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真弓先生の策略
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僕が三階のポスターを全て張り替えて部室へ戻った時、他の部員はすでにそろっていた。どうやら僕が一番最後だったらしい。
「カズ、おせーぞ、一応仮でスタメン決めてみたんだけどよ」
「いやあ、このマネちゃんいいとこ見てるわ、良かったな」
「いえいえ! そんな! 私は皆さんのために一生懸命考えただけです!」
「でも…… 褒めてもらえるのは嬉しいですね!」
木戸の言った良かったな、の意味はわからないが、おおよそのスタメンが決まったらしく、次の練習試合まではこのメンバーをスタメンと想定した練習をしていくことになった。
しかしマネージャーの由布は相変わらず声がデカい。このままだと野球部員全員が難聴になってしまいそうだ。
気を取り直して僕がメンバー表を見ると、昨日由布が言っていたのとほぼ同じだったが、木戸の配慮だろう、三年生が全員スタメンに入っていた。
「一応試合だから全力でやることにはなるんだけどさ、せっかくだから一年生も出してやるつもりだ」
「投手は六回までカズ、七回は木尾でいいな、もし時間があって九回までやることになったら調子次第ではそのまま投げさせよう」
「そうだな、相手の矢島実業は格上だから胸を借りるつもりで思い切っていけるかもな」
「ここで打たれて自信失うくらいならそこまでの器だしさ」
「チビベンは厳しいな、自信失って控えのピッチャーがいなくなると僕は困るんだけど」
「でもどちらにせよ投手はもう一人くらいほしいね」
「じゃあ明日は一年生全員のピッチング見てみるか」
「すぐにものにならなくてもいいんだからよ」
「丸山の後輩はどうなんだ? 肩はよかったよな?」
「ああオノケンな、あいつ地肩はいいけどノーコンだよ」
「中学の頃もピッチャー志望だったけど、練習中にデッドボール連発して外されたくらいだからな」
「ノーコンは困るな、まあとにかく明日の練習で全員見てみよう」
「と言うわけで今日は解散、おつかれー」
「うぃーっす、おつかれー」
こうして僕達は今日の練習を終えてそれぞれが帰宅の途についた。木戸と丸山、由布は電車通学で同じ方面なので一緒に帰っていく。チビベンも乗る電車は反対方向だが駅までは一緒だ。
野球部の二年生の中では徒歩通学の僕が一番近い。同じ中学だった一年生の倉片もそう変わらないだろう。隣の中学出身のハカセは、僕とは反対だがやはり徒歩で来ている。
僕も早く帰らなくっちゃ、きっと咲が待っていてくれる。そう思うと足取りも軽くなり、戸締りを済ませてから職員室へ向かった。
職員室にはまだ数人の教師が残っていた。運動部の顧問はどうしても遅くなるのだろう。まったく頭が下がる思いだ。
「あら吉田君、遅かったわね、ミーティングだっけ?」
「はい、お待たせしちゃってすいません」
「仮オーダーまではできたので明日からシートノックやっていきます」
「それは何よりね、それよりあの子どうだった? 問題起こさなかったかしら?」
「ああ、マネージャーのことですよね? 今日は特に何もなかったです」
「結構細かいところまで見てて、今日帰ってから選手名鑑みたいなのにまとめてくるって言ってました」
「あら、佐戸部君の仕事が減るわね、これで成績上がるといいんだけど」
「もちろん君達全員が良くなることが望ましいわよ」
「あ、そりゃそうですよね……」
「吉田君も英語くらいはきっちりやんなさいよ、夢はメジャーリーグなんでしょ?」
「英語ができて損はないわよ」
真弓先生が言った言葉を聞いて僕は咲の言葉を思い出していた。
夢を目標に変える、か。確かに夢を語ることは簡単だ。しかしそれは実現可能と思っていないということなのかもしれない。本当に目指していることなら夢ではなく目標と考えるべきなのだ。
「そうですね、今はまだ夢ですけど、それが目標だと言えるように努力したいと思います」
「英語も…… その、なるべく……」
「うふふ、正直ね、私の教え子からプロ選手が出ることを期待してるわよ」
「そういえば後ろの席の蓮根さんはどうかしら?」
思わぬところから咲の名が出たことに僕は動揺しかけたが、真弓先生が聞きたいのはもちろん僕と咲の関係ではなく、クラス内でどうかと言うことに決まっている。
「うーん、馴染めているとは言いがたいですね」
「クラスの女子と話しているところも見たことありませんし、授業で自分から手を上げるどころか指されるところも今日が初めてかもしれません」
「やっぱりそうなのね、彼女って独特の雰囲気持ってるじゃない?」
「他の先生も指しづらいって言ってたのよ」
「そうなんですか、僕は真ん前で蓮根さんを見ることがほとんどないのでよくわかりませんが、教師から見てもそんな印象なんですかね?」
まさか咲の本当の姿、振る舞いを口にするわけにもいかず当たり障りのない返事をする。すると真弓先生がとんでもないことを言い出した。
「そこでね、吉田君にお願いがあるのよ」
「もう少し蓮根さんがクラスに馴染めるように話しかけてあげてくれないかしら?」
「ええ!? 僕がですか!?」
「そんなの無理ですよ! 先生だって僕が女子を苦手にしてるの知ってるじゃないですか」
「でも彼女はネイティブでもないのに英語ペラペラだし、吉田君にとっても得るものがあると思うわよ」
「編入試験の英語は満点だったらしいし、他の教科も現国以外はほぼ満点に近い出来だったんですって」
「そりゃすごいですね、なんでうちみたいなバカ学校に来たんだろう」
「ちょっとあなたねえ、自分の通っている学校で教師を目の前にしてバカ学校はないでしょう?」
「吉田君だってこの学校を選んだ理由が学力のほかにあるんでしょ?」
「まあそうなんですけど、父さんも一番近くて受かりそうなのはナナコーしかなかったって言ってましたよ」
「あらそうなのね…… 蓮根さんの場合はどうなのかしら」
「理由は特に聞いていないけど家が近いからとか? 彼女の家、吉田君のうちのすぐそばみたいよ」
これは墓穴を掘ったかもしれない。よくよく考えれば教師が生徒の住所を把握していないわけもなかった。できればこの話題はもう終わりにしたいものだが真弓先生の話は続く。
「蓮根さんは現国というか日本語が苦手みたいだし、吉田君は英語が苦手だけど必要としている」
「お互いに教えあったら win-win の関係じゃないの」
「いやでも…… 僕には無理ですよ」
「放課後だって居残りする時間はないですしね」
「確かに普段の日は部活があるから時間があるとは限らないわね」
「だから考えたんだけど、吉田君へは英語の、蓮根さんには日本語のプリントを用意してあげるわ」
「いや、それって宿題が増えるようなものだし、僕は人に教えるほど現国得意じゃないですよ」
「むしろ得意科目なんてないんですけど……」
「別に得意じゃなくてもいいわよ、お互いが教えあう名目ができればそれでいいの
「ついでに君の女子嫌いもなおるかもしれないでしょ」
「それは別になおらなくても困りませんよ」
「勝手に寄ってくる女子を遠ざけるだけで精いっぱいなんですから」
僕が困っていたそんな時に思わぬ助け舟が入った。いつの間にか真弓先生の後ろから近寄ってきていた副校長が話に割って入ってきたのだ。
「岡田先生! 男子生徒に向かって特定の女子生徒と仲良くなれとけしかけるとは何事ですか!」
「あなたは教師としての自覚が足りなさすぎるんです!」
真弓先生はしまったという顔をして僕へ向かって帰れとゼスチャーをしている。副校長の小言はしばらく続くのだろう。
こうして真弓先生の策略から逃れることに成功した僕は、無事に職員室を脱出しうきうきとした気分で家路についたのだった。
「カズ、おせーぞ、一応仮でスタメン決めてみたんだけどよ」
「いやあ、このマネちゃんいいとこ見てるわ、良かったな」
「いえいえ! そんな! 私は皆さんのために一生懸命考えただけです!」
「でも…… 褒めてもらえるのは嬉しいですね!」
木戸の言った良かったな、の意味はわからないが、おおよそのスタメンが決まったらしく、次の練習試合まではこのメンバーをスタメンと想定した練習をしていくことになった。
しかしマネージャーの由布は相変わらず声がデカい。このままだと野球部員全員が難聴になってしまいそうだ。
気を取り直して僕がメンバー表を見ると、昨日由布が言っていたのとほぼ同じだったが、木戸の配慮だろう、三年生が全員スタメンに入っていた。
「一応試合だから全力でやることにはなるんだけどさ、せっかくだから一年生も出してやるつもりだ」
「投手は六回までカズ、七回は木尾でいいな、もし時間があって九回までやることになったら調子次第ではそのまま投げさせよう」
「そうだな、相手の矢島実業は格上だから胸を借りるつもりで思い切っていけるかもな」
「ここで打たれて自信失うくらいならそこまでの器だしさ」
「チビベンは厳しいな、自信失って控えのピッチャーがいなくなると僕は困るんだけど」
「でもどちらにせよ投手はもう一人くらいほしいね」
「じゃあ明日は一年生全員のピッチング見てみるか」
「すぐにものにならなくてもいいんだからよ」
「丸山の後輩はどうなんだ? 肩はよかったよな?」
「ああオノケンな、あいつ地肩はいいけどノーコンだよ」
「中学の頃もピッチャー志望だったけど、練習中にデッドボール連発して外されたくらいだからな」
「ノーコンは困るな、まあとにかく明日の練習で全員見てみよう」
「と言うわけで今日は解散、おつかれー」
「うぃーっす、おつかれー」
こうして僕達は今日の練習を終えてそれぞれが帰宅の途についた。木戸と丸山、由布は電車通学で同じ方面なので一緒に帰っていく。チビベンも乗る電車は反対方向だが駅までは一緒だ。
野球部の二年生の中では徒歩通学の僕が一番近い。同じ中学だった一年生の倉片もそう変わらないだろう。隣の中学出身のハカセは、僕とは反対だがやはり徒歩で来ている。
僕も早く帰らなくっちゃ、きっと咲が待っていてくれる。そう思うと足取りも軽くなり、戸締りを済ませてから職員室へ向かった。
職員室にはまだ数人の教師が残っていた。運動部の顧問はどうしても遅くなるのだろう。まったく頭が下がる思いだ。
「あら吉田君、遅かったわね、ミーティングだっけ?」
「はい、お待たせしちゃってすいません」
「仮オーダーまではできたので明日からシートノックやっていきます」
「それは何よりね、それよりあの子どうだった? 問題起こさなかったかしら?」
「ああ、マネージャーのことですよね? 今日は特に何もなかったです」
「結構細かいところまで見てて、今日帰ってから選手名鑑みたいなのにまとめてくるって言ってました」
「あら、佐戸部君の仕事が減るわね、これで成績上がるといいんだけど」
「もちろん君達全員が良くなることが望ましいわよ」
「あ、そりゃそうですよね……」
「吉田君も英語くらいはきっちりやんなさいよ、夢はメジャーリーグなんでしょ?」
「英語ができて損はないわよ」
真弓先生が言った言葉を聞いて僕は咲の言葉を思い出していた。
夢を目標に変える、か。確かに夢を語ることは簡単だ。しかしそれは実現可能と思っていないということなのかもしれない。本当に目指していることなら夢ではなく目標と考えるべきなのだ。
「そうですね、今はまだ夢ですけど、それが目標だと言えるように努力したいと思います」
「英語も…… その、なるべく……」
「うふふ、正直ね、私の教え子からプロ選手が出ることを期待してるわよ」
「そういえば後ろの席の蓮根さんはどうかしら?」
思わぬところから咲の名が出たことに僕は動揺しかけたが、真弓先生が聞きたいのはもちろん僕と咲の関係ではなく、クラス内でどうかと言うことに決まっている。
「うーん、馴染めているとは言いがたいですね」
「クラスの女子と話しているところも見たことありませんし、授業で自分から手を上げるどころか指されるところも今日が初めてかもしれません」
「やっぱりそうなのね、彼女って独特の雰囲気持ってるじゃない?」
「他の先生も指しづらいって言ってたのよ」
「そうなんですか、僕は真ん前で蓮根さんを見ることがほとんどないのでよくわかりませんが、教師から見てもそんな印象なんですかね?」
まさか咲の本当の姿、振る舞いを口にするわけにもいかず当たり障りのない返事をする。すると真弓先生がとんでもないことを言い出した。
「そこでね、吉田君にお願いがあるのよ」
「もう少し蓮根さんがクラスに馴染めるように話しかけてあげてくれないかしら?」
「ええ!? 僕がですか!?」
「そんなの無理ですよ! 先生だって僕が女子を苦手にしてるの知ってるじゃないですか」
「でも彼女はネイティブでもないのに英語ペラペラだし、吉田君にとっても得るものがあると思うわよ」
「編入試験の英語は満点だったらしいし、他の教科も現国以外はほぼ満点に近い出来だったんですって」
「そりゃすごいですね、なんでうちみたいなバカ学校に来たんだろう」
「ちょっとあなたねえ、自分の通っている学校で教師を目の前にしてバカ学校はないでしょう?」
「吉田君だってこの学校を選んだ理由が学力のほかにあるんでしょ?」
「まあそうなんですけど、父さんも一番近くて受かりそうなのはナナコーしかなかったって言ってましたよ」
「あらそうなのね…… 蓮根さんの場合はどうなのかしら」
「理由は特に聞いていないけど家が近いからとか? 彼女の家、吉田君のうちのすぐそばみたいよ」
これは墓穴を掘ったかもしれない。よくよく考えれば教師が生徒の住所を把握していないわけもなかった。できればこの話題はもう終わりにしたいものだが真弓先生の話は続く。
「蓮根さんは現国というか日本語が苦手みたいだし、吉田君は英語が苦手だけど必要としている」
「お互いに教えあったら win-win の関係じゃないの」
「いやでも…… 僕には無理ですよ」
「放課後だって居残りする時間はないですしね」
「確かに普段の日は部活があるから時間があるとは限らないわね」
「だから考えたんだけど、吉田君へは英語の、蓮根さんには日本語のプリントを用意してあげるわ」
「いや、それって宿題が増えるようなものだし、僕は人に教えるほど現国得意じゃないですよ」
「むしろ得意科目なんてないんですけど……」
「別に得意じゃなくてもいいわよ、お互いが教えあう名目ができればそれでいいの
「ついでに君の女子嫌いもなおるかもしれないでしょ」
「それは別になおらなくても困りませんよ」
「勝手に寄ってくる女子を遠ざけるだけで精いっぱいなんですから」
僕が困っていたそんな時に思わぬ助け舟が入った。いつの間にか真弓先生の後ろから近寄ってきていた副校長が話に割って入ってきたのだ。
「岡田先生! 男子生徒に向かって特定の女子生徒と仲良くなれとけしかけるとは何事ですか!」
「あなたは教師としての自覚が足りなさすぎるんです!」
真弓先生はしまったという顔をして僕へ向かって帰れとゼスチャーをしている。副校長の小言はしばらく続くのだろう。
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