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初恋に蓋をして

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 「シェイラ。またこんな時間まで外にいたのか。相手はあの侯爵家の息子か? お前ももう十六で子どもではないんだ。妙齢の男女がいつまでも一緒にいては、あらぬ噂を立てられてしまう」

 「いやねお父様。私とカリュードはそんなんじゃないわ」

 父の小言を流しながら自室に入り、ソファへ倒れ込むように腰掛けた。


 (本当は、カリュードが、好き……)

 カリュードは黒髪に冷たいほどの青い瞳を持つ見目麗しい男性へと成長していた。
 幼いころからずっとそばでその様子を見続けていた私が、彼に惹かれてしまうのは自然の成り行きだろう。
 だが彼はいつまでたっても、私のことを一人の女性としては見てくれていないようだ。
 それに、彼の実家ミュラー侯爵家では国内でも有数の名門貴族。
 対して私の実家であるトクソン伯爵家は、伯爵の中でも下に位置する平凡貴族だ。
 彼との縁を望むことなど、身分不相応なのかもしれない。

 この国では女性は十八歳までに婚約者を決めるのが普通である。
 私も十六歳の終わりが近づき、そろそろこのままではいられないことくらいわかっていた。

 だが素直な気持ちを伝えて彼に拒絶されるのが怖い。
 今まで通りの関係が壊れてしまうくらいなら、この想いは胸に秘めておいた方がいい。
 私はそんな風に自分の思いに蓋をしようと決めていた。



 「失礼、トクソン伯爵令嬢。 ぜひ一曲、お願いしたい」

 父に促され嫌々ながら参加した舞踏会。
 私は数人の男性にダンスに誘われ、それぞれ一曲だけという約束で時間を共にしていた。

 「以前からあなたとお近づきになりたいと思っていました。あなたの美しさは宝石のようです」

 どこかの伯爵家の息子と言っていただろうか。
 よくもこうまで薄っぺらい台詞がスラスラと浮かぶものだと感心する。
 だが私が結婚するとなれば、この程度のような男性しか残っていないのだろう。

 「シェイラ嬢……とお呼びしても? 」

 「え、ええ、かまいませんわ」

 「シェイラ嬢、私にあなたと二人きりで過ごす許可をいただけますか? 」

 この国では、貴族の男女が二人で過ごすということは大きな意味を持っていた。
 お互い将来を誓い合った関係だとみなされるのである。
 そのため、知り合って間もない男女はこうした人目につく場所で逢瀬を重ねるか、手紙のやり取りを重ねて仲を深めていくのである。
 この伯爵令息は私と二人きりになる許可を求めた。
 この申し出を私が受け入れれば、私たちは将来を約束した関係だと周囲の目には映るだろう。

 私はまじまじと相手の男性の顔を見た。
 薄茶色で柔らかそうな癖毛に、オレンジがかった瞳が子犬のようだ。
 決して、悪くはない。
 先ほどから浮き足立つようなセリフばかり聞かされているが、それも結婚すれば落ち着くだろう。
 そして何より、相手は私と同じ伯爵家の出身だ。
 身分差で辛い思いをすることもないだろう。
 早くカリュードへの苦い思いは忘れてしまいたい。
 彼が婚約者を見つける前に、自分の婚約を済ませておきたい、そんな不純な動機もあったのだ。



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