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十三夜 聖なる叡智(ハギア・ソフィア)
十三夜 聖なる叡智 18
しおりを挟む「ふふ……。やはり、私の八卦の方が正しかっただろう? 父がどれほど優れていようと、先視の才は、この私に敵うものではない。現れたのは死者。この八卦は外れない」
死相の見えるデューイの姿に、伏羲が満足そうに唇を歪める。
「黙れ、伏羲!」
索冥には、そうして周囲に当たり散らすことしか出来なかった。穢れを受け、帝王と共に果てるわけにはいかないのだから。
デューイも溢れ出す血を止めるでもなく、ただ己の血が、舜の木乃伊の上に流れるのに任せている。まるで、最初からそうすることを決めていたかのように――。
最初から……。
そう。恐らくデューイは、最初からそれを黄帝に聞かされていたに違いない。舜を助けたければ、己の命を注ぎこめ、と――。そうすることで、舜は元の姿に甦ることが出来るだろう、と。
だが、何故――。
何故、そんなことをする必要があったのだろうか。
「――黄帝! すぐに来い、黄帝!」
索冥は、虚空に向けて、その名を叫んだ。
もちろん、聞こえないフリをされるかも知れない、とは思っていたが、返事は以外にもあっさりと返って来た。
「あなたが私を呼ぶことは判っていましたよ、索冥」
そんな見透かした言葉まで吐いて見せる。
「貴様……」
やはり、黄麟が言っていた『非道な帝王』の言葉は真実であったのだと――そう思わずにはいられない。
「こいつの血を止めてやれ! 簡単なことだろ?」
「さあ、それはどうでしょうか。それはデューイさんの望みではないかも知れませんし、だとすれば私にはとても難しいことだと思います」
姿はなく、声だけが静かに、そう言った。
「このチビを生き返らせるだけなら、家に戻って、血液を調達して来てからで充分のはずだ!」
第一、この場で、しかも、デューイの血液でなくてはならない理由など、どこにもない。
「充分ではない、とおっしゃるのですよ、デューイさんは」
「は……?」
「これが、彼の望みだと、私はデューイさんから聞いているのです」
「そんな馬鹿なことが――」
「なら、あなたが止めてみてはどうですか、索冥? 仁の霊獣であるあなたが穢れを受ければ、あなたの守護帝である舜くんの命運もそこで尽きます。あなたを守ることが出来なかった帝王として」
「――」
「どちらでも結構ですよ。デューイさんの命を選んでも、舜くんの命を選んでも」
「……」
どちらでも――。本気で言っているのだろうか、この青年は。
舜の欠片を必死に拾い集めるこの青年の姿を見て、何も感じはしなかったのだろうか。
索冥が穢れを受けることで、舜と二人倒れるか。
デューイを見殺しにして、索冥と舜が助かる道を選ぶのか。
そのどちらでもいい、など……。
もし、これが、黄帝の予言が当たる方を選ぶか、伏羲の八卦が当たる方を選ぶか、というものなら、少しも迷いはしなかっただろう。――いや、今も迷う余地などないはずである。索冥が守らなくてはならないものは帝王であり、つい先日、出会ったばかりの人の善い青年ではないのだから。地べたに這いつくばって、懸命に破片を拾い集めるような青年では……。
「クソっ!」
何度目かの悪態を吐き、索冥は血を流すデューイの方へと翻った。
舜の声が聞こえるわけではないが、あの子供も(実際にはもう大人と言える年齢だが)、今頃きっと、血を流すデューイを罵倒し尽くし、『こんなことはとっととヤメロ!』と怒鳴りまくっているに違いない。『さっさと止めろ、索冥!』と――。それだけは索冥の思い違いではないはずだった。
何しろ、力の弱いデューイは、血を失って死んでしまったら、舜や黄帝のように再び生き返ることは出来ないのだから。血が残っている今の内でなければ――。今でさえ、体内の血液の大半は流れ出し、普通の人間なら、とっくの昔に出血多量でこと切れている。
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