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44 驚愕 オリバー視点

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この日、私はレビンストン公爵として招待された王宮の舞踏会に訪れていた。


「……」


貴族令嬢たちが熱のこもった目で私を見つめながらヒソヒソと話をしている。


「レビンストン公爵様よ……何て素敵な方なのかしら……」
「ぜひ一曲踊っていただきたいわ……」


(私に近寄るな)


私は今にも寄ってこようとする貴族令嬢たちを絶対零度の瞳で制した。
彼女たちはビクリとなって、すぐに私から距離を置いた。
これでもう近付けまい。


何故私がこんな風にするのか。
それにはわけがあった。


(ふぅ……何とかローザを説得出来たな……)


私は周囲に誰もいなくなったところでふぅと一息ついた。
まだ一曲も踊っていないというのに、酷く疲れていた。


そこで私は、ほんの数時間前の公爵邸でのことを思い返していた。





『お城で舞踏会があるの!?私も行きたいわ、オリバー!』
『ローザ……君はダメだ』


目を輝かせながらそう言った彼女に、私はハッキリと告げた。
思えば、ローザの頼みを断ったのは初めてかもしれない。
私の言っていることの意味が分からないのか、彼女はきょとんとした顔になった。


『どうして?私はもうあなたの妻でしょう?』
『まだ正式な妻にしたわけではない。だから君を連れて行くことは出来ない』
『嫌よ!私どうしても行きたいわ!ずっと憧れていたもの!』
『ローザ……』


彼女はこうも物分かりが悪い人だっただろうか。
市井にいた頃はもっと慎ましい女だったような気がするが。


『ローザ、分かってくれ……君も知っているだろう?この国では愛人を持ってはいけないということを』
『ええ、知っているわ。でもそれと一体何の関係があるの?』
『今君を連れて行ったらそれこそ周囲の貴族たちに疑われてしまうだろう……リオのためにも、今日のところは我慢してくれないか』
『……そこまで言うなら分かったわ』


リオのことを出すとローザはようやく納得してくれた。





出発する前だというのにローザの相手をしたことでかなり疲れが溜まってしまった。
結果として、何とか分かってくれたから良かったが。


しかし、私の悩みの種はローザの我儘以外にももう一つあった。


(リオのことをどうするべきか……)


ローザとの間に生まれた一人息子であるリオは今年で十歳だ。
そのことだけは変えられない。


公爵家の跡継ぎはあの子しかいないため、公表しないというわけにもいかない。


(……元妻と結婚する前に一夜限りの関係を持った女が身籠った……ということにしておくか)


ローザには悪いが、そうするしかリオを守る方法はない。
それでももちろん醜聞にはなるものの、愛人を囲っていたということに比べれば世間からの風当たりはだいぶマシになるだろう。
ローザを正式に公爵夫人にすれば私生児だと後ろ指を差す者もいなくなるはずだ。


(そういえば……あの女は来ているのか?)


元妻は今日の舞踏会に参加しているのだろうか。
ふとそのことが気になった私は、会場の中を見渡してみる。


しかし、それらしき人物はいない。


(やっぱり来ていないか……)


離婚したばかりなのだから当然だろう。
むしろ来ていなくて良かった。
これであの女と顔を合わせる心配も無い。


会場の空気を息苦しく感じた私は、ホールを出ることにした。
そしてその先である人物と出会うこととなる。


(おい……嘘だろう……?)


ギョッとした顔でこちらを見つめているのは、何と元妻のエミリアだった。
しかし私は、彼女と偶然出会ったことよりもその容姿に驚きを隠せなかった。


(待て……この女はこれほどまでに美しかったのか……?)


以前の面影は若干残っているものの、元妻のことをよく知らない人間なら気付かないほどに彼女は変わっていた。
まるで女神を見ているかのようだ。


私の記憶にある元妻はいつだって地味な女だった。
ドレスも質素な物しか着ないし、化粧だってほとんどしなかった。
それなのに――


(……一体どういう風の吹き回しだ?)


気付けば私は、すぐにでもこの場を去ろうとする元妻を引き留めていた。
そんなことをするつもりはなかった。
ただ単に、彼女に興味が湧いたのだ。


しかし、彼女はもう私に対する気持ちは失せているらしく関わったところで冷たくあしらわれただけだった。
それでも私はしばらくの間、彼女が去って行った方向から目を離せないでいた。


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