけよ。指輪に使われている石を交換すれば、何度でも使えるんでしょう?」
「ああっー、すみません。詳しい事は妹に聞かないと分かりません。今度、聞いておきます」
この虫除けリングの値段は銀貨5枚。だけど、シルバーリングの中央に填められるいる緑色の石の効果が切れたら、ただのシルバーリングになってしまう。シルバーリングの値段は銀貨1枚の価値もない。緑色の石にどれだけの価値があるか分からないけど、流石に銀貨4枚の価値はないはずだ。
「だったらちょうどいいわね。このクエストが終わったら紹介してよ」
「ええっ、それは構いませんけど……」
「何か問題でもあるの?」
「いえ、何もありません!」
困った事になった。クエスト帰りに女性を家に連れて帰る、アリサが期待していたような急展開だ。間違いなく誤解するか、勘違いする。レベッカとの年の差はたったの2つだけど、僕が一番気になるのは年齢ではなくて性格だ。好戦的な暴力女なんかよりも、陰ながら支えてくれる優しい女性の方が僕は好みだ。
「やったな、アベル! レベッカさんをお持ち帰りだぞぉー! ヒッヒヒヒ!」
「……」
どう見ても、心から喜んでくれている感じがしない。どう見ても、僕の不運を面白がっている感じだ。コイツとの関係も2年になる。もう少し性格や考え方が合う、別の相棒を探してもいい頃合いかもしれない。次の婚活パーティーに行く時は新しい相棒の方も探しておくとしよう。
♢♦︎♢♦︎♢
森に入ってから数時間、貴重な薬草類を採取しながら、森の中を流れる川を目指す。通常のクエストは依頼人がいるのだが、この婚活パーティー用のクエストの依頼人は冒険者ギルドだ。通常は討伐したモンスターの素材は半分が依頼人で、もう半分が冒険者の物になる。
ただし、今回討伐したモンスターの素材は全て冒険者の物になる。冒険者ギルド曰く、『この素材で良い装備を作りなさい』という事だ。
「アベルも鎧を作るんだろ?」
「いや、手に入れた素材は全部売るよ。婚活パーティーで失った分を取り戻したいから」
今探しているプロトスクスは、体長10メートル以上、硬いゴツゴツした茶色皮に守られた、鋭い歯を持つワニオオトカゲだ。その皮で作られた防具は防水性と高い物理耐性を持っている。けれども、それを防具に加工するには結構な費用がかかってしまう。僕としては赤字になるよりは、素材を売って生活費の足しにしたいのだ。
「かぁー、勿体ない! せっかく何だから、なんか作った方がいいぜ!」
「独り身のお前と違って、こっちは妹と二人で生活しているんだ。自分勝手な判断で好き勝手にお金が使えるわけないだろう」
「何だよ、女房の尻に敷かれる前に、妹の尻に敷かれているのかよ。男として情けねぇなぁー」
「うっ……」
何とでも言えばいい。可愛い妹の尻になら喜んで敷かれてやる。それが兄というものだ。いくら挑発されようと、馬鹿にされようと、無断でお金を使って、四六時中、家の中でアリサに小言を言われるようはマシなんだ。
「お前だって結婚したら女の尻に敷かれるんだ。今のうちに無駄使いはやめて、結婚生活に向けて少しは貯金したらどうなんだ? 少しぐらいは貯金しているんだろう?」
「ハァッ? 貯金? 馬鹿言うなよ。いつ死ぬかも分からない仕事しているんだぜ! 俺は宵越しの金は持たない主義なんだよ」
「お前、何言ってんだよ? 大怪我した時とかの緊急事態に治療費が必要だろう? 将来の事はこの際いいけど、自分の身体の事ぐらいは大事にしたらどうなんだ」
「うわぁー! こんなにガミガミ言う嫁なら、俺、絶対いらねぇー!」
「お前……こっちは心配してやってんだぞ! 少しは俺の言う事を聞いたらどうなんだよ!」
まったく、頭にくる奴だ。ここまで計画性がないと本当に駄目だな。奇跡的に結婚できたとしても、すぐに離婚する事になる。そもそも結婚はゴールじゃなくて、スタートなんだ。結婚したら幸せじゃなくて、結婚してから夫婦で頑張って幸せになっていくものなんだ。コイツはその辺の事が何も分かっていない。
「あんた達、煩いわよ。さっきから男同士でくだらない話でペチャクチャ、ペチャクチャと大騒ぎして、本当にどうでもいい話ね。聞いていて損したわ。モニカもそう思うでしょう?」
もう我慢できないといった感じにレベッカが、男同士の会話に入ってきた。女性二人は黙って目の前を歩いていたから、僕達の話に興味がないと思っていたけど、違っていたようだ。キチンと会話を聞いていたようだ。
「うん……アベルの言う通り、お金は大事だとは思うよ。でも、あんまりケチケチし過ぎると息が詰まりそう。私はお金に余裕がある時は思いきり使った方がいいと思う」
「ううっ……」
「ほら、見ろ。お前は金に汚い奴なんだよ。そんなに金が好きなら、金と結婚しろよ」
「くぅぅ~……」
予想外の展開だ。モニカさんが、まさかのマリク派だったとは。でも、僕の考え方が間違っているなんて絶対に思わないぞ。お金は大事なんだ。余裕があったとしても、無駄遣いしたら、後々苦労する事になるんだ。その時、僕に泣きついて来ても助けてやるもんか! 僕の忠告を聞かなかった事をタップリと後悔すればいい。
「でも、私が結婚するなら、お金持ちの相手と結婚したいわ。だって、最初からお金を持っていない人なんて、完全に養われる気しかなさそうじゃない」
だが、女性二人の会話はここで止まる事はなかった。勝ち誇っていたマリクの顔が少しずつ悪くなっていく。そして、僕も同じように……。
「ああ、あれね。たまにそういう男も女も見かけるけど、確かにあれは見ていて嫌な気分になるわね。特に女に食わせてもらおうとか思っている役立たずのヒモ男は最悪ね。マジで死んで欲しいわ」
「そうそう。後ろから付いて来るだけでモンスターとの戦闘は人任せ。クエスト中にやっている事は安全な採取とお喋りだけ。まったく、やってられないわね」
「「……」」
まるで、自分達の事を言われているような酷い内容だった。僕も妹の装飾品の売り上げで何とか生活できているヒモ兄だ。だが、そんな僕よりもマリクの精神的なショックが計り知れない。今夜辺り、この街から、いや、この世界から姿を消すかもしれない。大丈夫。お前は考え方を変えればいいだけだから。
「さて、そろそろ川に到着するから注意しなさい。トカゲ一匹だけなら楽勝だけど、何匹も同時に相手をするのは危ないわ。二匹目が見えたら直ぐに退く。いいわね?」
「「……はい」」
とりあえず、落ち込むのは後でも出来る。今は周囲を警戒するのが先だ。死んだら落ち込む事も出来ないんだから。
しばらく、方位磁石を頼りに北に真っ直ぐ歩き続けものの、まだ水の流れる音は聞こえてこない。レベッカは川の場所を知っているから分かったのだろう。それにしてもトカゲって、そんな家で飼えるような可愛いレベルのペットじゃないぞ。体長10メートルを超えるワニトカゲのプロトスクスだぞ。
「……アベル、見えたぞ」
「ああ」
心の中でレベッカにツッコンでいると、マリクの言う通り、目の前には森を両断するように横幅30メートル程の濁った茶色い川が見えてきた。水深は濁っていて分からないが、調べるのはやめた方がいいだろう。迂闊に川辺に近づくと、プロトスクスが飛び出して来て、川の中に引き摺り込まれそうだ。
「じゃあ、作戦を説明するわよ。まずは川の近くで日向ぼっこしている小さめのトカゲを見つけて、森の中に誘導する。そして、モニカの魔法で奇襲してから、私達三人が剣で四肢を切断する。そこまで出来れば後は楽勝よ。動けなくなったトカゲを一方的に倒せるから」
レベッカの説明を聞くだけなら、簡単に倒せそうだと思える。でも、体長10メートルの小さめと言っても、体長8メートルぐらいだ。それに冒険者ギルドのクエスト達成基準は、平均体長の二割引きまでだ。クエストを達成するには、最低でも体長8メートルのプロトスクスを倒さないといけない事になる。
「あのぉー、俺達でも足を切り落とせるんですか?」
「ハァッ? 人間の胴体ぐらい両断できるでしょう! 馬鹿言ってないで探すわよ!」
「はい……」
レベッカの答えは、答えていないのとほぼ同じだ。マリクの勇気ある質問はどうやら馬鹿な質問だったらしい。レベッカに怒られて、さらに落ち込んでいる。
それに、人間の胴体と言っても色々ある。少女の細い胴体もあれば、シックスパックの鍛え上げられた胴体もある。今回のプロトスクスは間違いなく太くて鋼の胴体だ。そんな鋼鉄の胴体が素早く動き回るのに、剣で簡単に切れるわけない。
この川は森の西から東の方角に向かって流れていて、西に向かえば上流、東に向かえば下流になるそうだ。目的のプロトスクスは中流付近に生息しているらしいので、この付近を探せば見つかるそうだ。
「それじゃあ、レベッカ。私はマリクと一緒に西側を探すから、あなたはアベルと一緒に東側を探して。さあ、行くわよ」
「えっ⁉︎ 俺ですか?」
信じられないといった顔でマリクはモニカに確認している。その気持ちは分かる。普通、あれだけ、婚活パーティーで良くない印象を与えた相手に誘われるとは思わない。
「当たり前でしょうが! 雑魚二人組で探させる訳ないでしょう! 何かあったら私達の責任にもなるんだから。ツベコベ言わずに、さっさと行きなさい!」
「はい‼︎」
残念ながら、マリクに選択権は与えられていなかった。サーベルを抜いたレベッカが鬼の形相で睨むと、モニカさんの後を慌てて付いて行った。
♢♦︎♢♦︎♢
「さてと、さっきの少し強引だった思ったでしょう?」
「えっ⁉︎ まあ……ちょっとだけ」
マリクとモニカの姿が見えなくなると、レベッカが聞いてきた。確かに少し強引だったと思う。女性二人が協力して、最初から僕とマリクを引き離す目的があったみたいな感じだった……。
(まさか⁉︎ お前達⁉︎ 森の中で事故死に見せかけて、僕達を殺すつもりじゃないだろうな!)
このクエストの真の目的に気付いてしまったかもしれない。僕はとんだ大間抜けだ。この森林はレベッカ達が選んだ場所だ。最初から僕達、二人を殺す目的があったとしたら、モニカさんがマリクを連れて行くのは当然だ。マリクはモニカさんをクォーターだと馬鹿にして、僕はレベッカを綺麗だと言って怒らせた。それそれが殺したい相手を選んだという事になる。
レベッカの次の動きを警戒して、僕は左腰の剣に右手を軽く触れた。いざという時は剣技『疾風』で一気に走って逃げ切る。婚活パーティー会場で少し揉めただけで殺されるなんて、たまったもんじゃない。
「そりぁーそうよ。今回のクエストを達成したら、モニカはレベル40になる。あとは杖の試験を合格すれば、晴れて中級冒険者の仲間入りよ。そしたら冒険者ギルドの決まりで、私が中級冒険者になるまで一緒にクエストが出来なくなるの」
「へぇー、その間は一人で活動するんですか?」
冒険者は初級、中級、上級冒険者の三種類に分けられる。そして、冒険者ギルドの決まりで自分の級よりも上のクエスト、または、下のクエストは受けられないようになっている。そんな事は冒険者なら誰でも知っている。まだ僕を殺すつもりがないのか。それとも、プロトスクスを見つけてから、僕を殺して食べさせるつもりなのか……さて、どっちだ。
「まあ、そうなるわね。そこで相談なんだけど、私が中級になるまで、あんた達のパーティーに参加してあげてもいいわよ。戦力になるのは保証してあげるから」
「はい? ……えっーと、そういう重要な事は相棒に聞かないとマズイというか……」
あれ? 何だこれ? まったく予想外の展開だぞ。レベッカが僕とマリクの冒険者パーティーに仲間として入りたがっているように聞こえる。幻聴なのか?
「ああ、勘違いしないでね。私は別に三人でパーティーを組もうとか言っていないわよ。私とあなたの二人っきりでパーティーを組んでも全然問題ないのよ。さあ、どうするの? あいつに内緒で、たまに二人でクエストを受けてくれたら、私の分のクエスト報酬をお礼に半分上げてもいいのよ」
「じ、冗談ですよね? 本気じゃないですよね?」
「もちろん、本気よ。お金、好きなんでしょう?」
うん、お金大好き。じゃなくて! 本気か? クエスト報酬の半分をお礼にという事は、報酬の四分の三……つまりは報酬の75パーセントが僕のものになるという事だ。クエスト報酬が金貨1枚なら、僕が銀貨7~8枚も貰える事になる。これは非常に魅力的なお誘いだ。断る理由は何処にもないけど……。
僕達の前を歩く、レベッカとモニカは慣れた感じで森の中を進んでいく。この森林は涼しく、空気も澄んでいて、見渡しも良い。僕達も簡単なクエストで何度かやって来た事はあるけど、それは安全な森の西側だけだ。こっちの東側は大型モンスターが生息していて危険なので、来たの今日が初めてだ。
「ねぇ、あんた。この指輪を作った妹さんを紹介してよ」
立ち止まって、僕達が追いつくのを待っていたレベッカが聞いてきた。紹介するのが男じゃなくて女性ならば、僕は何の問題もない。
「んんっ? それはいいですけど……苦情とかなら俺だけに言ってくださいね。妹は意外とそういうの気にするタイプなんです」
そう、アリサは自分が作った装飾品を貶されると気にするのだ。けれども、それは落ち込むという可愛いものじゃない。それは怒りだ。そして、その怒りの矛先は当然、レベッカじゃなくて、兄の僕に向けられてしまう。だから、苦情なら僕に言ってもらわないと困る事になる。
「そんなじゃないわよ。この指輪、気に入ったから買いたいだけよ。指輪に使われている石を交換すれば、何度でも使えるんでしょう?」
「ああっー、すみません。詳しい事は妹に聞かないと分かりません。今度、聞いておきます」
この虫除けリングの値段は銀貨5枚。だけど、シルバーリングの中央に填められるいる緑色の石の効果が切れたら、ただのシルバーリングになってしまう。シルバーリングの値段は銀貨1枚の価値もない。緑色の石にどれだけの価値があるか分からないけど、流石に銀貨4枚の価値はないはずだ。
「だったらちょうどいいわね。このクエストが終わったら紹介してよ」
「ええっ、それは構いませんけど……」
「何か問題でもあるの?」
「いえ、何もありません!」
困った事になった。クエスト帰りに女性を家に連れて帰る、アリサが期待していたような急展開だ。間違いなく誤解するか、勘違いする。レベッカとの年の差はたったの2つだけど、僕が一番気になるのは年齢ではなくて性格だ。好戦的な暴力女なんかよりも、陰ながら支えてくれる優しい女性の方が僕は好みだ。
「やったな、アベル! レベッカさんをお持ち帰りだぞぉー! ヒッヒヒヒ!」
「……」
どう見ても、心から喜んでくれている感じがしない。どう見ても、僕の不運を面白がっている感じだ。コイツとの関係も2年になる。もう少し性格や考え方が合う、別の相棒を探してもいい頃合いかもしれない。次の婚活パーティーに行く時は新しい相棒の方も探しておくとしよう。
♢♦︎♢♦︎♢
森に入ってから数時間、貴重な薬草類を採取しながら、森の中を流れる川を目指す。通常のクエストは依頼人がいるのだが、この婚活パーティー用のクエストの依頼人は冒険者ギルドだ。通常は討伐したモンスターの素材は半分が依頼人で、もう半分が冒険者の物になる。
ただし、今回討伐したモンスターの素材は全て冒険者の物になる。冒険者ギルド曰く、『この素材で良い装備を作りなさい』という事だ。
「アベルも鎧を作るんだろ?」
「いや、手に入れた素材は全部売るよ。婚活パーティーで失った分を取り戻したいから」
今探しているプロトスクスは、体長10メートル以上、硬いゴツゴツした茶色皮に守られた、鋭い歯を持つワニオオトカゲだ。その皮で作られた防具は防水性と高い物理耐性を持っている。けれども、それを防具に加工するには結構な費用がかかってしまう。僕としては赤字になるよりは、素材を売って生活費の足しにしたいのだ。
「かぁー、勿体ない! せっかく何だから、なんか作った方がいいぜ!」
「独り身のお前と違って、こっちは妹と二人で生活しているんだ。自分勝手な判断で好き勝手にお金が使えるわけないだろう」
「何だよ、女房の尻に敷かれる前に、妹の尻に敷かれているのかよ。男として情けねぇなぁー」
「うっ……」
何とでも言えばいい。可愛い妹の尻になら喜んで敷かれてやる。それが兄というものだ。いくら挑発されようと、馬鹿にされようと、無断でお金を使って、四六時中、家の中でアリサに小言を言われるようはマシなんだ。
「お前だって結婚したら女の尻に敷かれるんだ。今のうちに無駄使いはやめて、結婚生活に向けて少しは貯金したらどうなんだ? 少しぐらいは貯金しているんだろう?」
「ハァッ? 貯金? 馬鹿言うなよ。いつ死ぬかも分からない仕事しているんだぜ! 俺は宵越しの金は持たない主義なんだよ」
「お前、何言ってんだよ? 大怪我した時とかの緊急事態に治療費が必要だろう? 将来の事はこの際いいけど、自分の身体の事ぐらいは大事にしたらどうなんだ」
「うわぁー! こんなにガミガミ言う嫁なら、俺、絶対いらねぇー!」
「お前……こっちは心配してやってんだぞ! 少しは俺の言う事を聞いたらどうなんだよ!」
まったく、頭にくる奴だ。ここまで計画性がないと本当に駄目だな。奇跡的に結婚できたとしても、すぐに離婚する事になる。そもそも結婚はゴールじゃなくて、スタートなんだ。結婚したら幸せじゃなくて、結婚してから夫婦で頑張って幸せになっていくものなんだ。コイツはその辺の事が何も分かっていない。
「あんた達、煩いわよ。さっきから男同士でくだらない話でペチャクチャ、ペチャクチャと大騒ぎして、本当にどうでもいい話ね。聞いていて損したわ。モニカもそう思うでしょう?」
もう我慢できないといった感じにレベッカが、男同士の会話に入ってきた。女性二人は黙って目の前を歩いていたから、僕達の話に興味がないと思っていたけど、違っていたようだ。キチンと会話を聞いていたようだ。
「うん……アベルの言う通り、お金は大事だとは思うよ。でも、あんまりケチケチし過ぎると息が詰まりそう。私はお金に余裕がある時は思いきり使った方がいいと思う」
「ううっ……」
「ほら、見ろ。お前は金に汚い奴なんだよ。そんなに金が好きなら、金と結婚しろよ」
「くぅぅ~……」
予想外の展開だ。モニカさんが、まさかのマリク派だったとは。でも、僕の考え方が間違っているなんて絶対に思わないぞ。お金は大事なんだ。余裕があったとしても、無駄遣いしたら、後々苦労する事になるんだ。その時、僕に泣きついて来ても助けてやるもんか! 僕の忠告を聞かなかった事をタップリと後悔すればいい。
「でも、私が結婚するなら、お金持ちの相手と結婚したいわ。だって、最初からお金を持っていない人なんて、完全に養われる気しかなさそうじゃない」
だが、女性二人の会話はここで止まる事はなかった。勝ち誇っていたマリクの顔が少しずつ悪くなっていく。そして、僕も同じように……。
「ああ、あれね。たまにそういう男も女も見かけるけど、確かにあれは見ていて嫌な気分になるわね。特に女に食わせてもらおうとか思っている役立たずのヒモ男は最悪ね。マジで死んで欲しいわ」
「そうそう。後ろから付いて来るだけでモンスターとの戦闘は人任せ。クエスト中にやっている事は安全な採取とお喋りだけ。まったく、やってられないわね」
「「……」」
まるで、自分達の事を言われているような酷い内容だった。僕も妹の装飾品の売り上げで何とか生活できているヒモ兄だ。だが、そんな僕よりもマリクの精神的なショックが計り知れない。今夜辺り、この街から、いや、この世界から姿を消すかもしれない。大丈夫。お前は考え方を変えればいいだけだから。
「さて、そろそろ川に到着するから注意しなさい。トカゲ一匹だけなら楽勝だけど、何匹も同時に相手をするのは危ないわ。二匹目が見えたら直ぐに退く。いいわね?」
「「……はい」」
とりあえず、落ち込むのは後でも出来る。今は周囲を警戒するのが先だ。死んだら落ち込む事も出来ないんだから。
しばらく、方位磁石を頼りに北に真っ直ぐ歩き続けものの、まだ水の流れる音は聞こえてこない。レベッカは川の場所を知っているから分かったのだろう。それにしてもトカゲって、そんな家で飼えるような可愛いレベルのペットじゃないぞ。体長10メートルを超えるワニトカゲのプロトスクスだぞ。
「……アベル、見えたぞ」
「ああ」
心の中でレベッカにツッコンでいると、マリクの言う通り、目の前には森を両断するように横幅30メートル程の濁った茶色い川が見えてきた。水深は濁っていて分からないが、調べるのはやめた方がいいだろう。迂闊に川辺に近づくと、プロトスクスが飛び出して来て、川の中に引き摺り込まれそうだ。
「じゃあ、作戦を説明するわよ。まずは川の近くで日向ぼっこしている小さめのトカゲを見つけて、森の中に誘導する。そして、モニカの魔法で奇襲してから、私達三人が剣で四肢を切断する。そこまで出来れば後は楽勝よ。動けなくなったトカゲを一方的に倒せるから」
レベッカの説明を聞くだけなら、簡単に倒せそうだと思える。でも、体長10メートルの小さめと言っても、体長8メートルぐらいだ。それに冒険者ギルドのクエスト達成基準は、平均体長の二割引きまでだ。クエストを達成するには、最低でも体長8メートルのプロトスクスを倒さないといけない事になる。
「あのぉー、俺達でも足を切り落とせるんですか?」
「ハァッ? 人間の胴体ぐらい両断できるでしょう! 馬鹿言ってないで探すわよ!」
「はい……」
レベッカの答えは、答えていないのとほぼ同じだ。マリクの勇気ある質問はどうやら馬鹿な質問だったらしい。レベッカに怒られて、さらに落ち込んでいる。
それに、人間の胴体と言っても色々ある。少女の細い胴体もあれば、シックスパックの鍛え上げられた胴体もある。今回のプロトスクスは間違いなく太くて鋼の胴体だ。そんな鋼鉄の胴体が素早く動き回るのに、剣で簡単に切れるわけない。
この川は森の西から東の方角に向かって流れていて、西に向かえば上流、東に向かえば下流になるそうだ。目的のプロトスクスは中流付近に生息しているらしいので、この付近を探せば見つかるそうだ。
「それじゃあ、レベッカ。私はマリクと一緒に西側を探すから、あなたはアベルと一緒に東側を探して。さあ、行くわよ」
「えっ⁉︎ 俺ですか?」
信じられないといった顔でマリクはモニカに確認している。その気持ちは分かる。普通、あれだけ、婚活パーティーで良くない印象を与えた相手に誘われるとは思わない。
「当たり前でしょうが! 雑魚二人組で探させる訳ないでしょう! 何かあったら私達の責任にもなるんだから。ツベコベ言わずに、さっさと行きなさい!」
「はい‼︎」
残念ながら、マリクに選択権は与えられていなかった。サーベルを抜いたレベッカが鬼の形相で睨むと、モニカさんの後を慌てて付いて行った。
♢♦︎♢♦︎♢
「さてと、さっきの少し強引だった思ったでしょう?」
「えっ⁉︎ まあ……ちょっとだけ」
マリクとモニカの姿が見えなくなると、レベッカが聞いてきた。確かに少し強引だったと思う。女性二人が協力して、最初から僕とマリクを引き離す目的があったみたいな感じだった……。
(まさか⁉︎ お前達⁉︎ 森の中で事故死に見せかけて、僕達を殺すつもりじゃないだろうな!)
このクエストの真の目的に気付いてしまったかもしれない。僕はとんだ大間抜けだ。この森林はレベッカ達が選んだ場所だ。最初から僕達、二人を殺す目的があったとしたら、モニカさんがマリクを連れて行くのは当然だ。マリクはモニカさんをクォーターだと馬鹿にして、僕はレベッカを綺麗だと言って怒らせた。それそれが殺したい相手を選んだという事になる。
レベッカの次の動きを警戒して、僕は左腰の剣に右手を軽く触れた。いざという時は剣技『疾風』で一気に走って逃げ切る。婚活パーティー会場で少し揉めただけで殺されるなんて、たまったもんじゃない。
「そりぁーそうよ。今回のクエストを達成したら、モニカはレベル40になる。あとは杖の試験を合格すれば、晴れて中級冒険者の仲間入りよ。そしたら冒険者ギルドの決まりで、私が中級冒険者になるまで一緒にクエストが出来なくなるの」
「へぇー、その間は一人で活動するんですか?」
冒険者は初級、中級、上級冒険者の三種類に分けられる。そして、冒険者ギルドの決まりで自分の級よりも上のクエスト、または、下のクエストは受けられないようになっている。そんな事は冒険者なら誰でも知っている。まだ僕を殺すつもりがないのか。それとも、プロトスクスを見つけてから、僕を殺して食べさせるつもりなのか……さて、どっちだ。
「まあ、そうなるわね。そこで相談なんだけど、私が中級になるまで、あんた達のパーティーに参加してあげてもいいわよ。戦力になるのは保証してあげるから」
「はい? ……えっーと、そういう重要な事は相棒に聞かないとマズイというか……」
あれ? 何だこれ? まったく予想外の展開だぞ。レベッカが僕とマリクの冒険者パーティーに仲間として入りたがっているように聞こえる。幻聴なのか?
「ああ、勘違いしないでね。私は別に三人でパーティーを組もうとか言っていないわよ。私とあなたの二人っきりでパーティーを組んでも全然問題ないのよ。さあ、どうするの? あいつに内緒で、たまに二人でクエストを受けてくれたら、私の分のクエスト報酬をお礼に半分上げてもいいのよ」
「じ、冗談ですよね? 本気じゃないですよね?」
「もちろん、本気よ。お金、好きなんでしょう?」
うん、お金大好き。じゃなくて! 本気か? クエスト報酬の半分をお礼にという事は、報酬の四分の三……つまりは報酬の75パーセントが僕のものになるという事だ。クエスト報酬が金貨1枚なら、僕が銀貨7~8枚も貰える事になる。これは非常に魅力的なお誘いだ。断る理由は何処にもないけど……。
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