6 / 56
第6話 ワニトカゲとの戦い①
しおりを挟む
「別にそこまで深く考える事じゃないはずよ。私のレベルは38。残りのクエスト報酬が金貨70枚ぐらいだから、直ぐにレベル40になるわ。二ヶ月程度の短期間パーティーよ」
「まあ、そうですけど……」
相棒が病気や怪我で休んでいる時に、別の冒険者と一時的に冒険者パーティーを組み事はよくある話だ。僕も何度かやった事はあるが、報酬の取り分でよく揉めていた。
この話が良いことづくめなのは分かっているけど、上手い話には裏がある。僕の第六感が危ないと訴えている。例え口約束でも、レベッカとパーティーを組む約束をするのは嫌な予感がするのだ。
「だったら問題ないでしょう? 別に嫌なら私は無理にとは言わないわ。同じ条件で私とパーティーを組みたい冒険者は沢山いるでしょうからね。自分の判断で即決できないようなら、この話は——」
「お願いします! 僕とパーティーを組んでください!」
「あら、そう? だったらお願いしようかしら」
くっ、このまま話が無かった事になるのは、やっぱり惜しい。あとで後悔するよりは話に乗った方がマシだ。
「絶対にマリクには内緒でお願いしますよ。バレて報酬が減るのは嫌ですから」
「分かったわ。秘密のパーティーね」
マリクに隠すのは面倒そうだけど、バレなければ良い収入になる。だとしたら三人組でパーティーを組むメリットはないので、マリクには絶対に隠していた方が都合がいい。
僕とレベッカの二人だけならば、僕の報酬は75パーセント。マリクを入れて三人組になったら、僕の報酬は37パーセントになってしまう。通常の50パーセントより少なくなるのは絶対に御免だ。
「さあ、話は終わりよ。あそこを見て……ゴツゴツした茶色い背中が見えるでしょう?」
「んっ?」
レベッカが指差す方向を木の陰から隠れて見ると、確かに薄茶色の地面の上に濃い茶色のゴツゴツした何かがいる。あれがプロトスクス……? モンスター図鑑で見た事はあったけど、生で見たのは初めてだ。でも、木や草が邪魔して背中しか見えない。気付かれないように移動して、討伐基準の体長8メートルを超えているか確認しないといけない。
(木の枝を踏まないように注意しないと……)
気配を消しつつ、慎重にプロトスクスの全身が見える場所に移動していく。木の陰からソッと顔を出して覗くと、プロトスクスは川辺でのんびりと寝ていた。体長は頭の先から尻尾の先までで、大体12メートルぐらいはありそうだ。あの大きさなら討伐基準は間違いなくクリアしている。倒せればクエスト達成だ。
「大きさはクリアです。俺が応援を呼んでくればいいんですよね?」
「そうね。あれにしましょうか。でも、あんたはここで黙って見張ってなさい。私の方がこの辺には詳しいんだから」
「分かりました」
男として女性を走らせるのは気が引けるが、こういう場合は、レベルが上の冒険者の指示に従うのが暗黙のルールだ。それにこの場所には今日初めて来た。川辺に沿って歩くだけでなので、迷子になるとは思えないが、万が一もある。大人しく従った方がいい。
「いい、絶対に気付かれたら駄目よ。もしも気付かれて追いかけられる事になったら、川辺に沿って、私達の方に向かって全力で逃げなさい。そしたら、合流して助ける事が出来るから。まあ……運悪く他のトカゲが水中から飛び出し来るかもしれないけど、助けが来ない走りにくい森の中を逃げるよりはマシだから」
「そうします。でも、あのトカゲが川の中に入りそうだったり、何処かに行きそうな時はどうしたらいいんですか?」
僕は勇敢な馬鹿じゃない。一人で初見の大型モンスターとは戦わない。それでもモンスターが予想外の行動を取る事は知っている。その場合の対処方法も話し合う必要があるのだ。
「そうねぇ~~? その場合もさっきと同じよ。石ころでも投げつけて、アイツを怒らせたら、私達の方に連れて来ればいいわ。一応は言っておくけど、木の上に登ったりして、ここに足止めするのは危険だから絶対にやめた方がいいわよ。アイツは木登りも出来るから……じゃあ、見つかるんじゃないわよ」
「分かってますよ」
レベッカは十分に、僕に注意事項を教えると、マリク達がいる下流に向かって走って行った。これが僕がレベッカを最後に見た姿だった……とかにはならない。もちろん、逆も然りだ。
♢♦︎♢♦︎♢
さて、プロトスクスはぐっすりと眠っている。物音を立てずにジッと木の陰に隠れていれば起きたりしない。むしろ危険なのは別のプロトスクスや他のモンスターがやってきた場合だ。その場合は戦うべきか、逃げるべきかという微妙な判断が僕個人に要求されてしまう。
(あの足を切るのか……)
このまま気配を消して、寝ているプロトスクスを見るのも退屈なだけだ。折角だし、マリク達が来るまでに頭の中で戦闘シミュレーションぐらいはしておこう。
プロトスクスは別名、ワニトカゲと呼ばれている。それぐらい見た目がトカゲだ。でも、ワニの特徴と習性を多く持っているので、学者達の間ではスマートなワニという事になった。
前足は後ろ足よりは細くて短いが、五本の鋭く長い鉤爪がある。後ろ足は前足よりも太くて長いが、鉤爪は四本で短い。通常は四足歩行だが、後ろ足で立って、二足歩行も出来るらしい。
そして、四本の足を全て破壊したとしても、『デスロール』という巨体を横方向に高速回転させて移動するワニの特技を持っているので、迂闊に近づき過ぎた者は巨体によって押し潰されてしまう。くれぐれも最後まで油断出来ないモンスターだ。
(背中側は頭から尻尾まで硬い鱗で守られているから、狙うなら鱗のないお腹の部分しかないのか……)
「……アベル。おい、アベル」
「んっ?」
聞き覚えのある声が微かに聞こえたと思ったら、木の陰からこっちを見ている茶髪の男がいた。あれはモンスターじゃないから攻撃は出来ない。それに倒しても報酬が出ないので倒す価値もない男だ。
「待たせたな。……あれがプロトスクスか? デカいな」
マリクが物音を立てないように慎重に近づいて来ると、僕が隠れている木の陰から、討伐基準より大きめのプロトスクスを確認した。表情を見る限り、かなりビビっているようだけど、後ろから二人の女性がやってくる。手足のブルブルは何とか抑えないといけないぞ。
「さあ、さっさと行動しないとマズいわよ。これだけの人数が集まれば嫌でも気配が出るわ。まずは私がトカゲを森の奥に誘導するから、あんた達はモニカの攻撃後の隙を狙って、後ろ足を攻撃して……まあ、無理そうなら無理しなくていいから」
「いえ、任せてくださいよ! こんなの楽勝ですよ!」
「……了解です」
やはりレベッカの作戦には変更はないようだ。プロトスクスを川辺から十分に引き離してから本格的に戦う事になる。出来れば転移ゲート近くまで連れて行って倒せれば、素材を持ち帰る僕達が楽になるけど、それは無理だ。転移ゲートまでは三時間近くかかる。あそこまで行く前に追い付かれてしまう。
「じゃあ、モニカは森を焼かないように注意してね」
「分かっているわ。攻撃は絶対に外したりしないから安心して」
「じゃあ、やるわよ。あんた達もしっかりと男を見せなさいよ!」
「はい、頑張り——」
「俺達の本当の実力を見せてやりますよ! なぁ、相棒?」
「ああ……出来るだけ頑張ります」
レベッカの指揮の下に僕達は戦闘を開始した。モニカさんには森を焼いた前科があるようだが気にしたら負けだ。マリクは口だけはやる気十分なようだけど、どう見ても空元気にしか見えない。額の大量の汗と両手両足の武者震いがかなり気になる。残念ながら、この一日限りの冒険者パーティーには不安要素は多数ある。
けれども、僕としてはアリサが作ってくれた昼のお弁当を食べるまでは死ねない。クエストの日のお弁当は、いつもの食卓の食事より少しだけ豪華なのだ。
♢♦︎♢♦︎♢
「んんっ‼︎ まずは先制攻撃の第一投……セイヤァァァ‼︎」
レベッカは重さ20キログラムはありそうな岩を両手で軽々と持ち上げると、15メートルぐらい先のプロトスクスの頭目掛けて投げつけた。岩は放物線を描きながら、グングンと伸びていく。そして、プロトスクスの頭頂部にゴガァンと直撃した。
『グガァー⁉︎』
普通の人間ならば頭蓋骨が砕けて死んでいるけど、プロトスクスは平気なようだ。犬のような叫び声を上げて飛び起きた。
「オラァ! こっち来いよ、トカゲ!」
『グガァァァー‼︎』
何が起こったかと混乱しているプロトスクスは、視界の前で飛び跳ねているレベッカを犯人だと認識したようだ。激昂すると鋭い歯が並んだ大きな口を開けて、猛然とレベッカに向かって走り出した。
「よし、俺達も行くぞ!」
「おうよ!」
戦いは始まった。もう後戻りは出来ない。走り出したレベッカとプロトスクスの後を僕達も追いかける。この先にいるモニカさんが、『爆発魔法・イラプション』という魔法を地面に設置しているはずだ。
モニカさんの説明では、この魔法は遠隔操作で地面に描かれた魔法陣を、火山のように爆発させる事が出来るらしい。なので、巻き込まれないように注意してとの事だ。どれだけの威力かは分からないけど、注意するという事はそれだけの自信があるのだろう。
「はぁ…はぁ…はぁ…かぁ~! 想像よりも数段速いな!」
「はぁ…はぁ…そうだな」
まったく、そんな食い過ぎ飲み過ぎの突き出た腹で速く走れるわけがない。さっきから馬鹿みたいに水の飲み過ぎだし、昨日の婚活パーティーも終了間近まで居残って料理を漁っていたらしい。どっちもクエスト前日、クエスト中にやる事じゃない。この役立たずの茶髪豚野郎め。
『ドォーン‼︎』
「んんっ⁉︎」
俊敏なモンスターとの追いかけっこを続けていると、前方からドォーンという爆発音が聞こえてきた。どうやら、イラプションが発動したようだ。モニカさんに言われた通りに離れていたけど、ただ離されていただけだ。さっさと追いついて、後ろ足の一本ぐらい切り落とさないと、僕は僕で役立たずのヒモ兄にされてしまう。
「くっ! マリク、先に行くぞ!」
「ああ。はぁ…はぁ…はぁ…休憩したい」
追いかけっこはもう終了だ。もう体力を温存する必要はない。左腰に差している剣の鞘を左手でしっかりと握って固定すると、剣の柄を右手でしっかりと握って構えた。狙うは約20メートル先の右後ろ足——『風太刀居合い・疾風』。
「フゥッーー〝発〟」
息を大きく吸い込むと、疾風を発動させて、前に向かって大きく足を踏み出した。一歩足を踏み出すたびにプロトスクスの長くて大きな右後ろ足がグングン迫ってくる。
疾風は風を纏った高速居合い斬りではあるが、効果はそれだけじゃない。現在の僕のレベルならば、居合斬りを発動するまでの三秒間だけ、通常の三倍の速さで走る事が出来る。そして、十分に剣が届く距離まで近づいた瞬間、膝を狙って鞘から剣を一気に解放した。
『〝迅雷〟』
『グガァァーー‼︎』
風を纏った鋼の刀身が、プロトスクスの茶色い硬い鱗を左から右に真一文字に切り裂いた。赤い血がドクドクと後ろ足をつたって、下に流れ落ちていく。けれども、疾風には太くて硬い足を完全に切断する程の攻撃力はない。
(この程度か……)
剣を振り切ると素早く上段に構え直して、両手でしっかりと柄を握り締める。疾風は移動速度と攻撃速度が速いだけの攻撃で、最初から大ダメージを与えられるとは思っていない。本命は『風太刀強斬・地嵐』。習得している三つの剣技の中で一番攻撃力が高い剣技だ。これで駄目なら僕も役立たずだ。
「スゥゥゥーー」
息を大きく吸い込むと、剣に両腕の力と吹き荒れる風の力、この二つの力を合わせた最大の一撃を、一番柔らかそうな右後ろ足・足首に向かって叩きつけた。
『〝斬空〟』
『グガァァァーー‼︎』
プロトスクスの絶叫が耳に轟く。鋼の刀身が肉を切り裂き、骨を砕いて、足首の半分以上を斬り裂いて止まった。もう一撃同じ箇所を攻撃すれば、足首は切断できるだろう。
けれども、ここは深追いせずに素早く退避だ。長い時間接近し過ぎると、『デスロール』がやってくる可能性がある。体長12メートルの巨体の下敷きになって死ぬのはまだまだゴメンだ。
♢♦︎♢♦︎♢
「まあ、そうですけど……」
相棒が病気や怪我で休んでいる時に、別の冒険者と一時的に冒険者パーティーを組み事はよくある話だ。僕も何度かやった事はあるが、報酬の取り分でよく揉めていた。
この話が良いことづくめなのは分かっているけど、上手い話には裏がある。僕の第六感が危ないと訴えている。例え口約束でも、レベッカとパーティーを組む約束をするのは嫌な予感がするのだ。
「だったら問題ないでしょう? 別に嫌なら私は無理にとは言わないわ。同じ条件で私とパーティーを組みたい冒険者は沢山いるでしょうからね。自分の判断で即決できないようなら、この話は——」
「お願いします! 僕とパーティーを組んでください!」
「あら、そう? だったらお願いしようかしら」
くっ、このまま話が無かった事になるのは、やっぱり惜しい。あとで後悔するよりは話に乗った方がマシだ。
「絶対にマリクには内緒でお願いしますよ。バレて報酬が減るのは嫌ですから」
「分かったわ。秘密のパーティーね」
マリクに隠すのは面倒そうだけど、バレなければ良い収入になる。だとしたら三人組でパーティーを組むメリットはないので、マリクには絶対に隠していた方が都合がいい。
僕とレベッカの二人だけならば、僕の報酬は75パーセント。マリクを入れて三人組になったら、僕の報酬は37パーセントになってしまう。通常の50パーセントより少なくなるのは絶対に御免だ。
「さあ、話は終わりよ。あそこを見て……ゴツゴツした茶色い背中が見えるでしょう?」
「んっ?」
レベッカが指差す方向を木の陰から隠れて見ると、確かに薄茶色の地面の上に濃い茶色のゴツゴツした何かがいる。あれがプロトスクス……? モンスター図鑑で見た事はあったけど、生で見たのは初めてだ。でも、木や草が邪魔して背中しか見えない。気付かれないように移動して、討伐基準の体長8メートルを超えているか確認しないといけない。
(木の枝を踏まないように注意しないと……)
気配を消しつつ、慎重にプロトスクスの全身が見える場所に移動していく。木の陰からソッと顔を出して覗くと、プロトスクスは川辺でのんびりと寝ていた。体長は頭の先から尻尾の先までで、大体12メートルぐらいはありそうだ。あの大きさなら討伐基準は間違いなくクリアしている。倒せればクエスト達成だ。
「大きさはクリアです。俺が応援を呼んでくればいいんですよね?」
「そうね。あれにしましょうか。でも、あんたはここで黙って見張ってなさい。私の方がこの辺には詳しいんだから」
「分かりました」
男として女性を走らせるのは気が引けるが、こういう場合は、レベルが上の冒険者の指示に従うのが暗黙のルールだ。それにこの場所には今日初めて来た。川辺に沿って歩くだけでなので、迷子になるとは思えないが、万が一もある。大人しく従った方がいい。
「いい、絶対に気付かれたら駄目よ。もしも気付かれて追いかけられる事になったら、川辺に沿って、私達の方に向かって全力で逃げなさい。そしたら、合流して助ける事が出来るから。まあ……運悪く他のトカゲが水中から飛び出し来るかもしれないけど、助けが来ない走りにくい森の中を逃げるよりはマシだから」
「そうします。でも、あのトカゲが川の中に入りそうだったり、何処かに行きそうな時はどうしたらいいんですか?」
僕は勇敢な馬鹿じゃない。一人で初見の大型モンスターとは戦わない。それでもモンスターが予想外の行動を取る事は知っている。その場合の対処方法も話し合う必要があるのだ。
「そうねぇ~~? その場合もさっきと同じよ。石ころでも投げつけて、アイツを怒らせたら、私達の方に連れて来ればいいわ。一応は言っておくけど、木の上に登ったりして、ここに足止めするのは危険だから絶対にやめた方がいいわよ。アイツは木登りも出来るから……じゃあ、見つかるんじゃないわよ」
「分かってますよ」
レベッカは十分に、僕に注意事項を教えると、マリク達がいる下流に向かって走って行った。これが僕がレベッカを最後に見た姿だった……とかにはならない。もちろん、逆も然りだ。
♢♦︎♢♦︎♢
さて、プロトスクスはぐっすりと眠っている。物音を立てずにジッと木の陰に隠れていれば起きたりしない。むしろ危険なのは別のプロトスクスや他のモンスターがやってきた場合だ。その場合は戦うべきか、逃げるべきかという微妙な判断が僕個人に要求されてしまう。
(あの足を切るのか……)
このまま気配を消して、寝ているプロトスクスを見るのも退屈なだけだ。折角だし、マリク達が来るまでに頭の中で戦闘シミュレーションぐらいはしておこう。
プロトスクスは別名、ワニトカゲと呼ばれている。それぐらい見た目がトカゲだ。でも、ワニの特徴と習性を多く持っているので、学者達の間ではスマートなワニという事になった。
前足は後ろ足よりは細くて短いが、五本の鋭く長い鉤爪がある。後ろ足は前足よりも太くて長いが、鉤爪は四本で短い。通常は四足歩行だが、後ろ足で立って、二足歩行も出来るらしい。
そして、四本の足を全て破壊したとしても、『デスロール』という巨体を横方向に高速回転させて移動するワニの特技を持っているので、迂闊に近づき過ぎた者は巨体によって押し潰されてしまう。くれぐれも最後まで油断出来ないモンスターだ。
(背中側は頭から尻尾まで硬い鱗で守られているから、狙うなら鱗のないお腹の部分しかないのか……)
「……アベル。おい、アベル」
「んっ?」
聞き覚えのある声が微かに聞こえたと思ったら、木の陰からこっちを見ている茶髪の男がいた。あれはモンスターじゃないから攻撃は出来ない。それに倒しても報酬が出ないので倒す価値もない男だ。
「待たせたな。……あれがプロトスクスか? デカいな」
マリクが物音を立てないように慎重に近づいて来ると、僕が隠れている木の陰から、討伐基準より大きめのプロトスクスを確認した。表情を見る限り、かなりビビっているようだけど、後ろから二人の女性がやってくる。手足のブルブルは何とか抑えないといけないぞ。
「さあ、さっさと行動しないとマズいわよ。これだけの人数が集まれば嫌でも気配が出るわ。まずは私がトカゲを森の奥に誘導するから、あんた達はモニカの攻撃後の隙を狙って、後ろ足を攻撃して……まあ、無理そうなら無理しなくていいから」
「いえ、任せてくださいよ! こんなの楽勝ですよ!」
「……了解です」
やはりレベッカの作戦には変更はないようだ。プロトスクスを川辺から十分に引き離してから本格的に戦う事になる。出来れば転移ゲート近くまで連れて行って倒せれば、素材を持ち帰る僕達が楽になるけど、それは無理だ。転移ゲートまでは三時間近くかかる。あそこまで行く前に追い付かれてしまう。
「じゃあ、モニカは森を焼かないように注意してね」
「分かっているわ。攻撃は絶対に外したりしないから安心して」
「じゃあ、やるわよ。あんた達もしっかりと男を見せなさいよ!」
「はい、頑張り——」
「俺達の本当の実力を見せてやりますよ! なぁ、相棒?」
「ああ……出来るだけ頑張ります」
レベッカの指揮の下に僕達は戦闘を開始した。モニカさんには森を焼いた前科があるようだが気にしたら負けだ。マリクは口だけはやる気十分なようだけど、どう見ても空元気にしか見えない。額の大量の汗と両手両足の武者震いがかなり気になる。残念ながら、この一日限りの冒険者パーティーには不安要素は多数ある。
けれども、僕としてはアリサが作ってくれた昼のお弁当を食べるまでは死ねない。クエストの日のお弁当は、いつもの食卓の食事より少しだけ豪華なのだ。
♢♦︎♢♦︎♢
「んんっ‼︎ まずは先制攻撃の第一投……セイヤァァァ‼︎」
レベッカは重さ20キログラムはありそうな岩を両手で軽々と持ち上げると、15メートルぐらい先のプロトスクスの頭目掛けて投げつけた。岩は放物線を描きながら、グングンと伸びていく。そして、プロトスクスの頭頂部にゴガァンと直撃した。
『グガァー⁉︎』
普通の人間ならば頭蓋骨が砕けて死んでいるけど、プロトスクスは平気なようだ。犬のような叫び声を上げて飛び起きた。
「オラァ! こっち来いよ、トカゲ!」
『グガァァァー‼︎』
何が起こったかと混乱しているプロトスクスは、視界の前で飛び跳ねているレベッカを犯人だと認識したようだ。激昂すると鋭い歯が並んだ大きな口を開けて、猛然とレベッカに向かって走り出した。
「よし、俺達も行くぞ!」
「おうよ!」
戦いは始まった。もう後戻りは出来ない。走り出したレベッカとプロトスクスの後を僕達も追いかける。この先にいるモニカさんが、『爆発魔法・イラプション』という魔法を地面に設置しているはずだ。
モニカさんの説明では、この魔法は遠隔操作で地面に描かれた魔法陣を、火山のように爆発させる事が出来るらしい。なので、巻き込まれないように注意してとの事だ。どれだけの威力かは分からないけど、注意するという事はそれだけの自信があるのだろう。
「はぁ…はぁ…はぁ…かぁ~! 想像よりも数段速いな!」
「はぁ…はぁ…そうだな」
まったく、そんな食い過ぎ飲み過ぎの突き出た腹で速く走れるわけがない。さっきから馬鹿みたいに水の飲み過ぎだし、昨日の婚活パーティーも終了間近まで居残って料理を漁っていたらしい。どっちもクエスト前日、クエスト中にやる事じゃない。この役立たずの茶髪豚野郎め。
『ドォーン‼︎』
「んんっ⁉︎」
俊敏なモンスターとの追いかけっこを続けていると、前方からドォーンという爆発音が聞こえてきた。どうやら、イラプションが発動したようだ。モニカさんに言われた通りに離れていたけど、ただ離されていただけだ。さっさと追いついて、後ろ足の一本ぐらい切り落とさないと、僕は僕で役立たずのヒモ兄にされてしまう。
「くっ! マリク、先に行くぞ!」
「ああ。はぁ…はぁ…はぁ…休憩したい」
追いかけっこはもう終了だ。もう体力を温存する必要はない。左腰に差している剣の鞘を左手でしっかりと握って固定すると、剣の柄を右手でしっかりと握って構えた。狙うは約20メートル先の右後ろ足——『風太刀居合い・疾風』。
「フゥッーー〝発〟」
息を大きく吸い込むと、疾風を発動させて、前に向かって大きく足を踏み出した。一歩足を踏み出すたびにプロトスクスの長くて大きな右後ろ足がグングン迫ってくる。
疾風は風を纏った高速居合い斬りではあるが、効果はそれだけじゃない。現在の僕のレベルならば、居合斬りを発動するまでの三秒間だけ、通常の三倍の速さで走る事が出来る。そして、十分に剣が届く距離まで近づいた瞬間、膝を狙って鞘から剣を一気に解放した。
『〝迅雷〟』
『グガァァーー‼︎』
風を纏った鋼の刀身が、プロトスクスの茶色い硬い鱗を左から右に真一文字に切り裂いた。赤い血がドクドクと後ろ足をつたって、下に流れ落ちていく。けれども、疾風には太くて硬い足を完全に切断する程の攻撃力はない。
(この程度か……)
剣を振り切ると素早く上段に構え直して、両手でしっかりと柄を握り締める。疾風は移動速度と攻撃速度が速いだけの攻撃で、最初から大ダメージを与えられるとは思っていない。本命は『風太刀強斬・地嵐』。習得している三つの剣技の中で一番攻撃力が高い剣技だ。これで駄目なら僕も役立たずだ。
「スゥゥゥーー」
息を大きく吸い込むと、剣に両腕の力と吹き荒れる風の力、この二つの力を合わせた最大の一撃を、一番柔らかそうな右後ろ足・足首に向かって叩きつけた。
『〝斬空〟』
『グガァァァーー‼︎』
プロトスクスの絶叫が耳に轟く。鋼の刀身が肉を切り裂き、骨を砕いて、足首の半分以上を斬り裂いて止まった。もう一撃同じ箇所を攻撃すれば、足首は切断できるだろう。
けれども、ここは深追いせずに素早く退避だ。長い時間接近し過ぎると、『デスロール』がやってくる可能性がある。体長12メートルの巨体の下敷きになって死ぬのはまだまだゴメンだ。
♢♦︎♢♦︎♢
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
婚活パーティで天敵と再会した王女と聖女の話
しがついつか
ファンタジー
婚約者の心変わりにより、婚約を解消した王女のエメラルド。
彼のことは愛していなかったので婚約の解消自体は快く受け入れた。
だが、新たな婚約者を決めようにも、国内の優良物件はすべて完売済み…。
国内での縁談に見切りをつけた彼女は、他国で開催される婚活パーティに参加したのだが、
なんとそこには彼女の天敵である聖女ソフィアの姿があった。
(なんでアイツがここにいるのよ!)
新米女神トモミの奮闘記
広野香盃
ファンタジー
私はトモミ、食べるの大好き、ちょっとぽっちゃりなOLだ。昨日愛するハルちゃんと結婚したばかりの幸せ一杯の新婚さんである。今日は新婚旅行を兼ねてハルちゃんのお母様に初めてのご挨拶に来ている。場所は地球から遠く離れた惑星ルーテシア。お義母様はこの惑星の女神様なのだ。何? 私に後を継いでこの惑星の女神になれって? 無理です、私ただの人間ですよ。女神なんかに成れるわけないじゃないですか。え、私の前世は女神、それもお義母様より上位の? お義母様はもうすぐこの惑星を去らなくてはいけなくて、私が女神にならないとこの惑星が滅ぶ? これは、新米女神となった私が愛するハルちゃんと一緒に惑星ルーテシアを滅亡から救うためにまったりと頑張る話です。
R15は保険です。魔法と冒険の世界ですが戦闘シーンはほとんどありません。
外部サイト(小説家になろう)のURLを登録していましたが、直接投稿した方がたくさんの人に読んでもらえそうなので切り替えました。
少し残念なお嬢様の異世界英雄譚
雛山
ファンタジー
性格以外はほぼ完璧な少し残念なお嬢様が、事故で亡くなったけど。
美少女魔王様に召喚されてしまいましたとさ。
お嬢様を呼んだ魔王様は、お嬢様に自分の国を助けてとお願いします。
美少女大好きサブカル大好きの残念お嬢様は根拠も無しに安請け合い。
そんなお嬢様が異世界でモンスター相手にステゴロ無双しつつ、変な仲間たちと魔王様のお国を再建するために冒険者になってみたり特産物を作ったりと頑張るお話です。
©雛山 2019/3/4
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
金眼のサクセサー[完結]
秋雨薫
ファンタジー
魔物の森に住む不死の青年とお城脱走が趣味のお転婆王女さまの出会いから始まる物語。
遥か昔、マカニシア大陸を混沌に陥れた魔獣リィスクレウムはとある英雄によって討伐された。
――しかし、五百年後。
魔物の森で発見された人間の赤ん坊の右目は魔獣と同じ色だった――
最悪の魔獣リィスクレウムの右目を持ち、不死の力を持ってしまい、村人から忌み子と呼ばれながら生きる青年リィと、好奇心旺盛のお転婆王女アメルシアことアメリーの出会いから、マカニシア大陸を大きく揺るがす事態が起きるーー!!
リィは何故500年前に討伐されたはずのリィスクレウムの瞳を持っているのか。
マカニシア大陸に潜む500年前の秘密が明らかにーー
※流血や残酷なシーンがあります※
私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる