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第四章 迷える令嬢
13.王族の秘密
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この世に自分の味方は一人もいないと考えていたクラウディアにとって、父親と関係の深いアーゲンハイム男爵との再会は大きな安堵感をもたらした。とは言えこれですべてが解決したわけではない。この後モタラの帰りを待って国外脱出を図るつもりなのだ。いくら男爵が味方かもしれなくとも国内にいては安全とは言えない。
だがそんなクラウディアの考えを知る由もないアーゲンハイム男爵は、その手に抱かれている赤子が気になって仕方ない様子であった。王族の血を引いている男子であることは間違いないが、それがどんな意味を持つのか、王子の婚約者であったクラウディアと言えど知りえない事だった。
そのことに関してアーゲンハイム男爵が説明しようと言葉を続けた。
「なぜ王族がこれほどまでに力を持ち独裁を続けていられるかご存知ですか?」
「いいえ、そもそもアルベルトは継承権を剥奪されたと聞いています。
ですのでその資格もなければ、この子の親を証明することもできません。
本人も行方知れずですし……」
「ああ…… アルベルト様は亡くなられました。
王城へ侵入したところを見つかりタクローシュ様に討たれたと聞いています」
やはり王城へ侵入し王妃を殺害したのはアルベルトで間違いなさそうだ。そしてすでに討たれたことも想定内である。しかし手を下したのがタクローシュだと言うのは意外だった。城内には衛兵が大勢いるだろうに、王子自ら賊の討伐に出ていくなんてことがあるのかとクラウディアは訝しんだ。
「それでなぜ王族がこれほど横暴でいられるかなのですがね。
男系男子には尋常でない武と精の才が受け継がれていくのです。
ですので前国王もとても褒められた御方ではなく、好きなだけ女を囲いやりたい放題でした。
それを討ったのが現国王と現在の王派閥です。
もちろん正面からはやりあえないと考えて夜襲による反乱で国王を暗殺したのです」
「ですがそれがどうしたと言うのですか?
まさかこの赤子が同じように国王を討てるとでも?」
「いえいえそれはさすがにあり得ません。
しかし現国王の子で男子はタクローシュ様しかおりません。
前国王のお子様もすべて殺されて、最後の一人であったアルベルト様もついに……
つまり国王直系の男系男子は途絶える可能性があるのです」
「まさかあのタクローシュが子を残さないとは考えられません。
今思い返せば私に手を付けなかったのは奴隷へ落とす予定があったからでしょう?
私が婚約した段階ですでに奥御殿(ハーレム)には十名程度の側室候補が集められておりました。
遅かれ早かれ世継ぎが産まれるでしょう」
「ええ、国王に子が出来なくなってから数年が経ち焦ったのでしょうね。
まだ若い王子に奥御殿を持たせると言うのは今までに無かったことですから。
ですがそれからもう四年ほど経っていますが未だに一人も孕んでおりません。
聞くに堪えないかもしれませんが、日の半分以上は奥御殿に籠っているにも拘らず、です」
王族の男系男子は、確実に男子の世継ぎを残すため正妻である妃の他に多数の側室を抱えると言うことだった。王族は例外なく子作りをするための才にも秀でているため、現国王には正妻候補数名と側室を含めて三十人以上の子がいたそうだが、男子を産んだのは王妃の他にもう二人しかおらず、タクローシュ以外は赤子のうちに亡くなっているという。
その反省を生かし、国王は早くからタクローシュに側室を含めた奥御殿を設けさせ女を集めているようだが、結果として未だ誰も子を孕んでいないと言うことだ。最初の数名は子のできない女として処刑されたと聞きクラウディアは心を痛めた。だが流石に十名を超えても未だ子が出来ないとなると、タクローシュが男性としての能力を有していない可能性が高いと考えられる。
さすがにここまで聞かされると、アーゲンハイム男爵が何を言いたいのかクラウディアでも理解できるが、自分の子を王位に押し上げることなど出来るのだろうか。いくら王族の血を引いていると言ってもアルベルト亡き今、いや生きていたとしても信用されるとは思えず、なんの根拠も示さずに王城入りできるはずもない。万が一出来たとしても幼い時分から幽閉され傀儡(くぐつ)とされるのが関の山である。
だがそんなことはわかりきっているはずのアーゲンハイム男爵が、これほどまでに高揚している様子を見せているのはなぜだろう。世間を知らぬ若い母親は、自分では理解の及ばない謀(はかりごと)が進んでいくような、そんな嫌な予感を感じていた。
「それで男爵はこれからどうしようと考えているのでしょうか。
私はこの子を生かすためには国外へ出るべきと考えております」
「うーむ、確かに国を出てしまえば国内で命を狙われることは無いでしょう。
ですが現段階で命を狙われているわけではございませんよね?
それどころかその子の存在すら知られていないはずです。
当面差し迫った危険と言うのは無いのではございませんか?
そもそもなぜ逃げ出そうとしているのでしょう」
アーゲンハイム男爵に言われてみてクラウディアはハッと気付いた。国外へ逃げようと言いだしたのはクラウディアだが、そもそもあの監視小屋を早急に離れて身を隠すべきだと進言したのはモタラなのだ。彼女は元々処刑を恐れて逃げている奴隷である。今後国内で賊狩りが起きれば捕らえられる可能性が高いだろう。
だがクラウディアは同じ奴隷でも状況が異なり逃げている最中ではない。泉の管理人補佐の名目で監視小屋に隔離されているだけの存在だ。その管理人であったアルベルトが王城襲撃犯と言う罪人となり母親である王妃が亡くなったことで監視業務廃止と言われて真に受けてしまった。しかし数日たっても連絡一つ来ていないではないか。
誰かに監視されている様子もなく放置されていることを考えると、クラウディアがどうなっているか気にしている者がいないのかもしれない。国王やタクローシュ王子にしてみればクラウディアに屈辱を与え異を唱えた父を処罰しダルチエン家を取り潰した段階で目的は果たされている。なんの力もなく一人残されたクラウディアが監視小屋で死人のような生活をしようと知ったことではないだろう。
「言われてみると国外へ逃げる必要はないかもしれませんが……
しかし生きていくためには日々の糧が必要です。
今の私が頼れるのは――」
クラウディアはここまで口にしてハッとした。今までどうやって生き延びてきたのかを知られても平気だろうか。まさかアルベルトが自ら食料を手に入れる術(すべ)を持ち生活していたなどと考えてくれるのだろうか。彼の死後すでに十日ほど経っているが、その間の糧を手に入れていた手段についても疑問を持たれるだろう。
「アルベルト様には支援者がいらしたのですよね?
詳細は存じませんが、幼少期から今まで一人で生きてこられたはずがありません。
これは誰でも気が付いていたことです。
ですので、現在クラウディア様を世話している者がいると言うことも推察できます」
「ああ、そうですよね……
実はアルベルトの乳母だったと言う女性がずっと面倒を見てくれていたのです。
この度の騒ぎでも共に逃げるつもりでした」
「それではその乳母共々私が面倒を見ることにしましょう。
まずは人間らしい生活を送っていただきながら今後について話し合うというのはいかがですか?」
「そんなことをしたら男爵にご迷惑がかかるのではないでしょうか。
国王に目を付けられたら今度こそ父のような目に……」
「それについては私に考えがございます」
アーゲンハイム男爵はそう言って不敵な笑みを浮かべ、クラウディアは自身の中に湧き出てくる嫌な予感に怯えるのだった。
だがそんなクラウディアの考えを知る由もないアーゲンハイム男爵は、その手に抱かれている赤子が気になって仕方ない様子であった。王族の血を引いている男子であることは間違いないが、それがどんな意味を持つのか、王子の婚約者であったクラウディアと言えど知りえない事だった。
そのことに関してアーゲンハイム男爵が説明しようと言葉を続けた。
「なぜ王族がこれほどまでに力を持ち独裁を続けていられるかご存知ですか?」
「いいえ、そもそもアルベルトは継承権を剥奪されたと聞いています。
ですのでその資格もなければ、この子の親を証明することもできません。
本人も行方知れずですし……」
「ああ…… アルベルト様は亡くなられました。
王城へ侵入したところを見つかりタクローシュ様に討たれたと聞いています」
やはり王城へ侵入し王妃を殺害したのはアルベルトで間違いなさそうだ。そしてすでに討たれたことも想定内である。しかし手を下したのがタクローシュだと言うのは意外だった。城内には衛兵が大勢いるだろうに、王子自ら賊の討伐に出ていくなんてことがあるのかとクラウディアは訝しんだ。
「それでなぜ王族がこれほど横暴でいられるかなのですがね。
男系男子には尋常でない武と精の才が受け継がれていくのです。
ですので前国王もとても褒められた御方ではなく、好きなだけ女を囲いやりたい放題でした。
それを討ったのが現国王と現在の王派閥です。
もちろん正面からはやりあえないと考えて夜襲による反乱で国王を暗殺したのです」
「ですがそれがどうしたと言うのですか?
まさかこの赤子が同じように国王を討てるとでも?」
「いえいえそれはさすがにあり得ません。
しかし現国王の子で男子はタクローシュ様しかおりません。
前国王のお子様もすべて殺されて、最後の一人であったアルベルト様もついに……
つまり国王直系の男系男子は途絶える可能性があるのです」
「まさかあのタクローシュが子を残さないとは考えられません。
今思い返せば私に手を付けなかったのは奴隷へ落とす予定があったからでしょう?
私が婚約した段階ですでに奥御殿(ハーレム)には十名程度の側室候補が集められておりました。
遅かれ早かれ世継ぎが産まれるでしょう」
「ええ、国王に子が出来なくなってから数年が経ち焦ったのでしょうね。
まだ若い王子に奥御殿を持たせると言うのは今までに無かったことですから。
ですがそれからもう四年ほど経っていますが未だに一人も孕んでおりません。
聞くに堪えないかもしれませんが、日の半分以上は奥御殿に籠っているにも拘らず、です」
王族の男系男子は、確実に男子の世継ぎを残すため正妻である妃の他に多数の側室を抱えると言うことだった。王族は例外なく子作りをするための才にも秀でているため、現国王には正妻候補数名と側室を含めて三十人以上の子がいたそうだが、男子を産んだのは王妃の他にもう二人しかおらず、タクローシュ以外は赤子のうちに亡くなっているという。
その反省を生かし、国王は早くからタクローシュに側室を含めた奥御殿を設けさせ女を集めているようだが、結果として未だ誰も子を孕んでいないと言うことだ。最初の数名は子のできない女として処刑されたと聞きクラウディアは心を痛めた。だが流石に十名を超えても未だ子が出来ないとなると、タクローシュが男性としての能力を有していない可能性が高いと考えられる。
さすがにここまで聞かされると、アーゲンハイム男爵が何を言いたいのかクラウディアでも理解できるが、自分の子を王位に押し上げることなど出来るのだろうか。いくら王族の血を引いていると言ってもアルベルト亡き今、いや生きていたとしても信用されるとは思えず、なんの根拠も示さずに王城入りできるはずもない。万が一出来たとしても幼い時分から幽閉され傀儡(くぐつ)とされるのが関の山である。
だがそんなことはわかりきっているはずのアーゲンハイム男爵が、これほどまでに高揚している様子を見せているのはなぜだろう。世間を知らぬ若い母親は、自分では理解の及ばない謀(はかりごと)が進んでいくような、そんな嫌な予感を感じていた。
「それで男爵はこれからどうしようと考えているのでしょうか。
私はこの子を生かすためには国外へ出るべきと考えております」
「うーむ、確かに国を出てしまえば国内で命を狙われることは無いでしょう。
ですが現段階で命を狙われているわけではございませんよね?
それどころかその子の存在すら知られていないはずです。
当面差し迫った危険と言うのは無いのではございませんか?
そもそもなぜ逃げ出そうとしているのでしょう」
アーゲンハイム男爵に言われてみてクラウディアはハッと気付いた。国外へ逃げようと言いだしたのはクラウディアだが、そもそもあの監視小屋を早急に離れて身を隠すべきだと進言したのはモタラなのだ。彼女は元々処刑を恐れて逃げている奴隷である。今後国内で賊狩りが起きれば捕らえられる可能性が高いだろう。
だがクラウディアは同じ奴隷でも状況が異なり逃げている最中ではない。泉の管理人補佐の名目で監視小屋に隔離されているだけの存在だ。その管理人であったアルベルトが王城襲撃犯と言う罪人となり母親である王妃が亡くなったことで監視業務廃止と言われて真に受けてしまった。しかし数日たっても連絡一つ来ていないではないか。
誰かに監視されている様子もなく放置されていることを考えると、クラウディアがどうなっているか気にしている者がいないのかもしれない。国王やタクローシュ王子にしてみればクラウディアに屈辱を与え異を唱えた父を処罰しダルチエン家を取り潰した段階で目的は果たされている。なんの力もなく一人残されたクラウディアが監視小屋で死人のような生活をしようと知ったことではないだろう。
「言われてみると国外へ逃げる必要はないかもしれませんが……
しかし生きていくためには日々の糧が必要です。
今の私が頼れるのは――」
クラウディアはここまで口にしてハッとした。今までどうやって生き延びてきたのかを知られても平気だろうか。まさかアルベルトが自ら食料を手に入れる術(すべ)を持ち生活していたなどと考えてくれるのだろうか。彼の死後すでに十日ほど経っているが、その間の糧を手に入れていた手段についても疑問を持たれるだろう。
「アルベルト様には支援者がいらしたのですよね?
詳細は存じませんが、幼少期から今まで一人で生きてこられたはずがありません。
これは誰でも気が付いていたことです。
ですので、現在クラウディア様を世話している者がいると言うことも推察できます」
「ああ、そうですよね……
実はアルベルトの乳母だったと言う女性がずっと面倒を見てくれていたのです。
この度の騒ぎでも共に逃げるつもりでした」
「それではその乳母共々私が面倒を見ることにしましょう。
まずは人間らしい生活を送っていただきながら今後について話し合うというのはいかがですか?」
「そんなことをしたら男爵にご迷惑がかかるのではないでしょうか。
国王に目を付けられたら今度こそ父のような目に……」
「それについては私に考えがございます」
アーゲンハイム男爵はそう言って不敵な笑みを浮かべ、クラウディアは自身の中に湧き出てくる嫌な予感に怯えるのだった。
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