【完結】捨てられた侯爵令息は、王子に深い愛を注がれる

藍沢真啓/庚あき

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一章

求婚

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 フレデリク・カーネリアン第二王子。
 彼はカーネリアン王と正妃との間に生まれた子だった。この国は生まれた順で後継位が決まり、現在の王太子は側妃との間に生まれたエミリオよりふたつ上のアレクシスだ。彼は将来賢王になるだろうと言われるほど、思慮深い穏やかな人だった。
 同様にフレデリクも正妃の子だと威張り散らす事もなく、兄王太子を支え、控えめに過ごされてるという。彼もエミリオよりふたつ年上――つまり数刻遅く生まれただけで、第二王子となった悲劇の人でもある。
 なぜ、そんな高貴な人が、王都から離れた領地へ、それもエミリオに会いに来たのか。
 予想しても埒があかないと、祖母と並んで急いで客間へと向かった。

「あなた、エミリオを連れてきましたわ」
「入れ」

 祖母がノックをして入室を請うと、低く不機嫌な声音が扉越しに聞こえる。客人を前にこのような声を出すなんて、何かあったのだろうか。疑問は次から次に湧いてくるが、エミリオは表情に乗せないよう祖母の続いて客間へと入った。
 淡いグリーンベースの壁紙と、焦げ茶の家具。ファブリックは夜のような紺色が邪魔ないように配置されて過ごしやすい。テーブルに飾られたコオニユリのオレンジが色を添えていた。
 室内だけを見れば女主人である祖母の気質を表したような雰囲気にほっとできるも、テーブル越しに相対する祖父とフレデリクの剣呑とした空気がそれを台無しにしている。王家に忠誠を誓う祖父にしては、あまりな態度に首を傾げながらもエミリオは口を開く。

「お祖父様、僕にお客様と……」
「エミリオ!」

 しかしエミリオの言葉は途中で遮られ、すぐさま視界も広い影によって閉ざされた。

「エミリオ久しぶりだね! 息災のようで安心したよ!」

 頭上から聞こえる喜色めいたその声は、懐かしさもあり、そして恐れ多くもあってエミリオは硬直したまま受け入れるしかなかった。
 包み込む体温と、仄かに香る甘い香りは、エミリオが結婚する前からこうして慣れ親しんだものだった。しかし、出戻りの今では、相手に下手な誤解を招く恐れもある。その前に彼は高貴な存在なのだ。夫にも両親にも捨てられた自分が触れていいものではない。

「あ、あの。フレデリク様……っ」
「ん? どうしたのかな? ああ、そうだ。折角こんな近くにいるのに、あまりに嬉しすぎて君の可愛らしい顔を見るのを忘れてたよ」
「いえ……そうではなく」

 エミリオは扉の近くに待機している騎士の冷ややかな視線を痛烈に感じ、やんわりとフレデリクの広く厚い胸を押す。

「申し訳ございません、御身に触れる事をお許しください」

 俯いたままぐっとフレデリクとの距離を広げたものの、抱きしめる力が強くて、非力なエミリオでは僅かしか隙間が空かなかった。

「フレデリク王子、エミリオ様がお困りの様子。嬉しいのは分かりますが、彼を困らせるのは得策ではないかと」

 ふと、騎士がフレデリクをたしなめるのが聞こえ、フレデリクが「しかたないな」と不貞腐れる声と共にエミリオを解放してくれた。
 ようやく一息ついたエミリオは、臣下の礼を取ろうと跪こうとしたが。

「エミリオ。今日は王子として君に会いに来たんじゃないんだ」

 だから礼は不要だよ、と言って微笑むフレデリクは、エミリオの腰を引き寄せ、左手を削れた頬をそっと撫でる。

「前に会ったのは、君がレッセン伯爵子息と婚姻を結んだ時だったかな。……随分と頬が痩せている。君の苦労が偲ばれるよ……」
「フレデリク王子……わたしのような者に過分なお言葉を……ありがとうございます」
「『わたしのような者』だなんて、自分を卑下しちゃいけないよ、エミリオ。それに、前から言ってただろう? 王子なんて付属は必要ないと。ほら、フレデリクって呼んでごらん? 可愛いエミリオ」

 糖蜜のような甘い甘い言葉に、エミリオの白い肌は赤く色づく。

 フレデリクとは兄を通じて知り合った程度だ。あまたの中のひとりでしかなかったエミリオを、フレデリクはなぜか目にかけてくれ、クライドと結婚するまでは週に一回の割合で王城でお茶をする関係までになっていた。
 銀の髪にとろりとした赤い飴玉のような瞳を持つフレデリクは、王太子である兄のアレクシスより優秀だと言われながらも、兄を影で支える慎ましい人だと評価されている。しかしエミリオにとっては、実の兄よりも頼もしい存在で、以前実兄との事で色々あった時も見方になってくれた優しい人だった。

「フ……フレデリク様……。こ、これでお許しください」

 呼び捨てなんて無理だ。本当なら侯爵家の息子であるエミリオではパーティの時に遠くから見ているだけしかできない下々の者なのだ。……そもそもあの父がエミリオを公の場に出すなんて有り得ないだろうけど。
 父も母も男でありながら子供を孕むことのできるエミリオを、繰り返し「気味が悪い」や「悪魔の子」と言い続けてきた。かろうじて心を壊さなかったのは、ふたつ年上の兄が庇ってくれたから。だけど……

「まあ、今はそれでもいいけど。だけど、本当に痩せたね、エミリオ。君が離婚してすぐに会いに行きたかったけど、色々あってね」
「僕の……わたしなんかのために、時間を割いていただき、ありがとうございます」
「ほら、また自分を貶める言葉を言った。エミリオはもっと自己評価をあげるべきだと思うけどね」
「……」

 物心つく頃から両親だけでなく屋敷の大人たちから虐げられたエミリオは自分に自信がない。
 クライドと結婚してからは更に拍車がかかったように思える。
 でも、今更自分の意識を変えようという気力もなかった。

「それはそうと、フレデリク王子。本日はわざわざ遠方の当領地へ?」

 戸惑うエミリオから意識を逸らしたいのか、祖父がフレデリクに淡々と問う。祖父は厳しい人だが、不遇な体を持ったエミリオを、慈しみをもって愛してくれる貴重な人物だった。

「ああ、そうだった。今日はエミリオの祖父であるスーヴェリア侯にお願いがあってまいりました」

 にこやかに微笑むフレデリクは、エミリオの腰に手を添えて渋面の祖父へ語りかける。

 エミリオは腰から伝わるフレデリクの体温に胸をざわつかせながらも、苦い表情を崩さない祖父へと疑問を持った。
 祖父は侯爵でありながら、王家に深い忠節を持つ人だ。フレデリクは王族だというのに、明らかに不快を顕著に示すのか。エミリオはふたりの間で見えない火花が散るのを、不安げな眼差しで見守るしかなかった。
 いったい、彼らはこんなにも険悪な雰囲気なのだろうか。

「エミリオとの結婚を許していただきたいのです」
「……は?」

 離婚したばかりの僕と誰が結婚……?

 すぐ近くから聞こえる美声が告げた言葉が頭に入ってこず、エミリオは思考を真っ白に染めていた。
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