36 / 38
砂のセーラー服と僕、そして彼
ボーダー f beast
しおりを挟むこれは白い部屋に、彼といた灰色の獣だ。
最高純度と最も長くいたあの灰色。
白と黒の混ざった灰色。
獣は誰も死なない最高の都市の、外側で生きていた。
彼もまた、死を知らなかった。
彼の記憶。
けたたましい金属音が響いた。
金物が薄汚れた高架下のアスファルトに散らばってはねた。
一匹のネズミが人混みの合間を駆け抜ける。
後を追う男と女、数人も人にぶつかり浴びせられた罵声を気にも留めずに必死の形相だ。
「舐めるな、ネズミ風情が!」
1人の女が叫び、次の瞬間猫に姿を変えた。
後ろの男はネズミに姿を変え、さらに後ろを追っていた男は舌打ちをして、怒りを滲ませ「任せた!」と怒鳴った。
追われるネズミは追手の様子を確認し、ネズミが入れる程度の排水口らしき穴を見つけて飛び込んだ。
暗く、湿った、酷い匂いの穴を駆け抜ける。
後ろ足、前足、全身の筋肉が燃えるように熱い気がした。
後ろから気配が迫る。追ってきている。
広い地下道の壁の穴につながっていたらしく、飛び降り今度は地下道を走り出す。
後ろを見ると2匹のネズミが壁の穴から飛び降りるのが見えた。
「猫がネズミになれねえわけねえだろ!馬鹿が!」
叫ぶ女の声がトンネルにこだまする。
女は再び猫に姿を変え、みるみる距離を縮めた。
ネズミは迫る猫を認識しつつ、全力で駆けた。
(もう少し…)
ネズミは賭けに出ていた。
(あと…6、5…)
猫は既にネズミに追い付いていた。ネズミは右へ左へ不規則に進路を変え、猫の爪をすんでのところで躱す。
(1…まだか!)
「うらあ!」
猫が叫びながら伸ばした腕の軌道がネズミを捕らえた。
ネズミの黒い瞳に鋭い爪が弾いた蛍光灯の光が映る。
しかし、予想に反して鈍い呻きとともに体をのけぞらせたのは猫だった。
後ろを追っていたネズミも倒れ痙攣している。
「あっぶねえ」
追われていたネズミは呟き、耳を震わせた。
目の前で苦しみ暴れる猫とその向こうのネズミを冷静に見やる。
「お…まえ」
猫が血を吐き、地面を掻き毟りながらネズミをこれ以上なく憎らしげに見た。
「なぜ…ネズミごときが…」
ネズミは猫の顔の正面に立ち、肩を竦めた。
「なぜって…ネズミごときじゃないからさ。大方、清掃があったとしても猫の自分は大丈夫だと思ってたんだろ?残念だったな、このトンネルは先々週あたりから清掃強化区域だ。覚えとけよ」
猫は牙が折れそうなほど歯軋りをし、力を振り絞ってネズミに向かって爪を振り抜いた。
ネズミは涼しくそれを躱すと猫に背を向けた。
「じゃあな。後ろのネズミにもよろしく伝えといて」
そう言ってトンネルを歩き出したネズミは数メートル先で足を止めた。
「そうだ。冥土の土産話ってやつにしてよ。ネズミごときじゃないならなんなのかっていうと、そうだね…」
ネズミは灰色の獣に姿を変えた。猫よりずっと大きく、大きな耳と大きな尾を持つ、狼のように見える。
「犬ごとき?かな?」
灰色の獣は控えめな笑い声を置いて、歩き去った。
レベルがある。希少なほど高い。何にもなれない人間もいる。
世界は荒れている。あちこちにスラムがある。獣になれる人間の方が生きやすい。
何にもなれない人間は疎ましく思っているが、表立って迫害しようとすると叶わないので事実上は共存している。混ざり合っている。
各地に避難所のような共同生活のための大施設がある。服や食べ物を配ったり、粗末で狭い寝るための場所を提供している。
たまに獣化による事件がある。
強い獣になった人間が暴れ、横暴な要求をしたり、突然大型動物になった人間が錯乱して破壊行動をしたり。
急な獣化により人への戻り方がわからない人もしばしば生じ、元の暮らしに戻れず(とは言ってももとも大した暮らしではないが)露頭に迷うことになる。
獣化はおそらく獣の頭数に応じて起こる。
家畜の出産期になると豚、牛になる人間が急増する。
大概は姿を切り替えられるようになるので生活に問題はないが、獣の姿を得た人間は大概、程度に差はあれその獣を食肉の対象とすることに抵抗を感じ、菜食主義に寄る。また畜産の廃止を求める運動を起こす人もおり、無視できない声の大きさを持ってきている。
ピュリティ、とかいうのが関係しているらしい。名前しか知らない。外の連中はみんなそうだろう。
なんにせよ、あの最高最悪な都市が、目に見えないあらゆるものの根本を歪ませたらしい。
あの中には死がないんだとさ。
目に見えないが時折虹色に歪むあのフィールドが、外と中を強靭に、それこそ原子レベルよりも厳密に隔てている。
ピュリティが少し高いと、ふとした弾みでぶれて、近い生命…今んとこは哺乳類らしい…の肉体と重なる。
高いほど、希有な生命に重なることができるらしい。
人は知性体、感情体、肉体で、他の哺乳類は感情体と肉体。肉体はレベルとして最下位で、一番ぶれやすいらしい。直感とは少し異なるが。
いずれも波動で、ぶれるし重なる。
そんだけ。
へー。
理解も想像もできねえな。
ひとまず、現実はある。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる