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一夜 聚首歓宴(しゅうしゅかんえん)の盃
一夜 聚首歓宴の盃 25
しおりを挟む「私の炎を斬るだけでも大したものだ。――黄帝に助けを求めよ、舜。真の盃を持って来させるのだ」
炎の龍が、舜を取り囲む輪を縮めた。
「そんなことをすれば、オレはその場であいつに見限られるさ。盃もあんたの手には入らない。そういう奴なんだよ、黄帝は」
迫り来る炎に身をかばいなから、舜は言った。
炎はすでに、身を焦がすほどに近づいて来ている。
今頃、黄帝は、舜のことなどきれいに忘れて、夜ばいでもかけに行っているだろう。
「ほう。ならば、血を持って命ずるしかあるまいな。そなたの血は、今や私の支配下にあることを忘れた訳ではあるまい」
「あ……」
すでに炎帝に血を吸われているのだ。今の舜には、否も応もない。貴妃にだけではなく、炎帝にまで血を吸われてしまったと知ったら、黄帝は間違いなく舜を見捨ててしまうだろう。
舜に取っては願ったり叶ったりのような気もするが、やはり、自分から出て行くのと、見捨てられるのとでは、美女の血と糖尿病の肥満男の血ほども違う。
何より、今の舜は、貴妃だけでなく、炎帝をも仕留めなければ、血の呪縛から逃れることが出来ないのだ。
「オレを甘く見るなよ。黄帝の教育(しごき)は、この一週間の凌辱なんか比べものにならないほど酷いんだからな」
舜は、左手を横一線に走らせた。
ヒュン、と風が音を立てる。
「ぐぅっ!」
炎の向こうで、声が上がった。
周囲を取り巻く灼熱の炎が、刹那、舜の体を包み込んだ。が、それはすぐに覇気を失くして、青く消えた。
目の前には、首のない炎帝の体が立っている。
長く伸びた舜の爪には、真紅の血が滴っていた。
その爪で切り落としたのだ、炎帝の首を。
「あんたの苛めなんか、オレにはへでもないさ。一年中犯され続けたって、体以外には傷もつかない。こういう育て方をしてくれたことだけは、あのボケおやじに感謝してやってもいいと思ってるんだからな」
フンっ、と鼻を鳴らして、格好良く決めたのはいいが、舜のあそこについた咬み傷は、まだ消えてはいない。
そして、床に転がる炎帝の首が、ニヤリ、と笑った。
「な……っ」
舜は思わず後ずさった。
炎帝の胴が、生首の前に身を屈め、ひょい、とそれを拾い上げたのだ。
それは、何事もなかったかのように、切り離された胴体と、繋がった。
スゥ、と指先が拭った血の下には、傷痕一つ残ってはいなかった。
「やっぱり、黄帝を呼んだ方がいいのかナ……」
ぽりぽりと頭を掻きながら、舜は言った。
もちろん、さっき炎帝の首を斬った爪は、短くなっている。でなければ、頭も掻けない。
「でも、あいつ、来ないだろーしなぁ……。相手が不死身の化け物だなんて一言も言わなかったクセに。オレ、もう血を吸われちまったんだぞ」
ぶつぶつと口の中で、悪態づく。
「どうした? もうこれまでか?」
「うるさいなっ。今考えてるんだよっ」
この緊張感のなさは、普段、黄帝という、とんでもない化け物と一緒に暮らしているせいでもあっただろう。
「首斬っても死なない奴を、どうやって殺せって言うんだよ。杭もないし、黄帝を呼ぶのは腹が立つし、やっぱり逃げようかなァ……。でも、この部屋に出入り口らしきものはないし……」
漆黒の空間は、ただ四角い箱のように、壁と床、天上だけに形成されているのである。
声が届いたのは、その時であった。
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