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六夜 鵲(チュエ)の橋

六夜 鵲の橋 20

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「あんたが『外の人間』を頼ろうとしたのは、チャイナ・タウンの中に犯人がいる、と判ってたからなんだ。それは、あんた自身が、デューイにはっきりと言ったそうじゃないか。それに、チャイナ・タウンには七人の老師がいて、そこで起こっていることなら、何でもあっと言う間に情報を集められるんだろ? 今回、少年の行方不明事件の犯人が、人外のものだと察したのも、老師たちの元に、何の情報も寄せられなかったからなんだ。普通なら、チャイナ・タウンでの動きは、何でも掴めるっていうのに」
「……その通りです」
「なら、もうあんたにも判ってるはずだろ? 職業斡旋所の職員が今回のことに係わってる、って知った時から、あんたには、こっち側の世界で、少年を提供しているのが誰なのかも、すぐに判ったはずなんだ」
「……」
「今度、嘘をついたら、もう力なんて貸してやらないからな」
 この少年、我が儘な子供そのものである、というのに、得体が知れない。
 まあ、伝説となるほどの人物の息子なのだから、当然なのかも知れないが。
「あの……舜。ぼくには、まだよく解らないんだけど」
 運転席からそう言ったのは、デューイである。
「解らないはずがないだろ。最初に、オレを攫った奴は人間じゃないけど、人間も動いてる、って言ったのは、あんたなんだから」
「あ……」
 ここで、やっとデューイも気づいたようである。
 少年たちは、人外のものの手によって、異空間に閉じ込められていても、こちら側では、人間も動いているのだ。そして、その人間の動きが、七人の老師たちの耳に入らないはずがない。当然、職業斡旋所の人間が、今回の事件に係わっていたことも、七人の老師たちは知っていたはずなのだ。
「私は……信じたくはありませんでした」
 小鋭が言った。
「なまじ、ちょっと妖力なんてものを持っていたために、力をもっと手に入れたくなって、別の世界と係わりを持つのさ。力を手に入れる代償に、少年たちを生贄として捧げても」
「……」
「悪いけど、人間同士のことには、手を貸してやれないぜ。そっちは、あんたが自分で片を付けろよ」
 舜は言った。
「では、あなたは――」
「オレは、鵲を探しに行くさ」
 織女を哀れに思い、天の河に翼を広げて、橋を架けてやった、という鵲を……。




 コンクリート壁の壊れる、重々しい音が響き渡った。
「あ……あ……舜! 勝手に人の不動産を壊したりしたら、警察に――」
「戸をコンクリートで塞ぐ奴の方が、悪いんだよ」
 舜は、職業斡旋所の奥の壁に開いた、大きな穴を、気にも留めずに、潜り抜けた。
 以前、デューイが舜を捜して通った、隠し戸である。
 コンクリートで塞がれたその扉を、舜は、握りこぶし一つで、壊してしまったのだ。
 もちろん、良識を持つデューイは、黙って見ていた訳ではないのだが――いや、結果としては、黙って見ていることになってしまったのだが、それは、まさか舜が、いきなり壁を壊してしまうとは思わなかったからで――何しろ、舜はこぶしを握ったものの、軽くノックをするように叩きつけただけで――たったそれだけのことで、壁が壊れてしまうなど、誰が思うだろうか。
「あー、オレって親切だよなぁ。本当なら、あの小鋭って奴が、七人の老師たちを問い詰めるだけで、事件は解決するっていうのに、わざわざこうして手伝ってやってるんだからな――。黄帝は、絶対、こんなことしないよな。うん。オレは、黄帝とは全然違った、優しい人間だ」
 などと、一人、悦に入っている。
 この少年、前にも言ったが、父親を嫌っているため、父親に似ていない、と思える行為なら、喜んでやるのである。
 しかし、世界中で一番嫌いなのは父親だが、一番怖いのも父親、という事情もあるので、こうして好きなことが言えるのは、父親がいない時だけである。
 見たことのない人には解らないだろうが、本当に怖いのである、あの父親。
 暴力は使わないし、怒っても表情一つ変えないのだが、それが、余計に。


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