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十九夜 白蛇天珠(しろえびてんじゅ)の帝王
十九夜 白蛇天珠の帝王 19
しおりを挟む「見せてみよ」
角端が言った。
もちろん有雪も気になったので、一緒になってオルゴールの中を覗き込む。
もし、その石が玉藻前の言うようなこの世のものではない聖石なら、とてつもない霊力を秘めていてもおかしくはない。
だが――。
「もうこの石に霊力は残っておらぬな」
壊れた石を取り、角端が言った。
「えー……、残念!」
――それだけ?
その天珠が類稀なる霊力を秘めた聖石であるのなら、それを求める者はこの事実――『壊れてしまった』という事実に、発狂してしまうに違いない。
「何じゃと! この娘、白蛇天珠を壊した揚句、宿りし力まで無きものにしたというのか!」
そうそう、こんな風に――。と、頷きながら、有雪は突然背後から聞こえた声に、仰天した。
一体、いつから話を聞いていたのか、開いた窓から飛び込んで来たのは、絶世の美姫、玉藻御前だったのだ。先程、神棚で見た時とは違い、原寸大サイズである。ならば、あの姿は神棚の社を通して、御神鏡が映し出していた幻影のようなものであったのかも知れない。だから、あの場から動くことも出来ずにいたのだ。
そして、本体を伴ってやって来た、ということは……。
「ま、待て――。その娘もワザと壊したわけではないのだから――」
と、有雪は何とか怒りを収めてもらおうとしたのだが、
「妾の美を満たすための珠玉を、よくも――!」
玉藻前が聞く様子はない。
「美を満たす……?」
「悪喰の女狐の好物だ」
壊れた白蛇天珠をオルゴールに戻して、涼しい顔で角端が言った。
――好物?
なら、食べるために――自らの美の糧とするためだけに、その聖石を欲していたというのだろうか。
「……」
女という生き物は、人であろうと魔物であろうと、限りなく不可解で、真意が読めない。
「でも、あれって私が貰ったモノだし、壊しても誰かに文句を言われる筋合いもないし――」
「おいっ!」
不満げにもっともな理論を持ち出す花乃の口を慌ててふさぎ、有雪は恐る恐る玉藻前の方を振り返った。
本来なら、こんな気の休まることのない役割は、生真面目な検非遺使に放り投げてしまうのだが……その当人がいないのでは仕方がない。ここは平安の世ではないのだから。
「ほう。妾がこんな小娘にコケにされるとは――。『捨て呪』一つ祓えぬ身で、帝王とは片腹痛いわ!」
ふさ、っと背後の九尾が揺れたかと思うと、玉藻前の両手には、黄金色の尾毛が二本輝いていた。
「妾の楽しみを奪ったのであれば、もう一つの楽しみに付き合ってもらわなくては、のう」
美しい繊手が優雅に動き、それに合わせて黄金の尾毛が空を切った。
突き刺さるような動きでもなく、意思を持つようにするりと舞い――。
だが、そんな尾毛の一本や二本で、何を為そうというのだろうか。
「なっ――!」
「え……!」
玉藻前が放った二本の尾毛は、有雪と花乃、二人の首に絡み付き、そのまま輪になって首を絞め――いや、絞めずに巻きついただけだった。
「……何をした?」
首に巻きつく黄金色の尾毛に触れて、警戒しながら有雪は訊いた。
喉を絞めるでもなく、それどころか指一本が入るくらいの余裕を残した巻き方で、金色の輝きと合わせてみれば、品の良い細い細い飾り輪のようでもあった。
「何か……素敵!」
花乃も、オルゴールのフタについた鏡で自分の姿を確認して、きらきらと輝く九尾狐の尾に、女の子らしく歓んでいる。
だが――。
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