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一章
困惑
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彼は――フレデリクはいったい何を言ったのだろう。
困惑したままエミリオは隣に立つ王子を見上げる。
長身で王族らしい美しい容貌を持つフレデリクは、兄と元夫のクライドと同じ学園の同級生という縁で、面識を持つようになった。その時点で既にエミリオはクライドと婚約をしており、クライドの現在の妻であるエミリアは、エミリオと同じ学年で、周囲から双子のようだと言われていた。
(あの頃はクライドも優しかった……)
今にして思えば、友人の弟で婚約者だったという意味合いも含まれていたのだろう。クライドは宝物を扱うようにエミリオを大切にしてくれ、大事にしてくれていた。
優しい婚約者と変わらぬ永遠を過ごせると、幼かったエミリオは確信していた。しかし蓋を開けてみれば、子宮を持つエミリオにクライドは一切触れてくれず、挙句の果てに双子と称されていたエミリアに夫を奪われる始末。
兄もエミリオがクライドと婚約したのを知ってからというもの、突き放すような態度を取るようになった。しかも……
あの時もフレデリクが救ってくれたのを思い出した。結局フレデリクの采配で学園の寮に入ることになり、長期休暇もタウンハウスに戻らず王城でフレデリクと週一でお茶をし、卒業と同時にクライドと婚姻をした。それも最良の選択でなかったと、今の状況で痛感したが。
しかし、どうして突然フレデリクが、瑕疵のあるエミリオに求婚したのだろう。
そもそも、そんな大切な事を彼本人から聞かされていない。いや、それ以前にフレデリクは兄のような存在だとしか認識していない。愛を交わした事も全くなかったのになぜ……
「フレデリク様……申し訳ありませんが、そのお話は聞かなかった事にしてください」
「エミリオ?」
エミリオはぐっとフレデリクを両手で押す。油断していたのか、今度はあっさりと腰にまわる腕が解かれ、ふたりの間に空間が開く。すぐさま踵を返したエミリオは、逃げるように客間を飛び出し、安全な空間――離れの自室へと急ぎ戻った。
ベッドに倒れ伏したエミリオの心臓は、ドクドクと鼓動を打っていた。
こんなにも激しく胸を叩くほど動揺したことがない。クライドにプロポーズされた時ですら、すんなり受け入れたものの、感情が揺さぶられる事はなかった。それなのに、兄のようだとしか思えなかったフレデリクからのプロポーズにだけ、心臓が痛いほど高鳴り、体が恥ずかしさで熱くなるなんて……
優しくて、エミリオの味方だったフレデリク。幼かったエミリオは密かに恋心を抱いていたのは否定できない。
だけど既にクライドと婚約をしていたし、親同士の婚約を破棄したいと言えなかった。きっと言ってたとしても、相手がフレデリクなんて告げたら、誰も彼もが爆笑していたに違いない。
子供の初恋は結局言葉にしないまま諦め、学園卒業後にクライドと結婚した。しかし三年という歳月の間に関係は進展せず白い結婚のまま離婚された。
両親からは男で子種を持つ存在でありながら、女と同じ子種を受けて孕む器官を持つエミリオを、異物を見るような畏怖する態度で接してきた。だからこそ早々に利害関係が一致するフレデリクの家と婚約を結び――体良くエミリオを売り払った。
同性結婚が成立する国であっても、異性愛者のクライドにとっては苦痛でしかなかったのだろう。自分には一切手を触れず、エミリアを妊娠させ、まんまと妻の座をすり替えてみせた。
男でありながら男ではない存在が、フレデリクのような頭脳明晰で兄王太子を支える優秀な人物が、異質なエミリオに求婚するなんて夢だ。
自分はクライドと離婚して、領地に来てからずっと長い夢を見ているのかもしれない。
だから、心の底にしまいこんだ幼い頃の恋が隙間から流れ込んできて、都合のいい夢を見せたのだろう。
「……僕に会ったのもフレデリク様じゃない……」
溢れる涙を腕で押し付け、エミリオはそう呟いていた。
翌朝メイドに起こされたエミリオは、あまりの眼蓋の重さと熱っぽさに、冷えた布巾を頼んだ。きっと泣きすぎて腫れてしまっているに違いない。
「エミリオ? 今、いいかしら」
ノックの音と共に扉越しに祖母の窺う声が聞こえ、エミリオは目に当てていた布巾を外して入室を促す。メイドが開いた扉から、たらいを持った祖母が心配そうに顔を曇らせ現れた。
「すみません、こんなみっともない姿で……」
「いいのよ。急な話でびっくりしたのですもの」
祖母はたらいとナイトテーブルに置き、まだ腫れぼったさのある眼蓋をそっと指の腹で撫でた。カサリとした肌に優しさを感じる。
「……王子は昨夜の内に帰られました」
「そう……ですか」
それが良いことなのか悪いことなのか、エミリオの心中は複雑だった。
「何かおっしゃってましたか?」
小さく尋ねた疑問に、祖母は「また日を改めて訪ねる」と、そう伝言して欲しいと言われ、更に心の中が乱れた。
今日は一日休んでなさい、とベッドに押し込められたエミリオは、閉じた眼蓋の裏に銀色の麗人の姿が浮かんでは消えてくのを感じながら浅い眠りについた。
困惑したままエミリオは隣に立つ王子を見上げる。
長身で王族らしい美しい容貌を持つフレデリクは、兄と元夫のクライドと同じ学園の同級生という縁で、面識を持つようになった。その時点で既にエミリオはクライドと婚約をしており、クライドの現在の妻であるエミリアは、エミリオと同じ学年で、周囲から双子のようだと言われていた。
(あの頃はクライドも優しかった……)
今にして思えば、友人の弟で婚約者だったという意味合いも含まれていたのだろう。クライドは宝物を扱うようにエミリオを大切にしてくれ、大事にしてくれていた。
優しい婚約者と変わらぬ永遠を過ごせると、幼かったエミリオは確信していた。しかし蓋を開けてみれば、子宮を持つエミリオにクライドは一切触れてくれず、挙句の果てに双子と称されていたエミリアに夫を奪われる始末。
兄もエミリオがクライドと婚約したのを知ってからというもの、突き放すような態度を取るようになった。しかも……
あの時もフレデリクが救ってくれたのを思い出した。結局フレデリクの采配で学園の寮に入ることになり、長期休暇もタウンハウスに戻らず王城でフレデリクと週一でお茶をし、卒業と同時にクライドと婚姻をした。それも最良の選択でなかったと、今の状況で痛感したが。
しかし、どうして突然フレデリクが、瑕疵のあるエミリオに求婚したのだろう。
そもそも、そんな大切な事を彼本人から聞かされていない。いや、それ以前にフレデリクは兄のような存在だとしか認識していない。愛を交わした事も全くなかったのになぜ……
「フレデリク様……申し訳ありませんが、そのお話は聞かなかった事にしてください」
「エミリオ?」
エミリオはぐっとフレデリクを両手で押す。油断していたのか、今度はあっさりと腰にまわる腕が解かれ、ふたりの間に空間が開く。すぐさま踵を返したエミリオは、逃げるように客間を飛び出し、安全な空間――離れの自室へと急ぎ戻った。
ベッドに倒れ伏したエミリオの心臓は、ドクドクと鼓動を打っていた。
こんなにも激しく胸を叩くほど動揺したことがない。クライドにプロポーズされた時ですら、すんなり受け入れたものの、感情が揺さぶられる事はなかった。それなのに、兄のようだとしか思えなかったフレデリクからのプロポーズにだけ、心臓が痛いほど高鳴り、体が恥ずかしさで熱くなるなんて……
優しくて、エミリオの味方だったフレデリク。幼かったエミリオは密かに恋心を抱いていたのは否定できない。
だけど既にクライドと婚約をしていたし、親同士の婚約を破棄したいと言えなかった。きっと言ってたとしても、相手がフレデリクなんて告げたら、誰も彼もが爆笑していたに違いない。
子供の初恋は結局言葉にしないまま諦め、学園卒業後にクライドと結婚した。しかし三年という歳月の間に関係は進展せず白い結婚のまま離婚された。
両親からは男で子種を持つ存在でありながら、女と同じ子種を受けて孕む器官を持つエミリオを、異物を見るような畏怖する態度で接してきた。だからこそ早々に利害関係が一致するフレデリクの家と婚約を結び――体良くエミリオを売り払った。
同性結婚が成立する国であっても、異性愛者のクライドにとっては苦痛でしかなかったのだろう。自分には一切手を触れず、エミリアを妊娠させ、まんまと妻の座をすり替えてみせた。
男でありながら男ではない存在が、フレデリクのような頭脳明晰で兄王太子を支える優秀な人物が、異質なエミリオに求婚するなんて夢だ。
自分はクライドと離婚して、領地に来てからずっと長い夢を見ているのかもしれない。
だから、心の底にしまいこんだ幼い頃の恋が隙間から流れ込んできて、都合のいい夢を見せたのだろう。
「……僕に会ったのもフレデリク様じゃない……」
溢れる涙を腕で押し付け、エミリオはそう呟いていた。
翌朝メイドに起こされたエミリオは、あまりの眼蓋の重さと熱っぽさに、冷えた布巾を頼んだ。きっと泣きすぎて腫れてしまっているに違いない。
「エミリオ? 今、いいかしら」
ノックの音と共に扉越しに祖母の窺う声が聞こえ、エミリオは目に当てていた布巾を外して入室を促す。メイドが開いた扉から、たらいを持った祖母が心配そうに顔を曇らせ現れた。
「すみません、こんなみっともない姿で……」
「いいのよ。急な話でびっくりしたのですもの」
祖母はたらいとナイトテーブルに置き、まだ腫れぼったさのある眼蓋をそっと指の腹で撫でた。カサリとした肌に優しさを感じる。
「……王子は昨夜の内に帰られました」
「そう……ですか」
それが良いことなのか悪いことなのか、エミリオの心中は複雑だった。
「何かおっしゃってましたか?」
小さく尋ねた疑問に、祖母は「また日を改めて訪ねる」と、そう伝言して欲しいと言われ、更に心の中が乱れた。
今日は一日休んでなさい、とベッドに押し込められたエミリオは、閉じた眼蓋の裏に銀色の麗人の姿が浮かんでは消えてくのを感じながら浅い眠りについた。
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