113 / 158
力と力の真っ向勝負
しおりを挟む
四番打者、それは遠くへ飛ばすという才能とここ一番の勝負強さを兼ね備えた強打者に与えられる特別な打順だ。
最終回でワンアウト一、三塁、外野フライでも一点入るようなこの場面、どういう心境でバッターボックスへ入るのか。まさにバッター対バッテリーの読みあいが大切な場面である。
もちろん長打を狙っているのは当然として、最低でも犠牲フライ、最悪なのは内野ゴロでゲッツーに終わることだろう。つまり低めの難しい球に手を出させれば僕たちの勝ちだ。
となると、ここで低めを要求してくるのがキャッチャーとしてはごく当たり前の配球だし、投げる方も低めなら外野フライになり難く内野ゴロか空振りが取れると考える。
しかし木戸のサインは全く違っていた。
『左の強打者に対して初球にアウトハイとは強気だな』
僕は満足げに頷いてボールをしっかり握りしめセットポジションに入る。三塁、そして一塁のランナーに対し視線で牽制をしてから投球モーションに入った。
コンマ数秒後、ボールがミットへ収まった音とバットが空を切る音が聞こえる。見逃せばボールだったかもしれないギリギリのコースだったが、きっと高めに浮いたのだと思って強振してきたのだろう。
木戸が僕へ返球しながら両手を地面へ向かって上下させ、その後何度も肩をほぐすようなジェスチャーをしている。落ち着いて力抜けって? 自分で投げさせておいてあのしぐさ、木戸には策士という言葉がピッタリ当てはまる。
僕もそれに対して何度も頷いてボールを両手で揉んで見せた。うんうん、緊張しているよ、とわざわざ教えているようなものだが、むろん相手もそのまま受け取ってはいないかもしれない。
コントロールが乱れているのか、狙って投げたのか、いったいどちらなのか、本当のところはどうなのかがわからなくなり狙い球に自信が持てなくなる、こともある。
高めか低めか、内か外か、真っ直ぐか変化球かと考える量が増えるように配球していく。そこへあのジェスチャーや場合によっては独り言を組み合わせたりと、キャッチャーに要求されることは多いのだ。
二球目、木戸はとんでもない要求をしてきた。ランナーがサードにいる状況でワンバウンド投げろとは、いくらなんでもやりすぎじゃないだろうか。
しかし僕は木戸のバカげた要求に乗ってみたいと思った。この常識にとらわれないリードが木戸の持ち味でもあるのだ。その要求に応えるのもまたピッチャー冥利に尽きるというものだ。
サインに頷き、初球と同じようにセットポジションへ入り真ん中低めへスライダーを投げ込んだ。要求通り、ホームベースでバウンドしバッターが見送ってボール、なのだが……
「くそっ!」
そこで木戸がまさかの後逸!? 振り返って走り出す。むろん僕はホームへ向かって全力で走り、ほぼ同時にサードランナーもホームへ突っ込んできた。
すると木戸はすぐさま振り向きなおしサードランナーへ向かって走り出した。まさかわざと後逸してランナーを誘い出すなんて、失敗したらどうするつもりだったんだ、こいつ。
何にせよこれでツーアウト、カウントはワンボールワンストライク、ランナーは一塁から進塁して二塁のみへと変わった。
次は前の球と同じように見せかけてそれよりも高め、今度は例の球できれいに空振りを取った。今のところ木戸の思惑通りに運んでいるが、相手もやられたままではいられないはずだ。
案の定、グリップをやや余して構えなおしたバッターは気合を入れなおすように大きく深呼吸をしてからバッターボックスへ入りなおした。
最後はストレートのサイン、これは僕の希望と一致する。ピッチャーとしてはやっぱり真っ直ぐで仕留めたいと思うもので、それは技巧派の僕でも同じことだ。
この一球がこの試合最後の投球になる、いやそうするんだ。僕はグラブに手を差し込んでからボールを握り、その両手をおでこへ掲げた。木戸に指摘されて封印していたけど、ラスト一球だからと油断したわけじゃない。
そのまま振りかぶりワインドアップのモーションに入った。ランナーがいることなんて知ったこっちゃない。走りたければ勝手に走ってくれ。
プレートを踏みしめて左足を上げる。ゆっくりと重心を前へ移していき左足を着地させると、視界には木戸のミットと咲の姿だけが見える。
『大丈夫、待ってるわ』
咲の声が聞こえた様な気がしたが、それはきっと僕の願望だろう。
大きく胸を張り、鞭のようにしなりを効かせた僕の腕がボールを加速させる。そして、人差し指と中指の二本がボールの縫い目をしっかりと噛みしめて、まるで浮き上がらせるかのごとく鋭い回転を伴って飛び出していった。
真ん中高めの打ち頃なコースはバッターとの力比べに最適なボールだ。僕は絶対に打たれないと信じて全力で投げ込んだ。
その瞬間――
「カキーン!」
金属バットが甲高い悲鳴を上げる。
「キャッチャー!」
どちらにとっても重圧のかかるこの場面、その勝負を制したのは僕たちだった。バカ正直な真っ向勝負だったけど、あえて力勝負に持ち込んだことは重要なことだった。
ほんのわずかな差かもしれない。でもそれは僕の力がまさったことの証でもある。もちろん木戸のリードも最高だった。
さすがにタイミングはあわせてきたが、バットの芯を外れたボールは前へ飛ぶことなくほぼ真上に打ち上がっている。
木戸が小フライをゆうゆうとキャッチした時、バックネット裏の咲が僕に向かってウインクをした。
最終回でワンアウト一、三塁、外野フライでも一点入るようなこの場面、どういう心境でバッターボックスへ入るのか。まさにバッター対バッテリーの読みあいが大切な場面である。
もちろん長打を狙っているのは当然として、最低でも犠牲フライ、最悪なのは内野ゴロでゲッツーに終わることだろう。つまり低めの難しい球に手を出させれば僕たちの勝ちだ。
となると、ここで低めを要求してくるのがキャッチャーとしてはごく当たり前の配球だし、投げる方も低めなら外野フライになり難く内野ゴロか空振りが取れると考える。
しかし木戸のサインは全く違っていた。
『左の強打者に対して初球にアウトハイとは強気だな』
僕は満足げに頷いてボールをしっかり握りしめセットポジションに入る。三塁、そして一塁のランナーに対し視線で牽制をしてから投球モーションに入った。
コンマ数秒後、ボールがミットへ収まった音とバットが空を切る音が聞こえる。見逃せばボールだったかもしれないギリギリのコースだったが、きっと高めに浮いたのだと思って強振してきたのだろう。
木戸が僕へ返球しながら両手を地面へ向かって上下させ、その後何度も肩をほぐすようなジェスチャーをしている。落ち着いて力抜けって? 自分で投げさせておいてあのしぐさ、木戸には策士という言葉がピッタリ当てはまる。
僕もそれに対して何度も頷いてボールを両手で揉んで見せた。うんうん、緊張しているよ、とわざわざ教えているようなものだが、むろん相手もそのまま受け取ってはいないかもしれない。
コントロールが乱れているのか、狙って投げたのか、いったいどちらなのか、本当のところはどうなのかがわからなくなり狙い球に自信が持てなくなる、こともある。
高めか低めか、内か外か、真っ直ぐか変化球かと考える量が増えるように配球していく。そこへあのジェスチャーや場合によっては独り言を組み合わせたりと、キャッチャーに要求されることは多いのだ。
二球目、木戸はとんでもない要求をしてきた。ランナーがサードにいる状況でワンバウンド投げろとは、いくらなんでもやりすぎじゃないだろうか。
しかし僕は木戸のバカげた要求に乗ってみたいと思った。この常識にとらわれないリードが木戸の持ち味でもあるのだ。その要求に応えるのもまたピッチャー冥利に尽きるというものだ。
サインに頷き、初球と同じようにセットポジションへ入り真ん中低めへスライダーを投げ込んだ。要求通り、ホームベースでバウンドしバッターが見送ってボール、なのだが……
「くそっ!」
そこで木戸がまさかの後逸!? 振り返って走り出す。むろん僕はホームへ向かって全力で走り、ほぼ同時にサードランナーもホームへ突っ込んできた。
すると木戸はすぐさま振り向きなおしサードランナーへ向かって走り出した。まさかわざと後逸してランナーを誘い出すなんて、失敗したらどうするつもりだったんだ、こいつ。
何にせよこれでツーアウト、カウントはワンボールワンストライク、ランナーは一塁から進塁して二塁のみへと変わった。
次は前の球と同じように見せかけてそれよりも高め、今度は例の球できれいに空振りを取った。今のところ木戸の思惑通りに運んでいるが、相手もやられたままではいられないはずだ。
案の定、グリップをやや余して構えなおしたバッターは気合を入れなおすように大きく深呼吸をしてからバッターボックスへ入りなおした。
最後はストレートのサイン、これは僕の希望と一致する。ピッチャーとしてはやっぱり真っ直ぐで仕留めたいと思うもので、それは技巧派の僕でも同じことだ。
この一球がこの試合最後の投球になる、いやそうするんだ。僕はグラブに手を差し込んでからボールを握り、その両手をおでこへ掲げた。木戸に指摘されて封印していたけど、ラスト一球だからと油断したわけじゃない。
そのまま振りかぶりワインドアップのモーションに入った。ランナーがいることなんて知ったこっちゃない。走りたければ勝手に走ってくれ。
プレートを踏みしめて左足を上げる。ゆっくりと重心を前へ移していき左足を着地させると、視界には木戸のミットと咲の姿だけが見える。
『大丈夫、待ってるわ』
咲の声が聞こえた様な気がしたが、それはきっと僕の願望だろう。
大きく胸を張り、鞭のようにしなりを効かせた僕の腕がボールを加速させる。そして、人差し指と中指の二本がボールの縫い目をしっかりと噛みしめて、まるで浮き上がらせるかのごとく鋭い回転を伴って飛び出していった。
真ん中高めの打ち頃なコースはバッターとの力比べに最適なボールだ。僕は絶対に打たれないと信じて全力で投げ込んだ。
その瞬間――
「カキーン!」
金属バットが甲高い悲鳴を上げる。
「キャッチャー!」
どちらにとっても重圧のかかるこの場面、その勝負を制したのは僕たちだった。バカ正直な真っ向勝負だったけど、あえて力勝負に持ち込んだことは重要なことだった。
ほんのわずかな差かもしれない。でもそれは僕の力がまさったことの証でもある。もちろん木戸のリードも最高だった。
さすがにタイミングはあわせてきたが、バットの芯を外れたボールは前へ飛ぶことなくほぼ真上に打ち上がっている。
木戸が小フライをゆうゆうとキャッチした時、バックネット裏の咲が僕に向かってウインクをした。
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される
けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」
「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」
「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」
県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。
頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。
その名も『古羊姉妹』
本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。
――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。
そして『その日』は突然やってきた。
ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。
助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。
何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった!
――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。
そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ!
意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。
士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。
こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。
が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。
彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。
※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。
イラスト担当:さんさん
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。
遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。
彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。
……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。
でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!?
もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー!
ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。)
略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件
暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる