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強豪の隠し玉

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 一回裏の守備が終わりマウンドから引き上げてきた僕は、真っ先に木戸たちがこそこそやっていることと、その意図を確認しにいった。木戸はすでにダッシュでベンチへ帰り、由布と話をしている。

「マネちゃん、どうだった?
 やっぱ似てるとこあるかい?」

「はい、松白のタイミングの取り方はさすがって感じです!
 まだはっきりとはわかりませんけど、主将が予想してた通りだと思いますね!!
 あの練習は間違っていなかったという証明にもなりますね!!
 さすがです! やっぱりすごいです!!!」

「やっぱそれほどだろ?
 俺は野球が絡むと頭が冴えてくるんだよなー
 多分俺って天才過ぎて勉強とか向かないんだと思うわ」

「どうでもいいけど声がデカいよ……
 そんでどういう考えなのか聞かせてくれよ。
 松白の打ち方については、あのスポンジ打つ練習で何となくわかったけどさ」

 この二人が話していると、どんな作戦なのか、どんな相談してるのかが、球場内全ての人に伝わりそうなデカい声なので、僕は慌てて口を挟んだ。二人とも少しトーンを落として続きを話しはじめる。

「カズもさすがだな、俺に近い人種なだけのことはある。
 これはマネちゃんの親父さんにも確認してもらったことなんだけどよ。
 フォーシーム系の伸びる球は従来のレベルスイングで打つのが理想ってされてるわけ。
 でも流行の沈む球、つまりツーシームとかスライダー、スプリットなんかはアッパーがいいらしい。
 だけどどっちが来るのかなんてわからんだろ?
 だからタイミングをやや早め始動にして、目付を前にしてるんだと考えてんのさ」

「なるほどな、それで自分たちもそう打てるようにスポンジ打つ練習か。
 だけど、相手のピッチャーがそう言う球投げるって知ってたのか?」

「マネちゃんの情報収集のおかげで、球種はわからなくても内野ゴロがめちゃ多かったからな。
 俺がカズにやらせようと思ってたやつだよ。
 現に今の回は三球しか投げてないだろ?」

「そうなんですよ!
 でも、球数減らすことも大切なんですけど、相手の球種とタイミングを知るのも大切です!
 そのためにカメラで覗いて、吉田センパイとの違いをチェックしてるってわけなんですよ!!」

「しー、声デカいってば……
 まあ…… そういうことね。
 んでマネジャーがサイン出してるのはなんで?」

「あれはブラフもあんだけど、カズのボールと向こうのエースのボールが似てたかどうか。
 それと事前に予想していたタイミングで振っているかどうかのチェックだな。
 一番重要なのは相手の得意なコースを教えてもらってるってことだけどよ」

「それであんな微妙なコースへ微妙なボールを投げさせたのか。
 でも一点取られたら切り替えるんだろ?」

「まあそうだな、わかっちゃいると思うけど勝つ気でやってんだからさ。
 でも大量リードしたら考え変えるかもしれないからまだわかんねえぞ?」

 僕はグラブで木戸の胸をつついてOKのサインを出した。ま、やれるとこまで乗ってみるかという半ば自棄に近い気分だ。分かってはいたが、木戸は味方にすると頼もしく、味方にいても心臓に悪い、そんな男だ……

 そして、プロテクターを外して打席に向かう木戸が丸山へ声をかけた。また何か賭けでもするつもりなのか疑いたくなるが、今回は予想外のセリフが飛び出した。

「俺の打席に来るボール良く見とけよ?
 打点が稼げなくて悪いけど、お前のために散ってきてやらあ」

「なんだよ、随分自信なさげだな。
 珍しいこと言って雨天コールド狙いか?」

「いや、雨天中止は続きから再試合だろ。
 中止にはならねえし今日中に決めるわ」

 木戸は相変わらずの口調で、丸山とトンチンカンな会話をしてから打席に向かって行った。一体何を考えているのだろう。出塁しないこと前提で打席へ向かう木戸は初めて見たのでびっくりしてしまった。

 バッターボックスへ入った木戸は、いつもとは反対にボックス先頭で構えている。沈むボールが落ちきる前に叩こうと言うことだろうが極端すぎる。狙いが読まれたら逆を突かれてしまいそうだ。

 案の定、アッパー気味の大振りで三球目を打ったがボテボテのピッチャーゴロだ。しかし目の前に転がった打球は、投げ終わった投手の足元でイレギュラーし、それをピッチャー自身が蹴ってしまうと言うアクシデントとなる。まああるあるだけど同じ投手としては同情してしまう。

 予定外の幸運な内野安打で初のランナーを出したナナコーベンチは大喜びだ。逆に松白は内野手がマウンドに集まってしまった。どうやら審判に許可を貰って小石を拾う時間を貰ったようだ。

 でもこれはピッチャーを落ち着けるための時間稼ぎと見た。僕が投げていた時の印象では、さすが県営球場と言う素晴らしい整備状態だったし、この不運な場面なら僕だって多少時間が欲しい。

 その間に木戸がファーストコーチャーのハカセに何やら耳打ちし、ハカセはベンチへ誰か来るよう指示を出した。一塁へ倉片が向かって、ハカセに何か言われてから戻ってくる。

「掛川、主将がピーゴロ狙いしろって言ってたらしい。
 佐戸部先輩が、なんかそんな打ち合わせしてあるらしいって言ってたけどわかるか?」

「あー、あれね、バッチリだよ!
 ストレート系は縦にバントしろってやつ、練習したでしょ!
 倉片君は足早い組じゃないからちょっとしかやってないけど、池田センパイと山下センパイ、飯塚君とシマちゃんはいっぱいやったもんね。」

「もううんざりするくらいやったな……
 結構難しいし、目線近くてやってる方は結構怖いんだぜ?」

 池田先輩が木戸のしごきがきつかったと愚痴を言うのもわかる。それくらい繰り返しやっていたのがバント練習だった。チビベンなんて、バント失敗して打球を顔に当てた際、鼻が折れると泣き言言ってたくらいだ。でもその直後に、彼女が練習や試合中に顔でバレーのボール受けてしまうことがあるけど我慢していると聞いて、あっさり立ち直っていた。

「まあ俺様には関係ないこったな。
 さっきの木戸の打席で意図はわかったし、一塁から歩いて返らせてやるとするか」

 丸山は自信満々で打席へ向かう。言うことと態度は頼もしいが、あの投手を本当にそんな簡単に打てるとは思えない。ヒットでもいいから先取点に繋がるよう何とかしてくれと送り出した。

 ところが、丸山は初球をあっさりとスタンドへ打ちこんで、悠々と帰還してきたのだ。そしてホームインの際、審判に何か言われていた。

「おいおい、マジで打っちゃったのかよ!
 木戸の打席見て何がわかったって言うんだ?」

「簡単なことだよ。
 来た球が沈んだかどうかでバットコントロールするんじゃなくて、両方打ちゃいいってこと。
 沈んだらライナーかゴロ、沈まなければ高く上がるようなイメージだな」

「いや、そんな簡単な話じゃないだろ……
 お前ら一体どういうセンスしてるんだよ」

 言わんとしていることはわかるが、聞いても実践できるような気が全くしない。この二人が矢島へ行っていたら、山尻たちの甲子園行きは間違いなかっただろう。

「そう言えば審判から何か言われてたろ。
 あれなんだったんだ?」

「ああ、ちょっと注意されちまっただけさ。
 私語禁止とかそんくらいだから心配すんな」

「そうそう、松白がエース出してこないのがいけねえんだわ。
 俺がエース温存か?って言ったら、マルマンが後ろで勝負棄ててるなとか言っちゃってよ。
 あれは煽り過ぎだな」

「ちょっとキミたち!
 そう言うことしてこないでよ!
 副校長にバレたらまた私の監督力とか指導力とかアレコレ説教されるじゃないの!」

 真弓先生まで参加してやいやい騒ぎ始めて、僕は頭を抱えるしかなかった。それよりも気になったのは、松白がエースを出していないということだ。

「今投げてる一番がエースだろ?
 マネジャーの調べでもそうなってたはずだよね?」

「はい、三年生で去年は二番手でしたけど、今大会から一番をつけています。
 データでは内野ゴロ率が非常に高く、速度キレともにAクラスかと。
 難はスタミナと守備力ですね」

 そうこう言っている間に、チビベンがセフティーバントで出塁した。先に二点取ってもらっただけでなく、これは僕まで回ってきそうな勢いである。

「マネちゃん、キャッチャーのデータある?
 俺はあいつがエースと見てるんだわ」

「彼は一年生ですね。
 県外からスカウトされてきたみたいで詳しいデータがありません。
 でも今まで一度も投げてはいませんよ?
 打撃は短中距離バッターで三振が多いみたいですね」

「ピッチャーへ返球するときにボール握りなおしてたし、スピンの効いたいい球放ってたよ。
 あいつ、要注意だな」

 木戸の言っていることは当たっているかもしれない。勘ではなく打席で見て判断しているのだし、確かに返球がキャッチャーのものとは少し違っているのは確かだ。

 コイツの観察眼にはいつも驚かされるし、丸山の打撃技術にも助けられてばかりだ。今日は投げて二人に応えて見せる。そして咲へ勝利の報告をするのだ。試合序盤にもかかわらず、邪念が多すぎると自分で感じ、一人苦笑いするのだった。
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