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第四章 迷える令嬢
15.交渉
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醜い愚男であった王子を敬愛する乳母は、その王子の子を国外へ逃がすため奔走していた。その道筋が見えてこない中、数少ない有力情報として掴んだのが隣国への脱出を企てて親子だ。ヤギの牧畜のため高地にすんでいた彼らの元へ女一人で歩いていくのは大変な道のりであったが、ようやく家までたどり着き面会することが叶って安堵する。
父親は肺を患っているようで咳がひどく呼吸音には雑音が混じっている。子の方はと言うと痩せぎすで満足に食事を取っていない様子だが、おそらくは薬が高く食事にまで費用を割けないのだと言うことが一目でわかった。モタラは二人を哀れに思いはしたが、カバンの中のパンと懐にあるなけなしの金は王子の子の為の物で分け与えることはできない。
「それであなたは僕たちが国境を超えるために用意した荷車に乗せてもらいたいと?
そんなことをして僕たちにどんな利点があるのでしょう。
家畜はすべて売ってしまい、残っているのは国境越えのためのロバ一頭だけです。
余分に乗せて行ってその一頭が動けなくなったらすべてが水の泡ですよ」
「それは…… 出発までにお金と食料を用意いたします。
それで何とかお願いできないでしょうか。
とある事情で、奥様とお子様はご主人様に殺されてしまいそうなのです。
なにとぞご慈悲を!」
「そこまで言うのなら考えてみますが……
―― 最低でも馬かロバを一頭手に入れてください。
そこへあなた達を乗せて僕が荷車と一緒に引いていきましょう。
自分で駆ることはできなくとも背に乗るだけなら出来ますよね?」
「はい、もちろん! ありがとうございます。
出発は…… はい、四日後ですね。
では三日のうちに再度参ります」
乳母は来た道を戻り村へと歩みを進めた。しかし彼女が村へたどり着くことはなく、親子の元へ再び現れることもなかった。
◇◇◇
「おい、お前はどこから逃げてきたんだ?
村でちょくちょく見かけておかしいと思っていたんだよなぁ。
こそこそしてたくらいだから奴隷が逃げたらどうなるか、わかってるよな?」
親子の家からの帰り道に捕らえられ、どこかの小屋へと押し込められてからどれくらい経ったのだろうか。複数の男たちに数えきれないほど弄ばれてしまったが、すでに穢れの多いこの身を案ずることなど考えもせず、このどうでもいい時間が早く過ぎることだけを望んでいた。
「身体は好きにして構いません。
ですが必ず解放してください。
わたくしにはやるべきことがあるのです……」
「だったらそれを教えやがれってんだよ。
他にも逃げてきた奴隷がいるんじゃねえのか?
お前みたいな年増じゃなくてよ、もっと若い奴はいないのかよ」
「お、おりません……
わたくしだけです」
「じゃあやるべきことってのはなんなんだ?
自分の為ならどんなことか言ってみろよ、違うから黙ってるんだろうが!」
見るからに粗暴でまともではない男は、細い木の枝をモタラの乳房へ押し付ける。痛みのあまり顔をしかめるのを見て、男は下品な笑い声をあげた。囚われの乳母はこの男の目的はなんだろうと考える。身体が目的ならもっと若い娘を狙うだろうし、金品が目当てならなおのことこんな中年女をさらっても仕方がない。となると集団的な奴隷脱走と見てなるべく若い女を手に入れようとしているのかもしれない。
その男が反対の乳房を痛めつけようと小枝を振りかざした時、表から数名が声を上げながら近寄ってくる気配がした。まさか助けが来るなんて考えてもみなかったモタラは、気の緩みから薄れゆく意識の中でヤギ飼いの少年がこちらを指さしているのが見えた。
父親は肺を患っているようで咳がひどく呼吸音には雑音が混じっている。子の方はと言うと痩せぎすで満足に食事を取っていない様子だが、おそらくは薬が高く食事にまで費用を割けないのだと言うことが一目でわかった。モタラは二人を哀れに思いはしたが、カバンの中のパンと懐にあるなけなしの金は王子の子の為の物で分け与えることはできない。
「それであなたは僕たちが国境を超えるために用意した荷車に乗せてもらいたいと?
そんなことをして僕たちにどんな利点があるのでしょう。
家畜はすべて売ってしまい、残っているのは国境越えのためのロバ一頭だけです。
余分に乗せて行ってその一頭が動けなくなったらすべてが水の泡ですよ」
「それは…… 出発までにお金と食料を用意いたします。
それで何とかお願いできないでしょうか。
とある事情で、奥様とお子様はご主人様に殺されてしまいそうなのです。
なにとぞご慈悲を!」
「そこまで言うのなら考えてみますが……
―― 最低でも馬かロバを一頭手に入れてください。
そこへあなた達を乗せて僕が荷車と一緒に引いていきましょう。
自分で駆ることはできなくとも背に乗るだけなら出来ますよね?」
「はい、もちろん! ありがとうございます。
出発は…… はい、四日後ですね。
では三日のうちに再度参ります」
乳母は来た道を戻り村へと歩みを進めた。しかし彼女が村へたどり着くことはなく、親子の元へ再び現れることもなかった。
◇◇◇
「おい、お前はどこから逃げてきたんだ?
村でちょくちょく見かけておかしいと思っていたんだよなぁ。
こそこそしてたくらいだから奴隷が逃げたらどうなるか、わかってるよな?」
親子の家からの帰り道に捕らえられ、どこかの小屋へと押し込められてからどれくらい経ったのだろうか。複数の男たちに数えきれないほど弄ばれてしまったが、すでに穢れの多いこの身を案ずることなど考えもせず、このどうでもいい時間が早く過ぎることだけを望んでいた。
「身体は好きにして構いません。
ですが必ず解放してください。
わたくしにはやるべきことがあるのです……」
「だったらそれを教えやがれってんだよ。
他にも逃げてきた奴隷がいるんじゃねえのか?
お前みたいな年増じゃなくてよ、もっと若い奴はいないのかよ」
「お、おりません……
わたくしだけです」
「じゃあやるべきことってのはなんなんだ?
自分の為ならどんなことか言ってみろよ、違うから黙ってるんだろうが!」
見るからに粗暴でまともではない男は、細い木の枝をモタラの乳房へ押し付ける。痛みのあまり顔をしかめるのを見て、男は下品な笑い声をあげた。囚われの乳母はこの男の目的はなんだろうと考える。身体が目的ならもっと若い娘を狙うだろうし、金品が目当てならなおのことこんな中年女をさらっても仕方がない。となると集団的な奴隷脱走と見てなるべく若い女を手に入れようとしているのかもしれない。
その男が反対の乳房を痛めつけようと小枝を振りかざした時、表から数名が声を上げながら近寄ってくる気配がした。まさか助けが来るなんて考えてもみなかったモタラは、気の緩みから薄れゆく意識の中でヤギ飼いの少年がこちらを指さしているのが見えた。
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