クズヒロインなのになぜか人が寄ってくる

キリアイスズ

文字の大きさ
上 下
102 / 115

「そんなこと、知るか」

しおりを挟む
バスティアンはこほんと咳払いし、立ち上がった。

「とりあえず謝るよ。ちょっと強く握りしめたからさ」

「ちょっと?めちゃくちゃ痛かったんだけど」

私は握られた自分の腕をさする。いまだにじんじんとした痺れる痛みが残っている。

「それは………………ごめん」

バスティアンは頭を下げた。

「別に僕の上にそのまま転んでもよかったのに」

そんな気色悪いことできるか。

「女の人が上に転がってきたからって怪我するほどヤワじゃないのに」

「は?」

「何時間も舞台の上で動き回るから、けっこう鍛えているつもりだから」

「あ?」

もしかして私が覆いかぶさらないように右手のノアを使った理由がバスティアンに怪我を負わせないためだって思われてる?そんなツンデレみたいな考えを私がしてるって思われてる?
ふざけんな。何、気色悪い勘違いしているんだ。

「ねぇ、さっきのってあんたのノア?」

「知らない」

私は体を傾けた時、落としてしまった帽子を拾い、ぷいっと顔を背けた。

「いや、ノアだよね………………ふっ」

今度は隠すことなくプッとバスティアンは噴き出した。

「今確実に笑っただろ?」

ムカつきすぎて頭が冷静になってきた。
考えてみると今の私って端から見たら不快感で顔を背けたんじゃなく照れて顔を背けたように見えないか。
またしてもツンデレだって誤解されてる?私がツンデレ?
まじありえない。

「でも、君だって悪いんだよ?ぜんぜん僕の話を聞いてくれないからさ」

「………………帰る」

私は帽子を深く被りながら言い捨てた。

「だから今から………………って、え?」

ダメだ。これ以上ここにいると目の前の諸悪の根源を引っ叩いてしまうだろう。引っ叩いてもいいが、ノアを使ったせいで体力と気力のほとんどを消費してしまった。残っている体力と気力は帰路に就くことに費やしたい。腕をぶん回してギリギリ残っているものを消費したくない。

すごいな、私。ムカついていてもこうやって頭の中で冷静に処理できるんだから。

私は再び、くるりと体を回した。

「ちょっと待って。話を聞いてくれるんじゃないの?」

またしても両手で掴まれた。さっきと同じ格好になる。

「………………いちいち腕掴むな。この腕掴みモンスター」

腕を引いたがやっぱり離してくれそうにない。無理に振り払おうとすれば、きっとさっきの二の舞になるのは目に見えている。

腕の引っ張り合いになり、最終的には二人ともすっ転ぶ展開。しかも、もうノアで体を支える自信がないため、額と額がくっついた時以上の大惨事になる可能性大。

本当は帰りたい。帰りたくて帰りたくてたまらない。でも、このままだとさっきと同じ展開になる。

またしても乙女ゲームのお決まりの格好になるくらいなら………………。


「………………あ~、もう」

私はこれ以上ないくらい脱力し、体をバスティアンの方向に嫌々向ける。

「私、早く帰って寝たいの。3分くらいで話して」

バスティアンは私がやっと話を聞く態勢に入ったことにほっと息をつき、ずっと掴んでいた私の腕を離した。

結局はこうなるのか。
私が何をしようが私がヒロインである限り、面倒事には巻き込まれる運命なのか。

「で、話って何?」

私は不機嫌丸出しのオーラを出しながらも、聞きの体勢に入る。
まぁ、一応予想はだいたいつくけど。

「まだ返事聞かせてもらってない」

「返事?」

「次の舞台に来てくれるかどうかの返事」

「私の返事を聞くためだけに私を引き止めたの?」

「そうだよ」

バスティアンは迷いのない声で答えた。
よくもまぁ、そんなまっすぐな瞳を心底うんざりしている人間に向けられるな。

「だって、僕は舞台に来てほしい返事を「はい」か「いいえ」で答えてほしかっただけなのにあんたは「後日」というはっきりしない答えしか出さなかった。僕、そういう物事をうやむやにするのって嫌いなんだ」

わざとうやむやにしたんだよ。適当にはぐらかせば、私への興味も自然となくなると思っていた。
まさか、こうも裏目に出るとは思わなかった。

「それで来てくれる?くれない?」

「どうせ私が行かないって言っても諦めないくせに」

「もちろん。用事があるのならしかたないけど、その時は次回公演のチケットを受け取ってもらおうと思ってる」

即答か。

「なんでだよ。そもそも舞台公演見る、見ないなんて客の自由のはずだろ?ていうかそんなの私よりもオマエのほうがわかってると思うけど。舞台に興味ある人間だっているし興味ない人間だっている。別にいいじゃん、私みたいに舞台にまったく興味を持てない人間がいても。なんで、役者のオマエがたった一回観ただけの客にこうも執着するんだよ。どうせだったら、行きたいって言っている人間を誘えばいいだろ」

私は思いの丈を早口でまくし立てた。
そして後悔した。
しまった、と。

「僕も………わかってるよそんなこと。こうやって観ることを強要するのはルール違反だって。でも僕は………………やっぱり悔しいんだ。だって僕には、舞台しかないから。僕実は………」

あ~あ、語り出しちゃったよ。

「実は僕は赤ん坊の頃、劇場前に捨てられていたんだ。どんなに探しても親を見つからなかったらしくて。だから僕にとっては劇場が家であり、団員の皆が家族なんだ。劇場には個性的な人間がたくさん集まった役者が多いけど、僕をここまで育ててくれたいい人たちばかりなんだ」

「へぇ(棒読み)」

なんで、乙女ゲームに限らずフィクションの登場人物ってさほど親しくもない人間にそんな身の上話を聞かせるんだよ。

「まだ、裏方しかやらせてもらえなかったある日」

そして、さかのぼるのか。

「開演前、客席を見た時一組の夫婦にちょっと目がいったんだ。奥さんは今か今かと楽しみにしていたんだけど夫はさほど興味もなさそうな様子であくびをしていたんだ。たぶん、奥さんの付き添いで来たんだろうね。舞台袖で見た時今にも眠そうな夫を見て「寝るのに時間の問題だな」って思った。でも舞台の終盤、ふと舞台袖から客席の様子を見た時、驚いたよ。てっきり寝てると思っていた夫が奥さん以上に目を輝かせていたんだ」

「へぇ(棒読み)」

私と同じだ………いや、同じじゃないな。
私は舞台の終盤辺りから完全に眠りに落ちてたからな。

「僕は他の客席のほうにも目を向けてみたんだ。皆、夫婦と同じような表情で舞台を見てたんだ。一人一人が舞台上の役者の演技に息を呑み、釘付けになっていた。僕はその時、あることに気づいたんだ。劇が進めば進むほど役者たちの演技も活き活きしてきたんだ。まるで観客たちの歓声をエネルギーにしていってるようだった。クライマックス辺りではもうすでに舞台と客席の間に一体感が出ていたんだ」

「へぇ(棒読み)」

私は寝てたから一体感も何もないんだけど。

「その時まで僕はあまり客席のほうなんてさほど気にしてなかったんだ。子供だったからね。ただ演技が上手くなりたいって思っていただけだった。でも、それは間違いだって気づいた。カーテンコールのスタンディングオペーションの時、思った。僕もあの一体感の中に入りたいって………僕も観客の心を動かせるような演技をしたいって。それからは気持ちを新たにして、今まで以上に練習に励んだんだ」

「へぇ(棒読み)」

この話、いつまで続くんだ。こういう語りってやっぱり長いな。

「そして初めての主演の時だった。芝居が終わった瞬間心が震えたよ。舞台上に向けられた客からの拍手喝采に鳥肌が立った、そして感動で流す客の涙が僕にとっては何者にも代えがたい宝物のように思えた。僕は………この瞬間のためにずっと頑張ってきたんだって思えた。この感動を忘れてはいけないって思った。だから、芝居は上手ければいいなんて思い上がった考えは捨てようって思った」

「……………へぇ(棒読み)」

なんか、聞いてるだけなのに疲れてきたな。3分なんてとうに過ぎてるぞ絶対。

「でも最近、正直なところ忘れかけてたんだ。もちろん、舞台には全力で臨んでいるし手だって抜いてるつもりはない。でも………熱くなれないんだ。客席の歓声に初めて舞台に立ったかのような感動ができなくなっていた」

「………………」

そういうものなんじゃないの。
なんか返事するのが面倒くさくなってきた。

「いつからかな、客の歓声に心が動かなくなったのは。最近、マナーの悪い客が増えているんだよね、そのせいかな。サインとか握手をもらおうと無理やり楽屋に入り込んだり、記念と称して小道具を盗もうとしたり。しかもそれが僕に関係するものがほとんどで………………はぁ」

これまで饒舌に語っていたバスティアンがどんよりとした表情でため息を吐いた。この様子だと今言ったことがしょっちゅうあるのだろう。ありすぎるから初対面の私たちに対する態度もつっけんどんな感じになったんだろうな。

「芝居に手ごたえを感じたい、でもどうすればいいのかわからない、そんな歯がゆい思いをずっと抱えていた時、寝ているあんたの姿が目に入った」

「私?」

「うちの劇団の芝居って客受けがいいって有名だから、開演前ならともかくクライマックスまで寝てる客って珍しいんだよ。ずっと寝てる客なんて本当、久しぶりだった。僕らが声を張り上げても、良い演技をしてもあんたぜんぜん起きないし………正直僕以外の役者も顔には出さないようにしていたけど相当悔しかったと思う」

確かにな、寝息まで立てられたらムカつくかもな。

「僕もすっごく悔しかったしすっごくムカついた。それと同時に思い出したんだよ。さっき話した夫婦のこと。あんたを見ていて思い出したんだ、『客の心を動かせる演技をしたい』っていうあの時の気持ちを。そしてこの悔しいっていう気持ちこそが今の僕に足りなかったって気づいたんだ」

「それで?」

「今、この気持ちのまま次の公演に臨みたい。今の僕に足りないものが掴めるような気がしてならないんだ」

「だから?」

「だから、あんたに次の公演を観に来てほしんだ。あの時の僕と、次の公演の時の僕とでは絶対に違うから」

バスティアンは今までにないくらい真剣な眼差しで私を見つめてくる。
まるで、勝負事を挑むかのような勢いだ。

「次の公演は今までにない最高の劇にするつもり。絶対にあんたの心を動かす芝居をするから僕らの芝居を観に来てほしいんだ」

バスティアンはじりじりと私に近寄ってくる。

そんな真剣な面持ちのバスティアンに向けて私は手を伸ばした。ゆっくりと右手を持ち上げ、指先をバスティアンの胸元辺りまで持っていく。

そして今、感じている思いの丈を私は言葉にした。

「そんなこと、知るか」

バスティアンの長ったらしい自分語りのおかげで気力と体力が幾分か回復した。その回復したノアを今使うのにちょうどいいと思い、私は指先に込めたノアでバスティアンをポンと押した。

「うわ!?」

案の定、バスティアンは尻もちをつく。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

世界一可愛い私、夫と娘に逃げられちゃった!

月見里ゆずる(やまなしゆずる)
ライト文芸
私、依田結花! 37歳! みんな、ゆいちゃんって呼んでね! 大学卒業してから1回も働いたことないの! 23で娘が生まれて、中学生の親にしてはかなり若い方よ。 夫は自営業。でも最近忙しくって、友達やお母さんと遊んで散財しているの。 娘は反抗期で仲が悪いし。 そんな中、夫が仕事中に倒れてしまった。 夫が働けなくなったら、ゆいちゃんどうしたらいいの?! 退院そいてもうちに戻ってこないし! そしたらしばらく距離置こうって! 娘もお母さんと一緒にいたくないって。 しかもあれもこれも、今までのことぜーんぶバレちゃった! もしかして夫と娘に逃げられちゃうの?! 離婚されちゃう?! 世界一可愛いゆいちゃんが、働くのも離婚も別居なんてあり得ない! 結婚時の約束はどうなるの?! 不履行よ! 自分大好き!  周りからチヤホヤされるのが当たり前!  長年わがまま放題の(精神が)成長しない系ヒロインの末路。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

すり替えられた公爵令嬢

鈴蘭
恋愛
帝国から嫁いで来た正妻キャサリンと離縁したあと、キャサリンとの間に出来た娘を捨てて、元婚約者アマンダとの間に出来た娘を嫡子として第一王子の婚約者に差し出したオルターナ公爵。 しかし王家は帝国との繋がりを求め、キャサリンの血を引く娘を欲していた。 妹が入れ替わった事に気付いた兄のルーカスは、事実を親友でもある第一王子のアルフレッドに告げるが、幼い二人にはどうする事も出来ず時間だけが流れて行く。 本来なら庶子として育つ筈だったマルゲリーターは公爵と後妻に溺愛されており、自身の中に高貴な血が流れていると信じて疑いもしていない、我儘で自分勝手な公女として育っていた。 完璧だと思われていた娘の入れ替えは、捨てた娘が学園に入学して来た事で、綻びを見せて行く。 視点がコロコロかわるので、ナレーション形式にしてみました。 お話が長いので、主要な登場人物を紹介します。 ロイズ王国 エレイン・フルール男爵令嬢 15歳 ルーカス・オルターナ公爵令息 17歳 アルフレッド・ロイズ第一王子 17歳 マルゲリーター・オルターナ公爵令嬢 15歳 マルゲリーターの母 アマンダ パトリシア・アンバタサー エレインのクラスメイト アルフレッドの側近 カシュー・イーシヤ 18歳 ダニエル・ウイロー 16歳 マシュー・イーシヤ 15歳 帝国 エレインとルーカスの母 キャサリン帝国の侯爵令嬢(皇帝の姪) キャサリンの再婚相手 アンドレイ(キャサリンの従兄妹) 隣国ルタオー王国 バーバラ王女

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

処理中です...